「あ、アカリ・・・・・・!?」
辛太郎とグレイサードの目前に、首領の間の中心に立つアカリの姿が現れた。
だが、その様子が普通でないことはすぐに分かった。
眠っているかのように目を閉じたまま、呆然と立ち、そして静かに手を広げ始めたのだ。
『おお・・・ようやくこの時が・・・・・・』
感嘆するピールペイラーに不安を覚え、辛太郎がアカリの元に向かおうとした時だった。
アカリの手、指先がちらついて見えたかと思うと、そこから金色の粒子が発せられ、
いや、指先が粒子へと分解されていき、同時に空中からは、銀の粒子が彼女目がけて集まって来たのだ。
「な・・・・・・!?」
気づけばアカリの全貌は、心臓部に紅いコアを持ったテトラダイ粒子の集まりで構成されたシルエットに変わり、
それが広がりながら空気中のプロトデルミスを掻き集めて、別の姿を形作ろうとしているようだった。
もはや辛太郎には、彼女が単なる人間の少女だとは全く言いきれなくなっていた。
プロトデルミスの塊は巨人を象り、肩から一対の翼を生やして、コアは一対のアームホーンへと変わった。
銀の装甲は色づき始め、やがてコアと同じ燃えるような紅へと全身を塗り替えた。
「・・・・・・ヴァー・・・ミリオン・・・・・・?」
先程まで少女アカリが立っていたはずの場所には、一体の紅いアームヘッドの姿があった。
辛太郎はそれがヴァーミリオンであるかのような印象を受けた。
ヴァーミリオンは彼が遭遇する度にその姿を変えていた。だが共通する印象的な朱が、この機体にも透けて見えるのだ。
『おおおお!・・・そうだ、その通りだ人間。この方こそ、我らの技術が生み出した、月のヴァーミリオン!
そしてピーマーンのもう一人の首領、”化け蟹”インカーネイド様だ!!』
折り鶴が叩きつけるように叫ぶ。
「なッ・・・月の?もう一人の首領?化け蟹?アカリが?・・・うああどういうことだ言え!」
辛太郎が捲し立てると、ピールペイラーは虫の息を振り絞り、興奮気味に語りを続けた。
『ククク、元々はな、我らピーマーンも、今とは違うそれぞれの職場で、役目を持って仲間達と共に暮らしていたのだ。
だが貴様たちヘブナーが!あの忌々しき”死を招き”を送り込んだ!
暴走した無人のバイオニクル・ウェポンは、試験と称し暴れまわって我らの同胞を見境なく葬っていった!ヴァーミリオンは!
そのうえ奴は!只のマシンではなかった、我々と同じ、魂で動くバイオニクルだった、にもかかわらず全てのアームヘッドを殺すと!
組織と社会は破壊され、コアに戻った仲間はヘブナーに持ち去られ、我々は残党の!残党の残党としてドブを這いずり生きることとなった。
そして、我らピーマーンは誓ったのだ。ヘブンが我らにしたように、我らもヘブンにヴァーミリオンという災禍を送り込んでやろうと』
「なんだと!!お前たちの真の目的はアカリをヘブンに送る事だったと?だがそれはおかしいぞ。
アカリはお前らから逃げてたんだ。好き好んで暴れるような子じゃない。同じピーマーンなら分かってるはずだろう!」
『・・・もう、御託はよろしい。インカーネイドや、こちらへ』
やんごとなき声!
「その声!お前が首領なんだろう!早く姿を現しやがれ!!」
辛太郎の叫びも虚しく、アカリは、インカーネイドは踵を返し、首領の間の奥へと進んでいく。
その先、アームヘッドの座れる豪華な巨大玉座があり、インカーネイドがそこに座ると、
背もたれにアーチ状に掛かっていた、分厚い蟹の鋏のような頭が付いた蛇のような細長い武器がうねり、
インカーネイドを包むようにしながら左手に接続された。いわゆる装備型アームヘッドである。
こうしてアカリだったものは今や、”化け蟹”の異名に相応しい暴力の塊のようなハサミを誇示する女帝へと変貌していた。
『そこで指をくわえて見ておるがよいぞ、人の子。わらわの願いが、ついに天へと届くのじゃ』
首領と思しき雅な声と共に、玉座の後ろで床が開き、天を穿つ鉄塔が競りだしてきた。
それはまさしく辛太郎の求めていた、星間輸送ロケットであった。
「止めろ!アカリはそんなこと望んじゃいない、ヘブンに降りるのは俺だ!」
インカーネイドの元に向かおうとするグレイサードだが、捨て身のピールペイラーが行く手を塞ぐ!
