跡形もない屋敷を眺めていた。恍惚の顔を浮かべているのが自覚できる。
正直興奮しすぎてあと少しで達してしまいそうだった。
旦那様を想いたい、だが今は抑えた。

もう列車も使えなくなっているだろう。
今度は最初からフレンラも連れて行けばいいのだ。休む必要もない。
彼女にそのままアームヘッドに乗っておくよう指示し、地図を広げた。まあ、寝ずに走れば朝方にはつくだろう。
フレンラについてくるよう指示をし、化粧を直しながらヒドゥン・マインドボウを走らせた。後ろには四つ足。
そしてスープをすする。中々の量が余っていたが、それをすべてはらわたに詰め込んだ。底の方はどろりとした舌ざわりだった。
少し、興奮した。

多すぎる量のスープを飲み干していっぱいになったお腹が、多少慣らされてきたころにエスカベッシュの屋敷が見えてきた。
すべての元凶であるエスカベッシュ・グラードにふさわしいさびれた、小さな屋敷だった。もっとも、あれを屋敷と呼べるのかは知らないが。
かつてはその権利とガリアとの癒着によって得た富で随分と豪勢な生活を送ったと聞くが、今は人の気配すらしない。多分、小屋と呼ぶべき屋敷に使用人なんて者は居ない。
私はヒドゥン・マインドボウを消し、扉を開けた。鍵すらしまっていなかった。フレンラにも手招きする。
「ごめんください」
「ああ、待っていたよ」死にかけの老人がみすぼらしいテーブルにパンと果物の入った籠をのせていた。ワインもあった。
「座ってくれ」
席に着いた。テーブルには要するに私のようなものが居るから警戒するようにとの手紙があった。それでさっきはあんな事態に陥ったのか。
自分でワインをグラスに注ぐ。それを老人に渡す。
「ありがとう。このワイン、美味しいんだよ。良かったら飲んでみるといい」そういうと老人は自分に与えられた毒見の役目をまず果たした。
私はそれを確認して反対側のグラスをとり、ワインを注ぐ。
籠をあさるとチーズがあったので、パンと一緒にフレンラに渡した。
「旨いかね」
「えぇ、とてもおいしい。さすがに貴族ですね」フレンラは黙々と食べていた。
「そうだなあ、腐っても貴族だ」苦笑いをしていた。

「私はグラード家次期当主アッサム・グラードの使用人、ヨワ・アフォガードです」フレンラを紹介しようとすると遮られた。
「あぁ、アッサムのか。あぁ、ならば、こうかな、彼の優しい次期当主はその優しさゆえに力を求めたグラードに殺された。
だから今こうしてグラードの家を一つ一つつぶしているところ。私を殺して最後はダックワーズのところかな」
「いえ、それはもう済ませました」フレンラは、家族の死をそう悲しんではいない様子だった。
エスカベッシュは一瞬少し驚いた顔をしたが、しかしすぐに穏やかな顔に戻った。
「なるほど、では君は、力を否定するために力を使ってしまったわけだ」
――それは、承知の上であったが、しかしその矛盾は私を深く傷つけた。
「いや、私はそれを否定はしない。できない。間違っていると、くだらないと、愚かな選択であると、そうは思うがね」
老人はワインを飲み干した。私はそれに注ぐ。
「私もそうだった。はじめは戦いの歴史を終えたかった。
臆病者のそしりを受けようと、事実、彼と同じように臆病で卑怯であっても、戦いはやめたかった。これは事実だ。
だからグリークを一度奪還したうえで、民に政治を任せればいいと思ったのだよ。そのためにやはり私は力を求めた。
間違っていることにも気づいていたから、無理やりに自分を奮い立たせ力を求めて、その結果がコレなわけだ。
縷々姫にはやはり人の身では届かなかった。まぁ、おかげで私はあらゆる闘争から排除された。結果として自分一人は望みを果たしたのだな」
最後の声はなんだかひどく嘘っぽかった。

「まあ、人間嘘でも演じ続ければそれに中身が近づいてくるもので、なんだろうなあ、いつの間にか過剰な力を望み続けるようになってしまっていた。
相変わらずグラードの家なんてどうでもよかったがね。力の魅惑とはかくも恐ろしい。縷々姫の力に中てられたのか。
こんな生活になっても望んだ。だから、私は君を歓迎したくて老体に鞭打ちこんなに頑張ってしまった」
籠を持ち上げぶらぶらとさせる。果物が揺れる。
「私が、あなたの望む過剰な力だと?」
「少なくとも、君のアームヘッドはそうだろう」
なるほど。
「しかし、私はそれを引き出せません。今夜も、運が悪ければ傭兵にやられていたところでした。
残念ながら、あなたの望むような、グラードが望んだような恐ろしいほどの力の持ち主ではない。あるいは、そうであっても使えない」
「そうは言うが、君のアームヘッドは縷々姫の一部だ、私にとってはそれ以上に魅力的なものはない。ほんの一瞬だけの力だったのに、手放すともうだめだ、囚われてしまっていた。
正直、酷く心躍ってしまうのだ。既に力の探求の権利は剥奪されて久しいこの私が、こんなになるまで長々と生きながらえ、そして縷々姫の一部に殺される。
その事実に、心が躍ってしまう。今夜ほど金食夜叉を失ったことを悔やんだ日はない。打ち負かされたかった」

「君も嘘つきだろう。私たちと同じだ」彼は最後にそう付け加えた。きっと、性別のことではないのだろう。そういう目だ。
「そう、いい目をお持ちのようですね。私のこと分かるの、旦那様以外では二人目です」
「そうか。私も捨てたものではないな。アッサムの使用人、偽りの生に幸あれ」
お互いにワインを飲み干す。

そうして、彼をヒドゥン・マインドボウの手のひらでつぶした。

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最終更新:2015年05月14日 18:16