見届けなければならない。
確かにそう決意はしたし、私は席からただの一度も動かなかった。
しかし、眼前で繰り広げられるその戦いは、私の想像をあまりに越えた壮絶なものだった。

競技名、『ドリンク・リバー・オブ・ドーナツ』。
選手それぞれには幅広のベルトコンベアが用意され、そこからドーナツが絶え間なく流れ来る。
予め流れてくるドーナツの総数はそれぞれ80個であり、取り落とす、もしくは食べきれずなどして床に落下したものはノーカウント。
80個のうち、どれほど多くドーナツを食べることができるかを競う、地獄のような戦いだった。

だが、それ以上に恐ろしいのは当の選手達だ。
マキータ、ブライアン、秋那、ローレライ。 彼らの一人たりとも、80個を食べ逃しはしなかった。
必死で食べきった、ということもなく、彼らはまるで競っているという感覚がないかのように、
次々と流れてくるドーナツを、まず右の手で掴み、口に放り込んでいる間に左の手で掴み、口に放り込んでいる間に右の手で……
といったように、さも当然のように80個を胃袋に収めてしまったのだ。

――もはやドーナツだとか糖分だとか以前の問題だ。
あいつらの胃袋は一体どうなっているのだと私が聞きたいくらいだ。

「なんとォ!選手のスコアはいずれもコンプリートで80個!!この舞台に立っているのは伊達ではないィイ!!」
煽るゴングの声は一層高らかに、会場の熱気を上げていく。
マキータはまだまだ余裕とばかりに緑色の瞳を不敵に笑わせる、
ブライアンは静かに眼を閉じ、少し乱れたベストを整え、
秋那は横に用意された水を一口だけ飲み、
ローレライは試合前と全く変わらない表情のまま、ゴングの声を待っていた。

「それでは第二回せ――ひゃあああああああ!」
突如、ゴングと会場を震わせたのは巨大な影!轟音と共に着地したのはアームヘッドだ!
それは全身が灰と銀の装甲で覆われた、黄色のカメラアイをたたえる機体!
観客たちが逃げ出そうとした瞬間、そのハッチが無防備にも開き、中から一人の少女が姿を表した。

「ここ?ドーナツ食べ放題とかやってる場所って」

軽い口調で、その少女はつかつかと歩いてきた。
先ほどの男のような与太者かと思ったが、どうもそういう気配でもない。
まるで道を尋ねるかのような口調で、少女はステージの上、余裕をかましていたマキータに声をかけた。

少女と、マキータの視線が交錯する。
マキータの緑色の瞳がす、と見開かれ、少女の瞳を真正面から受け止める。
応えて少女も、先ほどの軽そうな気配を急に捨て去り、マキータの瞳を確かに見据える。

「――ああ、そうだ。挑む気概があるならかかってきな」
ドーナツ王としての挑発的な口調が、“勝てるつもりなら”という意思を形なく示す。
少女はその言葉に不敵に笑い返すと、そのままステージへと上がった。

「――正式に乱入よ。私は岩光 胡桃。一回戦のツケは今から払うわ」

乱入に“正式”も何もあるまい、という会場の空気をよそに、
少女……胡桃はよく通る声でそう言うと、一度ステージ横に引っ込んだ。
直後、なんと彼女はスタッフを振り払いながら、まだ用意されていた大量のドーナツが乗っているカーゴを引っ張ってきたのだ!

「OK、行くわよ!」
軽快な言葉と共に、手首を軽くスナップ。
そして胡桃は――ドーナツの山に、喰らいついた。

「ほう」
ブライアンは腕を組みながら。
「……なるほど」
秋那は、苦かった表情を感嘆に揺らめかせ。
「やりますね」
ローレライはただ淡々と、事実確認のように感想を述べて。

四人の戦士達の見ている前で、
胡桃はわずか三分で、目の前にあったはずのドーナツピラミッドを全て喰らい尽くしたのだ。
むくりと顔を上げたその表情に、満腹の歓喜と苦痛はまるでない。

「――よろしい。ゴング、彼女の名を」
一度大きく頷いたブライアンが腕組みを解き、綺麗に整えられた顎鬚をなでながら静かに指摘。
するとゴングは気を取り直したように蝶ネクタイを直し、一度だけ咳払いをした後、突如大きな声で叫んだ。

「改めてご紹介致しましょう!突如現れた謎の乱入者ァ!
この戦場に堕ちた灰色の流星は、運命を狂わすトリックスターか!

――イイィィィィィワァァミィィィツウウウウ、クルウウウウゥゥゥゥミィィィィィイイイイイ!!!!」

最早、乱入に“正式”も何もあるか、という指摘をする者は誰もいない。
会場の人々は、あまりに自信ありげに堂々と戦場に立った胡桃に、大いなる期待と挑発的な疑念を込めて盛大な拍手を贈った。

……戦わなければならない。
この場に強き力を持つ者がまだいるのなら、真の栄光の味は、それをも打ち倒した後にこそ得られなければならない。
大いなる決意の下、五人に増えた各選手が、静かにそれぞれのドーナツ構えを取った。

「それでは第二回戦……“ドーナツ・メテオ・ストライク”!!
 レディィィィイイイ……ドオオオオオォォォォォナアアアアァァァ――――ッッッツ!!!!」

……『ドーナツ隕石の衝突』。
言葉の意味を測りかねていた私の思考は、その瞬間――


――直径3メートル程の超巨大ドーナツがステージに着弾する、あまりに冒涜的な光景の前に停止した。

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最終更新:2015年08月02日 23:38