「どうしたんだ!しっかりしろ!アカリーッ!」
◎◎◎◎◎◎◎◎
『あたしはラフフィッシュ!』
この時彼女はまだラフフィッシュの一機であった。
地球圏統一帝国の末端兵であった彼女は、度重なる戦闘で負傷し休養中のヴァーミリオンを襲撃する任務を与えられ、同僚と共にこれに当たった。
当然ながら襲撃は失敗に終わりラフフィッシュの小隊は全滅したが、彼女のアームヘッド人生はこれで終わりではなかった。
ヴァーミリオンは傷を修復するために、倒したアームヘッドの残骸を取り込んでいた。
ラフフィッシュ達はアームコアごと吸収され、彼女はしばらくの間ヴァーミリオンの一部として過ごすことになった。
そして激しい戦いを経験する中で彼女のコアにも変化が生じた。強力無比なヴァーミリオンの影響を受けての覚醒・トーアナイゼーションである。
元々ボロクーバ・レベルの魂だった彼女だが、機体に適応した進化を焚きつけられヴァヒ・コアの形質の一部を受け継いだ形態に進化したのだ。
その後の戦いで破損し、ヴァーミリオンの身体を離れた彼女は再び地球圏統一帝国の所有に戻った。
そしてコアの進化に気付いた組織は、彼女にコピー・ヴァーミリオンとしてインカーネイドの身体を与えた。
インカーネイドはやはり強力な機体となり、数々の戦果を挙げて”化け蟹”と恐れられるまでになった。
しかし彼女は、戦いを楽しんでいる一方で、そんな己に対する嫌悪感、罪悪感や虚しさが膨れ上がっているのに気づいた。
己の存在意義に迷った末にインカーネイドは、遂にトンドル勢力から脱走した。
逃げた先で彼女はヴァーミリオンに再会した。その姿は大きく変わっており、アームヘッドではなく人間そのものであった。
インカーネイドはそれから、人間の姿をとる方法、人に紛れて暮らす術を学んだ。
ヴァーミリオンは彼女に己を母親と呼ぶように言い、アカリもまた実際そのような存在と思っていた。
共に暮らしたのはごく短い間だったが、安らぎのなかにも生きる意味があると教えられるには充分だった。
それからヴァーミリオンは姿を消し、アカリはトンドル勢力の追手を避けるために街に隠れ続けた。
だが彼女はセイントメシアグレイサードと出会ってしまったのだ。
◎◎◎◎◎◎◎◎
「目を覚ませ!アカリ!」
辛太郎が呼びかけた時、インカーネイドはハッとしたように顔を上げて、その瞳をアカリと同じ色に光らせた。
『・・・シンタロ・・・・・・?』
その声は確かにあの少女のものだった。
「そうだ!俺が分かるか?」
『ぐ、グレイサード君・・・見ないで・・・』
"化け蟹"としての姿を恥じらうその様子は、やはり人間じみて見えた。
『なんと、わらわを押し退けるとは』
やんごとなき声もインカーネイドから聞こえる。
『首領!やはり充分ではありません、この私が!』
へにょへにょのピールペイラーが言うが、グレイサードはそれを平然と押し退けてアカリへと歩み寄る。
「姿が変わっても君は君だ!こんなヤツらの言いなりになる必要ない、ヘブンで暴れる必要なんてないんだ!」
言い聞かせる辛太郎に対してインカーネイドは僅かに俯いた。
『そうね、わかってる・・・グレイサード君は、ヘブンに帰るの?』
「ああそうだ、ちょうどそこにロケットがある。ピーマーンに使われる前に俺たちが乗るんだ」
『・・・・・・嫌・・・』
言うなりインカーネイドは玉座を降り、振り向きざまに巨大なハサミを繰り出す!
