新光皇歴2010年1月17日、神聖プラント帝国領・頁高原。
リズ・アプルーエ連合、そして「トンドルの月」から同盟を結び降り来た勢力・地球圏統一帝国による、
プラント侵攻における最終決戦・後に第二次ギガントマキアと呼ばれるアームヘッド戦争の舞台となった運命の地、
そして巨大隕石”ディヴァイン・パニッシュメント”衝突による大量絶滅カタクリズムが起ころうとしていた運命の日。

雑多な巨人戦士達が入り乱れてひしめき、混沌を極める絶望的な戦場に、駆け抜ける一筋の冷たい光があった。
青白い光は微細な氷の羽毛を残しながら、ただ一直線に目的への道筋を刻もうとしていた。



相対するアームヘッドの群れ!
その内訳はリズ連邦の複数のマンスナンバー、アプルーエのフォイボスとヨツアシとヴァム等の系列機体、
プラント帝国からは同じく量産系マンスナンバーと、ホグウィード社から派遣された粗悪コピーメシアという具合だ!

その乱戦へと今まさに飛び込もうとする別の二つの影!
「オイオイオイ、思ったより大盛況じゃねーか!マジにやるのかよ!?」
装甲車のようなアームヘッド・ザブートンのパイロットが悲鳴を上げる。
<CRYING-HORNET0X>:”これだけ数がいれば盾も多い、俺たちはただ月のアームヘッドを見つけて捕まえるだけだ”
並列して走るのは砂漠仕様のヴァントーズ・サンドスリッパーである。
彼ら二人はかつてホグウィード社の傭兵だったが、露骨に捨て駒にされ命の危険を察したため脱走した浮浪者だ。
しかし一攫千金の夢を諦めきれず、困窮した生活から脱する為、トンドル技術で生み出された珍アームヘッドを捕え売りに出そうと考えたのだ。
「けどよ!どーやって見分けりゃいいんだ?そんなの一発で・・・・・・ゲゲッ!?」
<CRYING-HORNET0X>:”ああ。来たぞヘンなのが。間違いなくアレだ”

二人の正面、逆方向から群れへと迫る複数の影!
『ヒャハーッ!俺はロンリーアンド!暴れるぜ相棒!』 『致し方ありませんね』
巨大な一本足の生えた二体の黒いアームヘッド!二体は何か細長い物で繋がれており、大股で歩くように交互に跳ねながら直進!
新たな敵に気付いたヴァムの一機が見上げる!その頭部が一本足に蹴り潰される!

『バイオニクル・ウェポンの皆様。永い戦いお疲れ様です。さぞ肩がお凝りでしょう』
脚部のローラーで滑走してくる丸みを帯びたアームヘッド!その肩部には鉄塊による殴打を弾きだす機構が!
弥生の一機がこの敵に対し突進!ブレード一閃!だがアームヘッドは丸い装甲で受け流し、弥生の背後に回る!
『ヘブンの方々にも特別に無料でトンドル式マッサージ体験をご提供いたします』
そして鉄塊肩叩き機が高速連打を繰り出す!弥生の肩は見る見る内に凹み、砕け、両腕が吹き飛ぶ!
『次の方どうぞ』

「アー・・・ヤベーな、月のヤツ、まるで見境なく攻撃してやがる」
<CRYING-HORNET0X>:”強さも圧倒的だ。リズとの同盟など無くても変わらぬほどにな”

リズとアプルーエのアームヘッド群も異変に気付く!トンドル機体は味方ではなかったのか!?
「おい!我々は味方だぞ!標的を見分けないか!」
『あん?ヘブンのバイオニクルウェポンなど皆同じに見えるがなーッ!』『巻き込まれたくなければ退くがいい』
指摘したヨツアシの四つ足が二つの一本足に蹴られ挫ける!

『思ったより肩がこっていない?これではマッサージし甲斐が無いというもの』
殺人マッサージ器はフォイボスや文月などの肩を次々に破壊していく!癒し系?いや死刑だ!

「ヘヘッまたもやヘブンの地獄だぜ・・・全く捕まえられる気がしネエぜ・・・」
<CRYING-HORNET0X>:”やはり戦い終わった後の残骸で我慢するか・・・・・・”
踵を返そうとする二人の浮浪者。だが振り返った先には、目がけて迫る粗悪コピーメシアの姿!
「ホアアア!?」
両断されると思ったその時!目前のポインセチアが突如氷結!衝突し減速して地を転げる!
直後、一帯のアームヘッドを氷礫の雨が降りかかって襲う!
<CRYING-HORNET0X>:”一体何者だ・・・・・・!?”
もはや何者が現れてもおかしくはない。元傭兵が頭上の存在を見上げる。

それは凍てついた翼を持つアームヘッド。セイントメシアサードの改造機だ。
氷天使は右手に持つ巨大な盾についたジャイアントハンドで、空中のラッフレシアを投げ落とすと、冷たく見下ろした。
「・・・セイントメシアは何故、救世主と名付けられたと思いますか?・・・・・・
 私は、争いを引き起こす悪しきアームヘッドを滅ぼし、世界を救う機体であるからと考えています。
 しかし、貴方がたが無策に生み出した救世主の複製品は、紛れもなく戦火を広げ世界を滅ぼすだけの存在に成り果てました。
 故に、新たなセイントメシアが必要なのです。何者にも真似できない、唯一無二の絶対的な救世主が。
 ・・・・・・私も貴方がたも、偽りの救世主は全て、その糧となる為にあるのです!」
氷天使・セイントメシアガランサスサード、そのパイロットの郡山 択捉が芝居めかして言い放つ!

