グラードには認められた分家が二つ残っている。
エスカベッシュ・グラードの家ともうひとつ、ダックワーズ・グラードの家だ。
エスカベッシュの家は既に死に体、とどめを刺せば終わるのが分かっている。ならばまずは手のかかる方から。
がれきの山でフレンラの方を見る。怯えているようだった。
「まずはあなたの元々の家に行きますが、いいですね」
まあ、断れば殺すのだけれど、というのが伝わったのか、すごく怖そうにうなずいていた。

目的の家まで距離はそう遠くはない。まずは森を抜けて、街に出て、列車を使えばあっという間だろう。
とはいえ夜も深まろうとしている。せめて街に出たい。いくらかのお金は屋敷からとっていたから宿に泊まりたいが。
仕方ない、とヒドゥン・マインドボウに乗り込んで街へ走った。
それから宿で休み、翌日には列車の乗車券を買った。明日まで時間ができてしまった。
「フレンラ、なにかしたいことはありますか」
「ううん、ない」控えめな表情で、それはどうとも感じなかったが、時間を持て余してしまうのが好きではなかった。
だからできれば彼女の望みに応えてあげようかと思ったのだが、まぁそれならばいい。
フレンラにお金を渡して好きにしていいですよ、と言って一人宿に戻って、闇とこの世界を繋げ、グラードの屋敷から持ってきたものを吐き出させた。
旦那様と初めてお会いした日に見せていただいた数着の服、お化粧品、歯ブラシ、香水、それから、ずっとスープの入った鍋。
鍋から一杯分のスープを掬って口に含んだ。それから、歯を磨き、服を着替え、お化粧をし、香水を振った。
もう使用人ではないのでおしゃれができる。また旦那様に愛されてしまう、などと昂りながら鏡の前で何度も満足いくまでポーズを決めた。
「今日も世界一可愛いです、ヨワ」

私も街へ出ると昼時だった。スープを飲んできたのでお腹は満たされていたはずが、いい香りに食欲が煽られた。
デザートくらいなら、と街を歩いていると不思議な雰囲気の男性に話しかけられた。
「なああんた、ここの人か」血色が悪く随分奇抜な髪形をしていて片目しか見えなかったが、しかしなんというか、深い目で私を見ていた。
「少し離れた所に住んでいましたが、それなりに馴染みはあります」休みを頂いた時は決まってこの街だったためだ。
「おぉそうか!なあ、旨いメシを食いたいんだ。この町で一番旨いメシ。金に糸目はつけねえしあんたにもおごってやるから、教えてくれねえか。
旅を始めたばかりでな、いまいちそういう旨い店を上手く狙いきれねえんだよ」
「え、あ、はあ」
私はカフェを紹介した。軽食がなかなかボリュームもあり美味しいお店。なおかつ私がケーキと紅茶を頂けるお店ということで選んだ。
大きなサンドウィッチが出てくる。挟まれながらこれでもかと主張するお肉のいい香りがした。
私の元にはフルーツタルト。極彩色の輝きできらきらとしていた。
「おお、いけるな」その人は言った。
「まああいつには及ばないが中々いい店だ。中々悪くない」言葉だけでは芳しくない評価にも聞こえてきそうではあるが、その表情は旨い!と言っていた。
私もフルーツタルトに手を付ける。うん、やはりこのカフェのフルーツタルトはおいしい。
ふたりで食事を勧めていく中でふと、私はこの男性に好意を寄せられているのではなかろうか、食事以上の誘いであったのでは、と思った。
「ありがとう、悪くない店だった。じゃあな」しかしすぐに否定された。言葉や態度以上に目がそれを物語っていた。
そうしてお会計をしている時、その人は言った。
「全部嘘にしてでも貫きたい本当の恋があるんだったらさ、死んだように生きてる奴よりはずっと立派に生きてると、俺は思うぞ」
あぁ、この人は私のことを見抜いていたのか。
結局店から出るとすぐにその男性は消えてしまった。
不思議な人だったが心地の良い人だった。

それから化粧品を補充して宿に戻り、フレンラと合流し、シャワーを浴びて、食事はフレンラだけに取らせて、寝た。
いよいよ、フレンラの家へ向かう。

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最終更新:2015年05月14日 18:15