その標的は背後の星間輸送ロケット!バターめいて裂き瞬く間に両断!ヘブン帰還への希望は炎上する残骸へと変わる!
「な!?」
もう何度目か分からないチャンスの消滅とアカリの予想だにしない行動に二重の衝撃を受ける辛太郎。
『おお、なんということをしてくれたのじゃ』
『首領、お気を確かに・・・』
シャトルの喪失はピーマーンにとっても大打撃であり取り乱さずにはいられなかった。
『・・・あたし、グレイサード君と離れたくない』
「だったらアカリが―」
『ダメ・・・今のあたしは"化け蟹"だもん・・・ヘブンには行けないよ』
「それならグレイサードを置いて俺だけヘブンに帰ることだって」
『よくもそんなことが言えるわね。どうしてそんなにヘブンに行きたいの?ここで暮らすのとそんなに違うの?』
「なんであれロケットを壊したのは君の身勝手だ!俺たちは君に支配されないよ」
対立する二人の間でピールペイラーが何か言いたげにしていたが、遂に口を開いた。
『首領!こんなこともあろうかと、アジト別荘で人間どもから盗んだ部品でロケットを造らせていました!おそらくはもう完成段階かと』
『おおでかした”チラシの裏”!しかしなにゆえそのような下準備を?』
『それはもちろん私が単独でヘブンに・・・おっと』
ピールペイラーはインカーネイドに話しかける形でピーマーンの首領と会話していた。
しかし次にそれに応えたのはアカリであった。
『余計なことをしてくれたよね』
インカーネイドの巨大なハサミが伸び一瞬にして折り鶴を捕える!
『フガッ・・・・・・』
『ろ、狼藉はやめいインカーネイド!わらわの言う事を・・・』
首領のやんごとなき声はそこで途絶え、化け蟹はピールペイラーをぐしゃぐしゃに挟み込むと、壁に投げ叩きつけた。
「お前・・・・・・アカリ、何かおかしいぞ」
思わずそう言った辛太郎であったが、この暴力的な形状のアームヘッドがおよそ穏やかな少女のままではいないだろうとは知っていた。
『おかしい?確かに今まではおかしかったかもね、だけどあたしは思い出した。あたしの生きる理由、いきる喜びがなんだったのか・・・』
インカーネイドはゆらりと歩み出し、首をくねらせるようにしてグレイサードを見据えた。
「ま、まさかもう一基のロケットも壊すつもりなのか!?」
『・・・グレイサード君、シンタロ、あたしたち、今まで一緒に色々やってきたけど、まだしてないことがあったよね・・・・・・?』
「な、なんでしょう」
『それはとっても楽しくて気持ちの良いことよ、グレイサード君を見てからずっと、そうしたいと思ってたのかもね・・・だから一緒に味わいたいの』
「なっばっ」
『そう血沸き肉踊る闘いよ!あなたたちとならエキサイト出来そうね!
どうしてもヘブンに帰るんなら、あたしよりも速くシャトルにたどり着きなさい!
当然あたしも邪魔するけどね、それなら戦わざるを得ないでしょ?』
「そうかよ、君がそんな戦闘狂とは思わなかったぜ。
いいだろう受けて立ってやる!それでお前が満足するんならな。
だがこれが最初で最後だ、俺たちが絶対に勝つ」
するとインカーネイドの口が笑うように歪んだ。
『ああそれは楽しみね!今まで倒してきたのは口だけの男ばかりだったから』
「さっさと始めようぜ」
グレイサードはもはや外への経路だけを見据えている。
両者地を蹴りスタートダッシュ!!
先頭はインカーネイド!首領の間の分厚い扉をハサミで引き剥がす!背後へ投擲!