「アア・・・今度は頭がヘブンなヤツが来やがったゼ」
<CRYING-HORNET0X>:”氷結・・・月の機体を生け捕りにできるぞ?味方に引き入れよう”
「マジに言ってんのかテメエ!?」
二人の浮浪者は言いながら氷柱の雨に耐え忍ぶ!

ガランサスサードの巻き起こす金属質氷刃の嵐!その中心に向け二機のコピーメシアが掻い潜り接近!
背後に辿り着くウインドシア!だがガランサスは振り向き、長大な氷武刺剣槍の切っ先を向けていた!
発射される水圧レーザーに似た輝き!偽救世主の一機を貫き、その傷口から凍結が広がる!
その隙に逆側に迫るクラスタシア!氷天使は振り向きざまに、武装複合盾伍式の先端についた採氷ノコギリを繰り出す!
クラスタシアは甲殻に覆われたハサミのような両翼でそれを受け止める!が、高速回転に耐えられず切断!
ガランサスは氷武刺剣槍を回転させ斧型武器に変化!振り下ろしてクラスタシアの頭を砕く!
瞬く間に地へと叩き落とされていく、セイントメシアの面影さえ失ったような粗悪複製品群。
「ええい!ホグ社のデータはもう嫌というほど取った!いい加減邪魔をするのは止めなさい!」
氷天使は巨大氷爪を下へ向け急降下!貫かれたヨツアシの巨体が轟音を上げへたり込む!
軍のアームヘッド群は乱入者たちの出現によって一気に壊滅の一途を辿らされていた。

「オイ!オレらのデータはイラネーってさ!」
<CRYING-HORNET0X>:”なら尚更戦う必要はない。奴を援護するぞ”
浮浪者のヴァントーズがパワードショットガンを構える!銃口の先にはトンドルの双子アームヘッド!
右機体を狙い発砲!覚醒壁を越えるほどの加速散弾!
しかし、銃弾が埋まるはずの右機体の装甲表面が、拡散する電気スパークに包まれ謎の発光!
散弾は右機体の背後に散らばる!トンドル謎技術による謎の防御機構が働いたのか!?

『なんだァ?今のはァ??』『その調子では私たちに傷の一つも付けられませんよ』
黒いトンドル産一本足双子アームヘッド・ロンリーアンドの左右が同時に煽る。
ロンリーアンドは両手の遠近両用武器を発射!それはいうなれば電撃の散弾!
ヴァントーズの両腕ショットガンが痺れ無効化!浮浪者ピンチ!
「ホアアア!?」
もう一人の浮浪者のザブートンが各種大砲を乱射!
左右のロンリーアンドに襲い掛かる!今度は謎シールドが作動せずダメージ!
双子アームヘッドは同時に飛び退り更なる被弾を回避!

『ああお客様!ちょっと痛いのでじっとしてて下さい!』
入れ替わりに突進してくるトンドル産殺人マッサージ器アームヘッド・K1T3K2!
「クソシット!誰がお客なんかに・・・」
後退しようとしたザブートンを通り過ぎ、高速で背後に回るK1T3K2!
『気持ちいいですか?気持ちいいですか?』
肩もみクローとコリスティックによる小刻みな高速マッサージ攻撃!ザブートンの肩が軋む!
「アア、今にも昇天しそうだゼ・・・・・・」
ザブートンは腕がもげる前に後部からガスを噴射して退避!

『弱小ヘブンズモンキーが!』『身の程を知りなさい』
ロンリーアンドが左右交互に電磁ブレードを繰り出す!
ヴァントーズも両手のブレードで応酬するが、電流によって次第にダメージが蓄積!
動きが緩慢になる傭兵機に、止めの突きを見舞う双子アームヘッド!
しかしヴァントーズは倒れこみ避けながらフラッシュボムを顔面に放つ!
その瞬間、両者に襲い掛かる氷槍の雨!

