二度の激突。これだけでわかった。俺の嫁は、ドロップ・ワールズマインよりも強い。
迷いを捨てた俺の幸せの花嫁は、劇的なほどに強かった。

だが、賢いのは相手だった。実力差を嘆くこともせず、悪びれることもせず、ただ後ろに引いた。後ろに引いて、空間を割った。
時が輝き、空に模様が浮かび上がる。
空から降るは百の蝶。
俺だってティアーズを使っていた者だ。理屈としてはわからなくない。わからなく、ない?
わかるわけがない。
「まぁ、これくらいは受けてくれよ」そのわけのわからないほど圧倒的な力を黒の蝶は、これくらいと評した。
それが、幸せの花嫁へ一切の加減もなく飛びかかる。空間は歪むし、斬りつける足も的確に一番弱い腰を狙っていた。
反則というものがあればこれ以上はないだろう。

だが、それ以上に恐ろしいのは、花嫁の方だった。
チェリポルカひとつで無限の蝶を苦も無く落としていく。ロアールの高原に翅が積み重なり、地面が黒くなっていく。
何故そんな動きができる。そんな設計はしていないはずだ、という思いと、それ以上に設計に携わる者としての好奇心が興奮を誘う。

「驚いた、カヌレもこれには多少手こずってくれたが」黒のティアーズはほぼすべてが失われていた。
「まぁ、俺が運用できる平行世界の自分は、こいつの繰り手である俺だけじゃないがな」
空間の歪みから出るのは、ヨツアシの武装、未だ現役を貼れるほどの破壊力を持つ槍。
それが上空に発生するのだ。ただ、花嫁を追う無限の槍。尽きない槍。それを難なく躱す花嫁。
その後方に、黒い翅が浮かぶ。
「私たちも、芸ならあります」ラズベリィの言葉に反応し、体を前に傾けたジェニツァは、足の位置にある隠し腕を展開した。
その腕が、後方の黒い翅を、そして自分を今貫こうとする槍を破壊する。
「へえ、それは想定外だ。そいつの下半身にそんなもんが仕込まれてるとは!考えたな!」そういうと、一体を残して黒い蝶が皆歪みの仲へ消えた。
「俺の負け。手伝ってもらったヨツアシにもひいてもらうとする」

「まぁ負けるよな。俺は今、絶対間違ってるもんな。あぁ、ありがとう。カヌレの娘。俺が間違ってるなら、それは励みになる。
俺も、俺が応援してしまったやつも、間違っててほしい。
でもさ、もう最後のチャンスだと思うんだ。だから、俺は、正しさより愛をとっちまうバカのためにもうちょっと頑張らせてもらう」

そうして再び世界が割れる。普段の歪みよりも深いところへ向かっているように、層が割れている様子だった。
「だからとっておきだ。俺は間違ってるから。あの人の理想こそ正しいと思いたいから。だから、俺は、俺にとって一番間違いだって思うもんを使う。
これまでにいろんな世界を見てきてたったひとつあった、認められない間違いだ。見ろ。俺が、エクレーンと結ばれなかった世界。エクレーンを見捨てた世界がある」
空間のひずみの、より深いところから何かが下りてくる。
「悲しいかな、そのクソみてえな世界の俺だけはさ、すげえんだ。操縦技術が。あいつはすげえぞ。何もかもが俺じゃねえみてえだ。なあカヌレの娘、お前なら勝てるか?」
降りてくるのは黒、ではなかった。見知った機体。それは白い。
「カハタレの力を拒んで、憧れたあの人の技を、力を、すべて受け継いだ最強最悪の逸品だ。とくと味わえ」
それはスニグラーチカ。瞳に橙を灯す以外なにも違わない。ガリアの英雄、カヌレ・クロインの愛機。目は血走っている。
橙の目のスニグラーチカが動き出す。二つの雪娘が鎌を交える。それは空間をゆがませもしない。自分をたくさん出したりもしない。

ただ、それでも今まで最も彼女を追い詰めた。 
ただ、ただ、純粋に強かった。
その戦いはただただ鮮やかだった。同じ設計思想の、二つの時代の、同じアームヘッド。
全てを受け継いだという彼の言葉に嘘偽りは一つとして含まれていなかった。その操縦技術こそが空間に作用する能力と同格の超常の能力と呼ぶべきではと思うほどだった。
拮抗する二人を見届ける黒の蝶と俺のふたり。言葉はない。けれどわかる。俺も、ドロップという男も、同じ。ラズベリィの勝利を望んでいるのだと。
二つの鎌がどちらも空を割く。薄い紙を力任せに切り伏せるように。お互いがお互いを捉えきれずにいた。

その状況で、世界は歪んだ。黒い蝶を見る。それは動揺を隠せずにいた。
「私、お父さんみたいに、正直じゃないですよ」
歪みから、第八のティアーズ、シュガーリィ・ファイン・ナイトメアが出現し、ドロップのスニグラーチカを捕まえた。
そして、抱きしめる形になった赤いティアーズごと、スニグラーチカの弱点たるその腰を切り落とし、機能を停止させた。

スニグラーチカ対スニグラーチカは、花嫁の反則勝ちによって幕を閉じた。

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最終更新:2015年05月28日 21:43