外に出て空気を吸う。夜の味がした。
それからフレンラの方を見た。お互いに満面の笑みだった。
「ついに、グラードのくだらない理念をつぶすことができました」
「は、はい!やりましたね!」
「それでフレンラ、さいごにお願いがあります」
ポケットから機械を取り出した。
「グラードの人間として、宣言してほしいのです。二度と力など望まないと、グリークに未練などもはやないと」
彼女は本当に賢い。意味が分からなくても生きるための選択を誤らない。
「わ、わかりました」
それを聞いて、録音機器の電源を入れる。

「もう、グラード家は、もう、グリークを奪還しようなんていう意思も、そのために力を求めたりすることも、もうありません」

録音を終える。私にとってはこれだけでいい。これを聞ければもういい。
やりました、旦那様。旦那様を殺したグラードの家はグラードの家が否定しました。旦那様。
そう小さな声でつぶやき、お腹をさすると、またドキドキする。
フレンラが安心した顔をしている。

その背中には四つ足のアームヘッド。だが、ガリア王国軍のヨツアシではない。
漆黒の体。四つの足。股にも肉食動物の様な顔があり、上半身には羽が生えている。
「フレンラ」彼女を呼ぶ。腰に抱き着いてくる少女。最初は私に怯えてばかりだったけれど、いつのまにかこうもなつかれていた。
だから簡単に捕まえて、殺すことができた。
夜の手で掴み、圧迫し、潰し、その残骸をすべて鍋に収めた。
どぼどぼどぼ、と。

「貴方のことも好きですよ、フレンラ。生き意地が汚くて。でも、あなたはかつてのグラードの人間ですから、生きていてはいけないんです。
まして、そんなに力を持ってしまっていて、いいはずなどないのです。また、力の象徴として祭り上げられてしまいます」

屋敷に戻り、鍋に水をたくさん入れる。火をかける。ぐじゅぐじゅと音を立てて煮立っていくのをゆっくりと眺める。
「ごめんなさい旦那様、途中でやめるわけにはいかなかったのです。ごめんなさい」
ぐじゅぐじゅ。
「え、そんな、でも、やっぱり、私アッサム様のお気持ちに沿いきれなかったから、それはやっぱり、ごめんなさいです」
ぐじゅぐじゅ。
「アッサム様、そんな、勿体ないお言葉です。いえ、そんな、もちろんわたしも愛しております」
ぐじゅぐじゅ。
「えぇ、いい子ですよ、とってもかわいくて。でも、ダメですよ、私が一番です。あなたの一番は私です」
ぐじゅぐじゅ。
「もう、そんなに楽しみな風にして、意地悪な人です」
ちょっとだけ味見。
「うーん、前の方がおいしかったなあ。貴方様に振舞うなら前の方でしょうか。」
ぐじゅぐじゅ。
「あれ、でも前の方は貴方には振舞えないのでした。なんででしたっけ」
ぐじゅぐじゅ。
「アッサム様、何故だかご存知ですか?そうですか、残念。旦那様のためにいつか私もなにかお食事を振舞えればいいなと思っていたのですが」
ぐじゅぐじゅ。ぐじゅぐじゅ。

ずっとずっと旦那様とお話をして、数日もそれが出来上がるのを待って。
あれ、なにを待ったんでしたっけ。フレンラ、わかりますか?もう!忘れっぽいなんて馬鹿にして。って、旦那様まで!ひどい!
もう知りません!――なんて、すねたほうが可愛いかなと思いまして。
えへへ、本当にすねたりはしませんよ。私はそんなことする暇はありませんからね。
旦那様に愛された以上、グラードも頂かねばならないのです。私、旦那様の望むグラードになります。
ヨワ・グラードです。あれ、でもアフォガードは旦那様から頂いたもので。
うーん、あっ、アフォガードでグラードも食べちゃえばいいんですね。
待っててください、旦那様。私、頑張りますから。

そうして、窓の外の私の愛機だったものを見る。ヒドゥン・マインドボウは壊れていた。
その残骸の一部しか残っていなかった。
それに気が付かなかったが、グラードのすべてを一度壊したあの日から、もう何日も、何週間もたっているようだった。
しかしそんなことより、私の愛機だと思っていたものは食べられる側だったのか、と思った。
だが、私の体はまだ嘘が解けてはいない。
四つ足の、異世界の神の名で呼ばれたらしいアームヘッドがヒドゥン・マインドボウを喰らっていた。

「では、いってきます。旦那様、フレンラ」

彼らのもとで立ち止まった。喰らう側の漆黒の体もボロボロだった。このボロボロの名前がわかる。
そしてその体が崩れる。その下から新たな体が覗いていた。いや、あれが本来の彼か、それもわかる。
「これまでの体が嘘で、本当の姿に戻っただけ。ずっと真実の主を探していたのですね。あなたも私と同じで」
ゼウスと呼ばれていたアームヘッドを見る。彼も私を見る。
「ねえ、私、旦那様のためにいちからグラードを作ります。旦那様の愛すべきグラードを作ります。力ではない方法で、旦那様のために。
だから、あなたに協力していただきたいのです。ホロウスローン、あなたも私も、それでも尚、未だ嘘でできた身なのだから、せめて二人で正しいもののために頑張りませんか」
私は、彼を本当の名前で呼び、旦那様が私に向けてくれたような笑顔を向けた。
彼もそれに応えてくれた。否、本当は旦那様と会う前には飢えて死んでいたはずの私が、旦那様の後に殺されたはずの私がヒドゥン・マインドボウの支えなしで生きていた。
彼はそもそもが応えてくれていたのだ。
私の嘘は虚ろな玉座に座して一層深くなる。

「ねえ、もっと嘘を重ねましょう。真実の愛だけがあればいいのだから」
私は、口紅を塗った。

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最終更新:2015年05月14日 18:17