「なぜそんな男を連れている?」
純白の男が問う。私に問う。
「まさか、果たすべき使命を放棄する気か」
その男は純白だった。衣服についてであるが、それだけではない。神々しさをすら身にまとうと言うべきか。ともかく、周りのすべてを圧倒せんとする存在感だった。
若かった。不自然なほどに若かった。その存在はとてもではないがまさか”百年や二百年程度”では手に入らない濃度を持っていた。
故に名を千年王という。千年王スラーヴァ。
放棄されたヘヴンをまとめあげ統治する偉大な王。
それが護衛もつけず一人で立っていた。

「お前の使命はなんだ」
体の機能がおかしくなっているのがわかる。そうだとも。この男こそ、私を作らせた男。
王を前にして、呼吸が荒くなる。
私の使命。私に与えられた役割が鮮明に思い出せる。
封をした記憶が解かれてゆく。
「方舟を、編むこと」
このヘヴンは、もう長くはない。王はヘヴンの延命を願っていた。そのために手を尽くした。しかし絶望は決して回避できないと理解してしまった。
ならば、と滅びの事実を認め、やっとのことで立て直したこのヘヴンを諦めた。
この星を諦める代わりに、すべての人を救うことを掲げ、ヘヴンの寿命よりも人を長く生かすことを誓った。
これが、千年王スラーヴァの、そして私の根源にあるべき救世の形だった。
具体的に言えば、望む者すべてを収容する巨大な方舟を以て、異なる世界に人々が豊かに暮らせる理想郷を築くこと。
私はそのための部品。ライオンハートの調和能力をもって星をも飲む巨大な方舟を作るために作られた。
そのためだけに。
なんて。

それはニエーヴァと出会うまでの話。
少年の手を強く握った。
「彼は渡しませんよ、貴方の指示でも」
「ああ、そう見える」
言葉が返ってきただけ体がはじけ飛んでしまうのではないかというような恐怖を覚える。
「滅びの未来に杭が打ち込まれてしまっているということを理解したうえで、それを護るというのだな」
体の震えが激しくなる。まるで地上が揺れているような錯覚を起こすほど。それほどまでの――いや、これは、錯覚?
「世界をまたぐ炉心を手に入れた。どうあれお前には方舟を作らせる。無理やりにでもだ」
違う。錯覚などではない。地上が揺れていた。廃材が王の元へ集まり、形を成そうとしている。
「それでも、お前がそこまでおろかだとは信じたくない。その男を殺して役割に戻れ。その男は、パウィルだ」

――パウィル。
超常のすべてを否定する存在。歴史の守り人。
世界には、本来あるべき流れというものがある。多少逸れてしまっても最終的にはその流れに戻ってくる。本来、そういうものである。
その流れを正しいところに戻すのがパウィルと呼ばれる者達だ。
これを王は未来に打ち込まれた杭と、パウィルと呼んだ。忌まわしきものと評した。世界から可能性を排すものであると。
彼らの持つ力は調和能力のような超常のものではない。多くのものが認識すらできないもの。ただ、超常を否定するだけのものだ。
それは、例えば異界との戸口になるようなものを閉じさせたり、時の流れが乱されそうになるのを防いだりする。
超常そのものである調和能力、ひいてはアームヘッドそのものにも大きく干渉する。
例えば、反応速度が著しく落ちたりすることもあるだろう。そのせいで当たるはずのなかった蹴りを受けたり。

世界を調整する必要な役割である。だが、この場合の正しい流れというのはヘヴンが崩壊し、人々が滅びることなのだと王は言う。
だから王は救済を掲げる以上、可能性を狭め、未来を固定化するパウィルの存在だけは認められない。

「返事がないところを見るにわかって、やっているようだな」
王のもとに形を成したアームヘッドが真っ赤な目を光らせている。白濁の鬣は、不気味に赤を灯し、ゆらめいている。
細い脚部がしかし、しっかりと大地を踏みしめていて、その大きな腕がこちらに対しての敵意を向ける。
「もういい、ライオンハート。奴は教育しなおす必要があるようだ。そこの杭だけ打ち払うぞ」
その名はライオンハート。
私のアームヘッドは、実のところあれのサブユニットでしかないのだった。
つまり、ここからの戦いに私はライオンハートを使用できない。
あの化け物とこの人間の体だけで戦わなくてはならないということだ。
「人のまがい物が、人間ごっこで手を煩わせおって」
「違う!」
ここまでただ黙って私の手を握っていたニエーヴァの言葉だった。
「フェッカは優しい人なんだ!まがい物なんかじゃない!」ああ、こういうのが私を狂わせたのだろうと思う。
ただ、この子を生かしてあげたい。使命なんてどうでもいい。与えられた使命なんて。
自分で見つけた、自分の中に芽生えていた。私が大事にしたいもの。
だから、なんだか強くなった気がした。戦える気がした。
あの化け物のような王にも勝てるような気がした。

まあ、もちろん、そんなのは気のせいで、都合のいいことは起こらなかったけれど。

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最終更新:2016年10月02日 21:31