時は2013年。王の目覚めを見ていた。ついに寝たふりをやめたようだ。
対する我が主は寝ていた。だが良い。彼女は私の言うことに協力してくれるから。

良い、とは言ったが、やはり彼女の助けなしでは難しいところがあろうか。目を覚ましてもらうとしよう。
主、主よ。ペスカトーレ・シウルよ。
「ん、うぅ……」
目を覚ましてくれ。主。
「んわあぁっ!」主はティアーズである私の中でがばっと目を覚ました。
私はティアーズが五人目、ブラインド・アーリィ。縷々姫の中にある今という概念。

目を覚ましたばかりの主は辺りを見回して髪はバサバサと揺れている。未だあちこちを見ているので、私の立つ崖の下を見るように促した。覗き込むようにモニターを見るとおぉ、と声を上げた。
崖の下の小屋の前でひとつの同胞を喰らい、ついに王が目を覚まされた。我が王はまるで否定の意思が形を成したようだった。鋭く、不幸で、愚かであった。
我が王は不思議な人間を主としたようだった。まるで生きている人間の波長ではなかった。私の知らない人の形。容姿は愛らしく、しかしそれはもう、王にふさわしい負の心根だった。

「で、あのおかた?をスカウトに行けばいいの」如何にもだ、主。
「まあ任せてよ。今を楽しめるんならなんだってする!」私を駆る。
崖から降り、否、半ば落ちるように。轟音と共に王の前に跪く。

「誰かに見られているのは気づいておりました」王は言った。それはそうだろう。この巨体を隠す気もなく覗いていたのだ。
王が目覚めようとしているのにこそこそして見逃すなど、私にとってはあり得ないのだ。しかし、王の許しなく更衣を除くのはやはり下衆の行いであったように思う。
できることならば弁明したいが、主にそれを頼むのは無理があるか。無理というより、多分無視される。
「まぁまぁ。私は寝てたから見てないよ。プリティーキュートの王様ちゃん」彼女はつづけた。なんという主だろうか。
「ねえ、これからどうすんの」
「見ていたのならわかりませんか。旦那様の愛をすべて賜るのです」王の言葉は難解だった。
「ふんふん、じゃあそのためになにすんの」しかしなぜか主には王の言葉が理解できているようだった。
「旦那様の愛したものすべてを頂くのです」愛を賜るとはそのような事であろうか。いかん、これは不届きなことを。
「そっか、やり方は」主はこれで実は聡明な娘なのだった。
「すべて頂くのです」対する王はなんというか、空と話しているようだった。
「ヘヴンの人間もアームヘッドも全部食べちゃう気?建物も?」食べるとは、主の語彙には飽きない。
「私の体内にあっていいのは旦那様とフレンラだけです。お二人のほかにはもう私では養いきれません」……もしかすると、主の言葉は比喩ではないのかもしれない。

しかし、この王、虚ろの玉座の名に違わぬ虚ろな存在である。まず、人と会話している感覚がなかった。
それではよくない。私の目的を果たさねばならぬ。と、主に訴えようとすると彼女は「まあまって、ブラインド・アーリィ」と囁いた。
「そうでしょう。だったらさ、やっぱりこれをすれば愛を手に入れられるっていうの、アタリをつけなきゃいけないんじゃない」理知的な主だ。
「あ、なるほど。たしかにそうですね。貴方の言うとおりです」そしてありがとうございますと付け加え、水色の王は頭を下げた。なんという王だろうか。
「まず、旦那様?が愛したものを教え」
「私です」主の言葉を遮った。
「じゃあ次は?」動揺も不満もなく、笑顔で主が続けた。
「平和でしょうか。あるいは、そうですね、グラードの家、いや、それとも……」
「平和とグラードの家をあなたが手に入れたら、旦那様ってひとはあなたが独り占めできると思う?」
「……そうですね。たしかに、平和なグラードにおいて、旦那様と私は確かに二人きりの心でした」
「そう。じゃあそれを手に入れよう。どうやろうかにゃあ」主はそのまま、小声でグラードってどんな家なんだろ。と続けたので私はアームヘッドとしての調和能力を行使した。
王に使うのは忍びないが、王の目からその記憶を覗かせていただいた。やはりグラードの項はすぐに見つかった。

アプルーエ十二貴族の一つでオットセイを象徴としている。もとはグリーク王国で緩やかな王政を敷いていたが、民衆の一斉蜂起によって土地を追い出された没落貴族。
そして、力の探求の果てに旦那様を殺したために――。

王の記憶に読むグラードの最期はなかなかに苛烈だった。
さて、我が主はどうする。
「今は亡き家かあ。だったらこっちは簡単だよね。あなたが全部やったんだから、あなたが名乗ればすぐでしょう。理念もあなたの掲げるがまま。簡単。
だけど、それだけじゃだめだよね。あなたは否定の拳を握っていたんだから、今度はすべてを受け入れないと。
でさ、それならグリークって土地を自分のものにしちゃえばいいんじゃないかな。グラードからグラードの望みを奪い取るの。
旦那様さんの愛はまさかその家の名前に充てられたものじゃないでしょ?その家をその家足らしめる理念を奪うのよ」
「しかし、それではグラードと同じで、それは旦那様の望まれたことでは」
「ノンノン、旦那様の望みと食い違ったグラードの望みをあなたが奪い取ったら、グラードはもう、そんな理念を掲げられないでしょ。そうしちゃうの。ネオ・グリークってとこかな。
そのネオ・グリークをあなたと旦那様好みの平和な国にすればもう旦那様の愛はひとりじめ!朝から晩まで抱かれまくりってところよ!」主、下品だぞ。
しかし王はそうは思っていないようだった。

「……すごい。すごい。貴方はすごい方ですね。貴方の意見は一切の異論をさしはさむ余地がない。完璧で、論理的で、それでいて夢物語ではない。
貴方と出会えてよかった。ありがとうございます」王にはそのようにとれるのか。この暴論が。だが良い。うまく乗せてくれた。
「いいのいいの。私たちにも企みあってのことだしね」
「たくらみ?」王の言葉に最初のとげはなかった。

「グラードの理念、もうひとつあるよね。それも奪ってほしいわけ。ううん、あなたたち的にも奪わなきゃ!グラードに残しちゃダメだよ」
王がおお、とかわいらしい声を上げた。

私は打ち震えた。
不思議な王ではあったが、しかし。
ついに叶う。
ついに、永遠の牢獄を終わらせられる。
ついに、縷々姫を殺すことができる。

それが、数年後に起こる戦いの始まりだった。

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最終更新:2015年07月02日 13:06