◎ここまでのあらすじ◎
ベルベキュー博士は成長に特化した自律型アームヘッド・ヴィジャヤを開発した。彼らは海底シェルターで自ら鍛錬を積み成長する様を観察され研究材料になっていた。しかし施設が放棄され成長も止まると、彼らは地上に出て、人類の戦乱に紛れ込み戦いの中で強くなろうとする。
だがそれは同時に死の危険が高まることを意味していた。戦場の中で次々に散っていくヴィジャヤ達。しかし生き残った者は確かに強く成長していた。その中の一人、ヴィジャヤスもまた仲間の死とその仇討ちを通じて己を鍛え上げていくのであった。


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 12

 --21XX.XX.XX--
シェルターに戻ってから数日後、突然ヴィジャローが慌ただしく出掛けようとし、思い出したようにヴィジャヤスに言い残した。
『俺が三日経っても帰ってこなかったら、お前もこっちに来てくれ』
机モニタの地図には、赤い◯印が何重にも書き殴られていた。
彼が帰れぬだろうと覚悟した通り、三日経っても戻らなかった。
距離的には片道約一日以内の場所であり、目的の機体と遭遇するまでの待ち時間もあるので、
戻る途中でもおかしくないが、ヴィジャヤスは言いつけ通り向かうことにした。
道中、キャラシオメルやアリゲーガと遭遇したが難なく倒し、進み続けると周囲の森林に倒木の積み重なる禿げ跡が点在することに気づいた。
それは大質量がぶつかり叩き折ったというより、鋭い刃に裂かれたような切り口になっていた。
恐らくこの辺りだ。
気配を察し目をやると、木々の間から上空へ向け翼を持った白い影が飛び立ち、一瞬にして消え去った。

『あそこか!?』
ヴィジャヤスが駆け向かうとそこには、かつての彼のように木に背をもたれ掛かるヴィジャローの姿があった。
『おう、来たか』
『どうなったんだ?今さっき飛んでったのがお前の探してたヤツか?』
『フッ、アイツは俺の強さに驚いて逃げたよ……さて、始めようか』
立ち上がったヴィジャローは青白く鋭利な腕を構えヴィジャヤスと対面した。
『始める?…俺と戦うつもりか』
『そうだ、俺は今経験値が欲しい、今ここで戦うためにお前を呼んだんだ』
『計算済みって事か…だが、ここで俺に負ける事までは予想してたか?』
ヴィジャヤスの軽い挑発返しには答えず、ヴィジャローは爪先を立て地面に刺し中腰になる独特の形態を取る!
『ハーイヤッ!』
そして跳躍!空中で身体の各所をひねり、刃のついた面を敵に向け振り回す!
それは一撃などではなく嵐のような乱舞!そのまま飛び続け物理的鎌鼬が向かってくる!
『オラアッ!』
ヴィジャヤスはそれを叩き落とすべく拳を放つ!だが手応えなく無数の切り傷が走り、更にヴィジャローが傷に刃を引っかけ、再跳躍!抉りながら宙返りし両足を振り下ろす!
『ぐおッ!?』
鋭い斬撃に両肩口を裂かれるヴィジャヤス!しかし容赦ない猛攻は続く!
ヴィジャローは独楽と見紛う程の上半身回転で切り刻もうと連撃!
ヴィジャヤスもそれを動体視力で捉えようとし拳の連打で応酬する!
(痛ッ……痛ッ!)
だが素手で刃物を受けるのはやはり痛い!鍛えた槍シュリヴィジャヤも置いてきてしまった。次第に戦意が燻り始めてしまう。
圧されながらヴィジャヤスは、かつて彼と共に観た戦闘ビデオを思い出していた。
マッチョ・ヴァントーズとセイントメシアの対決。
あのヴァントーズは拳の代わりにブレードを潰して加工した金属グローブが付いていたが……
その時ヴィジャヤスの首をヴィジャローの爪先が切り込む!
…このままではあのビデオと同じだ。ヴァントーズ同様に敗けるのか?