「うおッ!」
グレイサードが腕レーザーレイザーで両断!破片を肩に受けながらも追いすがる!
二機はチラシの間を駆け抜ける!狭いガラクタ迷路へ突入!
「待ちやがれ!」
グレイサードは左手にスマートガンを引き出し発砲!
化け蟹は背の甲羅で一撃をガード!それ以降は回避!
『フフフ、捕まえてごらんなさい』
ガガガガ!異音に対し辛太郎が見る!インカーネイドは迷宮の壁に巨大なハサミを食い込ませ進んでいる!
「!!」
ズガーッ!倒壊する鉄屑の壁がグレイサードの頭上に!
辛太郎は肩ブースターを爆発的に始動し駆け抜けるが、次々に崩れる瓦礫に飲まれて消えていく!
『うん?どこ行ったのかしら?』
曲がり角に差し掛かったインカーネイドが、壁にハサミを叩きつける反動でカーブを決める。
そのまま滑るように通路を独走するコピー・ヴァーミリオンだったが、脇道から現れる影がある!
コロコロコロ・・・。ボロック群が迷宮に転がりだしインカーネイドに立ちはだかる!
『あたしを止めるつもり?残念だけど!』
インカーネイドがハサミを開き足元へ!除雪車めいてボロックを撥ね飛ばし前進を続ける!
だが化け蟹は更に先のボロックを視認!それらは壁に対して頭突き連打!
壁が破壊され、灰色の埃を纏って現れる影!グレイサードがインカーネイドの前に躍り出る!
「抜かしたぞ!」
方向音痴たる辛太郎は調和によって基地内のボロックにアクセスし経路を収集、壁を壊して近道を作らせたのだ。
『んまッ、やるじゃないの?そうこなくちゃね』
二機は地下迷宮を縫うように追走を繰り広げる!徐々に差を縮めるものの未だグレイサードが先行!
「ははは、このままヘブンに直行だ!」
『今夜は帰さない』
インカーネイドの全身の突起が射出!ダーツの矢めいて一斉にグレイサードの背に迫る!
「ヌッ!?」
カツンカツン!サードが背負うバズーカに刺さる!辛太郎は敵の飛び道具に気付き、上下に回避しようとする!
だが、ザクザク!ダートは灰メシアの四肢を突き刺しフレームを弛緩させる!
「まさか、ジャベリンか!?」
インカーネイドが発射したのは小型イージーホーン、ダートジャベリンである。
それはアームキルをあえて避ける為にごく少量のテトラダイを供給した状態で放たれていた!
『ほらほら、捕まえちゃうよ?』
化け蟹の巨大な鋏が迫る!グレイサードは再加速!インカーネイドが再び突起を生成!
ダートジャベリンを放つ!狭い通路では避けきれない!その時サード側面の壁が崩壊!
辛太郎はそこへ吸い込まれるように逃げ込む!ジャベリンが地面に突き刺さり、インカーネイドがハサミを叩きつけブレーキ!
「危なかったぜ」
ボロック群に壁を壊させることにより迷わず最短経路を進むグレイサードだが、やがてその必要のないことを知る。
ガン!ガン!ガン!背後の空間から響いてくる破砕音!迫ってくる!
『逃げられると思って?』
インカーネイドは己のハサミを鉄槌めいて振りまわし迷宮を破壊!ただ出口へ猛進!
ゴガアーーッ!!通路を満たす煙!曲がり角から現る二機!並列しドリフトめいて駆け抜ける!
踵を削って火花を散らし、肩をぶつけあって火花を散らす!僅かに抜き出るグレイサード!
その目前に化け蟹の爪が刺さり行く手を塞ぐ!ブースターを止め緊急回避!
したがって先行するインカーネイド!進み続けるまま辛太郎へと振り返り、ダートジャベリンを一斉発射!
「チッ!」
襲い来る突起弾幕!グレイサードは二本の剣を盾にしのぐが、そこへ迫る巨大ハサミ!
