――都会の喧騒を塗り潰す、更なる轟音と悲鳴。

荒れ狂う暴風の中の雨のように、全てを横から殴りつけるのは、無数の硝子と火の粉の玉。
余りに巨大なその脚部が、逃げ遅れた人々を自動車ごと押し潰し、進撃する。
……その機械の瞳、光学センサーに、燃え盛る炎の虚像を宿しながら。

◎◎◎

「――んあ」
午睡を貪っていた、紅の瞳が見開かれる。
自分の分のハンバーガーを食べ終え、わずか1分で眠りに就いたムスタングは、
遠くで聞こえた――喧騒に半ば埋もれた――爆発音と悲鳴に、すぐに意識を取り戻した。
そしてリスのように左右を見渡し、それが近場でないことを把握した。
「どうしたの。ムスタング」
フライドポテトを煙草のように口を咥えたアイリーンが、怪訝な表情でその姿を見る。
そうするうちにムスタングは音を立てて立ち上がり、ファーストフード店内を、
いや――その壁の向こう、遥か彼方を見つめるかのように、無表情で立ち尽くした。
「――また何か輩?それとも機関?」
ムスタングの様子から只ならぬものを感じたアイリーンが、その表情を呆れから警戒へと変えていく。
他の客からの珍奇なものを見るような視線も、こうなっては気にもならない。
ポテトを食べる手を止め反応を待つアイリーンに、ムスタングは目を合さずに答えた。
「爆発なんだぞ」
「爆発?どこで?」
「かなり遠く。俺でギリ聞こえたくらいだから遠いけど、それでも相当大きいんだぞ」
「……なんかの施設の事故、っていう可能性は?」
「あり得るが、それならきっと大事故だ。速報が来るかもしれないからラジオを付けるんだぞ、アイリーン」
ムスタングの指示通り、アイリーンは鞄から携帯ラジオを取り出し、そのスイッチを入れた。
ザザ、というノイズが、電波をチャネリングするツマミによって調節されていき、
次第に落ち着いた男性キャスターのネイティブなアプルーエ語に変わる。
丁度、経済が何かのニュースを放送していたらしかった。

「――只今速報が入りました」
まだ少しノイズの交じるその声は、途端に店内全ての客の意識を鷲掴みにした。
まさか、そんな、などと囁き合う声の中、ムスタングとアイリーンは神経を研ぎ澄ませた。

「――先程、アシレマ州ニューストライプ市にて複数の巨大な爆発が発生致しました。
爆発は現在も続いており、被害規模が拡大しているとのことです。
付近の住民の皆様は、すみやかに避難――」
キャスターのその言葉と同時に、店内に不穏なざわめきが走る。
ある者は友人の女性と不安そうに顔を見合わせ、
ある者はスーツ姿でシェイクのストローを咥えたまま凍りついていた。

「――はい?あっはい、解りました」
不意に、キャスターの声の調子が乱れる。
客が余計に不安な表情を浮かべる間、アイリーンは爆発音が聞こえたらしき方向を見つめるムスタングの様子を伺っていた。
……更に聴き取ろうとしているのか、その両目は閉じられていた。
「大物なんだぞ」
ムスタングの目が開かれ、そう呟いた直後――。

「――続報、そして緊急避難速報です。
現在アシレマ合衆国ニューストライプ自治区にて、巨大機動兵器が出現しました。
機動兵器は市の南西部を襲撃し、第7区をほぼ壊滅させ、現在も進行しています。
付近の住民の皆様は、すみやかに――」

――途端、店内の状況は一変した。
先程まで二人を怪訝な目で見ていたのを綺麗さっぱり忘れたかのように、
客達は抑えきれなくなった不安と恐怖のままに、叫び声を上げながら我先にと店外へと殺到し出した。
「ありゃ、これはもしかして無辜の市民を混乱させたか」
ムスタングの、間抜けな声。
「……でも知らないよりかはマシよ。今回はグッジョブだわ」
手早く口を拭いて片付けながら投げるように言ったアイリーンの言葉に、
無表情のまま両頬に手をあてて「照れるんだぞ」と返したムスタングも、口に食べ滓を付けたままコートを羽織り直した。
そして店内から出ると、すぐに駆け出した。
「――何だと思う?」
「巨大兵器とか言ってたからな。きっとアームヘッドなら、プリュヴィオーズレベルが来てると考えておかしくはないんだぞ」
「……勝てなくはない、けど、ちょっと厄介そうね」
街中を、逃げ惑う人々の流れに逆らうようにして、
二人は第7区の方角を目指し、走った。

「――つい走ってみたけど、遅いな」
100mほど進んだところで、ムスタングがやはり無表情のまま、
それでも妙に綺麗なフォームで走りながら呟いた。
そして走ったまま左腕をバスの停留所に向けた途端、
そのアスファルトに円形を基本とした時計のような紋様が浮かび、真紅の車体が顕れた。

自動でそのドアが開き、
ムスタングが運転席、アイリーンが助手席に乗り込む。
明らかに避難する気のない車に駆けつけてきた警官が「Stop!」という警告を叫ぶが、完全に無視。
ついに拳銃を取り出そうとした警官を精神操作で黙らせると、ムスタングがその棒のような脚でアクセルを踏み抜いた。
「――目標まであと何分?」
「おそらく五分、最短ルートでぶっちぎるんだぞ」
何処からともなくサングラスを取り出し、その瞳を覆い隠しながら、ムスタングはギアを1から一気に最大の6に変えた。
通常の車なら故障し兼ねない無茶だが、この真紅の車――ジェネラル・リラティビティなら可能だ。

