千年城の背中側に案内される。そこには大地がなかった。廃材だけが積み重なっていた。果てしない資材の量を見て、王の覚悟を再認識する。
地面が見えない。まず、地面の高さが変わっている。廃材が積み重なって、城の三階からやっと外に出ることができるほどだった。
それが、地平線の向こうまで広がっている。七年間ライオンハートに食らわせた方舟の材料の量は、この計画に絶対の自信を持っているのを感じさせた。

だから、この王に従っていれば、私が役割を果たしていれば、多くの人を救うことができると信じられる。
それは今の私が持てる唯一の希望。私が本当に望んだものは別のところに沈んでいて、この希望に縋りついているだけでも、人が多く生きられるのがいいことだとは思えるから。
でも、多くが救われるとしても、全員ではない。
ニエーヴァは、彼と同じパウィルは、王によって……。
それに、アンキャストと呼ばれた少女は、多分、救われない。彼女は、炉心としてただ消費されるだけだろう。
けれど、それでも多くが救われる。少しの犠牲で多くの人が救われる。
王はそれを望んだ。だって王だ。民を支える存在でなくてはならない。誰か一人に肩入れしたりせず、民を平等に愛し、最善の策を打つべきなのだ。完全な策を夢見るのは王の仕事ではない。
そう、思う。だから役割を果たすのだ。
「ライオンハート、方舟を」
自分でも驚くほどに抑揚のない声だった。

膨大な廃材がひしめき合って、一つの、ただただ大きな方舟を形作ろうとしている。
数日もたてばそれは完成するだろう。
そうしたら、多くの人が生きられる理想郷にたどり着ける、なんて、本当はどうでもいいことを自分の希望にあてがう。
本当のところ、役目を終えてしまいたいだけだった。

組みあがっていく巨大な船を見ながら、ただただ完成を待つだけの時間。久しぶりに見る世界の中でどうしても思い出してしまうのは七年前のことだった。
私が見たのはほんの少しの時間だけ。
あの異形の体躯をした千年王のアームヘッドは、まず地面を強く踏んだ。それによって生じた揺れでバランスを崩した私をその特異に長い指ではじいて、手のひらを使って少年を押しつぶそうとした。
それを間一髪のとこでかわしたように見えた少年だったが、かわしきれず、右足を砕かれてしまっていた。
なんとか彼を逃がさなくてはならないと思って、無駄であると分かっていたもののライオンハートを呼び、生身の体で彼に駆け寄った。駆け寄ろうとした。
そこを再びはたき飛ばされ、念入りに今度は手足を潰された。私のライオンハートは少し廃材を集めながらも、結局その姿を現さなかった。そして、王のライオンハートに与えられた衝撃で、ついに私の機能は停止した。
目が覚めた時には地上の形が変わっていた。
ジャンクの山があった大地は、大地そのものがジャンクと化していて、ボロボロになった真っ赤の上着が、そのぐちゃぐちゃの大地に目立っていた。私にとっては答えだった。
あの瞬間が何度も何度もフラッシュバックする。その上着を見つけてしまった時の絶望が何度も、毎日。
朝を迎えるたび、彼の死を想像する。何度も何度も、思いつく限りの死に方を想定をして想像する。
気が狂いそうになる。動悸がする。体が震える。
これが、使命を放棄した結果か。使命を放棄し、つまらないエゴを抱いた結果か。
ならばもう違えない。ただ使命を全うし、そして役目のすべてを終え、消費されてしまえばいい。
ほかのことはすべて無駄だ。

そう思うことのできない自分がいて、それが私を苦しくさせた。
もし彼なら、今の私をどう思うのだろう、と思ってしまう。
優しいけれど、妙に肝の据わったあの少年の気持ちは、私にはあまり予測できない。
だから、都合よく考えることにする。私が多くの人を救うのを喜んでくれるはずだ。彼は優しいもの、と。
そうやって様々なことから目をそらすことにした。
そんな日々。

千年城の背中に方舟が少しずつ組みあがっていく。七年ぶりにあの部屋から解放されてから既に二十日ほど経ち、骨組みが完成しようとしていた。
順調だった。方舟は順調だった。
方舟のほうは順調だったのだが、その日、千年城が正面から崩された。
轟音とともにそれは現れた。イナゴの大群。その数は三十機ほど。その強力な脚で、力強い腕で。千年城が襲撃されていた。その様子を城の背中側、方舟のある廃材の海から少し眺めることにした。
この時代、アームヘッドが束となって動く様子は非常に稀で壮観で、妙にすっきりした気持ちになっていた。なんだかこれでは、まるで。
崩された城壁からイナゴの大群が侵攻する。わずか数分でありながら千年城の被害は甚大に見えた。
遅れて城から四機。親衛隊のアームヘッドだ。あの王に相応しく純白の、雪のようなアームヘッド、スニグラーチカ。過去には伝説と呼ばれた機体が四機。それぞれ大鎌を構え、イナゴに襲い掛かる。
最初の一撃こそそれぞれがイナゴの角を捉え、確実に四機を沈めたが、そこからは泥仕合になった。機動性ではやや勝るものの数に対応しきれないスニグラーチカ。数によって優位を作るも決定的な一撃を加えられないイナゴ。
しばらく決着とはいかないのだろう。
しかし思う。イナゴを駆る彼らは、いったい何のために。