「まったく月のアームヘッドは!どれもこれも面妖な!」
ガランサスサードの乱入!郡山の目的もまた、トンドル技術を収集する事にあるのだ。
氷武刺剣槍の直線突き!ロンリーアンド右機体を貫こうとするが、またもや装甲が発光し無効化!
同時に左ロンリーアンドが電磁ブレード一閃!氷天使の武装複合盾が受け流す!
仕返しにガランサスも斧状刃で横一閃!今度は防がれずロンリーアンド両側にダメージ!
『ヘッ!コイツがそうか?』『要注意のセイントメシア型らしいな』
ロンリーアンドを繋ぐ器官が延長し、二体の間が離れながら後退!
その隙間から入れ替わりに突っ込んでくるK1T3K2!
『いらっしゃいませ!トンドル式マッサージ無料体験実施中!』
殺人マッサージ器が鉄塊肩叩きパンチを繰り出す!ガランサスは大盾で防ぐが、その反動は余りにも大きい!
度重なる鉄拳の連射で盾が軋む!しかし氷天使も盾先の巨大な手を握りこむ!殴り返す!
『グギーーーッ!・・・それがヘブン式マッサージですか?いいですねえ』
衝撃に大きく退いたK1T3K2が邪悪に頷いて見せる。そして脚部ローラーを逆回転し更に後退!
『こっちがしてもらって申し訳ないですね。疲れたでしょう?お返しします』
殺人マッサージ器が急加速前進し助走を付ける!
「お気遣いどうも」
ガランサスサードは全身の刃を光らせ氷矢の弾幕で迎え撃つ!突き刺さっても衰えぬ敵のスピード!
『オレらにも気を遣うんだったな!』『注意力散漫です。ヘブンの猿』
氷天使の背後にロンリーアンドが着地!電撃散弾を無防備な背中に連射し麻痺させる!
「くっ!確かにそうだが!」
目前には姿勢を下げて突進してくるK1T3K2!その堅牢な頭部を全速力で叩きこもうとしているのだ!もはやマッサージでも何でもない!
『ククク!では本場のマッサージを味わわせ・・・』
突如としてK1T3K2が空中に吹き飛ばされる!郡山が見渡すと、傭兵のヴァントーズとザブートン。敵の左右から同時に大砲を叩きこんだのだ!

これを皮切りに反転するガランサスサード!目前のロンリーアンドは拡散電流で封じ込めようとする!
だが氷天使は見越したように氷爪を地面に突き刺す!そこから伸びる氷の柱が避雷針と化し電撃を受ける!
帯電した氷の槍を巨大な手で引き抜き投げる!左ロンリーアンドはそれを踏み越え飛びかかろうとする!
ガランサスは既に目前!ジャイアントハンドが左ロンリーアンドの上半身を握り、荒地に叩きつける!
だが再びノーダメージ!何故?訝しむ郡山の頭部が、右ロンリーアンドの蹴りに揺さぶられる!

『今ので勝てると思っていたのかあー?』『我が体の秘密を解かぬ限り勝利はありません』
嗤う左右のロンリーアンド!ガランサスサードは槍を支えに立ち上がる。
「これでは、テストどころではないな・・・・・・」
万全なデータ回収の為には、未知の敵に対しテストバトルほどの余裕を持つ必要があった。
体の秘密と言ったか?つまり調和能力ではなく機体の機能による防御?トンドルの技術は底知れない。
だが郡山は戦意を削がれはしない。この思案は僅かずつでも情報収集が出来ている証拠だ。

マーダーエンゼル本隊が向かう、トンドルの指揮官機と思われる黄金神めいた機体周辺では、恐るべき破滅が巻き起こっている。
しかしこの辺りの末端のトンドル機にはそこまでの攻撃力は無い。特にこの双子は見かけによらず防御特化であるようだ。
倒されなければ長期戦で色々試すことも出来るか?まだ気分に余裕はある!

ガランサスサードが巨大氷爪を敵に向け開く!金属質氷の極小ミサイル弾幕だ!
広範囲の散弾は左右のロンリーアンドに浅い傷を負わせている!防がれるのは攻撃の大小ではない?
『セイントメシアも大したことねえじゃあーねえーか!?』『そろそろとどめましょうか?』
右ロンリーアンドが地面に足を埋めながら高速回転!器官で繋がれた左ロンリーアンドを腕のように振り回している!
ハンマー投げの要領で加速した左機体を叩きつける!二振りの電磁剣がガランサスの盾を深く抉る!
「いいや、これから楽しい実験タイムです」
武装複合盾の傷が凄まじい冷気を発する!刃を刺したままの左ロンリーアンドを包んで氷塊を形成!
ガランサスは拘束した敵の片割れに、刺剣攻撃!無効化される!斧攻撃!無効化!アームホーン!無効化!
『調子乗ってんじゃねえーッ!!』
右ロンリーアンドが接近をかける!ガランサスが氷ミサイル!無効化!さらに大きな氷ミサイル!無効化!
襲い来る電磁ブレードを刺剣槍で受け止める!周囲を照らし流れる電流!満足気に嗤うロンリーアンド!
「ではこれはどうですか?」
ガランサスサードの凍てついた翼から金属質氷の大剣が突き出す!
それは目前に隣接する左右ロンリーアンドを貫く!一切の防御無し!有効だ!
『ギャアアーッ!』『なんとおーッ!?』
遂に苦しむトンドルアームヘッド!右ロンリーアンドが器官を伸ばし、遠くへ離れようとする!

「うーむ、なるほど?まだ推測ですが・・・・・・両方同時に受けたダメージは通るようですね?」
敵の尻尾を掴んだ郡山が不敵に笑う。
『ククク、我らの秘密はそれだけではありません』
盾に結合された左ロンリーアンドが余裕を見せようとする。だがその目前にある、巨大砕氷鋸が回り始める!
「こういう実験は趣味のいいものじゃないですが」
ガランサスが氷ミサイルを右機体へ向け放つ!同時に大盾の氷が砕け、回転ノコギリを無効化していた光が取り払われる!
『ギャアアア!?』
恐ろしき回転刃に深く切り込まれ解剖される左ロンリーアンドの機体!もはや致命傷は免れぬはず!
だが郡山の攻撃は終わらない!左機体の傷口が氷結!それが体内に氷の棘を伸ばし、常時攻撃を生む!
『ぐ、クソーーッ!!』
右ロンリーアンドが跳躍し逃げようとする!器官につながれた左機体は既に停止!引きずり逃げるがもはや足枷だ!

