体の機能を停止させて久しかった。
果たすべき使命はついに果たせなかったが、終わりにしようと思った。
ふたを開けてみれば、私は人であった。その身は人にあらずと思っていたけれど、事実としてこの体をなすものは人のそれとは違うけれど。
だってそうだろう。終わるための言い訳など、人のすることだ。
私はファントム。人造の幻影。果たされたかった夢の幻影。果たすべきは救済。救世。それだけの機械だった。
しかし、果たせなかった。果たせぬうちに忘れてしまった。一体、どうやって救うのだったか。一体、何を救うのだったか。
もう、終えてしまってもいいと思った。
ならば、眠るべきだ。
再び、眠りの中に。もう、滅びる世界に寄り添えばいい。
眠るべきだ。
何度も、何度も、そうしようとした。
しかしそうできなかった。別に使命を果たそうとしたんじゃない。もう遅い。分かっている。果たせなかったのだ。
私が座り込むだだっ広い荒野は、かつては人であった肉塊と、かつては兵器であったガラクタがしきつめられていた。
マスク越しでもその空気の汚さは感じられる。人の住む世界ではない、というのがあるべき認識だろう。
そも、ここは荒野などではなかった。人々の暮らす賑やかな街であったのだ。それは失われた。私の使命とともに失われた。
昼だというのに、煌々と太陽は光を注いでいるのに、世界は色あせていた。
だって、人がいない。
ああ、そうだとも。本当はわかっている。救うべきものは人だった。救いたかった。
手段は本当に忘れてしまったけれど、それでもがむしゃらに救おうとした。
しかし結末はこれなのだ。
別に、世界のすべてがこうなっているわけではないということは知っている。
それでも、もういい。だってそうだろう。この惨状は来たるべき絶望によるものではない。これは、人のしたことだ。
もう見たくない。眠ってしまいたい。何を救うのだ。何から救うのだ。何が――。

何が、私を?

私は荒野にて眠りにつくことを試みる。これで何度目かわからないが。
だが、今回は違っていた。ふと隣に熱を感じたのだ。衣服越しに若干ではあるが、熱を。人造の体の機能は一瞬で復旧し、瞳を隣に向けていた。
真っ赤な革の上着を羽織った少年が深い眠りにつこうとしていた。気温は低く、腐臭とオイルのにおいの立ち込める荒野で、私の隣を選び、深い眠りに。
これは、死を選ぼうとしているのではないか。あるいは、もう死んでいるのだろうか。息はあるが、生きることをあきらめているのが分かる。
なんだ、私と同じだ。
手を差し伸べたかった。自らの体の疼きは承知していた。そうだとも。私はそう造られた。
随分久しぶりに生きた人間を見た。体の機能はもはや完全で、あぁ、再び使命に挑むことはできるのだった。
けれど、少年は肉の絨毯に座り込み私に頭を預けていた。革の靴は血を吸って黒に近い赤となっていて、衣服から覗く手足もそんな風であった。
その絵面だけで、私が諦めるのには十分だった。もう、あんなことを繰り返しても意味がないと分かってしまった。
だから、諦めることにした。
眠ることは諦めることにした。
だって、難しいことはない。機械の私にとっても、たとえ先のない世界であっても、未来を持つ少年が衰弱死していくのは見ていてつらいのだから。

このフェッカ・フラペチーノは確かな人と同じ肉の体を持ち、その本質を機械とする。
人とは決定的に異なる存在。私の本質は機械であるからこそ、その根源には使命があった。それを理由とすることにした。
結局のところ、私の本質は人を救う機械なのだ。目の前に現れた救いたい者を見放すことなどできなかった。
目的があって作られ、その使命を果たすことが最も自然であるこの機械の心は、人を救わんとすることが自らの救いとなるのだった。
彼が、私を救ってくれたのだ。私は、私の指針がほしかったのだ。
「少年、目を覚ましてください。あなたには生きてもらわなければ困る」
眠っていると思った少年は、頭をこちらに向けた。目はうつろで、言葉も発さず、それは私を見た。
「あなたを救います。あなたを生かします。あなたが望んでくれればいい。あなたの未来を作ります。理想郷をもって」
少年はやつれたその顔でほほ笑んだ。私のほほに手を当てながら、私を励ますように。
「お姉さんが元気になるなら、いいよ」

ここはヘヴン。新皇光歴を過去のものとし、宙から切り捨てられた者たちの時。時の王の名を冠しスラーヴァ歴と呼ばれた時代。
世界の終幕が近いのは誰の目にも明らかで、それが少しでも遅いことを望むけれど、手を取り合ったりはしない。そういう時代。
私フェッカ・フレペチーノと少年ニエーヴァ・シャカラータはそんな時代に出会った。

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最終更新:2016年10月01日 19:39