――凄まじい熱を帯びた光の矢が、特殊処理を施された銃身を疾走する。
その光は闇を貫き、空間を貫き、最後に群青色の異形の一体の装甲を容赦なく貫いた。
……内部バイオニクルフレームが焼き貫かれる、異様な臭いがあたりに立ち込める。
黒い不完全燃焼の煙をあげる異形は、静かに崩折れた。
島窓君の操る紅の機体――ファイアフライがバーニアから噴射炎を上げ、その場から離脱する。
そのまま闇を駆け抜ける後に、更なる異形こと狂い人形達が追いすがる。
その時、並走する異形達が、まるで息を合わせたかのように同時に触手をファイアフライに伸ばした。
「――だあああッ!」
その瞬間、通信越しに聞こえる光平君の雄叫びと共に、ファイアフライがコマのように回転!
四方から自身を絡め取ろうと伸ばされた触手が、
その紅の腕から伸びたブレードによって全て刈り取られ、空中で細切れになっていた!
「エレンッ!今だッ!」
「任せてくださいッ!」
合図と共に、並走を続けていた狂い人形達の横から突如機影!
その緑色の影は驚異的な俊敏性で周囲の木々を飛び回り、狂い人形達を翻弄、
あっという間にファイアフライを中心に円形を描くような状態にまで持ち込んだ。
立ち止まり、ライフルを構える紅の機体。
狼狽するばかりの異形達。
「――Fire!」
その時、ファイアフライがライフルから光学弾を発射。
その軌道は、あらかじめ弾道を読んでいた狂い人形達によって辛うじて回避される。
何もない空間を貫いていく光。彼方へと飛んで行く筈の熱量。
「――Reflect!」
――刹那、その光の矢が、急激に軌道を変えた。
――装甲が焼かれ、同時に溶け落ちる音。
突如軌道を変えた光の矢に反応できなかった狂い人形の一機が、無残に胴部を貫かれる。
その隙にもファイアフライはまだ光学弾を発射、いや連射。
その時点で撃ちぬかれてしまった狂い人形もいたが、それ以外はまだその軌道を呼んで回避する!
……3発、虚空を貫いたはずの光弾がまたしても反射するように軌道を変え、
完全に予想外の方向から、それぞれ3機の狂い人形達を焼き潰した。
――私は見た。
光弾が軌道を変えるその直前に煌めいた、
ファイアフライと狂い人形達の周囲を飛び回り続ける、緑の機影の結晶のような装甲を。
緑の機体はエレンちゃんの機体――ゴーストマンティス。
機動に特化した超軽量の機体。その攻撃力は少々心許ないが、その本当の脅威は装甲にある。
あの黄緑色の、水晶のように透き通る特殊装甲は、光学弾を反射する性質を持つ。
それにエレンちゃんの技術と、機体の高反応性が加わると、ああなる。
中心にファイアフライを置き、その周囲に気付かれないように敵機を引き寄せ、
そこを包囲するように飛び回るゴーストマンティスの装甲でファイアフライの放った光学弾を跳ね返すことで完成する、
光の矢が予想外の方向から反射して襲い来る死の万華鏡――もしくは、檻。
機体の性能は勿論、
お互いのパイロットの、相手に対する強い信頼とチームワークが無ければ成せない必殺陣形。
光学弾は一発の跳ね返し損じもなく、
実体のない檻の中に捕らわれた狂い人形達を、あっという間に容赦なく焼き貫いていき――
――そして、最後の一体の頭部を貫いた。
「すごいなあいつら。息ぴったりなんだぞ……よっと」
ムスタングの感嘆する声が通信で流れてくるのを聞きながら、私はアスモデウスをその場で旋回させる。
振るわれた槍がその勢いのままに狂い人形達を2体一気に串刺しにし、アームキルが発生。
粒子干渉を確認すると同時に槍を引き抜き、その勢いのまま反対側へと振りぬく。
今度は側面のブレードで胴部を4体同時に両断。
咄嗟に振り向いた先、更に一体の狂い人形が突っ込んでくるのを確認し、
私はアスモデウスのバーニアを瞬間噴射、空中に浮いて回避し、
――そして自由落下で、その下にいた狂い人形を押し潰した。
「やるな、アイリーン」
ムスタングの言葉に、友軍反応のある方向へと振り向く。
そこにはまず車形態で狂い人形4体を轢き飛ばし、
すぐさま人型形態に変形、空中に浮いた異形達を炎のような形状の剣で斬り刻み、
最後に残った一体を、剣を持ったまま車形態に戻っての突撃で貫く赤い機体があった。
「数はどうなってるんだぞ」
「大分減ったわね。新手もまだ来てはいるようだけど、それも少ないわ」
「となると、コイツらは数に限りがある訳だな。つまり親玉が近くにいるんだぞ」
「そうなるわね……今のうちに叩いておくべきかしら」
「だろうな。何もこいつらもキャンプしにここに来たわけじゃないだろう。
真っ先にお前じゃなくて俺達を食おうとしたあたりから察するに、さしずめ……」
「……最初から人間の反応を狙って来たわけね。私はファントムだからそうもいかなかった」
「まあ俺も人間じゃないんだが、遺伝子的にはそうだから一緒にされたんだろうな」
「――ということは、ムスタング」
「解ってるんだぞ。あいつらに残りの狂い人形を任せるよう通信だけ入れる」
ファイアフライとゴーストマンティスへ別回線を開くムスタングより先に、私は木々が織りなす闇の中へと突っ込む。
索敵モードに切り替えたことで範囲が拡大したレーダーに、奇妙が反応があったからだ。
まだ少し残る狂い人形達の反応とは別に、ある場所から大きく動かずにいる機体がいるのだ。
それはここから3キロもない距離で、バイオニクルフレーム反応こそあるものの、アームコア反応がない。
……となれば、それがどういう機体なのかは、割とすぐに予想がついた。
スカート内部の大型バーニアを巡航モードにセット。
アスモデウスは瞬時にその巨体を高速で疾駆させ、林を抜ける。
そして反応のある座標へとひたすら加速させ続ける。
――目の前に迫る急カーブをクリアしながら、どんどん距離が近くなる。接敵まで、およそ5秒。
――4。カーブの曲線が終わる。
――3。左右を木々に囲まれたストレートを突っ切る。
――2。右の林、闇の中に溶けきれない装甲の煌きを見る。
――1。
「――来やがったか。まったく、大人しく喰われときゃあ良いのによお」
わざわざ繋がれた通信から漏れる、陰湿な声音。
それが言い切らない内に、闇の中から鋼色の巨体が飛び出し、巨大な刃が迫る。
こちらも槍でそれを受け止めながら、その姿を確認した。
――中世アプルーエの甲冑を彷彿とさせるような装甲。
たった今槍で受け止めている、巨大な戦斧。
更に一層中世の騎士感を強めている、巨大なユニコーン型の大型ユニット。
頭部の三連カメラアイが、嘲笑うかのように輝いた。
「――道理でアームコア反応がなかった訳ね。 シビルヘッド――『クラウンローチ』」
最終更新:2015年09月09日 08:32