考えていると、ふっと背中から影が落ちた。人一人分の影。
後ろを振り向くと男がいた。さらに老け込んでいるが、この男のことを知っている。妙な活力がある体格のいい男。
「ネエちゃん、久しぶりだな。ちょっとお得意様の王様にクレームをつけに来たんだ」
「ボルドー・カルケット。なんで」言い切る前に遮られる。
「ネエちゃん、あんたも来るか。さっきイナゴの大群見て浮かれてたろう」
「浮かれて、いましたか」
「間違いなく浮かれてたろうよ。浮かれずにガッツポーズをとるのか、あんたは」
ガッツポーズ?ガッツポーズなんてとっていたのか、私は。
「前から思ってたけどな、あんた、自分をファントムだからって押さえつけてるみたいだけど、似合わねえぞ。それでも前はまだあのガキがいた分自然だったが、今は特にひどい」
多分、自覚はあった。だからだろう。
自分の中に七年かけて作ったものが崩れていくのを感じた。崩されてしまった。
「なんで、って聞こうとしたな。俺はこの世界が好きだ。それなのにあの王様、いきなり別の世界に理想郷を築き案内するだなんて与太話をしてきやがった。生きた人間を集めてたのも一人でも多くを救うためなんだと。
そういうのを望むつまんねえ奴もいるだろうけどよ、俺はごめんだ。ネエちゃんもわかるだろ。本当はあんたも俺と同じタイプだからわかるはずだ。
納得できないことにはノーを突きつける。そして今王様がやろうとしてることに納得できてない。あんたがあいつを殴りたいっていうなら、連れて行ってやるぜって言ってんだ」
この男の言っていることが理解できてしまう自分が、ああ、どうしても嫌いにはなれないのだった。
ニエーヴァも、きっとこんな私のほうがいいと、言ってくれると思う。だから、私は私なりの未来を見据える。そして、ボルドーという男の目を見る。
「で、どうするよ。言いたいことがあるか?」
「私は……私は、あの時の少年を、王によって失ってしまった。多分その、仕返しをしたいと考えています。これは、間違っていますか」
ボルドーは目を見開いてそのあとばつが悪そうに顔をしかめた。顎に手を当て目線を落とす。
「あ、あぁ、いいや、そうは思わねえ。それは自然なことだと思うぜ」
「その割には歯切れが悪いですね」
「え、いや、そうか。別になんていうことはねえんだ。ただほら、いくら俺があいつに差し出そうとしてたと言ったって、ニエーヴァが死んでたとは知らんでな。ネエちゃんの仕返ししたいって気持ちは正しいと思うぜ」
私の見据える未来。そこに救いはないかもしれない。けれど、私は何も捨てたくない。私は知ってしまったから。人を失う辛さを。だから。
「ありがとうございます。ただ、私は王を殺すことで仕返ししたいなどとは考えていません。王から今度こそ救いたい存在があるのです」
そして、アンキャストの少女のことをボルドーに話した。ボルドーはそれは許せねえな!と大きな声で返した。いや、あなたもあまり大差ないのでは、という私の声は聞き流された。

「よし、それじゃあ俺たちの今後の動きはこうだ。俺は近くで待機させてあるイナゴでやつらに加勢する。できるだけ派手に。その間にネエちゃんは城内に潜入。ネエちゃんと一緒に五人ほどこちらからも人員を送る。どいつも腕っぷしに自信があるやつだ。全員俺が育てた。使ってやってくれ」
「承知しました。その後はどうしましょう」
「その後?その後なー、あのー、それはあんたがうまくやってくれ。内部に詳しいだろ?」なんと粗雑な作戦か。
まあ、実際に私は城の中も、王と少女、そしてライオンハートがどこにいてどのような状態かも知っているが――。
「もしかして、私があなたに従うことを前提に立てた作戦だったんですか」
「言ったろ、ネエちゃんは俺と同じで気持ちのいい性格をしてるって。こうなるのは分かってたし、もしもの時は、いや、なんでもねえ」
なんだかわざとらしく隠し事をされてしまった。なんだか追及すると負けな気がする。大体、私も私だ。
結局予想された通りに動いてしまっているのだから、悔しいしこれ以上踏み込まないことにした。それに、聞けば聞くほどこの男のぼろが出そうで不安になる。

「もしもの時は、気にならねえのかネエちゃん」
「気になりません」
「強情な」

ともかくこの男と話したことで、私のプログラムは欠陥で成立していると認めるしかなくなるのであった。
ニエーヴァ、あなたは私をどう思いますか。

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最終更新:2016年10月03日 16:19