「お姉さんが元気になるなら」別に、私のエゴが存在しない選択だとは思っていなかった。それでも、私は少年のためにと思って再び理想郷を築こうと思ったのだ。手段は思い出せないが。
見抜かれてしまっていたことが妙に居心地を悪くして、名前を聞き、空腹を確認して彼をあの場に残し、食べられるものを探しに出たのだった。
あたりはすでに暗くなり始めており、橙に染まると世界はますます不明瞭だった。
更ににちにちと血肉が足にまとわりつくものだから、進みにくいし、気持ちが悪い。
まず、人がいないというのに人の食べられるものだけは見つかる、なんてことがあるだろうか。
人のまだ生活している街へ向かうのが賢明だろうかと、そこへ向かうための手段を考えている時だった。

パチパチという火の音。なるほど、夕日より主張する橙がある。それに、マスクをしているとはいえ煙がひどい。
「失礼、こんなところで何をなさっているのですか」
火の元に腰掛けるのはがっちりとした体格をした壮年の男性だった。
「火を焚いている。何があるかわからんから暖は確保しておくに限るし、なによりあんたみたいなのがふらふらと寄ってくる。食うものでも探してるのか」
「あ、ええ。そうです。実はその通りで。私は人の形ではあるものの機械の身ですので大丈夫なのですが、一緒に行動している少年の分の食事が見つからなくて」
「あー、そうか。あんたはファントムか。そのガキってのはどれくらい飯を食ってないんだ?何か渡してやるのはいいが、いきなり重たいもの渡して食えねえってんじゃ俺も渡し損だ」
「それは――、すみません。実は彼とは知り合って間もなくて、あまり詳しいことが分かっていないのです」
「なんだ、その辺で野垂れ死にそうだったのを助けてやったとかそういうやつか?案内してみな。俺が様子を見てやるよ」
と、このように親切な男性だった。

少年ニエーヴァの待つ場所へその男性を案内した。
道中に聞いたことだが、名をボルドー・カルケットというらしい。
「ニエーヴァ、食事を分けてくれる方を見つけましたよ」
「わあ、ありがとう、って、あ、あぶない!」何を言っているのかわからず一瞬固まった。
すると背中から重たいものをぶつけられる感覚に襲われ、一瞬ショートした機能が回復した時には地面に叩きつけられマウントポジションで腕をひねられていた。
私には人の体のまま怪力を振るったり、関節を自由に着脱したり、ビームを出したりといった、便利な機能はついていない。
つまり、これは中々の危機的状況だった。
「ボルドー・カルケット、どういうつもりですか」
「生きた人間はスラーヴァ王に高く売れるんでな、ガキをいただくことにした。人型ファントムもジャンク屋が買い取ってくれるだろうよ」そう言って懐から分厚い剣を取り出した。
それがなんなのか判断するのに時間はいらなかった。あれはアームホーンで作られた剣だ。
つまり、これは超がつくほど危険な状況だ。