『おいヴィジャロー、お前昔、セイントメシアを目指すって言ってたよな』
ヴィジャヤスが首の傷を拭う。
『そうだったな。お前は何になった?修行の成果はそんなものじゃない筈だ』
ヴィジャローは両腕をだらりとし、脚を大きく開いてふんぞり見下ろしていた。
『俺はあのヴァントーズにはならないよ』
手をぶらぶらと振ると傷から体液が飛び散った。
『ならば"お前"の力を見せろ!俺はそれを取り込んで、救世主を超える!』

(続く)


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 13

ヴィジャローが足をかち合わせながらワンステップ、二度目で前方跳躍!
斜めに回りながら刃の付いたチョップを仕掛ける!ヴィジャヤスは後ろに跳び回避!
追撃の水平チョップ!更に間合いを取る!
大きく踏み出し垂直チョップ!次は逃げない!ヴィジャヤスも踏み出してその刃を両掌で挟み込む!
まもなくもう一方のチョップが襲う…その前に白羽取りの手を高速で擦り合わせ、赤熱させる!柔くなった袖状刃の側面に拳を叩き込んで凹ませる!
その間に来たチョップはヴィジャヤスの腕に刺さるが、それを引き抜く僅かな隙に、袖状刃の側面を殴る!
両腕にダメージを負ったヴィジャローはやむ無く跳び退り、その刃を一瞥した。
片側は完全に歪み、もう一方も切れ味が落ちている懸念がある。無理に使えばまた隙を晒す!
だがこの状況は彼にとって重大ではない。
再度爪先を立て仁王立ち!メイン武装は脚部そのものなのだ。
ヴィジャヤスは煙の上がる掌を握る。同じ手の食わない油断ならぬ相手と知る故、当初から一歩先を行く先輩めいた存在故、本当に敵うのか自信が持ちきれないのだ。そんな己への怒り!
『ハーイ!ヤーッ!』
ヴィジャローのフィギュアスケートめいた高速スピン!足のブレードは凶器と化し斬撃を放つ!
両足が別々の弧を描き予測不能な角度から襲う!
ヴィジャヤスはより隙のない攻撃に恐れた。避けきれぬ攻撃は腕を盾にしなければならないが、いずれ限界は来る。
無数の空中連続斬り蹴りにたじろぎ反撃し損ねるも容赦なし!
ヴィジャローは両脚を刀とする二刀流剣豪の如く操り凄まじい剣捌き!
そのリーチは拳撃とは一線を画す!
防戦に堪えられなくなったヴィジャヤスも無理矢理突破口を開こうとする!拳に金色の粒子が集中!
『ウオオッ!』
オーガネックを倒したテトラナックルを放つ!足刀を弾き止めるもダメージには至らない!次の斜め上段蹴りがまたもヴィジャヤスの首を掠める!
『ウグッ!?』『あと一撃!』
ヴィジャローは本気で倒すつもりだ。今頭に響き残った一言でそうはっきりと認識した。
直線的な蹴り、というより槍を正面に突くような攻撃が迫る!
ヴィジャヤスはすれすれに跳び退る、その手には再び金の粒子!
『ハァー!』投げるような動作!
粒子は歪な球状の塊を成しヴィジャローへ向け飛んでいく!
『何!』
それは脚の一太刀を受け破裂!テトラダイがヴィジャローの体表を喰らわんと痺れさせた。
更にバックステップしながらヴィジャヤスがテトラボールを投げる!二連続の粒子爆発がヴィジャローを飲む!
『クソッ、まだだ!』
次なる爆発を足元に飛翔するヴィジャロー!全身の裾状刃が滑空翼の役目を果たし、粒子弾の狙いを外れる!
すれ違い様に首を拐おうとする翼!ヴィジャヤスは倒れ込むように避けながら上体をひねり、テトラボールを背後からぶつけようとする!
その光を察したヴィジャローは翼を傾け転回する。
だが、先の攻撃で腕の刃は歪められている!
跳んだヴィジャヤスが頭ほどの粒子弾をダンクシュート!動きの鈍った低空飛行のヴィジャローの背に直撃!
『ぐウッ!?』
粒子爆発に当てられ激しく墜落するヴィジャロー。両手に光弾を構えながら立つヴィジャヤス。
『まだやるか?』『やるさ……』
ヴィジャローが両足を揃え垂直に!その脚を高速で動かし疾走!ヴィジャヤスへ向かい跳び膝蹴りを放ったかと思うと、高速前転して巨大手裏剣と化す!
ヴィジャヤスはテトラボールを投げる!回転刃に飲まれ爆発!二発目も!だが次の行動は回避ではない、三発四発!連続粒子弾はその発射間隔を縮める!
ヴィジャローが飛び迫る間、跳び退りながらの対空砲火は百発に及び、やがて激しい土煙が辺りを包んでいた。

