「ティアーズの力をそんな風に使っちゃって!」
凶悪な踵落しが襲い来る。正しくは、凶悪な俺に正しい踵落しがえっと、えっと、凶悪に、落ちる。
笑顔のアームヘッドがその踵落しを躱す。空間の歪みを一瞬で逆に歪ませて調和させる。これでただ凶悪なだけの踵落しだ。
勢いよく落ちて無防備な銀色を羽と足で叩く。続けて鼻のアームホーンでアームキルを試みて気づく。俺が攻撃していたのは、敵ではない。がれきだった。
背中で六つの目が光る。

蹴り飛ばされた。
地面と建物も犠牲になっている。おいおい、ヒルドールヴの一件以降衰退の一途をたどるアプルーエをそこまでいためつけてどうするんだ。
あれから何年もたって既になにもせずともボロボロなのによ。ていうか、何もできないからボロボロなのか。
まあ、俺には過ごしやすいからいいんだけどな。治安悪いのサイコー。

ていうかなんでこんな凶悪な事態に陥ったのだったか。なんだっけか。俺ばかり不幸でかわいそうになる。
あぁ、なんか、思い出してきた。
この俺、ジャック・ポメラグラネイトは、この荒廃した街を歩いていたんだった。女を探してた。
そう、さっき、好みの女を見つけたから、こいつを、キングス・ブラッディ・ジョークを使ってさらったんだ。
それで、俺の部屋でそいつを殴って殴られて殴り返して殺して犯してたらなんかこいつが来たんだ。
せっかくきれいに飾ってた俺のコレクションをたくさんばらしてくれやがった。あんな綺麗な肢体なかなかねえのによお。
ていうかなんだ、ティアーズって。おい、言え、バカ。
俺のアームヘッドのキングス・ブラッディ・ジョークは答えた。それは、我々のことにございますと。

ちなみに、俺はこのやり取りの間にあの銀色から三度投げられ蹴りつけられている。この凶悪な女はなんだ。
有象無象代表のこの俺が有象無象を一つ二つ殺したのがそんなに気にいらないのか?死体を犯すのが気に入らないのか?
自慢の鼻が掴まれてまた投げられた。くそ、声は嫌いだが声だけでいい肢体の女な気がする。いい死体になる声だ。こいつ犯してえ。

だったら捕まえないとな。

調和能力を発動した。変態するキングス・ブラッディ・ジョーク。
蹴りを受けるがそれを受け入れる。興奮する。これだよ。やっぱ。生きて声を出すクソの唯一いいところだ。
逃げる体制をとるがべとりべとりとしたこの体がそれを放さない。最高だ。俺の手に落ちた女はエロい。あとは殴りまくるだけよ。

人を拒むような荒廃の街が視界から消えた。何も見えなくなった。代わりに薄緑の月が出ている。その光が俺と、女だけを照らしていた。
二人を隔てていたはずのアームヘッドが存在しなかった。
あれ、なんでだ。
「あれ、なんでだ」声にも出した。
「余とホーリィ・フォーニィの調和能力ってやつかな?」弾むような声からの構え。からの初動。
女がこちらへ迫ってくる。無駄のない動きだ、これ素手だと女でも負けるな。
ポケットを触るとナイフが入っていた。それに、胸ポケットにはピストルもある。
「う、うわああ」怯えた風にして手にナイフを隠す。女はさらに突っ込んでくる。
その蹴りがこちらに標準を合わせる。俺は笑って、ナイフを突き立て、すかさず胸ポケットからピストルを抜き取り、撃つ。さながらガンマンだ。

結果、俺は顎が外れて気絶した。一瞬でなんとか目を覚ましたが両腕の骨が折られていた。意味が分からない。
素手の女に武器を持った男が負けた。
それで女の足を見てビビった。足元に曲がったナイフと、なにも貫けなかった迷子の銃弾があったからだ。女の顔を見ると笑っていた。乳がでけえなと思った。
「余のとこしえの鍛錬の前にそんな小手先の手が通じるわけないでっしょ」いや、やっぱり意味が分からない。そして女が続けた。
「いい、もうしないって誓って。ティアーズそんなことに使わないって」さっきとは打って変わって真剣な目だった。
「はああ?あんたな、俺にとっちゃこれ以上大事なことはねえんだよ、死ぬまでやめねえぞ」嘘はつかない主義だ。さっきの怯えたふりは忘れた。
みるみる不機嫌な顔になる女。あぁ、いつも通り嘘つきゃよかった。

だからこれはやべえと思った。だが、月が消えた。
そうすると俺はコクピットに戻っていた。目の前に女もいない。

そのかわり、モニター越しの目の前にはアームヘッドらしきもの。金色のと水色のとの二つがいた。
水色のは後ろで立ってるだけで、金色のが助けてくれたらしい。
俺が捕まえていたはずの銀色は吹っ飛ばされてぶっ倒れてた。すぐに立ち上がったが。
偉そうな水色の方が声を発した。俺の方を向いては居ない。
「私もあなたに見逃してもらったことがありますね。どうぞ消えてください」
そして背中の黒いなにかをひとつ飛ばした。それが、銀色の目の前で止まり、浮遊する。
「ティアーズをよく知っているらしい貴方です。ホロウ・スローンを、まして他のティアーズ二体までも相手できるとは思っていませんよね。いくらあなたでも」
その声は俺にとって衝撃的で凶悪だった。はじめて人の声をわずらわしく思わなかった。もっと聞きたい。

「そなた、まさかあの時の。じゃあ、ヒドゥンが死んだのは」
「変なことをおっしゃる。彼は生きています。彼が居なければ私は居られませんから。ホロウ・スローンと共に私と居てくれていますよ」
「は?なにいってんの?そなた」
「だから、ひとつになったのです。愛する者のことはそのすべてがほしいですよね。あなたもわかるでしょう」
「……そなたのそれとは違う」
「それは仕方ない。私と旦那様の愛以外はすべて贋作ですから」
この水色はすげえ。こいつ、頭おかしいぞ。俺には分かる。これだけでわかる。こいつ、なんか壊れてる。
「ところで、私、あなたのことはどうでもいいんです。どうせ縷々姫のためにしか動かないのでしょうから」
銀色に黒の浮遊物がこつんと接触する。
「ひくならいいのですが、どうされますか」
少しじれているようでもあったが、空間の歪みが発生する。銀色が消えていく。
「いつか絶対、取り返しのつかないところへ行っちゃうよ」と残して消えた。
水色は小さな声で、「人の理は、私なんて相手にしませんから」と返しながら見送った。

そしてこちらを振り向く。
「ジャック・ポメグラネイトさん、ネオ・グリークのために私と来ますね?」

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最終更新:2015年05月27日 01:21