郡山が訝しむ。この二機は何故、伸縮器官で繋がれている?何らかの機能があるにせよ、片側が停止したら切り離すべきだ。
切り離せない理由があるのか?あるいは切れない構造?だとすればこの機体は・・・・・・?
『なーんつってなあーッ!』
離れたロンリーアンドが回転!左機体の残骸を乱雑に振り回す!接続器官が伸長しガランサスサードへ向かう!
氷天使は再び回転ノコギリで迎え撃つ!しかし残骸が無効化!防御機構が活きている?そのままガランサスに衝撃!
振動から復帰した郡山の目前に、巨大な黒い足!ロンリーアンドの顔面蹴りが追撃!
『こちとらトンドル四千年の技術なんだよ!進化遅れの猿!』
電流を帯びた左機体残骸が鎖鉄球のように振り回され激突してくる!
右ロンリーアンドは離れて電撃散弾を放つ!怒涛の連鎖攻撃だ!

幾度も残骸を叩きつけられ、片膝をつくガランサスサード!
止めを刺さんと飛び来る右ロンリーアンドのキック!
「・・・・・・進化が?遅れている?」
ロンリーアンドの脚部が、凍てついた巨大な掌に掴まれる!
「確かにそうだな・・・だが、だからこそ」
ガランサスサードの持つ氷武刺剣槍が二体の隙間に向け構えられる!
そして槍の切っ先に冷気が集まる!プロトデルミス混じりの氷が何層にも積み重なり、巨大な三叉の矛を形成!
「・・・・・・貴様らを学ぶ意味がある」

長大な氷の三叉槍が、右ロンリーアンドを、左の残骸を、そして接続器官の中継部にある、小さな頭部を貫く!

『『え、エクジコウ様ァーッ!?』』
中継部の頭が二重に重なった甲高い悲鳴を上げる!
刺さった氷が内包していたテトラダイ粒子を放出!ロンリーアンドをアームキル!

二体組の奇妙なアームヘッドだった残骸を見下ろすガランサスサード。
郡山は気づく。アームコアが転がり出たのは、左右の機体ではなく、接続器官の中継部からであった。
それもたった一つ。この双子のような機体は、最初から一機のアームヘッドだったのだ。

「二重人格・・・・・・一体にして二体・・・・・・ロンリーにして、アンドか」


その時もう一体のトンドルアームヘッド、K1T3K2は!
『叩く肩が無くなってしまいましたね・・・次はどこをマッサージしましょう?』

「アアー!もうどこも凝ってねえから!ドンタッチミー!」
浮浪者のアームヘッド二機は既に、無料肩叩きにより両腕を失い逃げ惑っていた。

『では小顔マッサージをサービスしますね』
K1T3K2の肩もみクローが不気味に蠢く!浮浪者たちはこのまま昇天させられてしまうのか?
そこへ降り注ぐ氷柱の雨!三体を攻撃しつつガランサスサードが着地!
「マッサージでこの威力とは、全く底知れん」
『ワタクシは本来エクジコウ様のような高貴なお方にのみ仕える身。貴方がたに対するのはほんの大サービスです』
K1T3K2が加速接近!ガランサスが氷柱ミサイルで迎え撃つが、堅牢な曲線装甲で全て弾き流す!
そして豪速パンチの連打!やはり盾を貫通するような衝撃だ!
「ならば月へとお帰り願おうか!」
ガランサスサードが氷武刺剣槍をトンファーのように持ち替え、斧状刃を前方にした超近接武器に!
そして武装複合盾伍式の巨大な氷の手を握り、拳として叩きこむ!
『・・・・・・い、いやだ!』
K1T3K2が肩たたきナックルを繰り出す!ガランサスのジャイアントハンドと真正面から激突!周囲に衝撃!
逆側の肩パンチ!氷トンファーと真正面から激突!周囲に衝撃!
『もう、どんなにマッサージしても無反応なお客を相手にするのは、ホントはもう嫌なんです!ここにいたい!』
鉄塊パンチ連打!氷天使もボクシングのように打撃を返すが、圧倒的速度と威力に退かされていく!
「しかし我々には救いようがないな・・・・・・」
二機のアームヘッドの壮絶な打ち合い!やはり正面からの殴り合いでは劣り、体力を削られ緩慢になるガランサス!万事休すか?
しかしK1T3K2の高速だったパンチにも遅延が見られる!全身に氷がこびりつき始めている!
リーチに勝るはずのガランサスサードが近距離戦に挑んだのは、単に飛び道具が通じないからという理由ではなかった。
接近の度に冷気を浴びせ、敵の動きを鈍くすることで隙を見出すチャンスを作ろうとしていたのだ!
肩たたきパンチよりも速く、凍てついたジャイアントナックルが殴り飛ばす!
意識が眩むが、足ローラー逆回転で持ち直すK1T3K2!お返しに再び肩ナックルを放つ!