ふと飛んできていないことに気づいたヴィジャヤスが手を止める。
煙が晴れてくると倒れていたヴィジャローがゆっくりと立ち上がった。
『……待て、少し、待て……』

(続く)


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 14

『……待て、少し待て…』
『脱皮か?』
身悶え始めたヴィジャローを目前に、ヴィジャヤスは完全に攻撃姿勢を解いた。
『う……グオオオ……アアア…!!』
地響きを起こすかと言うほど全身を脈動させ、唸りを上げるヴィジャローの背中が光を放った。

しかし、それが収まったとき、彼の姿は変わっていなかったし、脱皮殻も見当たらなかった。
『…くそッ、ここまでか……』
力なく膝をつくヴィジャロー。
『お、おい!』
ヴィジャヤスが駆け寄りその体を支える。
すると、その背中に刻まれた深い斬り傷が、バチバチと音を立て侵食粒子を吐き出そうとしているのが見えた。
『お前、この傷は……』
『…そうだよ、俺が探してたヤツは逃げてなんかない』
ヴィジャローはこの地で探していたメシアタイプと確かに戦っていた。
しかし逃げ切れず深手を負い、敵は勝負は決したと判断し止めを刺すことなく去ったのだ。
『お前を呼んだのは他でもない、ヤツからどれだけ傷を受けようが、後にお前と戦えば脱皮して復活できると踏んでいたからだ』
その声に激しくノイズが走り消えかかる。
『だが失敗した。ここまで侵食が早いとは…もう自己修復も動かない。このまま…死に行くだけだ……』
『しっかりしろよ!』
普通のアームヘッドならばアームキルを受けてここまで動ける事自体異常なのだ。それは鍛えたフレームの強さが少なからず関係していたがやはり限界があった。
『…ヴィジャヤス……お前を呼んどいて正解だった……その強さなら最後まで生き残れる。俺はそいつと直接やり合いたかったんだ……』
『お前なら、俺が鍛えてきた、戦ってきた、生きてきた全てが無駄じゃなかったことを証明できる。俺の代わりに……』
『ヴィジャロー…ふざけんな…』
本気でかかってきた彼にテトラダイ粒子を浴びせた己を後悔した。
『ヴィジャヤス、俺は強かったか?経験に残ったか?俺は、無になりたくない…』
ヴィジャローはヴィジャヤスの手を握る。拳では伝えきれなかった、漏れだす記憶を送るように…
『何も怖がるな。無駄じゃない、全部を俺が継ぐ。俺がお前の代わりに強くなる』
安堵したヴィジャローの中でトレーニング指導AIが停止しアームホーンが退行する中でコアの意思は尚も語ろうとした。

『少し休む、あとは任せた…』

ヴィジャローの筋肉フレームが干からびたように萎縮し通常のアームヘッド同様に自壊した。
ヴィジャヤスはそのアームコアを手に森を去った。

(続く)


