ロアールの街。
振動する爪が大鎌の残骸とが打ち合うと、火花が散った。
きりきりと音を立て、二つの刃が削りあう。
それを、ただ地上から眺めるばかりだった。

俺マレェド・ペッパーの妻になってくれたラズベリィがスニグラーチカを駆るからには、やはり、その敵となるのはワールズマインと呼ばれるティアーズなのだった。

正しくは、スニグラーチカ・ジェニツァ。父から娘へ受け継がれたアームヘッド。
雪娘は俺の元で花嫁となった。、
以前にも増した加速性能は最早、以前の並よりは優れる、程度のそれではなく、特技と呼べるものだった。
そしてラズベリィはその父の名に恥じない類まれな操縦技術を持っていた。そのセンスは、相手の蝶をはるかに凌駕していた。
だが相手はそれでも落ちない。まず、攻撃が当たらない。
たしかに、空間に作用する能力は多少の隙こそあれど強力だ。だが、それでも彼女は相手を捉えているのだ。それは間違いない。だが、どうしても当たらないのだ。
相手が避けているというよりは、ラズベリィに攻撃の意思が足りない。
彼女はあの時もそうだった。ティアーズ同士で戦ったあの日、銀色の敵の攻撃を分かっていて受けた。

ラズベリィは、明確な敵意を向けられる相手でなければ戦えない。

彼女にジェニツァに乗りガリアを守ってほしいと言った時、黒い蝶を知っているかもしれないと言っていた。
カヌレ・クロインの最良の友であった人、ドロップ・ワールズマイン。自らの父を信用するラズベリィにとって、彼は、無条件に敵意を向けられる人ではなかった。
「ドロップさん、私、カヌレ・クロインの娘です。あなたのこと、覚えています。ドロップさんのこと、ちょっとだけ。顔だけ。顔色が悪い人でした。
でも、父はあなたと話している時、何よりも楽しそうでした。そんな人が、どうしてそこにいるんですか」
ドロップ・ワールズマインは答えない。
決して優れない足技がジェニツァに直撃する。
「どうして、ガリアを襲うんですか!父の守ったガリアを」
ドロップ・ワールズマインは答えない。
尾に橙が灯る。
「どうして!カヌレ・クロインの友達じゃあなかったんですか!」
ジェニツァを取り巻く空間が歪んでいく。
「お前、ここを守りに来たんじゃないのか?」
ドロップ・ワールズマインはそれだけ答えた。

ジェニツァを捉えた空間の歪みが彼女を呑み込もうとする。
「させるか!」まず、その歪みに歪みが重なり相殺され、次に俺の背後に片翼の黒いティアーズが現れた。
アームヘッド足らしめていた下半身をなくしたティアーズ。それが現れてから、俺は先ほどの言葉を発したのだった。
それで、片翼のティアーズはついにその片翼すらも折れた。最後の力を使い果たし、それでもまだなんと体を保っている。
「ありがとう。歌姫。お前の絶望は、お前で終わらせるから」右手を掲げる。
「だから、最期に頼む。お前に頼む。俺とお前は、相棒なんかじゃなかったけど、それでも頼む。俺は、お前以外の涙を流したくない!流す羽目になってほしくない!」
空間がひずむ。それを介して、俺を乗せたブロウクン・フウルワールドは上空へ。
そして、ジェニツァにぶつかった。
「考えるな!後のことは俺に任せて、そいつの翅をもいでやれ!」
そして、それを伝えて、俺のティアーズは落ちた。最後の力のその残滓が俺に加わるべき衝撃を打ち消してくれていた。

コクピットから出て空を見上げれば、再び対峙する白と黒。数秒の静止の後。ジェニツァが動いた。チェリポルカであった左腕を展開させる。
そして、受け継がれた調和能力があたりの空気を冷やしていく。分子が止まっていく。
白の静寂に包まれる。
そして、排熱機構を介して氷の膜が彼女を包んでいく。花嫁が包まれる。花嫁を包むベールは、迷いをすら打ち消して。

「見ろ!やっぱり俺は天才だ。スニグラーチカ・ジェニツァ・シェスティーヴリィ。幸せな花嫁は――」
「――幸せな花嫁は、あなたを、否定します!父の最良の友、ガリアに降る災い、ドロップ・ワールズマイン!」

黒い蝶は嬉しそうな声で、おう、と返事をした。

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最終更新:2015年05月28日 21:32