黒く透き通る鮮明な星空。瓦礫混じりの荒れ果てた街並。
人気のない裏路地を縫って走る影。その男は息を切らし、つまづきながら逃げる。
そして遂に辿りついたのは行き止まり。壁にはただ↑の落書きだけが無意味に描かれている。
「ああクソ!登れるかよ!」
振り向く男の頭上を覆う影。
建物の隙間を覗き込む、アームヘッドの巨影が迫る!
惑星ヘブンの衛星の一つ、トンドルの月。
ヘブンからの傭兵団であるロデオ・スターズは、加速する月の衰退と共に、
低下しつつある依頼数と内容を考え、所属傭兵の帰還を着々と進めつつあった。
この日もまた、一隻の星間輸送船が天球へ向けた出航準備を開始していた。
船出前の乗組員たちの雰囲気はとても和やかだった。
故郷から遠く離れた辺境の星を遂に脱せるのだ。大半の傭兵は喜んでいた。
待合室でスペース・センベイダーに明け暮れる二人の傭兵の姿があった。
スペース・センベイダーとは、宇宙空間を舞台に、ヘブンに迫る隕石をプラント皇帝を操作して破壊するゲームである。
平面的なグラフィック上では隕石が煎餅にしかみえないのだ。対戦モードでは二人の皇帝が二つのヘブンを背に隕石を投げ合う。
「うおお!?また負けた、まさにサンドバッグだな・・・」
負けたメガネの傭兵、村井辛太郎が旧型携帯ゲーム機を床に叩きつけようとして、止める。
勝った傭兵はただ静かにガッツポーズを見せつける。
『まもなく出航する。乗組員は速やかに準備せよ』
ゲームに熱中し再三のアナウンスを聞いていなかった!慌ただしく立ち上がる。
「おい!この決着はいずれ、向こうで着けてやる・・・覚えておけ!」
辛太郎は言い捨て、輸送船乗り込みゲートへと駆けこむ。
やがて輸送シャトルはトンドルの地を離れ、頭上に浮かぶヘブンを目指し飛び立った。
輸送船は夕闇を裂いてその高度をぐんぐん上げていった。
「やっと帰れるのか・・・思えばこんなところまで来てしまったが・・・パプリカーンのみんなは元気だろうか」
辛太郎は窓の風景をぼんやり見つめながら、月での戦いの日々に思いを巡らせる。
振り返れば何もかもが非日常であったように思える。しかし俺はここまで生き残ったのだ。
ヘブンに戻ったら、村井研究所の傭兵として新たな戦いが始まるのだろうか。
それともこれ限りで契約が終わり、再びパプリカーンの一員としての日常に戻れるのだろうか。
一方、操縦室のレーダーでは謎の機影が発見されていた!
「当機に向かう熱源あり!小型シャトル、あるいはミサイルでしょうか!この針路では衝突します!」
「クソッ!地上に護衛は無しか・・・・・・やむをえまい、出力最大!」
辛太郎の思考を中断させる、警告灯とけたたましいブザー音!
「なっ、いったい何だ!?」
対空ミサイルめいたものが迫っているという。シャトルの加速段階が上がり、重力の拘束が増す!
「ダメです、このままでは!」
星間輸送船に迫る円筒状の物体!
巨大なボトルは、衝突するより前に空中で爆発!
「助かっ・・・?」
『『『俺はラフフィッシュだ!!!』』』
わずか一瞬の安堵を打ち消す複数の声!
地上から撃ち出されたボトルから現れたのは、トンドルの量産型アームヘッドだ!
シャトルを襲う衝撃!ラフフィッシュの内の二機が取り付き、減速を招く!
そしてコクピットに響く次なる声!
『我々は地球圏統一帝国上位集団ゴールドブレス、
の下部組織カラスパーティの下部組織、
の残党の残党”ピーマーン”である。』
『我らバイオニクルに勝った心算で斯様な帰り船をトンドルの空に飛ばすとは、
明白な挑発行為である。我らは滅亡などしていない。勝利したのは貴様らではない。
我々”ピーマーン”は改めてヘブンに対し宣戦布告する。貴様らを一人残らず帰さないことによってだ』
どこからか届いた不吉な通信が消える。外から船体を殴りつける音が響く。
「いかがしますか、船長!?」
「管制塔、応答せよ、緊急事態だ!敵のアームヘッドがへばりついている」
「早く援護の手配を!」
「ダメだ遅い、これでは墜落・・・・・・何?積んでいるアームヘッドの内容?ええと確か・・・・・・」
振動する船体!これ以上の被害は食い止めなければ、とてもヘブンまでは飛んで行けない。
「まさに前途多難だな」
そしてそれは辛太郎にピンポイントに降りかかった。
「えっと、セイントメシアグレイサードのパイロット!シンタロ!聞こえるか!
シャトルにアームヘッドが張り付いてる!雑魚のラフフィッシュだ!お前さんの腕に頼みたい!
格納庫から身を乗り出して、ヤツらを引き剥がせるか!?」
船長直々の突然の依頼!危険極まりない行為だ。
しかし辛太郎は、自分を選ばれし戦士だと思わせる言葉に弱い。嬉々として引き受けるのだ!
「行くぞ!セメントイシヤ!」
輸送船格納ブロックの側壁が開放!セイントメシアグレイサードが内部の手摺を掴みながら、
仰向けの形で外に身を出す!シャトルに取り付く敵の姿が確かに見える!