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 15

 --21XX.XX.XX--
ヴィジャローを倒した帰り道、海底シェルターに向かい泳ぐところで他のヴィジャヤに行き合った。
『うわ!すげえ格好だな、どんだけ鍛えたんだ』
ヴィジャヤワルダナプラコッテが驚く。
『…俺の手で、弱ってたヴィジャローを倒しちまった』
『これから俺はアイツの分も強くならなきゃいけない』
『ああ、あの出現マップを作ってくれてたやつか…そうか、おいらもアイツの仕事を継ぐよ』

二体はシェルター入口に到達する。
ヴィジャヤワルダナプラコッテが先に中に入った。
『……ぐわーーーッ!?』

『!?』
突如響く悲鳴にヴィジャヤスが急ぎ中へ飛び込む!
だがその首に巻き付く謎の鞭!!
『うぐっ…グオオ!』

『オーッホホホ!待ちくたびれていましたわミスターヴィジャヤス!』
目前には両腕が超長い鞭に進化したヴィジャーラ!
『現在のフレーム充熟度は貴方がトップクラス。故にその経験値は我らで分配し成長に当てます』
地上アームヘッドから剥ぎ取った大量の遠距離武装を全身に纏うヴィジャネスオンデマンド!
『アチョーーーー!』
奇声を発し独特の構えを取る細マッチョボディのヴィジャッキー!
『…醜悪なソレでも、我が美しきバイオティフル・フレームの糧となることが出来るのだ。光栄に思うがいい』
右手の中指が超長いレイピア、左手の甲が円形シールドになったヴィジャカードがナルシスティックポーズを決める!

『何だ、テメエらは』
鞭をちぎろうと握るヴィジャヤス!だが首だけでなく全身にも巻き付きだす!
『我らは早い段階で"一機で最強"などあり得ないことに気づいた。刻々と変化する状況に迅速に対応するにはそれに見合う進化をしたものが対処するしかない。我々は四機で一機として役割分担し最強に近づくのが最も効率的だと判断しました』
言いながらヴィジャネスオンデマンドが全身の銃砲を放つ!
その種類はフィジカルライフルから加熱ガス弾、ウイルス針弾、グレネード、連装ミサイル、サモラ、コルダックなど多岐に渡る!
『グアアア!』
鞭で動きを封じられながら爆弾の雨を浴びるヴィジャヤス!
その隙にヴィジャカードが中距離からレイピアでメッタ刺し!
盾を構えて安全地帯を作り、その背後からヴィジャッキーが飛び出し一撃離脱戦法で打撃を食らわせてくる!
『うわッ!ぐワァ!』
ヴィジャローの約二倍くらいの連続連携攻撃に曝され死線をさまようヴィジャヤス!
だが無力は怒りを増幅させやがて新たな力に変わる!
苦しみの中で握った拳に生成されたテトラボールが次第に肥大化していく。
二つの範囲が重なりやがて一つの球体となってヴィジャヤスを包む!
光るテトラ空間がバリアとなり砲撃を阻害し始める!
『アイサ四千年の歴史!アチョーー!』
アイサに伝わる拳法の一つ、ヘブンゴッドカミキリの動きを取り入れた神切拳を仕掛けるヴィジャッキー!
ヴィジャヤスは己の背を蹴ったその足を逃がさず、掴んで振り回す!更に鞭を引っ張ってヴィジャーラを手繰り寄せ、足を掴んで振り回す!
弾幕が次々に二人に当たる!ヴィジャネスオンデマンドが射撃を中断した時、ヴィジャヤスは二機を投げつける!
『『『ギャーーッ!!』』』
爆発の中立ち眩む三機のすぐ目の前にヴィジャヤスは迫った。
『ホワタァー!』
彼がヴィジャッキーに放ったのはプラント帝国骨南無に伝わる骨法!
ヴィジャッキーがこれまで学んできた世界各国の拳法の記憶を盗み見たのだ!
『ば、バカな』まだ倒されてもないのに技を取り込まれている?
驚いている間に次の肘打ちがヴィジャッキーの脳天を砕く!
『キエーッ!』ヴィジャーラの鞭にトゲが生えヴィジャヤスを噛む!
だが鞭の一本をちぎると敵の何倍もある出力でそれを振るいヴィジャーラを両断!
ヴィジャヤスは怯えるヴィジャネスオンデマンドの頭を掴む!
『ぶ、武器の使い方を教えるから』
『お前から得るものは何もない……』
そのまま振り回しヴィジャカードに叩きつける!
飛来するヴィジャネスオンデマンドの胸をレイピアが貫く!
『そ、そんな…』
『品性の欠片もないな、こんな汚いものを投げ付けるとは、まるでサルだな』
刺さった亡骸を片足で蹴飛ばすとヴィジャカードは高貴なる構えを取る。
『だからどうした?』
『美しい戦い方を学びたまえ、死ぬ前に』
ヴィジャカードは美しく彫像めいたポーズで殆ど動かぬまま手先だけで高速突きを放つ事ができる。
その予備動作に続き視認不可に等しい針剣の正面突きを最速で抜き放つ!
『ウオァ!』
ヴィジャヤスは正拳突きで立ち向かう!レイピアが、ヴィジャカードの中指が折れて天井に突き刺さる!
『うわーあああーああーー!?』
泣きわめくヴィジャカード、次の拳を盾で防いだ筈が粉砕され、全く減衰できずに打撃が衝突!
フレームの砕かれたナルシストは見る影もなく壁に叩きつけられシミのように残った。