――通常の車を遥かに超える速度で、赤い車体が疾駆する。
目標へと近付けば近付くほど、乱雑ながらも賑やかだった都市の色は褪せ、
次第に炎と瓦礫と残骸が増えていく景色へと変わる。
「……見境がなさ――」」

……カーブを抜けた先。
横転したダンプカーが、一瞬で眼前に迫っていた。

――ムスタングの指が、
人間の反応速度を遥かに超えた早さで運転席脇のコンソールを一瞬で操作。
メーター部分右にあるステイツモニターの文字が『Mode Relativity』から『Mode Apocrypha』へと変わった瞬間、車体が跳んだ。
そして空中で、車体各部のフレームと装甲が展開。
真紅の車から人型のアームヘッドへとその姿を変えたリラティビティ――機動形態「アポクリファ」は、
脚部のみ変形を中途で残したまま、火花を上げてアスファルトに着地する。

「おっと――」
慣性にあえて逆らわず、身を任せるようにしながらムスタングがハンドルを目一杯切り、バランスを調整。
足首を完全変形させずにレッグホイール状態とし、そのまま回転させ、なおも荒れ果てたハイウェイを走り抜けていく。
……そしてメーターが100kmを示した時、「それ」は巨大な瓦礫の向こうに見えた。
「!」
普段あまり表情を変えないムスタングの瞳が、サングラスの奥で僅かに驚くように見開かれる。
助手席でレーダーの情報を読み取っていたアイリーンもまた、その姿に言葉を失う。
だが、それは明確な隙。
すぐ横から、人型程の大きさの小型機体が迫ってきていた。

「――ほっ!」
緊張が有るのか無いのか判断し難いムスタングの声と同時に、
アポクリファの左掌に空間を割って出現した追加兵装の炎剣が握られ、裏拳の容量で謎の機体を斬り捨てる。
……遥か後方に流されていく、残骸と液状化プロトデルミスの飛沫。
振り返ったアイリーンの人工眼球が、その残骸を刹那に見据える。
残骸の外郭部分は確かにプロトデルミスによる装甲であり、そこはアームヘッドと変わらない。
しかしその内部部分は、まるでセミの腹部内のように伽藍堂であり、駆動機関らしきものは存在しなかった。
通常、アームヘッドが攻撃などで損傷もしくは部位破壊された場合に噴出することがあるのは特殊血液かテトラダイ粒子のみだ。
アイリーンは、そこで答えに辿り着いた。

「……ムスタング。さっきの機体、小型のフィギュアヘッドよ」
「フィギュアヘッド!それは珍しいものが来たんだぞ。……で、それがどうしてあんなに来てるんだ?」
え、と思わず声を漏らし、アイリーンがレーダーの反応を確認する。
そこには、リラティビティを追跡する無数の敵性反応があった。
「……わあ」
あえて最高の笑顔を用いて苦笑いするアイリーンをよそに、
ムスタングがハンドルを切りながらリラティビティを疾駆させつつ、迫る小型機を更に切り捨てていく。
「フィギュアヘッドは、良い。おかしいのは、いかに小型とはいえなんであんなに量産できたのかってことなんだぞ」
レーダー見たら解ると思うが、あの反応全部フィギュアヘッドだとしたら100体は絶対いるんだぞ。
それにさっきから横から狙ってくる奴とか、街を荒らしまわってる奴とかも含めれば200は軽い」
「……あまり考えたくないんだけど、さっき見えた巨大な『アレ』って、まさか……」

――アイリーンが、その先を口にしようとした瞬間。
入り組んだ道路を抜け、元々はビル街であった瓦礫の荒野に出たリラティビティが、スライディングの容量でブレーキを行い停止した。
……空を埋め尽くす、無数のフィギュアヘッド。
そして障害物のない世界の中で、ようやく見えた『それ』の全貌。

――まるで独創的な形状の塔のような、触手すら生やした巨大な機体。
フレームや内部構造を覆う、アームヘッドのそれとは比較にならない程の装甲。
そして。
人間で言えば『胴』とでも表現すべき部分の装甲に描かれた、狼の紋章。


「――目標を確認した。全機追跡を停止し待機せよ。
あー、聞こえる、そこのお二人さん?
返事はいらねえ。聞こえた通り、こっちはお前らを見付けてんだよ」

……突然の通信から聞こえてきたのは、粗暴な口調で話す――女性の声。
ムスタングが注文通り無言で手を動かし、索敵精度を更に上げる。
「いた。あそこよ」
機体の索敵よりも先に、アイリーンの緑の瞳が、ある一点を見据えた。
ムスタングもその先にある方向を見つめ、そして、見付けた。

先程のフィギュアヘッド達を、その腹から産み出し続ける巨大な怪物。
緩慢にすら見える程の圧倒的な移動のみで、尚も残る都市を残骸へと変え続ける魔物。
――その頭頂部に、一機のアームヘッドが立っていた。
色は全体的に白銀と黒のツートンカラーで、槍を携えたまま、こちらを見ていた。


「――正解だ。褒美に挨拶だけはくれてやるよ。

ゴキゲン麗しゅう、、アイリーン・サニーレタス。
そしてムスタング・ディオ・白樺。

俺の名前はリトゥナ・ヒルドールヴ。
HILDOLV者の社長で――そして、8月32日機関の第十一席だ」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年09月09日 12:35