――人間の進歩というものは、極めて不可解な発展をするという点が特徴である。
正しく活用すれば、誰もが幸福な世界が実現できる知能。
彼らは如何なる理ゆえか、それを負の方向性でしか発揮しない。
世界を塗り替え、
隠された法則を見つけ出し、
あまつさえ制御する術さえ手にした彼らの功績は、
その殆どが幾度も繰り返された惨劇の中、共食いの為に進化してきた兵器の延長線上にある。
――となれば、ここである疑問が浮上する。
進化してきたのが兵器のみだと仮定した場合。
人間はいったい何処から、何時から、置き去りにされていたのか。
◎◎◎
「……なんでこの機体を知ってやがる、てめえ」
「長生きしてるとね、色々と覚えるものなのよ」
最新式の人工筋肉と、有機組織たるバイオニクルフレームのハイブリッドが、
その高い出力でこちらに戦斧の肉厚な刃を押し切ろうとしてくる。
だが、アスモデウスも伊達に私の専用機ではない。
――操縦桿を握り直し、静かに出力を上げていく。
アスモデウスの腕力が上昇していき、刃を相手に押し返していく。
互いの、人間の数十倍もの力が拮抗し、戦斧と槍の重なる刃がちらちらと火花を散らし始める。
互いに食い込み、それ以上進まなくなった刃がそれでも無理矢理押し込まれ、ぎちぎちと悲鳴を上げた。
「ヒッヒ!いつもみてえなつまらねえ任務かと思えば、コイツは重畳だ!
いい加減俺もアイツらを腹一杯にしてやるだけのパシリには飽き飽きしてたところだ!
俺の腕とクラウンローチの力、てめえに刻み付けてやるぜネエちゃんよォ!!」
さぞ楽しそうな、下卑た笑いを含めた叫びを上げると、
クラウンローチは鍔迫り合いを弾き飛ばし、遥か後方へと飛び下がり距離を取った。
……機体下部のユニコーン型ユニットが、まるで本物のように地面をその装甲に覆われた四足で慣らしていく。
「――“任務”、ですって?」
こちらも槍を構え直しながら、いつでも迎撃できる姿勢で通信越しに尋ねる。
狂い人形が私達……厳密には私以外を狙って襲撃したのは、相手のパイロットの言動から明白だ。
だが、それはシビルヘッドのパイロットが狂い人形を戦力として統率している理由にはならない。
この世界は、確かに時代といったものを無視する性質がある。
だがそれを鑑みてもなお、アームヘッド開放を目指す者達の機体である狂い人形が、
よりにもよって人間側の純然な兵器たるシビルヘッドを指揮官として従っている理由がわからない。
尋ねたのは、その糸口を掴むためだ。
「――ああそうだ、これも俺の任務よ。
何しろアイツら、人間を喰わねえと力が出ねえらしいからなぁ?
こないだ人間を食おうとしたヤツが、デカブツのくせしてどこぞの物好きだかにヤられたせいで俺が直々に出張ることになっちまいやがった!
ったく誰だか知らねえが、面倒なことしてくれたぜ!」
――人間を喰う、大型機。
その言葉は、私の人工脳に木霊のように響いた。
あの男が言っているモノを、私はきっと、知っている。
そして、その物好きな奴が誰なのかも。
「――その、“デカブツ”って」
「あん?」
「――全身が灰色の装甲で覆われてて」
「……な……」
「――機体のあちこちから炎と槍が突き出してて」
「……」
「――前面部には口みたいな部位があって、そのパイロットは――」
「てめえ!!」
――銀色の一角獣が、その背に主を乗せて駆け出す。
全力で振るわれた戦斧が、弧を描いた。
こちらは槍を翻し、大質量を受け止め、その弧を打ち切る。
至近距離での火花で橙色に染まった視界の中、
モニターを埋め尽くす三連カメラアイを見つめながら、私は聞いた。
「――気に触ったなら、質問を変えるわ。
その“デカブツ”、
さては『グリディイーター』という名前だったり、しない?」
「――て、てめえ!!てめえ、まさか……!」
「なるほど、謎が解けたわ。貴方はアームヘッド側についた物好きな人間で、貴方以外にもまだ色々企んでる奴らがいるのね。道理でシビルヘッドに狂い人形が従う訳だわ」
「……てめえ、何モンだ!まさかグリディイーターも……!」
銀色の騎士の頭部を余った左腕で打ち抜き、
その隙に戦斧を弾き飛ばし、その場でバーニアを噴出させ旋回。
遠心力を乗せた槍に胴部を殴られ、大きく吹き飛んだ騎士が体勢を立て直しながら、こちらを睨んだ。
「――そうよ。あんなのに私が負ける訳ないじゃない」
「――最初の質問に答えてなかったわね。
私は、アイリーン・サニーレタス。
貴方にも馴染みのある名前を名乗るのなら――
――エクジコウ、が良いかしら?」
「――エクジコウだと……!?つまんねえ冗談はその辺にしとけよアマァ!!」
戦斧を構え直し、ユニコーンの四足を広げて低い体勢を取るクラウンローチ。
「あら、怖い怖い。後で恨まれても怖いから、ここで潰した方がよろしいかしら?」
応えて私も槍をくるくると回し、引っ掴んで、構える。
――操縦桿のスイッチを高速入力。
メインバーニア三機、サブバーニア十機を細かく制御し、
巨大戦斧を跳ね除けた勢いのまま、ハルバード式になっている槍の切っ先と刃での猛攻を畳み掛ける。
アスモデウスの巨体は、その重量を感じさせないほどに高速機動をこなし、
あっという間にクラウンローチを防戦一方へと追い込む。
「……こんな……!こんな奴、聞いてねえぞ!話が違う!!」