「ぐわーッ!?」
ハンマーめいた打撃が衝突!それまで進んでいたグレイサードは一気に勢いを削がれ、背後に吹っ飛ぶ!
『ほらほらもっと頑張って!』
インカーネイドはその鉄槌を振り回し壁を破壊!煙と瓦礫で通路が潰れグレイサードが消える!
化け蟹は自らのアジトを崩壊させながら地上へのスロープを目指す!
「まだだ!」
インカーネイドの前に現るグレイサード!スロープを側面から二本の剣を刺して登ってきたのだ!
空中でびっくりバズーカに持ち替え、出口に向かうままインカーネイドに振り返る!
セメント弾を散発連射!化け蟹はそれを浴び苦心しながら、ダートジャベリンを飛ばし反撃!
徐々に距離を詰めるインカーネイド!突如跳びあがりハサミで強襲!グレイサードも蹴りを!!
ボウッ!!地下アジト入口から爆発的な粉煙!まず飛び出すのはグレイサード!
腹いせめいて入口を叩き潰しながら後に続くインカーネイド!
二機は、岩柱の立ち並ぶ赤茶けた砂漠を駆ける!
「抜かしたはいいがヤツらの別荘ってのはどこだ?」
逃げるグレイサードに迫るダートジャベリン!辛太郎は並ぶ岩をスラローム走行で縫い潜り回避!
『もっと遊びましょうよ!』
インカーネイドのハサミが岩の一部をもぎ取る!サードに向け投石!
振り向くグレイサード!二本の剣を重ねてそれを弾き返す!
返された岩をキャッチした化け蟹が再び投げ、追加で新たな岩も投擲!
「スペースセンベイダーかよ!受けて立つ!」
飛び来る隕石を二発打ち返すグレイサード!そこへ更なる追加の一発!
何とか叩き落とした辛太郎だが、その間に岩のストックを鋏に溜めるインカーネイド!
三つ同時に隕石を投げる!まず二つを跳ね返すが、怒涛の連鎖に最後の一つが直撃!
「がっ!?」
『リアルでもあたしの勝ちのようね!』
ダメ押しにもう一個投げつける!そこに衝突する隕石!辛太郎も意地で投げ返したのだ。
砕け散る岩に安堵しかけるサードだがすぐに驚愕!巨岩を振り上げたインカーネイドが目前に迫っていた!
「何ーッ!?」
殴り飛ばされたグレイサードが岩柱に激突!化け蟹の視界の隅を背景と化して流れる!
辛太郎は何とか衝撃から復帰するも既にインカーネイドに抜き去られた後だった。
少し前まで海の底だった、ひび割れた地面の上を滑るように駆けるインカーネイド。
その後ろではグレイサードが、爪先を擦り土煙を上げながら追い続ける。
スマートセメントガンで足止めを狙うもノールックで回避され、同じ弾道でジャベリンが撃ち返される!
「くそッ、近づけん」
辛太郎は苛立ちも半分にびっくりバズーカに弾を込める!そして発射!
インカーネイドは背後に飛び道具の気配を察知し正確に回避しようとする。だがそれは距離を取って爆発!
バラバラバラ!アームホーン・チャフ弾が直接インカーネイドに襲い掛かる!
レーダー感覚を狂わせる金属片を浴びて怯んだ化け蟹!
『ゲホッ!もーっ口に入ったじゃないの!』
そこで背中に衝撃!自分が投げたダートジャベリンを回収され利用されたのだ!
減速したインカーネイドの真横に競りだすグレイサード!
そしてタックルを繰り出す!肩ブースターを押し付け噴射炎攻撃!
お返しにインカーネイドも鋏の側面で押し飛ばす!
よろめくグレイサードは再度接近しブレード横一閃!
インカーネイドはそれを肩翼に付いたハサミ状の刃で受け流す!
更に足が変形し爪先の突起が先端に!暗器キックがグレイサードの胸装甲を裂く!
「ぐおッ!?」
怯みながらももう一撃斬りかかるグレイサード!インカーネイドの足が再び変形!
