あれから数日が経った。未だどんな手段で彼を、人を救うのか思い出せないでいるが、ともかくライオンハートを使って人のいる街を目指している。
街の名はウグルツ。スラーヴァ王の住むガラターンに隣接する街で、厳格な統治を敷かれるガラターンと違い、人々が賑やかに過ごす街である。
私の作られた街でもある。
目的のための手段を思い出すことと、ニエーヴァに安定して安全な生活を送ってもらうという二つの目的のためにそこへ向かう。
あたり一帯血肉と廃材ばかりの荒野を抜け、小屋のような建物が点在する、多少は整備された土地に進んでいた。
そんな道中ジャンクの山を見つけたので、立ち止まってニエーヴァに食事をとらせているのだった。
天気は晴れ。時間帯は朝。照り付ける太陽を廃材の陰で遮らなければニエーヴァはとうに熱中症だったろうと思う。
「フェッカ、この缶詰おいしいよ。食べないの?」何時の間にか私はフェッカと呼ばれるようになっていた。
「いえ、私は。いつも言っている通りに機械の体なので大丈夫です」
「それだけじゃないよ。おいしいから食べるんだよ」そうして缶詰からすくってスプーンを突き出してくる。
「それでは、街に着いたら食べてみます。それまでに食糧が不足してはことですから」
ニエーヴァはほほを膨らませてぶうたれていたが、気にせずに立ち上がって見せた。
「ライオンハート、あなたも」姿を現したアームヘッドに廃材の山を食らわせた。いつもより念入りにたくさん食べるよう指示をする。

「フェッカは何が好き?帰ったら何したい?」
「え、私ですか?」不意に投げられた質問。
別に、自分に心がないなんて思ってはいない。この人造の体がそんな都合のいいものではないことは承知している。
だが、じゃあ何が好きなのだろうか。私は、何かを好きなのか。
「ぼくは、フェッカが好き。フェッカは優しいから好き。ずっとひとりだったぼくを助けてくれたから。
だけどね。ぼくはもうフェッカに助けてもらったから、フェッカは、ぼくをもっと助けようとしてくれなくていいよ。フェッカの好きなこともして」
なんというか、ぼーっとしてしまった。ショートに近い感覚。しかし意識は決して遠のいていなかった。
とっさにニエーヴァの口の周りの汚れが気になって拭ってやった。
「に、ニエーヴァはほかに何が好きなんですか」
「うーん、これ好き」缶詰を指したのを見て、今度はなんだかむっとしたのに気付いた。しかし自分のことながら意味が分からないと飲み込んだ。
そうか、好きなもの、とはなんだろうか。食べ物は知らない。どうだろう、ニエーヴァが私を好きということでいいのなら私もニエーヴァを好きで、それだけで問題はないのでは。
問題は、ないの、では。再びショートした。今日は体の機能の調子が悪い。さっきまでなんともなかったのに、なんで……。
「フェッカは人助けが好きなの?」
「それは」その質問で我に返った。それは、好きとか、そういうことじゃない。ただの使命。機械の私にもわかる。これはそうではない。だから返す言葉は決まっている。
「ええ、好きです。そうですね。私は人助けが好きです」機械の私だから、嘘を嘘としてつくのはつらくなかったし、楽だった。
そうだ、彼は本当の人。私はまがい物の人、所詮はプログラムありきで動く私と彼の感覚は違うのだ。
だから分からなくて当然だ。
好きなんていう、本物の人だから抱く気持ちは私に分からない。きっと。ずっと。

「ところで――」あたりを見渡すとジャンクの山が一つの形を成していた。四足の大きなアームヘッド。ライオンハートに作らせた。
「ニエーヴァ、これに乗ってくれませんか」
「ぼくが?乗れる?」
「大丈夫です。おおよその動きは私がライオンハートを使って制御しますので」
ハリボテであっても彼にアームヘッドを持たせようと思ったのには二つの理由がある。
ひとつはライオンハートには代謝機能がついているため。戦闘の際に鬣内の兵装を適切に配置しなおす機能の副産物なのだが、長距離の移動で廃材が尽きて足止めを食らうことがある。
その点を懸念したのがひとつ。
もう一つは我々が襲われた時の危険を考慮してのことである。私はライオンハートに近い性質を持っているので、人より頑丈である。
プロトデルミスの塊であるアームヘッドに優先して守られるべきは当然ニエーヴァだ。
それに彼に適応するアームヘッドを持たせておけば、いざとなった時になんらかの調和能力で対処ができるかもしれない。できるだけの備えはしておきたい。
このように考えてのことだった。
廃材の中からは四本ものアームホーンを掘り出した。どれか一つは適応するだろう。
「フェッカー!乗ったよー!」高い位置のコクピットから声がする。
「では、動かないで」
そういうわけで、アームホーンを接続させる。

一つ目、二つ目、三つ目、四つ目。結論から言えばどれも適応しなかった。
廃材はヨツアシと呼ばれたモノの部品が多かったため、そういう機体に使われるような粗悪ではあるが人を選ばないアームホーンだと思ってどれかは適応すると思っていたが、そういうわけにはいかなかったらしい。
廃材置き場に座り込んで落ち込むニエーヴァに、しゃがんで目線を合わせる。
「ごめんね、フェッカ」こちらを見つめるニエーヴァ。
仕方がない。適応は巡りあわせだ。これだけの廃材を食らうことができたし、ライオンハートも保つはずだ。
「大丈夫ですよ。これまで通り私が案内します。安心してください」
手を握って微笑んだ。機械の私にしてあげられることを全力でしてあげればいい。
手段に関する記憶がない限りは精一杯であればそれだけでいいではないか。
そういってニエーヴァの手を握って立ち上がった。
「進みましょうか」

結局のところ、私は人造とはいえ人であった。嘘を本当のようにして、辛くなってしまった。
本当は、もう、使命を果たすべき手段も、そのための自分の役割も、思い出して、見たくないと思って蓋をしていた。機械の体に甘えて、記憶に封をした。
それでいいと、今があればいいと、彼の手を握った。
「フェッカ?」

分かってしまう。もはや私が救いたいのは漠然と人、なんかではない。
「ねえ、フェッカ、あの人、知り合い?」
「――え?」

ニエーヴァの指す先には一人の男がいた。純白だった。

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最終更新:2016年10月02日 01:08