一週間ぶりに街に戻ってくると、城の復旧作業がさらに進んでいて、あれから半年ほどしか経っていないとは信じられなかった。
今回ガラターンの街から出たのは出張のためだった。
私は今、王の下に就いて人々の声を聞いて回っている。というと聞こえはいいが、実際には定期的に各地の役所にまとめられた要望書を受け取り、王に届けるだけの仕事である。
今回も南の街へ赴き、要望書と、それの受け渡しを通じての役所の声、町の雰囲気などを感じ取って、王に伝えるため戻ってきたのだ。
王を訪ねる前に髪を束ね、伊達眼鏡をくいっと上げる。できる女、フェッカ・フラペチーノが帰還したぞ、とささやかな主張をした。

このように、スラーヴァ王の統治は相変わらず続いている。
反乱はあったし、それの鎮圧には失敗した。だが、スラーヴァ王の統治は小動もしないのだった。
それどころか、さらに勢力を広げているのが実情である。奇妙なものだが、民は反乱を起こしても、王の必要性を理解しているのだろう。
かつて方舟としようとした未完成の建造物は、復旧作業中の城に代わって今のスラーヴァ王の居城となっていた。

相も変わらず、それなりに街はにぎわっている。直接王が治めるため少し空気が重く、ウグルツほど無神経に賑やかではないが、それなりに活気づいている。
いい街だと思う。

一旦荷物を置くため家に戻ると、ポストに三通手紙が来ていた。すべて差出人は同じ、ボルドー・カルケットからだった。
手紙の内容はこうだ。お前は本当に面倒なものを押し付けていったな、この際面倒は見てやるが、押し付けた責任を取ってヴィンを見に来るくらいはしろ、というもの。
ちなみにまだ封を切ってはいない。だがわかる。半年の間でこの三通を覗いて六十通もの手紙をよこして、同じようなことを書いているのだから、まあ今回もそうだろうと分かる。ちなみにヴィンとはあのアンキャストの少女にボルドーがつけた名前だ。
確かに会いに行きたいのたが、やっと仕事に慣れてきたところでなかなかそんな時間は取れていない。それに、毎度封筒がパンパンになるまで写真が同封されていて、そこで元気に笑っている様子が見られるのでひとまず自分が落ち着いてからでもいいか、と思ってしまう。
だからまあ、そのうち会いに行こうと思う。

家に入ると誰もいなかった。この家には二人で暮らしているが、今は誰もいない。
その同居人は医者になるため、数日かけて試験を受けにウグルツに行っていて、今夜帰ってくる予定である。
だから私は出張用の荷物だけ置くとすぐに家を出て、王に南の街からの要望書を届けに行った。
復旧作業中の城に着けば、警備の男が寄ってきて「お疲れ様です」と私の資料を受け取った。これで私の仕事は終了。月の終わりには王からお金が届く。
ただ、まだ彼が返ってくるまでには時間がある。手持無沙汰に思った私は、珍しく商店街のほうへ出ていった。

商店街は非常ににぎわっている。これをくれ!安くしとくよ!あれは入った?週末になるかな!と様々な声がする。
色とりどりの食べ物が並んでいて、香りもとてもよく思う。試験終わりの彼においしいものを食べさせてあげたいと思って、ここへ来た。
ただ、困ったことがある。私は料理をしたことがない。そもそも、ものを食べたことがない。
そこで、その辺にいる人に声をかけてみることにした。目についたのは金色のフォークをくわえた男性。いろんな店を覗いては品定めしているようだった。既に買い物をたくさんしているようで、手にはいくつもの袋。なんだか、食通という風に見える。
「すみません!そこのフォークの人!」
「んあ、俺か」男が振り向いた。
「あの、あなたからなんだか並々でない食へのこだわりを感じます。そこでお尋ねしたいのですが、ここでおいしいものって何ですか」
「名物はトロザメのオイル漬けじゃねーかな。昨日食ったけど旨かったぞ。パンにそれとチーズ乗せたやつを出してもらったけどなかなかよかった。まああいつの作る飯ほどじゃあないが」
「あいつ、とは」
「気にすんな、こっちの話だ。しかし、あんたも旅の人か」
「いえ、私はここに住んでいるんですが、その、体が人のそれではないので食事を必要としなくって。ただ今日は大事な人が疲れて帰ってくるはずなので、それで」
それを聞いて、男がフォークをこちらに突き出す。
「ちげえ!ちげえぞあんた!メシは餌じゃねえ!生きるために食うんじゃねえ!幸せになるために食うんだ!」
「へっ」急に語気が荒くなる男に動揺が隠せず、身じろぎする。
「あんたファントムだろ、だったら大体において物は食える。いいからこれを食え」そうして袋をよこしてきた。
「トロザメのオイル漬けとパン、それにシマホッケの干物だ。食べ合わせはそんなによくねえが、全部旨い。だけどな、あんたは一番大事なことが分かってない。あんたの大事な人があんたを大事に思ってるなら、あんたと食事を楽しみたいはずだ。そんな気持ちじゃ、最高にうまいものも味が陰る。何を食うかより大事なことがある。あんたも食え。そうすりゃわかる」
まくし立てて言い切ってしまうと、男はこちらに背中を向けて去っていった。去り際に「ったく、せっかくまだ文化が残ってる国だってのにもったいねえ」などと言っていたが、その意味はあまりわからなかった。
なんというか、すごい男だったが、そういえば少し、王に似ている。若く見えるのに存在の濃度がそこらの老人よりもよっぽどであるところとか。
ともかく、すごい男だった。