『雑魚が…』
ヴィジャヤスが冷たく言い放った時、別室から倒れ込む音が響いた。
入口に倒れるヴィジャヤワルダナプラコッテを起こす。
『大丈夫か?あいつらにやられたのか』
『う…最初の不意討ちだけだ……あいつらは気づいてなかった…
 ここには奴が……奴が帰って来ている……』

(続く)


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 16

『あいつらは気づいてなかった…ここには奴が……奴が帰って来ている……』
ヴィジャヤワルダナプラコッテはそう言い残して機能を停止した。
その胴体は巨大な何かで殴られたように圧し潰れていた。
『奴……?』
全く想像もつかないままヴィジャヤスはその部屋に踏み出す。
ヴィジャヤスはそこで鏡を見る。自分はここまで禍々しく変わっていたのか……
だが、そうではなかった。目前にあるのは虚像ではなく実像。

そこに立つヴィジャヤは誰よりも大きく、己以上である事がすぐに分かった。
その体には変色したテトラダイ粒子が黄緑の光を放ち稲光のように迸っていた。

『お、お前は……』
ヴィジャヤスは気圧され切らないために咄嗟に喋った。
『ヴィジャリーです…』
ポツンと一言自己紹介したそれは、殺意を向けていないが暴力の化身と分かるような異様さで、内面が微塵も伝わってこなかった。
ただ、先程のヴィジャヤワルダナプラコッテの傷を見るに、そもそも感情がなく無慈悲で、故に強くなった存在と推察も出来る。
だがこんな奴、最初にいたか……?