だがそれは郡山の思う壺だ!放たれた鉄塊パンチは氷の掌に受け止められる!
鉄拳を伝い流れる冷気の渦!鉄塊部分と肩カタパルトを繋ぐ可動アームが氷結!
メインの肩たたきナックルを封じられたK1T3K2は、逆側も凍らされる事を恐れ不用意に手が出せない!
故に脚部マッサージローラーのキックに移行する!気づいたガランサスは地面を凍らせ対抗!
足を滑らせたK1T3K2は転倒するも、そのまま頭部を下に回転しカポエイラ蹴り!
ガランサスはそれを盾で受けながら反動で後退!間合いを取ったところで跳躍!
そして目下へ向けジャイアント突き手!回転するK1T3K2の軸を貫く!
『ウワーっ!』
股関節に損傷を受け、立っていることすら辛そうなK1T3K2だが、それでも持ち直し郡山を睨んだ。

凍って動かぬ方の肩拳を前方に構える!そして猛烈に加速!健全な腕をかばった決断的一撃!
だがそれをガランサスサードは受け止める!突進パンチを掴んで勢いのまま後ろに振って受け流す!
氷結可動アームが破砕!遂に肩叩き機の片側を完全破壊した!だがK1T3K2の足ローラーは空中で恐ろしい唸りをあげる!
接地した瞬間に猛加速!健在の肩たたきナックル!空気をゆがめガランサスの胴体にクリーンヒット!!
ゆらぎ、後ろへ仰け反る氷天使!だが、その巨大な手は氷結した肩叩き鉄塊の残骸を確かに握りこんでいた!
振りかぶって繰り出される巨大な拳!先端は自身を苦しめた敵の鉄拳!全力の殴打!!

己の武器によって頭部装甲を粉砕されたK1T3K2。
「これが貴様のしてきたマッサージだ。どうですか?」
ガランサスサードが鉄塊を投げ捨てながら言い捨てる。
『ゴフッ・・・・・・さ・・・さいこうですう、いしきがとぶほどに・・・ゴフアッ』
K1T3K2の頭が圧縮衝撃に耐えかね時間差破裂!アームコアを排出し崩壊する機体!
昇天アームキルという珍しいケースだった。


異形の敵を二体連続で葬り、一瞬休息する郡山。データ収集とはいえ時間がかかりすぎているか。
不意にガランサスサードが振り向くと、腕を失った傭兵アームヘッドが、ロンリーアンドの残骸を蹴り運んでいた。
「貴様ら、何をしている」

「オイ待ってくれ!オレたちは月のアムへのパーツが欲しいだけなんだ!アンタの敵じゃあねえよ!」
ザブートンの返答に郡山は槍を構える。
「私の目的もトンドルアームヘッドの情報と機体両面での回収です。
 どうせその部品はホグ社のような屑共に売り飛ばしてもはした金にしかならず、ろくに解析もできず最適な利用はされないでしょう。
 命が惜しくば引き渡しなさい」
「ちょっと待て!この月からの贈り物は我々の僅かな希望なんだ。先の戦いでも少しだけ手伝ったじゃないか?
 どうだろうか?これからも手伝うから少しだけ分け前を!」
ヴァントーズのパイロットも食い下がる。
「そう言われてもだな」
郡山の目前ではボロボロのアームヘッド二体が威風堂々としている。
「・・・・・・草葉の陰から応援してるゼ!冷やし救世主」
「我々は回収係を引き受けよう」

郡山がため息をついた瞬間、不審な風切音!
二体のアームヘッドが足をすくわれたように倒れこむ!
次にガランサスサードのカメラ前に影がよぎる!斬撃音!
斬りこまれたのは盾だ。しかし何だ?まだ全く把握できない。

『薄っぺらいとは思わないか?我々はこうして蘇ったにも関わらず、未だ戦いに時間を費やしている』

新たな発言者。しかしその姿は見えない。
やがて周囲を包む斬撃音。郡山は知らぬうちに不可視ミキサーに巻き込まれていた!
だがそれに黙って粉砕されるガランサスではない。周囲に氷刃の雨を降らす!ミキサーにミキサーで対抗!
新たな敵は超高速で飛びまわり、氷柱を避けたり斬り落としている。機影を見るまでには減速できた!
異様な速さだった。郡山がこれまで見た、どんなセイントメシアよりも速いと思わせるほどに。
しかしそれはメシア、いやアームヘッドそのものに似つかぬ姿をしていたのだ。
薄い!全体的に薄いのだ!そして見て分かるほどに軽い。それこそ紙のように!

『ああ何と薄っぺらい。天球の原始知的生命体との異文化交流がこんな形でしか出来ないなんて』
通り過ぎる影でしかなかった敵が遂に動きを止める。
その姿は余計なものが生えた巨大な折り鶴とでも形容できようか。
あからさまに人が乗るスペースも無く、すぐにトンドル勢力の存在であると分かった。
『何もかもが薄っぺらい。私はそんな世界をただ滅ぼしたいから戦う。ああ何と薄っぺらい理由』
薄っぺらいアームヘッド・ピールペイラーが、身体の各部を傾け再加速!消えたかのような錯覚!

