「――で、セレト。何か言うことは?」
「特に何も」

特に何もじゃねえだろ、という素直な激情を抑えながら、レイジははあ、とため息をついた。
2人の眼前にあるのは天条事務所のアームヘッドガレージ、開け放たれたシャッターの中にあるのは、あちこちがボロボロの、シックな色合いに塗装された機体があった。
アルベリオ・テクノロジー社が開発している、かなり高い普及率を誇る陸戦型量産アームヘッド『ノトモス』。
手頃な価格とあらゆる武装の搭載が可能な汎用性、そして何より丁寧に煮詰められた設計が生み出す安定性により、シェアの半数以上を占める「売れ筋」の機体である。
「言ったよね?なるべく壊すなって。俺が司令室からせっかくオペレートしてやってんのに、なんで無視して突撃すんの?修理費どうすんの?」
「細かいことを言うなレイジ。お前の言う各個撃破は強敵が複数いるときの場合だ。あの程度、俺の前では赤子も同然だ」
「で、その赤子にボロボロにされてるのは何故?」

……天条事務所は数時間前まで、某所にある新開発アームヘッド用兵器を生産している工場の護衛を受け持っていた。
一対多を得意とするセレトが専用ノトモスで出撃、オペレートはレイジが担当したのだが、近づいてくる敵からフィジカルライフルで牽制しつつ装甲を削れ、という指示を無視された。

「足さえ潰せればその時点でとりま制圧できるんだけど?何故いちいちレーザーソードでぶった斬りにかかるんですかね、セレトさん?」
怒りを抑えようとするあまり敬語になるレイジをよそに、セレトは満身創痍となったノトモスを撫でながら呟いた。
「向こうも俺も命のやりとりをしているのだ……アームヘッドで戦場に出ている限りはあくまで俺たちはひとつの戦争装置、ならばこの命をかけて……」
「お前がレーザーソード使いたいマンなのを俺が知らないとでも?命かけるなら一緒だからライフル撃てとあれほど言ってるだろ?お前耳あんの?というか脳味噌あんの?あったとして使ってんの?」
「報酬は修理費を上回っている。黒字だから問題はない」
しれっと言い放ちのそのそと事務所に戻っていくセレトの背中に、レイジは片手に持っていたコーヒーの空き缶を投げつけた。
即座に反応したセレトの裏拳がいとも容易く弾くのを見たあと、レイジは腹の底から絶叫した。

「死ね!!!!!!!!!!」


セレトの趣味のひとつに、開発が続けられていく地下都市の夜景を見ながらの徘徊があった。
特に目的などありはしない。小うるさい社長の恨み節を受け流すのも中々に疲れる中、こうして漂流めいて時間を浪費するのもまた風情がある、というのが理由であった。
そうでなくとも、セレトは常日頃からガフという社会構造(システム)そのものに、憎悪とも称賛ともつかない奇妙な興味を持っていた。
こうしている間だけその無意味な命題に真正面から向き合えるような感覚が味わえる。
自分ひとりあれそれ思考したところで、何にもなりはしないのだから、という感傷があった。
「……ん?」
地下都市の只中に人造された、巨大な疑似海洋を橋の上から眺めていたセレトの視界の隅で、ちらと見慣れない閃光が走った。
都市には実際無数のネオンがあるが、いずれも規格製品ゆえ、どこか並列化されている。セレトはその無機質さを嫌というほど知っている。
それが、違和感を抱く光。
並列化されていない、純然たる自然現象としての光。

炎。
どれほど時代が経とうと、どれほど技術が進歩しようと。
人類が永い歴史のなかで、ただの一度たりとて完全に制御しきれたことのない原始の光。
それが、海洋の向こう側、だいぶ遠い区画の一角から噴出していた。
事故か、と言葉に出すまでもなくセレトが自己完結した。
あの場にいた者からすればたまったものではないが、傍から見る分には不謹慎ながらも無責任な日常のちょっとしたスパイスでしかない。
何より遠すぎる。今から生身の男ひとりが走ったところで辿り着く頃には消化済だろうし、何かできる訳もない。
だからと言ってわざわざ撮影して大規模ネットワークシステム「ワールドナーヴ」にアップロードするような趣味までは持ち合わせてもいない。
当然の帰結として、セレトは通信端末を取り出し、素直に緊急用の公的回線に繋ごうとした。この程度であれば、お節介してもバチは当たるまいと結論した。

その時だった。
……炎の方角で、別の、おかしな光が見える。

炎特有の莫大な暖色ではなく、それこそ人工的な、ネオン看板に使われるような「わざとらしい」感覚味のある閃光。
いや、違和感はそこではない。そも地下都市ではそれは違和感になりえない。
違和感の正体は、それが高速で夜の空を跳ね回っている事。
セレトはすぐに把握した。
「ああ。アームヘッドか。するとあれはテロか」
セレトは通信先を防災機関から警備機関へと切り替え、せめてものお節介を続けようとしながら、念の為に地下都市から地上へとあがっておくべく踵を返そうとした。
だが、その動作が止まった。根本的な違和感の正体が解った。
「速すぎる」。
あれがカメラアイ、センサー、もしくはなんらかの武装だとすると、距離とおおよその大きさの推定から考えて、「それ」が動くスピードがあまりにもおかしい。
まるで空気抵抗と重力など無いかのように縦横無尽する「それ」の異様さに気付いた刹那に、セレトは初めて戦慄した。

「……なんだ、あ――」

セレトが、そう口にしようとした刹那。
「それ」が、セレトの一切の反応を許さない内に、頭上わずか百メートルを過ぎ去った。
だが、見えた。
人間の眼球は非常に性能の良いカメラだ。脳が認識するより早く、一瞬の光景を確かに捉え、数秒置いてから主たる脳に情報を伝達した。
セレトはよろめきながら、振り向いた。
その影はもう何処にもなかった。
ガフのどこかへ移ったのか、地上へ逃げたのかも解らなかった。
セレトは息を整えながら、橋の手すりに掴まりつつ、地上ゲートへと続く最寄りのルートを、思わず弛緩した足で辿った。

――それだけで射殺すような『眼』。
――人体を遥かに逸脱した、歪に縮んだような体躯。
――シルエットを大きく崩す、禍々しい翼。

セレトは震えながら、笑った。
何も解らない。何ひとつとして把握できた事などない。
ただ、今夜の徘徊は「大収穫」であったと、それだけが可笑しかった。

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最終更新:2019年01月27日 17:42