ロアールの街。
振動する爪が大鎌の残骸とが打ち合うと、火花が散った。
きりきりと音を立て、二つの刃が削りあう。
それを、ただ眺めるばかりだった。

俺マレェド・ペッパーの妻になってくれたラズベリィがカヌレ・クロインの娘であるからには、やはり、その敵となるのは不幸に知られる黒い蝶なのだった。

六年前、ティアーズが一堂に会して戦争をした。
ネオ・グリークを掲げる俺たちと、縷々姫の軍勢が戦った。結果、何が起こったのか、実は俺とラズベリィはあまり知らない。
わかったことは俺たちが負けたということだけだった。

それから、俺は二年後に学校を卒業し、アームヘッドを設計する仕事に就いた。
自分の頭を信用していたから優秀さを知らしめようと張り切った。クロインの名を使って他大陸から情報を収集し、結果アプルーエ連合王国の技術がどれほど遅れているのかを知った。
それから技術の水準を上げようと努めはしたものの、独自の進化をしていたこの連合国のアームヘッドと二足歩行のアームヘッドの技術をすり合わせていくのは至難の業だった。
なにより、そんなことを今更望む人間も多くなかった。

だが、それでもと試行錯誤し、糸口をつかんだのがさらに三年半後。今から半年ほど前のことだった。
あの日の話からしよう。

その日、御蓮の人間と話をした。
彼は御蓮に重工を構える経営者だという。優秀な人材を求めてこの辺境の地、アプルーエ連合王国へ足を運んだのだとか。
そして、俺がそのお眼鏡にかなったのだという。数日前に連合へフォイボスMk-9の開発案を提示したのがこんなところで役に立った。肝心の連合はマトモに取り合ってくれなかったが。
ともかく、それによってこの荒廃したアプルーエ大陸を出ていく術と理由を手に入れたのだった。
ずっと、ここでずっと過ごし続けるわけにもいくまいと考えていたし、いずれこの大陸から離れることができる時にと決めていることもあった。
それでも一応前向きに検討したいと逃げ道だけは確保し、家へ帰ったのだった。

その夜、家には両親とラズベリィが居た。いつもの光景である。
うちは自営業で両親ともに家で仕事を済ませることが多かった。
ラズベリィはその両親のために家事手伝いをしてくれていた。彼女は両親が離婚し、親権を握った母もあまり家に帰らなかったため、自分のことは普段から自分でやっていた。
そのため、家事の腕は十分にたつのだった。これは、俺にとっては随分意外な事だったので、最初のころは驚いた。
もう一つ驚いたことは、ラズベリィが自分より四つも年上だったこと。こっちは今でも信じられない。なんといってもバカなのだから。

そのラズベリィがひとり生活リズムの異なる俺のために手際よく料理を用意してくれた。いつもそうだった。
ダイニングには二人。俺とラズベリィ。テーブルを挟んで向かい合う。両親は上の階の寝室で過ごしていた。これもいつも通り。若い男女を気遣ってくれてのことだったのだろう。
いつもなら別にこんなところでいちゃついたりする訳でなし、いらん世話だ、と思うところだが今日は違っていた。
俺は酷く緊張していた。だからポケットから物を落としたのに気付かなかった。
「ラズベリィ、話がな、あるんだ」
「どうしたの?……あっ、待って」そういって、彼女がテーブルを潜った。
「これなんだろ、落とした?」といって、今からかっこいいプロポーズと一緒に渡す予定だった指輪の入ったケースを拾った。
「あれ、指輪?」勝手に開けといて、あっ、とばつの悪そうな顔をした。

「機を窺ってたんだよ。約束してたのに、まだ結婚してなかったから」彼女が目を輝かせてくれた。どうせかっこいいプロポーズなんて成功しなかったろうし、これでいいか。
「ドラマチックにはならなかったけど、ラズベリィ、俺と結婚してください」
何度も、言葉もなくうなずいてくれた。涙までも輝いていた。
それから、続けた。
「でさ、さっき言ったことなんだけど、いいタイミングだったんだ。実は、御蓮の方の重工から引き抜きの話が来ている。
アプルーエ連合王国はもう色々とガタが来ててやばいだろ。だから、いつか出ていこうと思っていて、それで、そんなときに話が来てさ。
これで、お前のことをちゃんと養っていけそうだから、結婚しようと思って。よかった、頷いてもらえて。前の約束は随分昔のことになっちゃったから気が変わってたらって」
照れ隠しの言い訳はここで区切られた。
なんだか、彼女が嬉しそうではなかったから。

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最終更新:2015年05月28日 20:51