それから数日はもやもやとした日だった。
当然、プロポーズを受けてくれた人がなんだか気乗りしていないようにしか見えなかったから。
何度か御蓮の人が訪ねてきたが、あいまいな返事を重ねた。
そういえば、あの人も似たような顔をしていた。ヨワ・アフォガードという少女だ。
ペスカトーレ・シウルという女の言う話をなんとなくこなしているように見えた。気乗りしないっていうのとは違っていたけれど、なんだか、乗り切れていないようだった。
そう、多分、あの人は自分の夢がかなわないことを知っていた。
それか、そもそもそんなところに夢なんてないということを知っていたのかもしれない。
ともかく、少女はその可憐な姿に見合わない闇を諦めていたようだった。諦めて、ただペテン師に用意された道を歩んでいたようだった。
彼女がいつも夢を掲げて一番強い言葉を使っていたのが、とても嘘っぽかった。
ペスカトーレのように他人をだます嘘じゃなく、自分をだます嘘のようだった。
だから、そんな目をしているラズベリィを、させている自分を許せなかった。
ペスカトーレのように、嘘をつかせてそれに甘えるようなのにはなりたくなかった。
けれどもう一つ思い出すことがあった。それは、ペスカトーレの言葉だった。多分、俺が聞いた、あの女のただ一つの本音。
「だけどさ、それは結果的に幸せだよ。今が輝き続けるなんて、ないんだよ?」
要約すれば俺は天才だ、だから俺が不幸なのはおかしい、世の中が間違っている、というような傲慢な事を言った時に返された言葉だった。
「あったらさ、それはもう、全部濁ってるのと同じでしょ」
あの時は意味が分からなかった。そもそも、あの女はいつも今を輝かせる、とか、今を楽しむ、とか言っていたから、何を言っているんだと思っていた。
結局、闇がなきゃ光は見つけられないっていうようなことを言いたかったんだろう。光しかない苦しみを背負うティアーズを持つ彼女の言葉。
あの戦いの最後、死にかけたアームヘッドと一緒に俺のブロウクン・フウルワールドの足を引きちぎるあの女は間違いなく一番輝いていた。
本来誰しもにある敗北っていう闇を見つけて、まだやり足りないっていう闇を見つけて初めてあのアームヘッドの今は輝いた。それを見て、あの女は満足した。
どうせなら、全部輝かせたいよな、二人の日々を。そうだ、二人の日々を、だ。
俺が結婚したいから結婚するんじゃない。俺とあいつが結婚したいから結婚するんじゃないといけない。
だからこの日仕事を終え、連合にその日の分の報告書を提出して苦手な白ワインを買って帰った。ラズベリィの好物だ。
「お前さ、本当は俺と結婚したくないだろう」テーブルに広げられた料理を食べながら、向かいの席のボトルが空になったのを見計らって言った。
少し酔った様子の彼女は、すぐに首を横に振った。
「ど、どうしたの?なんで?」左手の薬指を右手で守っているポーズをとった。年上のツインテールが揺れるのがかわいらしかった。
「いや、なんか、そういう顔してた。あの日」俺の左手は純然たる素肌で、代わりに右の拳に指輪が入っていた。
彼女にこれ以上嘘はつかせたくない。彼女とこれまでになってしまっても。
「あぁ――」ラズベリィが目を伏せる。
「私ね、パパっ子だったの。お父さん、カヌレ・クロインって言って、ガリア王国軍の偉い人で。六歳までしか一緒じゃなかったけど」
彼女が最後の一杯を一気に飲み干した。
「お父さんが守ったこの土地でずっと生きていくんだって勝手に思ってたから、びっくりしちゃって。でもね、マルのお仕事が評価されたのが嬉しくって、そんなこと忘れちゃってた」
それじゃ安心なんて出来ない。その目は、ヨワ・アフォガードの目だ。自分に嘘をつく者の目。
「ラズベリィ、お前はやっぱバカだ。俺より四つも年上なのにバカだ。いいか、バカなんだから、頭使う真似はやめてくれ。
頭なんて使わず、やりたいことをやってくれていい。違う、してほしい。俺はそれに合わせるから。合わせたいから。
俺は天才なんだ。バカなお前のやりたいことくらい、全部かなえさせてやるから、甘えてくれていいから。四つも年下だけど、お、お前のこと、守りたいと思ってるから」
だから、残りたいって言ってよ、と、どんどん情けなくなっていった。
「やだ!私なんてただのバカなんだから、私なんかのために、せっかくの天才をダメにしちゃ」耐えられず、遮った。
「なめんな!そもそも御蓮で設計図を書き続ける程度で終わる男じゃねえんだ!最初からそのつもりだ!だったら最初から別にあんなとこじゃなくていい!
お前がここがいいって言うならこの国の奴らがまたやる気出すくらいすげえアームヘッド作ってやるよ!俺を天才なんだぞ!ガリアにいたいんだろ?」
「……いいの?ガリアに居て」
「当たり前だろ!バカが慣れないことすんな!」
二人とも、顔がぐちゃぐちゃだった。
後日、御蓮の人からの誘いを正式に断った。
別れ際になんでか、こうなる気がしていたよなんて言われた。
これだけ待たせれば誰でも思うだろ、とキザな経営者に台無しな事を思った。
最終更新:2015年05月28日 21:03