ダックワーズ・グラードの屋敷の近くの駅で列車を降りた。時刻は夜。
閑散とした街とそこに控えめに建つ屋敷。没落貴族の分家にふさわしい寂しさだった。
まず、宿をとった。前回のように屋敷と宿に隔てる森も距離がないため、事を起こした後は宿には戻れないだろう。
ただ、さすがに今日フレンラを連れて行くのは気が引けたので、預けるためだった。そもそも邪魔をされてしまうとよくない、というのもあった。
「事を早々に済ませて次へ向かいます。夜眠ってしまわないようにだけしておいてください」
そういうと彼女は何度も力いっぱい首を盾に振った。
彼女に見送られ、ヒドゥン・マインドボウを実体化させながら旦那様を想い、スープを口に運んだ。

一直線に私のアームヘッドが走る。もっとも、夜に溶けこむ私のアームヘッドを認識できるものはいない。
ヨツアシを通り抜ける。屋敷へ迫り、腕を振り上げると、何かに蹴り飛ばされた。
私に気づける存在がいるということに驚きつつも警戒をすると空には銀色のアームヘッドがあった。
「ごめーん、ここは通せないんだよね」ガリアのアームヘッド?そうは思えないが……。
「通りすがっちゃったんだよね、いやー、困った困った、通りすがっちゃったもんだから、家を壊させるわけにはいかないわよね」
相手は疑問に答えてくれた。ようするに、当主の死を知ったか、察したか、とにかく私を警戒しての非正規の傭兵ということだろう。
しかし、それ自体は考えなかったわけではない。問題は、夜に溶けるこのヒドゥン・マインドボウを捉えていたこと。
おかげでヨツアシのでかい図体が敵を求めてガチャガチャと動いている。
「何者ですか」
「うーん、通りすがりだってば」
「そうですか」仕方がない。闇を固めて剣を作る。しかし今ヒドゥン・マインドボウは飛べない。剣の先を伸ばし、斬りつける。
それが、躱される。躱された上、上空へ昇り、そして落ちる。
凶悪な踵落しだった。それが目の前に落ちる。避けたわけではない。
「まあ、こういう通りすがりのもんなんですけどね、帰ってくれるといいなって」
備えがないとは思えないが、しかし地に落ちている今を逃す手はない、と長い腕を伸ばす。
それが、消えた。何かがゆがんだような跡とともに消えた。
「ティアーズのよしみで見逃して上げるからさあ」再び上から声がする。なんだあれは。
私を探しているはずのヨツアシもその様子に動揺しているようだった。
「帰りなよ」また落ちる、が、今度は曲線。首元を掴み地面にたたきつけられる。
予想以上の敵、まず、自分にできることを振り返る。調和能力、夜の生成。生成した夜は武器にすることもできる。このふたつ。
後者はこの相手には役に立たないことが既に分かっているが。

ならば、調和能力を、と考えていると銀色のアームヘッドを槍が襲った。しかし躱され、ない。
腰から出る安定翼様なものを掠った。
まさかあれに攻撃が当たるとは。だが何より驚くべきはそれに動じない銀色だろう。

槍の主を見ると四つ足のアームヘッドがあった。
「わ、わたし、です、フレンラです。なんか、の、乗れちゃって」
「――いいのですね」まさかアームヘッドに乗れたとは、とは今更どうでもいいことだった。だから自分の家を襲うことを改めて認識させた。
「か、覚悟、してきたから」フレンラは震えながら言った。ならば、助けてもらうとしよう。
「へえ、すごいじゃん」
この気を逃す手はない。夜をかき集める。羽を作る。
銀色のアームヘッドを今度こそとらえる。また消えたが、何も見えないうちから腕を上へ。腕を闇で延長する。銀色の足を掴んだ。
いつも相手の頭上をとろうとするのは既にこの短時間でわかっていた。

「うおっ、まずったあ!」
そういうと、足が、展開した。
展開?
形を変えた足がヒドゥン・マインドボウを襲う。わかる。これは直接受けてはいけない。
直感で分かった。調和能力を行使する。

ヒドゥン・マインドボウの調和能力は身に起こる事実を嘘にする。

けれどそれでも衝撃のすべてを偽り切れずに吹き飛ばされ、それを受け止める味方の四つ足。月光を受ける銀色は歪にこちらを見つめている。様子がおかしい。
「はぁ、これ、やっぱきっつー。きちい!しかも倒せないなんて!」銀色が両手を上に挙げた。
「おっけー、まあ、それでもあんたたち倒すことは多分できるけどさ、でもいい!」
そういうと通信が入ってきた。服のカタログ。いくつかチェックが入っている。
「チェックが入ってるもの買ってよ!同じティアーズとして見逃してあげたいし、それで許す」
屋敷から持ってきたお金で十分に事足りる。ならばここで戦う理由などない。
「え、いいんですか」と言いながらお金を夜から手に出した。
彼女はそれを見てもやはり動じず、「いいのいいのー、よっしゃー」といって消えていった。

なんだか最近は不思議な人間をよく見る。

とにかく、目の前の屋敷についに手が届く。フレンラの方に指示をする。
「警備のヨツアシの相手をお願いします。屋敷は私がつぶします。あなたを思いやってのことなどではありませんから、異論は認めません」
「は、はい、わかっています」味方の四つ足は敵のヨツアシを確実につぶしていく。
私の手も屋敷へ延びる。人が見える。それをつぶす。重ねていく。

その夜、グラードの長い歴史がまた一つ損なわれた。あとひとつ。

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最終更新:2015年05月14日 18:16