恐るべき斬撃の嵐だ!切り込みはまだ浅いが切れ味は抜群に鋭い!
ガランサスサードが両腕武器を振るも、全く捉えられない!
それどころか大盾を振った風の渦に巻き込まれるようにして接近!
切り込みを入れながら長槍の反動に沿って離脱!まさしく意思を持った紙飛行機のようなトリッキーな動作!
なるほどヘブンのアームヘッドには不可能だ。しかし全身刃の高機動はセイントメシアも同じだ。
郡山は、ガランサスサードはそのメシアの複製品を倒す為にあり、これまで幾度も打倒してきたのだ。
必ず接近してくる敵に対しリーチの長い現在の武器が有利!コピーメシアハンターたる機体が負けるはずないのだ!

ガランサスのホーンが輝き、周囲を調和の冷気で包む!それは機体に金属質氷の膜を張るためだ。
自機の装甲を増強し、敵機に氷をまとわりつかせ機動力を削ぐ技!
これによって近寄る敵は凍結状態に陥れられ、こちらは広いリーチで多少離れられても攻撃できるという戦法だ。
だが、ピールペイラーは取り合わない。どうやら脱皮しながら氷塊の形成を避けているのだ!
それどころか刃先の表面に金属質氷を残して切れ味を上げようとしている。見かけによらぬ戦闘のプロ!
ガランサスは再び氷矢の渦を巻きピールペイラーを退けようとする。
しかし敵の反応は変化!薄い体を活かし、直線的な体表の上を氷柱が滑っていくように角度を変えながら飛行!
『他の奴らと同じように私を倒せると思っている?なんと薄っぺらい』
氷天使の左脚がくずおれる。すれ違いざまに深く斬りこまれたのだ。
「クッ・・・・・・!」
郡山は反射的に氷武刺剣槍を突き出す!その切っ先すれすれにピールペイラー!
嘲笑うかのように槍を周り、中程で切断!刺剣としての機能は失われた!
異形折り鶴は目まぐるしく乱舞し、ガランサスサードの装甲を次々に削いでいく!
『こんな所でこんな風に敗けて死ぬのだ。薄っぺらい一生であることよ』
ピールペイラーの止まる事を知らない攻撃は続く。
郡山は氷のように冷静、ではなく焦燥にかられつつあった。
(ふざけた折り紙にこんな・・・・・・今すぐ燃やしてやりたい・・・・・・)
しかし彼をよぎった怒りは少し、頭を冷やす切欠となった。

攻撃を受けながらガランサスサードは、全身から放っていた青白い光を消し始める。
ダメージが蓄積し調和の冷気が保てなくなったか。ピールペイラーの無表情な頭部では笑うことが出来ない。
氷天使の周囲も常温に戻る。だが負けを認めた訳ではない!刺突剣の折れた先に冷気が収束!
それは槍の形に修復せず、巨大な氷塊として固まった。折り鶴は敵の意図を勘ぐる。
武器の範囲を広くすれば速度が追いつかなくとも当てられると思っているのか?あんな重いものを振り回して当たるはずがない!
ピールペイラーは反撃を予期しつつも、あえて正面から突っ込む!敵の策を潰してこその完全勝利である!

対するガランサスサードは!大盾の回転ノコギリを始動!そして槍先の氷塊を前へ突き出す!
迫る折り鶴!対しノコギリを振りかざす!回転刃が氷塊に激突!!
氷の塊は砕氷鋸に削られ、砕かれ、細分化し、氷の粒となり、常温の中で溶解、原料は空気中の水分とプロトデルミス・・・・・・。
ガランサスの折れた槍の先、氷塊が瞬く間に水飛沫へと変わり、ピールペイラーに襲い掛かる!!
全身水浸しになる折り鶴だが止まらず、その翼は氷天使を真っ二つに裂く角度ですれ違おうとしていた。
既に勝負あったか?高速の平たい影が交錯!グニャリ。

『!!??』
ピールペイラーは己の翼が折れ曲がってしまったことに気付く!そのまま飛行バランスを失い墜落!地を転げる!
限りなく紙に近い性質を持つそのボディは、水を吸ったことで軟化した上に重くなっている!
「・・・・・・薄っぺらいのが嫌いと言っていましたね」
べちょっと倒れこむピールペイラーの目前、ガランサスサードのジャイアントハンドが開かれる!
「折れば厚くなりますよ」
巨大な掌が、異形の折り鶴を折り潰す!握り、丸め潰す!
それを宙へと放り投げ、氷爪の突き手で止めの一撃!!
『グーワッ!?ヤッターッ!??ピギャーッ!!!』
自らの厚みを感じたが圧縮され窮屈になっただけと気づく!
くしゃくしゃに丸められたピールペイラーはそのまま氷結させられ完全停止!

郡山の周辺にはもう動けるアームヘッドの気配は無かった。ここは潮時か。
収集したデータは、全てではないが概要部分が村井研究所へと送信され、マーダーエンゼル各機へと回されている。
これまで戦ったトンドル機の情報も大体伝わっただろう。問題は敵の種類数が今まで戦った比ではなかった場合だが。
そしてここまでは小手調べだ。この後本隊が辿り着く主戦場に、どのようなアームヘッドが存在するか知っておく必要がある。
無論全てのデータを研究所に届けるには生還する必要があるが、斥候を務めるには私こそが相応しい!

