俺は、しばらく退屈だった。強すぎた。
このバヴェット・ゲルドラスは最強だった。
その上、俺にはティアーズがあった。エクリプス・ディザイアだ。無敗だった。
四年前にヒルドールヴ社でデカイごたごたがあったと知った時には大層悔しかった。それほどの戦いなら俺の相手になるものもいたのでは、と思ったのだ。
だが、そんなものに参加する必要はなかった。
打ち負かされた。アームヘッドで負け、肉弾戦ではもはや戦いになりもしなかった。鮮烈な女だった。
彼女を源千代という。彼女を想う。これはやはり、恋慕の情だろうか。

するとつまずいた。道路の真ん中でつまづき、屋台に突っ込みそうになった。突っ込みそう、でおさまったのは幸運だった。
「大丈夫ですか」浅黒い男がいた。

屋台でサンドウィッチと豆、それとコーヒーのセットを御馳走した。
屋外のパラソルが店の飲食スペースということになる。土地柄もあり、尋常じゃなく砂の味がする。
彼は随分満足してくれたらしかった。タンクトップで頭に布を巻いている。この日の強い地でこんな恰好をしていたらそれはこんなに肌も焼けよう。
「さっきは男を助けるなんて切ないことをさせてしまって申し訳ない」
「いえ、そんな。みな、助け合いですよ」
「そうは言うが、俺だったら女ならともかく、自分と同じような体格の男の手を引いて助けてあげたいとは思わないからな、しかし屋台にも迷惑をかけずに済んだので感謝している」
「はは、助けられるものは助けたいでしょう」その顔は、いまいち正気に見えなかった。
食べ終わったが、なんとなく興味があったので少し呼び止めた。
「時間があるなら、これから少し付き合ってもらえないか」
「え、えぇ。夜から仕事ですが、しばらくは大丈夫ですよ」
「あ、そうなのか、ならいい。昼の疲れが夜出ては悪いしな」
「あぁ、なら――」

土を固めた家は意外と頑丈で、立地のおかげで少し寒いくらいだった。
旅人である俺の家ではない。彼の家だ。
「肌の色でこのあたりの人ではないと思っていましたが、なるほど、旅の人でしたか」
「戦争の時にたんまりと稼いだもので」俺は傭兵をやっていた。今も貯蓄が底をつきそうな時にたまにやっている。
「この土地ははじめてで?」
「そうなるな。湿度が低いおかげで思ったより過ごしやすい。それでもやはり暑いが」それと、衛生面がやや気になった。元傭兵、耐えられないわけは勿論ないが。
団扇をぱたぱたとさせる。すると、彼は水を出してくれた。普段なら頂くところだが。
「いや、この土地で水分は貴重だろう。遠慮するよ。どうせ近いうちこの町は出ていくからな」
「さっきコーヒーをごちそうしてもらった分です」ん、そういわれると断りづらい。
「すまない、いただく」ゴトトっと、カップを置く音がした。

水を飲みながら気になっていたことを聞いた。
「助けられるものは助けたい、と言ったな。正直、俺にはその気持ちが分からないんだ。それで、ひきとめてしまった」
俺は強い。千代以外に負けることはないだろう。アームヘッドならばわからんが、少なくとも腕っぷしなら自信がある。
だが、その力はすべて自分のためにしか行使しない。だからわからなかった。何を言っているのかわからなかった。
なぜなら彼の声は見返りを求めていなかった。俺だって千代がつまずいていたらそれは助ける。好感度が上がるから。まぁあの女にそれはないだろうが。
だがこの男は違う。
「すごく鋭い目をされているんですね。実は、街の人からも気味悪がられてて」彼が向かいの椅子に座った。
「気味が悪いとまでは言わないが、なんというか、まるで善人に見える」我ながらよく意味が分からないことを言ったと思う。
「まさか。ぼくはただ、謝りたいだけなんです。誰になのか、わかんないんですけど」誰にかわからない?
「どういう意味だ」
「記憶がないんですよね」
「へぇ~、記憶、ない感じなの?」言いたいことは同じなんだが、なんだか俺の言葉ではない。なんだ。
横を見ると源千代が居た。
「な、ななななんでお前が」
「おいおい動揺しすぎだろういい年した男がさあ」
「先ほどからいらっしゃいましたよ」よく見るとからのコップがみっつあった。
「え、いや、え、そんなところから?」
「余の話でもしないかなーと思ってたんだけど、残念じゃん」つっつかれる。危なかった。心の声が漏れていたら危なかった。
「ま、このアホは置いといて、余から質問。いつくらいから記憶ないの?」
「えぇ、ここ百年ほど」
「なるほどねぇ~」なるほど。
「「は?」」声が揃った。
「えぇ、気味悪がられるんです。百年こうなので」そりゃそうだろう。
隣で源千代は口に手を当ててなにかを考え始めたようだった。

それが、彼の次の一言で違う顔になった。確信を掴むような顔に。
「名前がしんっていうことしか覚えていなくって」

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最終更新:2015年05月27日 01:33