ぼくのアームヘッド、ソル・リベライフ・カリバーは林檎の雨に打たれていた。
何もかもがあやふやになりそうなこの空間で、この痛みは本物だった。
ホロウ・スローンの持つ天穿つ林檎、ワールドピアースと呼ばれる自律兵器と空間湾曲のコンビネーションに、一切の死角などない。
しんと言う男は、一歩も動かない相手に近づくことすら叶わなかった。
「弱いんですね」少女の一言でワールドピアースはさらに鋭さを増す。
背中の円板を回すとアウェイクニングバリアーが強化される。これがなければ既に落ちていることだろうと思う。しかしそれ以上にならない。どうあがいても勝機がない。
否、一秒長く生きるだけが限界だった。
そこに現れたのだった。エクリプス・ディザイアが。
「バヴェットさん、助かります!」エクリプス・ディザイアがワールドピアースを捉えようとする。しかし捉えられない。
だが、少なくとも半分は避けている。九割を直撃している自分からすれば恐ろしいことだった。
さらに、その合間合間で銃を放つ。並大抵のことではなかった。そうなれば三本しかないワールドピアースは、こちらへの攻撃を緩めるほかない。
ぶつかりながら、本体へ近づく。それが、やはり、ワールドピアースに阻まれる。
――それでいい。
ぼくは一瞬の隙を作れればいい。
エクリプス・ディザイアの剣であれば、きっと、ホロウ・スローンに届く。
が、敵の上空。まるでその機体の形状に合わない踵落しを決めようとしていた。
違う、なぜ、それなんだ。
やはり打ち破られる。
だが、踵落しを防いだワールドピアースは機能を停止した。
しかし、なぜ、剣でなく――。
そして、ついに王は動いた。
倒れているエクリプス・ディザイアに向けられる長剣。
もう片方の腕には盾があった。
「本日は記念の日となります。ですので、お見せいたしましょう」
その剣は鮮やかで、鋭く、実体を持ちながら確認しえないほどに速かった。
エクリプス・ディザイアは真っ二つにされた。
二つになった純白のアームヘッドから吐き出されたのは、バヴェットさんでなく、千代さんだった。
なぜ、とは思わなかった。思えなかった。
四機を相手にしてここに駆け付けてくれたことを思えば。
なにより、ここにエクリプス・ディザイアが居ること自体、普通はないことなのだから。
つまり、バヴェット・ゲルドラスは死んだのだ。
エクリプス・ディザイアが千代さんを乗せてきたというのはそういうことなのだ。
会って間もなくても、涙は出てくるらしい。
これが悲しみの涙であってほしかった。だが、確証は持てなかった。
ソル・リベライフ・カリバーの背中の円板が回る。回る。火が起こるほど。それでわかってしまった。あぁ、これは、悲しみではない。怒りの炎。
比喩ではない。涙を乾かすように炎は上がる。
両腕もまた、怒りに呼応するように各複合兵器へ変化する。
それを、千代さんが眺めていた。
「怒ってるんですね」ヨワ・アフォガードの声にも反応せず、ワールドピアースは依然すべて地に伏していた。
「その怒りより先へたどり着けば、あなたたちも私のように真実の愛にたどり着けることもあるかもしれませんよ?」
ホロウ・スローンがこちらを見据える。そして踏み込む。もっとも、この空間に地面と呼べるものがあるのかは謎だが。
敵は、俊敏な動きでこちらに迫るかに見えた。確かに迫っていたのだ。しかし、後方にいた。縷々の欠片、つまりはそういうことだった。
ぼくのソル・リベライフ・カリバーに縷々の欠片は使えない。不完全なティアーズであることと、それから――。
だが敵の手は読めていた。だからその数瞬前、左腕の複合兵器、レイディアント・ハートキャンサーでホロウ・スローンが消える前に矢を放っていた。
それは相手の盾に防がれたが、後ろから斬りつけられるはずだった事実も防いでいた。
「怒りで強くなるんですか。情熱的なのですね」腹部を蹴られ、後方へよろめく。そこを袈裟斬りにされる。
「私は、愛で強くなります。旦那様への愛で。純愛です」言葉を区切るタイミングで追撃がくる。わかっていても躱し切れるものではなかった。
右腕の複合兵器、アンリミテッド・ラスト・カーニバルによって広範囲のビーム砲を浴びせる。
当然躱される。左腕で首を刎ねる。やはり当たらない。右腕の複合兵器を解除し、マニュピレーターでその頭を掴む。それはついにあたったのだった。
ホロウ・スローンの頭を掴み、つま先の刃で斬りつけると敵の左腕が落ちた。いや、わかる。面倒なので落とさせたのだ。相手にはそれをもってしても余りあるアドバンテージがある。そもそも、腕が落ちる程度はディスアドバンテージですらないのだ。
「残念」その体勢は再びこちらを切りつけるための構え。腕もないままにこちらを斬りつけようとしていた。
そうして次におこることはこう。左腕が切り落とされたという事実を嘘にする。
更に、離れてしまったワールドピアースを寄せようと空間がねじれている。予想通り、林檎はまだ生きている。
持てる技のすべてを使おうというのだ。
このぼくを打ち倒すために。
縷々の欠片を戦闘のために用いることであればこのホロウ・スローンを越える者は居ない。
だから。
だから、ぼくはこの勝負を覆すことができる。
「残念なのは、あなただ」円盤が逆回転を始める。調和能力、太陽の泪によって更に速く。速さの概念が変わるほどに。
ホロウ・スローンの生み出した空間のねじれはすべて解消する。異空間の武器庫とのリンクもほどけてゆく。そこにしまわれたヒドゥン・マインドボウの意思までもが遠のく。
嘘が雪がれてゆく。
「ソル・リベライフ・カリバーは覆す聖剣。縷々の欠片を行使できない代わりに、その一切を無効化することができる」
右腕の複合兵器アンリミテッド・ラスト・カーニバルを構える。
エネルギーが収束していく。
「旦那様……今」
その声はぼくには届かず。
せめて始まりの嘘だけは守ろうと抵抗するホロウ・スローンは、もはや動くことすら叶わないようだった。
だからそれを無慈悲に斬り伏せて、先へ進む。
円板の回転は既に止まっていた。
「もっとも、数秒が限界なんですけどね」
倒れてしまいそうな体で、縷々の間を目指した。
最終更新:2015年05月27日 10:58