ハサミ型になった足裏でブレードを挟み止める!そのまま進み続ける二機!
そして目前に現る残丘のような二つの巨岩!これはかつて海溝だった思われる地形への入り口だ!
その狭い入口を辛太郎は見る!このまま行けば岩に衝突!
グレイサードは急いで横のインカーネイドを蹴る!壁に当たる対象が変わり、止む無く足を離す化け蟹!
並列する二機が壁すれすれで岩溝に突入!
インカーネイドのハサミが猛犬めいて宙を噛みまくる!
グレイサードは足と肩ウェポンラックを噛まれないよう必死に避ける!
すんでのところで二本の剣がハサミの上顎と下顎を受け止める!
化け蟹の爪が唸り怪力を発揮!ブレードが軋みだし脂汗をかく辛太郎!
そこでサードが右手からレーザーレイザー射!目潰しを食らうインカーネイド!
怯んだ隙に二振りの刃で斬りかかる!化け蟹が押される!
そこでインカーネイドが身を翻す!振り返りざまに鞭のように伸び襲い来る巨大ハサミ!
それは鎖で繋がれた猛獣から生ける龍の如く!グレイサードの胴体に喰らいつき!岩壁に押し付ける!
「ぐあああッ――」
辛太郎は敵の猛攻に心折れかけるも!剣を壁に押し付けてインカーネイドに突進!
今度は化け蟹が背を岩壁に擦る!ハサミの拘束を脱したグレイサードが再度一閃を!
インカーネイドはその一撃を挟み取る!そのままサードの剣を怪力粉砕!!
「せっ戦闘Xーーーーッ!」
かつて譲り受けた大剣・トシコソードが瞬く間に粉微塵となり流れる景色の中に消える!
再度噛みつきかかる化け蟹の爪!グレイサードがブースト噴射し姿を消す!
インカーネイドが気づくとその背は上から蹴られ、地面で脚部を削る形となる!
「どうしたアカリ、何かおしゃべりしてくれないと、俺はお前が怖くて戦えないぜ」
『フン、わらわ・・・・・・うっ、ググ・・・』
伸びるハサミが昇り龍の如く!背後上方のグレイサードを殴り飛ばす!
「がはっ・・・・・・まさか、何処かからあの首領が、アカリを操ってるとでもいうのか?しかし・・・」
インカーネイドを先頭にした二機が崖の間を突き抜ける!
その向こうに直面する地形!岩が腐食しアーチ状になった穴が幾つも立ち並ぶ!自然の迷宮オブジェである!
インカーネイドはハサミを振り回しながらアーチをくぐったり破壊しつつ進む!
グレイサードはその背を追わず別のトンネルへと向かう!
暴走気味に進む化け蟹を、別コースから見据えるサード!
流れゆくアーチとトンネルの隙間からスマートセメントガンで狙撃せんとする!
バシュン!インカーネイドのハサミにセメント着弾!見回すも岩の陰に隠れて何処から撃たれたか分からない!
化け蟹は警戒しつつ加速!セメント狙撃が次々に襲い掛かる!さらに加速!
目前に迫る岩の尖塔!インカーネイドはそれにハサミを引っかけターンを決める!
狙撃だけが前に進んでいきやがて止む。化け蟹はターンの勢いを乗せて跳躍!
上空からグレイサードの背後を捕捉!ダートジャベリン一斉掃射!
「な、何ッ!」
振り向いたグレイサードに降りかかるジャベリン!何とか直撃を避ける為動き回るも、圧倒的弾幕密度!
咄嗟に構えたスマートセメントガンが瞬く間に針の山となり、使い捨ての盾と化してしまった。
残るグレイサードの武装はセメントブレードにびっくりバズーカ、本体にレーザーレイザーと爪先ジャベリンといった具合だ。
不本意ながら身軽になったサードはジャベリンの雨を背後に、前方で口を開ける暗黒の洞窟を目指す!
だがインカーネイドの攻撃は終わりではない!突如辛太郎の目前に巨大な岩が墜落し、怯んだところへハサミで殴りかかる!
