――泥のような、安らかとは程遠い眠りから天条レイジが跳ね起きたのは、もはやある種クセにすらなっているジャーキング現象の衝撃だった。

レイジはジャーキング後特有の、まるで鉛のような眠気に遺憾そうな表情を浮かべると、「客」がいないのをいいことにYシャツを脱ぎ、デスクに上に無造作に投げかけた。
ここは天条アームヘッド事務所の一角である。
妙に事業名が曖昧なのは、事実上「なんでも屋」であるという声を大にしては言えない事情を少しでも隠すためだ。
レイジは一応社長ではあるが、事務所という響きのイメージに対して、実際は収入が然程良い訳でもない。
微妙に改装がされきっていない内装が侘びしげに主張している。
レイジは今回の仕事の報告書を徹夜で仕立て上げている途中で意識を放り出した結果、個人用コンピューターの電源が点きっぱなしであるという非情な現実から必死に目をそらしながら、気休めの快適である肌着一枚の上半身で朝日を浴びていた。
その時、事務所の扉が乱雑に開け放たれた。レイジは慌てなかった。
社屋を社屋とも思わぬ乱雑な扱いは、おおよそ一人しかいないし、実際従業員と言えなくもない者はその一人のみだからだ。
面倒くさそうに敷居をまたいだ男は、銀色の髪を乱雑に放ったままの、痩躯の男だった。美形といって差し支えないが、眼差しが粗野にすぎるので印象が悪い。
「もうちょっと丁寧に玄関を開けろよ。壊れたらお前のギャラから引くぞセレト」
「それは法律違反だぞレイジ。みみっちい事で俺にチクられたくなければ多目に見ろ。あと万が一俺でなかったらここで帰られているから上半身肌着はやめろ」
天条アームヘッド事務所、全員出社完了。
社長、天条レイジ。
副社長兼雑用兼従業員兼相方、セレト・マルクティア。
かつて大御蓮帝国という国名で区分されていた巨大な島の一角、上流階級の人種が事実上放棄して久しい地上の片隅で、今日も事務所が始業した。

――時に、新光皇歴3020年。
「大破局」と呼ばれた未曾有の災害から、人類が再生しきった時代の話である。

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最終更新:2019年01月27日 17:32