「この感覚だ。俺が欲しいのは――」

誰にも向けられていないセレトの呟きは、そのまま何もなく無意味な空気の振動として消え去るはずだった。
だがその直後、通信から覚えのない声音が響いてきた。
「もっと欲しくない?」

「何?」
「なに、じゃないだろうそこの君。そういう非社会的な言動は自宅の中の更に自室で呟くべきだ。実際私みたいなのに聞かれているだろう」
まるで十年来の知人と酒場で話すかのような、朗らかさと呆れの混じった口調に、セレトの苛つきと警戒が加速度的に増した。
「でも、気持ちは解るよ。アンコールに応えよう」

セレトが相手の素性を尋ねる間もなく、突如敵性反応のアラームが鳴り響いた。
刹那、セレト機のすぐ横を『何か』が過ぎ去った。
セレトが機体を反転させながらレーダーを確認する。『それ』の反応はしっかりあったが、異様な速さ。
本能的恐怖すら覚える程の。
「まさか――」
「セレト、無事か!?敵増援だ!とんでもない速さの……」
「……ああ、無事だ。レイジ、おそらくあいつは無理だ。ノトモスの機体性能では自殺に等しい。ここは素直に撤退したほうがあらゆる意味で現実的だ」
「な……」
「あいつだ。ここ最近大人気で、あの夜に俺が見た奴だ」

レイジとセレトの通信中に、警告音が「まだ生きている」全ての友軍機に響く。
次々と味方のノトモスが落とされている。まるで先程までの因果応報とでも言わんばかりの、否、それ以上の速さ。
セレト機がライフルを構えると同時に、すぐ横に黒いノトモスが並ぶ。レイジの機体だ。
「合流したほうが安全だと踏んだ。あれ相手じゃ前衛も後衛もない」
「理解したかレイジ。前も言ったが俺はアレの機動力を見たことがある。ノトモスだと重ねて言うが無理だぞ」
「……撤退しかない、か。信頼は落ちるが仕方ない」
レイジ機とセレト機が同時にジャマーを起動し、煙幕弾を射出した。
「せっかくのアンコールだぞ。しっかりついて来てくれ」
不満そうな通信と同時に、白黒のノトモスのすぐ背後に、無音の影が既に陣取っていた。
一切の反応を許さず、漆黒の影は白いノトモスを背後から無慈悲に蹴落とした!
隕石めいて白い機体が地面に激突!黒ノトモスが振り向きざまに連射!
「ノリが悪いぞ!リードしてやろうか!」
楽しんでいるかのような声音と同時に、漆黒の影は弾幕を置き去りにするかのようにして回避!
黒ノトモスの周囲を旋回し、必死に追従する様子を嘲笑するかのように回避し続ける!
「どうした!そんな撃ってるんだから一発くらい当ててみせろ!」
「黙れ!」
「アンコールされた側が黙っちゃダメだろう!」
黒い影が唐突に旋回軌道を変更、曲線から今度は光の反射めいた直角的軌道で完全に黒ノトモスの背後を取る!
「お前……!」
「ラストナンバーといこう、盛大に受け取ってくれ」
無慈悲な一撃!白ノトモス同様、隕石めいて地面に撃墜!!
「ではアンコールも終わったし、ライブもお開きといこう」
黒い影は完全に無防備となった建設中のタワーに接近すると、両肩から轟音とともに内蔵砲を発射!
回避など出来るはずもないタワーに直撃し、哀れ未完成の摩天楼は無数のゴミと瓦礫となって爆発四散!権力者の野望が文字通り粉砕!!
「……ぐ……く、く……!」
アームキルされるまでもなく機能停止したノトモスのコクピットの中で、ヘルメットを着用して尚頭部から出血したレイジが、力を振り絞って空中に浮遊している「敵」の姿にカメラのピントを合わせる。
機体OS内に映像が保存されたのを確認すると、レイジは声を絞り出した。
「……お前は……何者だ……」
返答など期待していなかった。それは撃墜されて手も足も出なくなった状態から相手に向けた負け惜しみ、恨み節めいた、只の声の漏れに近かった。

「――いいとも。更に応えよう。
私はドッペルゲンガー。
そしてこの機体は、『μT-ECLIPSE(ミュート・エクリプス)』」

意識が途切れる寸前。
レイジの脳裏に焼き付いたのは、ミュート・エクリプスという響きと、
その御姿たる、萎縮したような体格に、巨大な翼を広げた異形の姿だった。

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最終更新:2019年05月26日 18:27