「あいにく定員オーバーだ!」
グレイサードが腕を立て前腕部から光学光線発射!ラフフィッシュは射抜かれ落下!
『ラフフィッシュを殺ったのか!?貴様!』
逆側に取り付いていたラフフィッシュが輸送船を殴る!これ以上は持たない!
「俺はな!早く帰りたいんだよ!」
グレイサードの指先からレーザー発射!それは一定の長さで出続け光の刃に!
レーザーレイザーの一閃!シャトル逆側からはみ出すラフフィッシュの片手足を切断!
『そんなバカなーっ!』
二機目の重りが切除され、輸送船の推進が回復!
「船長、任務完了だ。報酬は特別に・・・」
言いかけた辛太郎の目前に、迫る新手の格納ボトル!
円筒が爆発し巨大な二つの足が飛び出す!グレイサードの顔面、胴体を蹴る!
「なっ!うわーーーーッ!?」
シャトルから蹴りだされた辛太郎の機体!
彼が見上げる先には、グレイサードを降ろしたことで軽量化し、急上昇する輸送船!
視線を前に戻すと、黒い一本足アームヘッド二体が同高度で降下中!
『落とせたのはお前だけか?まあいいぜ』『たっぷり遊んであげるわよ』
細長い器官で繋がれた左右対称の双子のような機体だ。
「コイツは確かロンリーアンドってヤツ・・・両方同時に攻撃しないとって奴か!」
セイントメシアグレイサードは両手を突き出し指先からレーザー連射!
空中で二体に浴びせる!だがロンリーアンドの一体が回転!繋がれた一機を振り子のように!
『ほうオレたちを知ってるのか!』『少しは楽しめそうね?』
遠心力加速キックがグレイサードに叩きつけられる!落下が早まり頭から地面に向かう!
「どわああああ!!」
月面に墜落する灰色のセイントメシア!
衝撃でコクピットハッチが開放される!
中で逆さ宙づり状態になった辛太郎は、耐えかねてベルトを外し滑り落ちる!
続いてロンリーアンドの二本足が着地!グレイサードへにじり寄る。
右側の男ロンリーアンドが長槍で突き転がす。コクピットはもぬけの殻だ。
左側の女ロンリーアンドが周囲を見渡す。パイロットが岩陰を脱し、街の方面に逃げるのを確認。
「くそっなんてこった、ヘブンには帰れなかったしセメントイシヤも置いてきちまった、まさに泣きっ面に蜂だな」
辛太郎が逃げ走り、息を切らしながら愚痴る。首を巡らせると人気のない暗黒の街並だけが広がっていた。
「最近放棄されたのか?誰もいなくて良いやら悪いやら・・・・・・」
背後ではロンリーアンドの、大股めいて交互に跳ねてくる足音が地を揺らす!
『オラオラ!待ちやがれー!』『逃げられる訳ないでしょ~?』
辛太郎は建物の間を縫うように、迷路の中のダンゴムシのように、ただ曲がり奥へ奥へと逃げる!
「どどどどうする?どうするよ?」
破砕音が近づいてくる!ロンリーアンドは建造物を踏み潰すことも厭わないのだ!
『この辺りもオレたちピーマーンの縄張りだからな!』『どうあがいても茶番よ』
鮮明な星空の下、細い裏路地を縫って走る!辛太郎はつまづきながらも逃げ続ける!
そして遂に辿りついたのは行き止まり。壁にはただ↑の落書きだけが無意味に描かれている。
「ああクソ!登れるかよ!」
振り向く辛太郎の頭上を覆う影!
『みぃ~つけた~』『ゲーム・オーバー!』
建物の隙間を覗き込む、ロンリーアンドの巨影が迫り、巨大な足が降り落される!
「うわあああーーーッ!?」
とっさに目を瞑り屈む辛太郎!閑散とした街に衝突音が響き渡る!
「・・・・・・ぐっ・・・」
しばらく経っても踏み潰されないことに気付き、辛太郎が顔を上げる。
目前の路地にロンリーアンドの姿は無く、代わりに灰色のアームヘッドが見下ろしていた。
彼の愛機、セイントメシアグレイサードだ。
「セメントイシヤ・・・・・・お前、俺を助けに・・・!」
感動していると、グレイサードがしゃがんで顔を近づけてくる。
『・・・・・・ちょっとあんた、大丈夫?』
「あっ・・・イシヤが喋った・・・?・・・しかも、女の子の声・・・・・・!!」
感動していると、コクピットハッチが開き人影が降り立った。
乗っていたのは赤毛で紅海老茶色の瞳をした、眩い少女であった。
「はっあっびっ美少女・・・・・・ここでこんなとは・・・・・・」
思わず口をついて出た言葉に自らたじろぐ辛太郎。
「あんたがパイロット?この子、名前は何て?あたし一目で気に入っちゃったわ」
少女が灰色の機体の手を抱くようにしながら言う。
「ええと、そいつはセイントメシアグレイサード、セメントイシヤでも可・・・
・・・ちなみに俺は村井辛太郎・・・・・・ところで、君はいったい?」
「へえ、セイントメシア・・・グレイサード・・・。
あたし?あたしはね・・・そう、アカリ!アカリってんだ」
<続>
最終更新:2015年11月21日 14:09