そう、ヴィジャヤスは覚えていなかった。ヴィジャヤ達が外の世界に出る前、ヴィジャドがヴィジャスケを追放する前、各自が仲間達を認識し名前を覚えるよりも前。

ただ一人、ヴィジャリーだけが誰にも気づかれず、真っ先に外界へ向かい幾つもの死線の中で鍛え上げていたのだ。他の個体より成長していて当然だった。
そしてそれがどういう訳か帰って来た。本人にも分からないかもしれないが、最後の一体を決めるために本能的に戻ってきたのかもしれない。
ヴィジャヤスが足をすり、腕を構え、敵を見据える。
鏡写しのようにヴィジャリーも動いた。
『くッ……ウオオオッ!』
二体の拳が正面衝突!!凄まじい衝撃がヴィジャヤスの腕を襲う!ヴィジャリーの方はどうだか分からない。
テトラナックル!粒子が干渉し打ち消し合うと思われたが、黄緑の光だけが根強く残りヴィジャヤスの手を侵食する!
『ーッ!』
急いでバックステップ!掌にテトラボールを生成し連射!今度はヴィジャリーより先手!
粒子爆発の中でやや後退するヴィジャリーであったが遅れてテトラボールを投げ返す!
粒子弾が衝突するとやはり黄緑の方が勝つ!
更に投擲スピードも間隔も上!爆風で吹き飛ぶヴィジャヤス!
『くぅ……!?』
間髪いれずに迫る巨大な拳!直撃を免れると拳は壁を殴りヒビを入れ海水が噴き出す!
転がってメインホールを目指すと部屋の区切りごと蹴破り追ってくるヴィジャリー!
ヴィジャヤスが立ち上がり振り向くと、敵の姿はそこにはなく、頭上に足の裏!
『うわああああ!?』
両足踏みつけで床を砕きながら叩きつけられるヴィジャヤス!
体重をかけながら二撃目に向けた跳躍、こらえながら横に転がって避けるが、ヴィジャリーの着地は片足!
もう一方はサッカー選手めいた振り上げ、ヴィジャヤスをシュート!
『がァ―――』
ろくに呼吸も出来ぬまま、ヴィジャカードの食い込む壁に打ち付けられ、己もこの雑魚同様の雑魚だと思い知らされる。
溢れ出るパワーを地面に押し付けノシノシと歩を進めるヴィジャリー。
やがてヴィジャヤスの頭を鷲掴みすると、掲げ上げて一撃、腹部に拳を放った。
『ブグッ』
遠のく意識の中でヴィジャヤスは思った。ヴィジャロー達と同じように、俺もこいつに後を任せればいいのだ。
十六体のヴィジャヤはその方法こそ違えど目指すものは同じ、最強になるまで鍛えることだった。
様々な要素を持つそれらが収束し集まった最後の一体が真の最強である。
ゆえに、ここで負けても経験は相手に引き継がれ、目的を完遂できるのだ。

(続く)


ARMHEAD "MUSCLE CHRONICLE"
SIDE:VIJAYA PROLOGUE 17

ヴィジャリーが拳を絞る。ヴィジャヤスの頭を手放す。
全てがスローモーションに感じた。

しかし、こいつは本当に後を継いでくれるだろうか?
力はあるが技には洗練さが足りないように感じる。
真に技に優れた者と相対した時、こいつは勝ってくれるだろうか?
そしてこの最強を決める決戦において今、最も技を継ぎ優れる者は……

迫るヴィジャリーの鉄拳!
ヴィジャヤスは目を見開き、ヴィジャドの頭突きで返す!
『!?』
ミシミシと音を立てる拳と頭骨!拮抗し互いに退く中、倒れるヴィジャヤスを目掛ける再度の踏みつけ!
ヴィジャヤスが跳躍回避!ヴィジャスケのジャンプパンチを顔面に食い込ませる!
この巨人はまだ倒れない。それは学習済!空中で体をひねり、ヴィジャローの回し蹴りで追撃!足爪で首を裂く!
力づくで叩き落とそうとするヴィジャリー!アイサ拳法・折鶴拳で敵の作った風に乗り避けるヴィジャヤス!
離れた所でヴィジャーラの鞭とヴィジャネスオンデマンドの武器を拾い、巻き付けながら対生体弾連射!
ヴィジャリーは鞭を引っ張り一気に近づけテトラナックルを撃つ!
その標的のヴィジャヤスは華麗なる動きでかわし、ヴィジャカードよろしく中指を立て、眼に突き刺し目潰し!
怒りのヴィジャリーはテトラボールを直接押し付けヴィジャヤスを爆破!

