――ナイフを使ってるせいで時間はかかったが、なんとか全ての野菜を切り終えた。

皮を剥いて一口サイズに切り揃えたジャガイモと人参を、微塵切りにしたタマネギと一緒に鍋に入れて炒める。
間もなく水分が出始め、タマネギは透き通り、ニンジンとジャガイモの表面には艶が出始めた。
そこで先程焼きを入れておいた豚肉を混ぜ、更に熱をかけていく。
今度は少し炒めるだけで十分なので、良い加減な所であの二人に汲んできて貰った水を入れる。
水自体が綺麗であれば、加熱することで細菌などはおおよそ死滅する。
衛生面にも抜かりなく、私は鍋の様子を気にかける。

「もう美味しそうなんだぞ。流石はアイリーンだな」
まだ味付けも何もしていないのに、ムスタングが横からそんなことを言いながら鍋を覗いてきた。
米の炊き出しを頼んでいたのに、釜をほっといてこちらの火処に来ている。
……指をくわえて鍋を見つめるムスタングに、私は視線で「戻れ」と指示した。
「……そういえば、あの二人は?」
戻ろうとするムスタングに、代わりにそんな質問をした。
するとムスタングは後ろを振り返り、林の奥、木々が生い茂る緑色の薄暗い闇の中を指さした。
鍋の中のアクを取りつつ、ムスタングの指差す方向に目を凝らしてみる。

――そこには、水の入った大きなペットボトルを二人分持った青年と、
その横を心配そうに歩いてくる、金色の髪を短く揃えた少女がいた。

「張り切ってるわね、彼」

本格的に日が落ちてしまう前に、私は鍋の中身を完成させた。
調理し始めたタイミングが若干遅かったせいで面倒なことになるかと思ったが、なんとかなった。
ムスタングが炊きあげていたご飯にの入った皿に、ルーと具をかけて完成。

――特性アイリーンカレーを、まず先に二人の前に差し出した。

「うわあ、美味しそう!すごいですねアイリーンさん!」
少女が金色の髪を揺らめかせ、私にそう言って微笑んできた。
横に座る青年も、特性カレーに釘付けになっている。
……気分を良くして胸を張っていたせいで、ムスタングが自分の分の皿を持って後ろで待っていたことに気付かなかった。
スプーンですくった一口を味わって、自分の味を吟味する。
……具材は柔らか。芯も残っておらず、かといって煮崩れてもいない。
正直なところ、これは我ながらかなり美味くいったのではないかと思う。
横を見ると無言のままにカレーを頬張るムスタングの、数少ない真剣な表情が見えた。

――顔を赤らめて恥ずかしそうに、それでもカレーを早く食べ進めてしまう少女と、
そんな少女の思惑など知らず、がつがつとカレーをかき込む青年。
彼らの幸せそうな笑顔に思わず綻んでしまった私は、照れ隠しもかねて、二人に聞いた。

「――それで?
 光平君とエレンちゃんは、一体どうしてこんな山の中に?」

「……ええと、ですね……僕はその、野生の生き物の観察が趣味でして……」
光平君がカレーを食べる手を止め、ぽりぽりと照れくさそうに頭を書きながら喋り始める。
横ではエレンちゃんが、そんな光平君をどこか楽しそうな表情を浮かべて見つめていた。
「へえ。じゃあ、その趣味のためにここに来たのね?」
「ええ、まあ。エレンちゃんは僕に付き合ってくれてるだけですけど……」
「そんなことないですよ光平さん。私だって、その、風景や植物とかの題材に丁度よかったですし……」
「……まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいよ、エレンちゃん」
目の前で始まってしまった二人の世界を読み、私は無言で配慮する。
だが、そんな私の奥ゆかしい心遣いを何処吹く風、というように、
「光平とエレンは仲良いな。でも気をつけないとロリコンって言われるから注意したほうがいいんだぞ、光平」
……そんなことを、ムスタングが言い放った。
「ぼ、僕とエレンは、そういうアレなんかじゃ……!」
「そ、そうです!こ、恋人じゃなくて、こう、お兄さんというか……!」
「そこまで言ってないんだぞ。いや羨ましいな」
同時に顔を真っ赤にして取り繕う二人を見るムスタングの瞳は、いつもの無表情だった。
ニヤけてもない分、性質が悪い。

「「だ、だから、そんなんじゃないですって――」」
茹でがったタコのようなった顔色で、光平とエレンの声がシンクロする。
やっぱり貴方達仲良いでしょ、という喉元まで出かけたツッコミを無理矢理飲み込み、ムスタングの襟を掴む。
「――ムスタングちゃん、ちょっとこっち来ましょうか」

「――なんだぞアイリーン、今は楽しい夕食ちゅ……」

――自主規制。
軽くお仕置きを加えた結果、動かなくなったムスタングを抱えて林から出る。
……先程までいた場所を見ると、先程まで真っ赤だったエレンちゃんと光平君が今度は真っ青になって、
互いに体をよせてがたがたと震えていた。

――リズを目指す、ぶらり二人旅の途中。

私はキャンプ地に丁度良い山中でばったり出会った光平君とエレンちゃんとひとしきり話をし、
そして星空の下、まるで動かないムスタングをテキトーに寝袋に詰め込んでテントに放り込むと、
それに続いて自分も入り込んで瞳を閉じた。


……島窓光平。エレン・オーキッド。
武装勢力『スカベンジャーズ』に所属するパイロットだったかと、うっすら思い出しながら、
私はそのまま、心地良い涼しさの中、眠りに落ちた。

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最終更新:2015年09月09日 08:24