青白い光が再び、荒廃した戦場を一筋に駆け抜ける!


これまで見たことも無いほどのアームコア反応。
目下の残骸からも、前方の敵群からもだ。
空に浮かぶ頂点に金色、その下に三つの機影、更に少し離れて壁のように金の機体群が待ち構えるのが見える。
ガランサスサードの他にも、敵の本丸に果敢に挑んでいく者たちが見える。
郡山は大盾で身を守り、翼から氷矢の雨を放ちながら接近をかける!

『愚かなるヘブンの猿共。格の違いを思い知るがいい』

上空の三機が降下し、怪しげな光を発する!
調和能力の発動だ!周囲の機体に調和を共有させる能力。周囲の機体の調和を強制発動する能力。
そして彼ら三体と大将以外のアームヘッドの場合、発動すると自壊する能力。

「ヒャッハ、ギャアアアーッ!?」
敵に一番迫っていた無鉄砲アームヘッドが即自壊!
更に他に向かっていた機体たちも次々に崩壊を始める!!
何とおぞましい大量破壊であろうか!周囲の残骸はこれの被害者!成るほど格が違うのだ!

踵を返し後退するガランサス!ギリギリ有効範囲外だったか?
しかし金の量産機、ヴィルトゥースの群れも前進を始める!
それらは一定距離で追跡を止める、否!おもむろに四肢を切り離し始める!
投擲アームホーン・ジャベリンだ!一斉に放たれ、トライアングルトリニティの倒し漏らしへと迫る!

避けきれぬ事を悟った郡山は再び転回!三本の毒牙が大盾に突き刺さる!
果たして次はどうすべきか?そこへ背後から味方の反応!
「無事ですか?・・・なんだ、コイツらは!?」
僚機のセイントメシアサード!本隊の合流も近い!
「無闇に近づくな。大量破壊調和にジャベリン持ちです。回り込んで各個撃破へ」
郡山は言いながらも、自らは突破口を開くべく直進!

迫るジャベリン!大盾に刺さったホーンでそれを弾く!
ガランサスサードは手足のないヴィルトゥースに接近!ジャイアントハンドで圧潰!
残骸を別のヴィルトゥースへ投げる!ジャベリンが撃ち返される!大盾貫通!
耐えきれず崩壊する武装複合盾!しかしガランサスは駆ける!氷の斧を振るう!
首を刎ねられるヴィルトゥース!その機体を新たな盾に!
郡山を目がけ飛び交うジャベリン!まずヴィルトゥース隊を乱すことは成功したようだ。
後続が機体のブラックボックスを拾ってくれることを願おう。もう後には退けぬ!
大量破壊を起こしている三体。あれはどれか一体かそれとも合わさっての能力か?
いずれにせよ最も危険度が高い!あの調和さえ潰すことが出来れば!

「私はセイントメシア・ガランサスだ!トンドルの化け物共!!」

氷天使はテトラダイを閉じ込めた氷のイージージャベリンを放ちながら、頭上の三機影へ突撃!

『また懲りずに死にに来たか、虫ケラ』
『一匹だけなら調和も必要なかろう?』
『アソボウ、アソボウ』

エクジコウの家臣アームヘッド、ユニティー・ドゥティー・デスティニーが冷たい声で言い放つ!

一方でガランサスの足元にはヴィルトゥースのジャベリンも迫っている!
しかしこれは僅かな希望だ。氷天使は斧と翼でジャベリンを逸らし、何とか三体のミニオンに向けようと試みる!
彼らはそれを悠々と回避、更にユニティーが歓喜の声を上げながら接近戦を仕掛けてくる!
残りの二体はその様子を面白くなさそうに見下ろしていた。襲い掛かるジャベリンの中戦う氷天使!
『ヨワイ!ウィーークネス!ザッコー!』
ユニティーの怒涛の攻撃!ガランサスサードの右足が失われる。ジャベリンが左翼を射抜く。
「そうやって粋がっていればいい、すぐに追いついてやる!」
郡山が言い放ち氷斧で殴り返す!そして右手で首根を掴み、腕ごと凍り付かせる!
折れていた刺剣槍が荒削りな極太氷柱に再生!ユニティーの腹部に突き刺す!
そこへ迫りくるジャベリン群!郡山は己の身ごと敵を滅ぼす心算だ!

『やれやれ、慢心が過ぎるぞ』
『トライアングルトリニティ』

遂にミニオンの調和が発動!打開を目前にして目前で光る絶望の光!郡山を包む!
ガランサスサードのバイオニクル・フレームが弛緩していく。装甲がずり落ちる。
ジャベリンが残った手足と翼を奪い去っていく。ユニティーの止めの蹴りが顔面を潰す。

トライアングルトリニティには、調和を共有する調和も含まれる。
周囲のアームヘッドを氷結させたのは、郡山の最後の足掻きだったろうか。
ガランサスサードの残された胴体。操縦者の意識の外で、それは氷塊に閉じ込められる。

天から巨大な一粒の雹が降り、地へと叩きつけられた。






意識が戻った時、そこは暗闇だった。
血生臭さを感じる。全身が痛むが裂傷は無い。
口や鼻から漏れる血と、ガランサスの骸の臭いだ。
郡山はヘルメットの電灯で照らす。潰れかけのコクピットの中だ。
幾度もの蹴りで自身を鼓舞しつつ、何とかハッチを開く。
そこには相変わらず地獄特有の空模様や空気感が広がっていた。