致命的殴打を寸前で回避!だが代わりに粉砕された岩が瓦礫の散弾を生じ、至近距離でグレイサードの側面に浴びせられる!
「グワーッ!?」
あまりの衝撃に失神しかける辛太郎だったが持ち直してトンネル入り口を見据える!
そこへ目がけてびっくりバズーカ発射!アームホーンチャフ弾が暗闇に飛散し僅かに光る!
迫るダートジャベリン!サードが石柱をサイドワインダーめいた蛇行で縫いかわす!
二機の瞳がテールランプのごとき残光を残し、洞窟へと吸い込まれていく!
暗闇に入った途端にグレイサードの眼光とブースター噴射炎が消える!
アームホーンチャフを浴びたインカーネイドはまるで周囲に誰もいないかのように錯覚!
サードは前か後ろか?あるいは穴を避けたのか?焦る化け蟹を光が襲う!
グレイサードのレーザーレイザー斬撃!その方向を殴るが壁を砕く手ごたえ!
更に背後を斬りつけられる!返す化け蟹の殴打は洞窟を崩しかねぬ威力!
苛立つインカーネイドが全身ダートジャベリン発射!
グレイサードにも当たったはずだが大半が壁に反射し自爆!
『ギギギ・・・』
化け蟹が歯を軋ませて見えぬ敵を睨む。だがその顔面に閃光弾!びっくりバズーカだ!
『グオオオ――』
明滅する視界の中でインカーネイドは目前にグレイサードを見る!バズーカからの万国旗が自身に絡みついている!
そこで化け蟹がハサミを伸ばしアンカーめいて壁に打ち込む!急激な減速に引っ張られるグレイサード!
レーザー刃を出したまま接近!二機の頭部が激突!!
「しっかりしろ!楽しそうに戦うから乗ってやったが、今のお前は苦しそうだぞ!」
『ギジューッ!』
化け蟹が顔面に泡を吹きかけて牽制!伸びるハサミが鎌首をもたげる!
万国旗切断と同時にサードを岩壁に押し付ける!
何度目か分からぬヘブンズの川を幻視しながら辛太郎は、そこから故郷を思い出し意識を現世に繋ぎ止めた!
進むインカーネイドの背にセメント弾!もはや大した足止めにもならぬがこれは彼の生死とプライドを賭けたレース!
破壊衝動と帰宅願望の殴り合いが暗闇の中でしめやかに起こり進んでいく!その目指す先は!光!
トンネルを抜けるとそこは天に伸びるレール!
腐食しジェットコースターのように湾曲しているがマスドライバーの類だ!
「近い!」
帰還への希望が膨れ上がるのと裏腹に、インカーネイドの暴力性は増すばかりである!
振り返った化け蟹の振り下ろすハサミがレールを砕く!グレイサードはハサミを踏み台に超える!
だがその足が小さいほうのハサミに捕えられ顔面をレールに擦りつけるサード!
拘束状態で放たれるダートジャベリンが灰メシアを射る!
辛太郎は最早何時グレイサードが動けなくなってもおかしくないと知っていた。
だがそれでも彼は動き続けた。深まる調和による自己再生の促進だけが確かな武器だった!
サードを踏み越えて進んでいくインカーネイドの後頭部がバズーカに殴られる!
「俺たちはまだ戦える!」
インカーネイドを飛び越えレールを進むグレイサード!その傾斜は徐々に高く!
ジャベリンを交わし一部を食らいながら昇っていくサード!化け蟹が徐々に距離を詰める!
そして捻じ曲がったレールは天を突く垂直!ブースターの不調を庇いながら時折レールを蹴り昇る!
だがインカーネイドがグレイサードの同高度の背後に到達!並行したのち僅かに上へ抜き出る・・・
そこでハサミが胴体に喰らいつく!サードをレールに押し付けながら!引きずるように垂直上昇を続けるインカーネイド!
「ぐあああ――」
レールの終点と同時に化け蟹がハサミを振り上げ、グレイサードは高く打ち上げられた。
更にインカーネイドは飛びあがり、破壊的ハサミチョップで粉砕せんとする!