「あら、まだ他にも不届き者がいらして?是非お話を聞かせて貰いたいわ――ゆっくりと、ね」
相手の戦意を削ぐべく、威圧感と敵意を込めた口調で通信に乗せる。
そのまま槍を高速で振りぬき――クラウンローチの左腕を、装甲ごと粉砕。
「お、俺のクラウンローチがぁ!」
「左腕くらい大したことないわ。それより、もっと激しいのをお望み?」
「……っ、こ、このクソアマァ!」
焦燥から来る絶叫と共に、下部ユニコーン型ユニットが後ろ蹴りを繰り出して来る。
文字通りその馬力は凄まじく、受け止めた部分の黒い装甲が、砕け散った。
「――なるほど。多少慣れてはいるようだけど、まだ優秀な機体を扱いきれてないわね」
「うるせえ!さっきから調子乗りやがってェ!何モンだテメエ!」
「だから神様だって言ってるんだぞ、察しが悪い男は嫌われるんだぞ」
通信に割って入り、まるで痴話喧嘩のように纏めてしまったムスタングの声。
それを掻き消すように追い付いてきたジェネラル・リラティビティが炎を纏い、真っ直ぐにクラウンローチへ衝突。
「――うおおおおああ――!!」
ユニコーンから弾き飛ばされた本体に向かって、アスモデウスが接近、追撃
「――安心なさい。死なない程度に痛めつけるだけよ」
全バーニアが噴射、巨体が空へと舞い上がり、槍に少しだけの慈悲を含んで振り下ろす。
――空中で完全に身動きの取れないクラウンローチの脚部を斬り飛ばし、
更に残った右腕を跳ね飛ばし、
そして落下の勢いを乗せた止めの一撃で、頭部カメラユニットを粉砕した。
コクピットのある胴部は、ただの鋼鉄の箱となって、無惨に地面に墜落した。
「……アイリーン。あれ死んでないか」
「大丈夫よ。シビルヘッドはコクピットだけなら頑丈なの多いわ。それより来るの遅かったわね」
ムスタングに皮肉を飛ばしながら、アスモデウスをクラウンローチの残骸に近づける。
「――ああ。なにしろもう一機いたんだぞ。多分追い付いてくる」
「……えっ」
――突如、轟音と共に大地が大きく揺れる。
思わず迎撃体勢に移る私達の前に、それは着地した姿勢からゆっくりと立ち上がる。
それは、全体的に屈強なシルエットをした黒い機体だった。
頭部センサボール式のカメラアイが、無機質な表情でこちらを睨んでいた。
「――まったく、世話が焼けるね。ガル・アールさん?」
クラウンローチの通信が壊れた為に、外部スピーカーで残骸に話しかける声音は、野太い。
それでいて、まるで少女を思わせるような甘ったるい口調には、アンバランスかつ無垢な悪意があった。
「う、うるせえ!こ、こいつ、話が違うじゃねぇかよ!?」
残骸の中から、男の――ガルの、粗野な叫び声がした。
黒い機体が、乱暴に残骸を打ち壊し、中にいた陰湿な目つきをしたガルを回収する。
そして巨大ヘリ形態に可変すると、そのまま静かに宙に浮きだした。
「――させないわよ、アンラッキー!」
「そいつを置いていくんだぞ、色々聞きたい」
間の抜けた声と裏腹に、ムスタングのリラティビティの剣から巨大な炎が噴射される。
――巨大な熱量を、いとも容易く躱される。
「まさか、貴女が我々『8月32日機関』と敵対するとは。
――エクジクトが聞いたら、何を思うだろうね」
外部スピーカーから置き土産に放たれた、そんな嘲るような言葉を残して。
ガルを連れた黒い機体は、あっという間に空へと消えていった。
◎◎◎
「――とりあえず、ここでお別れね」
闇が薄れ、僅かに青の混ざる世界の中で、私達は荷物を纏め終えていた。
「はい。この謎の機体に襲われたことも含めて報告しないといけませんし、僕達は重工に戻ります」
「ありがとうございました。カレー、とても美味しかったです!」
山の向こうに日が出てしまったのを見つめながら、光平君とエレナちゃんが苦笑する。
ムスタングはというと、「眠い」というが早いか、趣もへったくれもなくリラティビティの座席で眠ってしまった。
「……あの子は構わなくていいわ。いつもあんなんだもの」
「あはは……では、ムスタングちゃんにもよろしくお願いします。それでは」
「ええ。またヘンなのに襲われないよう気をつけて」
――赤い人型と、緑の人型が、見る見る遠くなっていく。
その背中を見つめながら、私は静かに微笑んだ。
あの闇の中、互いを信頼していなければ出来ないはずの必殺陣形を見た時に、既に確信したことがあった。
あれは、ガルやアンラッキー、グリディイーターや狂い人形達の対極にある姿だった。
――相手を喰らい潰し、その力を取り込むだけの姿と。
――相手を信じ、その力を互いに相乗することで限界以上の可能性を産み出す姿。
――とりあえず、私が追い求めるべきらしいものと、
立ち向かうべきらしいものは、やっとうっすら見えた気がした。
私はキャンプ場の真ん中に駐めてあるリラティビティの助手席側のドアを開けると、
リクライニングを倒し、運転席のムスタングのようにシートに横になった。
視界に入る、灰色の屋根。そして横で無邪気に指を咥えて眠る、ムスタングの寝顔。
「――8月32日機関……か」
呟いた言葉に、どういう思いを込めたものかも解らないまま。
念の為にリラティビティの警戒センサーのスイッチを入れてから、
私は既に相当重くなった瞼への抵抗を諦め、
――そして、意識を手放した。
最終更新:2015年08月25日 21:36