尚も立ち上がる敵を、追撃すべく猛進するパワーの化身!
『菊田活殺拳・天電波羅薔薇』
ヴィジャヤスは敵の懐に背を当て、降る拳を右手で押さえ地に向かわせ、左手は敵の脇の下を持ち上げ、そのまま背後に向け跳躍する!
その結果、ヴィジャリーの左腕が爆発!三分割にちぎれ飛び散る!
『グオオオッ』
やり返すべくヴィジャリーも左腕を掴む!
ヴィジャヤスの下半身が回転!回し蹴りの二撃、三撃目が巨人の首を刻む!
バキィ!音を立ててヴィジャリーの口元が砕け巨大な牙と顎が出現!左腕に噛みつく!
『ぬううッ!』
痛みを堪えるヴィジャヤスは喰いちぎられまいと腕力を込め反発!
下半身を回転!四撃、五撃目の斬撃が巨人の首を削る!
危険を察知したヴィジャリーはヴィジャヤスを遠くへ殴り飛ばす!片腕でテトラボールの嵐!
『…来い!』
壁から飛んでくる槍・シュリヴィジャヤ!
掴み受け止めると振り回して粒子弾を弾く!
連射と槍による防御の応酬が続く!ヴィジャリーはこの時間に傷を修復しつつある!
その時ヴィジャヤスは槍を投擲!飛ぶシュリヴィジャヤを迎撃すべく撃たれる光弾!ヴィジャヤスは更にそれを阻止する援護射撃!
粒子を帯びて金色に光る切っ先が目前!
『ブゴオーッ』
首の傷にシュリヴィジャヤが突き刺さり呻く巨人!
ヴィジャヤスは当然のように勝利を期待した。
だがヴィジャリーは生きた槍を引き抜き、へし折ろうとする!
駆けるヴィジャヤス!槍を手放しテトラボール発射!バリアで防ぐ!シュリヴィジャヤは推進力を発し再度首の傷を狙う!
気をとられるヴィジャリーにヴィジャヤスが肉薄!
バリアが収縮し両足に集まる!光が地面と反発するように弾けながら大跳躍!
『トドメだァーッ!!』
連続回転からの脚刀斬撃!六、七、八九十回目!幾度も首を切り裂く!
かつてヴィジャローが己に成せなかった攻撃を果たす!
着地するヴィジャヤス。その背に尚も倒れ込もうとする首無しヴィジャリー!
その胴体をシュリヴィジャヤが貫き、背後に倒させた。

『ハア………ハア…………』
激戦の余韻、痛みに震える体の奥で、何かが爆発しそうな、噴火しそうな感覚があった。

強敵に勝利したのだ。同族の中で最強になったのだ。この経験により新たな進化を遂げる。
だが彼はそれを恐れていた。この身体の損傷で、ヴィジャローと同じように脱皮に失敗したら全てが水泡に帰するのではないか?
今までで最も恐ろしく痛む衝動が体内で沸き上がっていた。
覚悟を決める間もなく体温がみるみる上昇し変質を始めている!
転げるヴィジャヤスは蛹のように体を縮こませて耐える!
混濁する意識の中で強く目を閉じその瞬間を待った。
バギン!黄緑色に輝く刃が背を突き破った。
そこから亀裂が広がり、漏れだす粒子と共に中身がはみ出し、殻の抑圧から解放された新たな肉が膨れ上がる。
光刃は後頭部から生えたもので髪のような形状だった。
肘に突きだすトゲが古い体表を裂き、恐竜めいた足が脱皮殻を踏む。
ヴィジャリーすら超えた成長を経て立ち上がる巨体はあらゆる部位から蒸気を吹き上げながら冷却し定着を始めていた。

最後の一体となったヴィジャヤは雄叫びを上げながら海底シェルターを揺らした。

『……おいヴィジャドにヴィジャスケ、もう喧嘩はやめろって……あっヴィジャナ、遠征いこうぜ…えっダメ?しょうがねえな……ヴィジャロー、マップ見せてくれよ、強いヤツはどこにいるんだ?……』

海水の流れ込む閑散としたドームの中心で、ヴィジャヤは呆然と立ち尽くしていた。

(続く)

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最終更新:2019年06月25日 00:04