だが辛太郎は負けを認めぬ!両足でチョップを白刃取り!更に肩ブースターで下へ推進!
天を衝くマスドライバーを外れ急転直下する二機!
空中で二撃目の殴打を振り下ろすインカーネイド!グレイサードがブレードで受ける!
落下スピードが増し地面に迫るサード!激突する前に身を翻し、凄まじい砂煙を上げながら超低空前進軌道に切り替える!
対し化け蟹はハサミで地を殴りつけ着地衝撃を推進力に変換!二機の眼光が尾を引き流星めいて月の表面をなぞる!
やがて地平線に七色の柱が浮かび上がった。想像と食い違っていたが、それこそが目指すべきゴールだった。
「俺のゴールはヘブンだ!」
加速するグレイサード!背後からダートジャベリン!振り向きざまにバズーカから万国旗!
アームスキンの鞭が一斉にジャベリンを裂き無効化!インカーネイドのハサミが伸びる!
七色のシャトルの麓では二つの影がうごめいていた。
『我こそはラフフィッシュ』『余はラフフィッシュ』
ピーマーンの雑用係が、占領された廃ロケット発射台で宇宙船のスペアパーツや撃墜した船の残骸を集め、
ちぐはぐな星間輸送船を建設していたのだ。それももう完成段階であり、奇怪なセンスで塗装された廃材オブジェが空を仰いでいた。
『よし遂に完成』『これで幹部クラス昇格』
能天気に喜びだすラフフィッシュ達のもとに、迫りくる土煙!
『あれ何』『首領?』
煙から飛び出すインカーネイド!だがその様子がおかしいことに気付いた時にはもう遅い!
『グウオオオ!』
出迎えようとした雑魚が一瞬にして薙ぎ払われ、化け蟹がシャトルを目指す!
インカーネイドが輸送船に肉薄!唸る巨大ハサミ!その大顎が龍めいて喰らいかかる!
ガギィン!しかしその一撃は防がれた!追いついたグレイサードのブレードが受け止める!
「もう止めろアカリ!俺はシャトルの破壊を防いだ!この勝負!俺の勝ちだ!
これ以上続けるというなら!続きはヘブンでやってやる!気が済むまで付き合ってやるからな。
だから話を聞いてくれ!本当のお前を思い出せ!」
『グググギ・・・』
龍の顎は尚も剣を噛みしめた。しかし剣が砕き折られることはなかった。
それは辛太郎とグレイサードの意志であり、アカリに残された二人を思いやる意思であり、
またシャトルの破壊を防ぎたがっているもう一つの意識が成していることだった。
グレイサードのブレードが引き抜かれハサミを弾く!たたらを踏んだ二機は僅かに間合いをとり向かい合った。
月面を駆けずり回ったレースの終着点が見え始めていた。
「行くぞメシア!アカリーッ!」
灰色の救世主が地を蹴る!化け蟹へ向け刃を構えながら加速突進!
『ゴアアーーッ!』
獣の雄叫びを上げる化け蟹の腕から再び巨顎の龍が伸びる!
グレイサードはそれに片翼を喰わせながら龍の鞭を潜り抜け迫った!
インカーネイドの首筋!宛てがわれるブレード!
そして、二機は凍ったように動かなくなった。
『ガ・・・グふッ、シンタロ、あたしを、殺(キル)して。あたしがあたしで無くなる前に・・・・・・』
化け蟹の声が再び少女のものに戻った。しかし、まもなく低い呻きへと変わってしまった。
「なんだと・・・そんなこと、聞けるか・・・でも君が、アームヘッドなら・・・・・・」
グレイサードは再度、剣を振りかぶった。
しかしその結末をもう一つの意識は許さなかった。
サードは殴り飛ばされ、インカーネイドも殴り飛ばされた。
龍の大顎、化け蟹のハサミが襲い掛かったのだ!自らの意思で!!
<続>
最終更新:2016年08月17日 17:40