それから、家に帰った。気が付いたら日が落ち始めていて、家には既にあかりがついていた。
「ただいま、ニエーヴァ」
「おかえり、フェッカ」
リビングのテーブルに座っているニエーヴァに袋を差し出す。
「ニエーヴァ、これ、美味しいんだって」
「え、うわ、悪いなあ、ありがとう。まだ受けただけで受かったわけじゃないんだけど」
「いいの。まずはお疲れ様ってことで」
話しながら食器棚からさっきもらったものが入りきりそうなお皿を探す。ちょうどいいお皿を見つけてテーブルに並べると、そこに食べ物を出そうとする。そこで、ニエーヴァが止めに入った。
「まって、フェッカ。これは缶詰じゃないから、そのままじゃ食べられないんだよ」
「あ、そっか、加熱除菌!」ニエーヴァが微妙な表情をする。
「ま、まあそうだね。それでいいよもう。それちょうだい。ぼくが調理するから」
ニエーヴァが炊事場に立つ。それからもらったものを切ったり、塗ったり、乗せたり、焼いたり。その様子を後ろからじっと眺めていた。
「あ、あの、近い」
「だめかな」
「いや、だって」その目線が私の胸にいっているのが分かった。服に覆われていない谷間の部分に目がいっている。
「あのさ、昔から思ってたんだけどなんでフェッカはいっつもそんな感じなの、その、服」
「ニエーヴァが私にドキドキしてくれるかなって」
「初めて会った時からでしょ!」
「だって、胸がきついと気持ち悪いんだもん」
そんな会話をしながらも手際よく調理を進めていく。
「そういえば、ボルドーから手紙が来てた」
「あー、ぼく今回ちょっと寄ってきたよ。七年間お世話してもらったんだし。フェッカに文句ばっか言ってた。可愛い可愛いヴィンちゃんを自慢したいんじゃないかな。元気にしてたよ」
王のライオンハートをパウィルの力で停止させ、逃げ切ったニエーヴァは七年間ボルドーの元に世話になっていた。ちなみに、逃げ出す時点で地形が変形したりはしていなかったらしく、王が腹を立てて大地に八つ当たりしてたことになる。意外だ。
「元気にしてたなら、また今度でいいかな。南の街まで行くの疲れた」
「そんなこと言わないでさあ――っと、できた」
そしてお皿に料理を盛りつけ、テーブルに並べる。
「じゃあ、いただくね。いただきます」
「ねえニエーヴァ」
「ん、どうしたの」
「私も食べてみたい」
「えっ、いいけど、どうしたの」
「うーん、その、いろいろ」
ニエーヴァがシマホッケの干物をほぐして私の口に運んでくれる。
口に含んだ瞬間にあの男の言っていたことを理解した。
「す、すごい!すごい!これ、すごい!」
「え、そんなに?あ、ほんと、美味しい」
「これが美味しいってことなんだ。そっか、すごいね、美味しいってすごい」
「なんかフェッカ、頭の弱い子みたいになってるよ」
「失礼なー。ニエーヴァだってこんなおいしいもの食べてるのに私の胸ばっか見てバカみたいだし」
「は、見てないし!」
「素直になったら触らせてあげるのに」
「は、別に、え、え、え、それ、ほんとに?」
「別に、襲ってくれてもいいんだよ」
ニエーヴァが顔を真っ赤にしている。
それから、また言い返してきたりして、とりとめのない話が続く。

だからこのお話は、この辺で。

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最終更新:2016年10月12日 11:03