足を引きずり外に出る。
周囲にはヘブンの機体だけでなく、いつの間にかヴィルトゥースらトンドルの残骸さえ散らばっていた。
村井研究所、マーダーエンゼル本隊が来たのだ。では、今は・・・・・・

そして郡山は見上げる。

黄金の機械神と対峙する、血染の羽毛を纏った天使たちの姿を。
空を我が物と乱舞する、勇ましい聖なる救世主の姿を。
自らの血の雨を降らしながら、舞い散る羽の一つ一つを。

その中に確かに見た、マーダーエンゼル隊長機の最期の姿を。
セイントメシア・フル・フォース。
最初にして最強の「血染の羽毛」が駆る機体。

それは愛娘を庇って盾となる形で、黄金神の巨大な剣に貫かれていた。

墜ちていく救世主。終わりゆく伝説。
郡山は、その乗者に代わるようにして幼少時の走馬灯を見ていた。

「・・・・・・幸・・・太郎君・・・・・・」

ただ呆然と見ていることしか出来なかった。

先程まで目で追うのが精一杯だったあの機体が、止まって、落ちているのだ。異様な光景だった。
村井幸太郎の敗北は、彼を知る多くの者にとって想像だにしないことであり、絶望を招くには充分すぎた。

殺戮の天使は、見えざる無数の手に引きずり降ろされるようにして、落下速度を増していった。
まだ息を吹き返して重力に抗って、再び飛翔するかもしれない。そう思わせる人だった。

救世主の残骸は、その形を徐々に崩しながら地へと迫っていた。
郡山は、まだ事実を受け入れられず、絶望の中にありながらも、僅かに淡い希望が潜むような、奇妙な感情を抱いていた。

そして彼は、その瞬間を確かに見届けた。


血染の羽毛が天球に衝突する。その直前。

天使は白く柔らかい光に包まれていた。
セイントメシアは、濁ったその眼を強く輝かせていた。
そして、最後に一度だけ、血に染まった破れかけの翼で、力強く羽ばたいたのである。

重力が取り払われ、全ての拘束から解放され、救世主の骸はゆっくりと、静かに接地した。



そして郡山は悟ったのである。
セイントメシアは、かつて彼が思っていたような、村井幸太郎を呪い殺す存在などでは、全く無かったのだ。

幾多の敵を滅ぼしてきた死神でもあったが、大御蓮帝国とプラント帝国の守護神として人々を救い、
また幸太郎の力として、彼と共に戦い、彼の守りたいものを守る手助けをずっと続けてきた。
娘の為に身を投げ出した幸太郎に、その身を持って付き添うような魂の持ち主だった。
そして救世主は、幸太郎さえも救おうと努めていた。無敵を体現したような男の窮地を、幾度も共に越えてきた。
最期の瞬間にあっても、彼の苦しみを和らげようと足掻いていた。

そんな存在が害悪であるはずがない。まさしく救い主に相応しい、伝説に語るべき輝かしき存在。


それから郡山は振り返る。
今、なぜ自分が生き延びている?
それは紛れもなく、己が願うより先に、ガランサスサードが厚い氷の鎧を纏っていたからだった。

ガランサスフェザーもまた、私を救ってくれていた。


呪縛から解き放たれた郡山択捉は、空を見上げたまま脱力し、両膝を地に着いた。
その頬を一筋の滴が伝い、凍った。




視線の向こうでは、その先の光景が静かに続いていた。

マキータのダークサード、神崎翔のサードフロイラインもまた、羽毛の一つとなり降ってきた。

黄金神の前に、巨大なホーンを襟に携えた紅白のアームヘッドが現れた。
宿命を果たす為に降り来た皇帝の機体・タイラント。
そして運命を壊す為、両者の間へと、再び飛翔したマキータと影の救世主。

三者は戦いを始めることなく、迫りくる隕石を一瞥し、いずこかへと姿を消した。


いつしかトンドルのアームヘッドも戦意を失い、生き残ったサード達も力なく下りていった。

地獄の喧騒にあった広大な戦場には今、空虚な銃声だけが響き渡っていた。

エクジコウの家臣、二体のミニオンが、光の条の束に貫かれていた。

雪那お嬢様のセイントメシアドラグーンが、AH自壊砲を、何度も、何度も、撃ち続けていた。


敵の亡骸が原型を失ってからしばらく、完全な静寂が訪れた。
いつの間にか、空の彼方の巨大隕石は、跡形もなく消えていた。

そこにいる大半の人間が、郡山と同じく放心状態であったかもしれない。

郡山には最早、セイントメシアフォースに駆け寄り幸太郎の姿を確かめる、覚悟も気力も残されていなかった。


その停滞は永遠に続くかに思われたが、ある時、我に返った。
背後から響く、何か大きなものを引きずっているような轟音。郡山はふらつきながら立ち上がり、振り返る。
そこには自らが倒してきた、トンドルの月製アームヘッドの残骸。その向こう側には大破した二機のアームヘッドの姿。


「約束通り、集めてきてやったゼ」








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最終更新:2015年08月12日 17:05