まあ、あくまで私に反抗の意思がなければ、の話だが。
「起きなさい、救世の時です」
地響きがする。ゴリゴリと地面をえぐりながら、あたりに散らばった兵器の残骸が集まってくる。
「ところでボルドー・カルケット。あなたも私のアームホーンを見つけられていない以上、今の私に襲い掛かるよりもそのアームホーンの主であるアームヘッドを呼ぶほうが賢明かと思いますが」
「チィ!味な真似を」その鈍器に近い剣を私の頭にたたきつけ、再びショートさせると私の上から降り、剣の柄を強くたたいた。
立ち上がった私とボルドーの間に奇妙な沈黙が生まれる。
その間にニエーヴァの元へ駆け寄り、彼を抱きかかえてマスクを外し、息を吸い込む。深く、深く。そして叫ぶ。
「ライオンハート!」
残骸が空で形を成していく。それは獰猛に動き回る獅子の頭だった。深い深い夜のように黒い体躯からちらちらと複数の色がのぞく。
そこに降るのは射出されたのであろうボルドーのアームヘッド。そのばねのような長い脚を使い衝撃を殺し切ると、体躯の緑色とは異なる、無表情で気味の悪い真っ白な頭をライオンハートへ向けた。
イナゴ、と呼ばれる旧世代のアームヘッド。もっとも、新皇光歴とともにアームヘッドの進歩も止まった今、十二分に優秀な兵器である。
いつの間に乗り込んだのか、ボルドーの操縦するイナゴは途端に跳ねた。ライオンハートの眉間の位置を狙ってそのとがったつま先を向ける。
が、それ以上の反応速度でイナゴを向いたライオンハートはその大きな口を開いて獲物が来るのを待ち構えていた。
「何を!」背部のバーニアと姿勢制御と攻撃を兼ねた羽を使い背部に回り込む。
「とった!」背中めがけて伸びる脚。ライオンハートは後ろを向こうとするも間に合わず、その蹴りをまともに受けてしまう。ただし、その対価に片翼をその顎でむしり取って。
もとよりつぎはぎの機体である。蹴り上げられた衝撃でボロボロと鬣が崩れていた。
やはり、自動操縦の限界があるか。
マスクを外し、帽子をとる。私の尖った歯が露わになり、頭部は展開して中身を空洞とする王冠のような姿となる。
地中から金色の小型ユニットが表れて私というコアを取り込もうとする。
「ニエーヴァ、あなたは本体背部のコクピットに」抱きかかえていたニエーヴァを誘導し、距離を取ったところで金色のユニットが私を取り込む。
私を収納したユニットは本体の眉間の部位に装着され、背部のコクピットにニエーヴァが乗り込んだ。
「ボルドー・カルケット。あなたの持っている食料はいただきます。その代わり命は取りません。いいですね」
情けをかけられようとしているという発言が気に障ったのか、イナゴはバーニアから推進剤をふかして一直線にこちらへ向かってくる。地面を蹴り上げ力強く跳躍するとこちらに足を向ける。
しかし、そんなものは。
ライオンハートに接続された王冠のようなユニットのセンサーが光り、鬣に信号が送られる。そして、黒い鬣から覗く色味が輝き、一斉にビームが斉射される。
――斉射される。はずなのだが。
信号が届かぬまま、イナゴの蹴りが直撃する。まさか、ライオンハートが破損?と、考えようとした瞬間だった。
先ほど届くはずだったビームが遅れて一斉に斉射され、自動追尾機能の元にイナゴは一撃で大破したのだった。
あっけなくも難なく勝利を果たす。
しかし、信号が遅延するなど、初めてのことだった。初めてこの機体に人を乗せたからだろうか。ともかく、謎は残るもののボルドーを打倒したのだった。

「さて、ボルドー・カルケット。あなたの持つ食事をいただきます。いいですね」
「あ、あぁ。生かしてもらえるなんて感謝しなきゃいけないくらいだ」コクピットから引っ張り出された男は、そう言いながら笑っていた。豪胆な。
こうしてボルドーの持つ食料を実際にはその八割ほど奪取したことで、しばらくのニエーヴァの食事には困らなくなった。
ボルドーのキャンプからそれを持ち出す間に再び王冠を失ったライオンハートはイナゴをすべてかみ砕き、喰らう。
これが私の調和能力。ライオンハートの口を通った無機物はすべてライオンハートの支配を受けるというものである。
いつもよりペースが遅いのは気になったが誤差の範囲と飲み込んだ。確か、これが私の果たすべき使命につながる、はず、だったので。

ともかく、敵を一人討ち果たすことでニエーヴァとライオンハートの両方に食事を与えることができたというのは私にとってうれしい誤算だった。
いまだ思い出せない使命のための手段に若干の不安を抱きつつも、今は目下の心配事であった食事の件が解決したことに胸をなでおろす。

しかし、今後もこういうことが起こるかもしれない、ニエーヴァの身を守る手段も考えねば、と考えるのだった。

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最終更新:2016年10月01日 20:44