「あれ?ヒル魔さんいつの間に?それに美空さんは?」
診察室から出てきたセナのは辺りをキョロキョロと見渡す。その足首には包帯が巻かれていた。
「アイツならココネとかいうガキを迎えに行った。それよりどれくらいかかる?」
そう言ってヒル魔はセナの足元に目を落とす。セナは少し低いトーンで答えた。
「お医者さんの話ですと一週間は安静だと……でも今度の練習試合はギリギリ――」
「下手に治りが遅くなったら秋大会に響く。今回は出なくていい」
「で、でも……」
食い下がろうとするセナに対しまたも悪魔の様な笑みを向けるヒル魔。
「それに対策は打ってある……」
所変わって先程の川沿いの道。不機嫌そうに歩くココネを苦笑い交じりに追いかける美空の姿があった。
「いや~ホントごめん!色々あってつい……」
「…………」
ココネは置いてけぼりにされた事にご立腹のようで、先ほどから美空は謝りっぱなしである。
すると突然美空はココネの足の間に頭を入れ立ち上がる。いつもの肩車だ。
「ほら、機嫌直して……ね?」
そう言って笑顔を向けると機嫌を取り戻してくれたのか、美空の頭をギュッと抱きしめた。
「所でドコいくの……?」
「ん?まあ……かくかくじかじかで泥門高校って所に行く羽目になった訳なんだけど……」
美空の手には一枚の地図が握られていた。ココネを迎えに病院を出ようとした時ヒル魔に渡されたものだ。
二人はその地図を頼りに泥門高校を目指した。
数十分後ようやく泥門高校の校門の前まで辿り着いた。校門では既にヒル魔が待っていた。
「遅せぇーぞ!糞シスター!!」
「スンマセン……ちょっと道迷って……」
怒鳴られながらも美空はある建物へと案内された。それは学園内の他の建物に比べ明らかに異質だった。
「え…と、ここは一体?」
「部室だよ。アメフト部、俺達泥門デビルバッツのな。見りゃわかんだろ」
どう見てもカジノのような建物。誰もアメフトの部室とは思わないだろう。
中に入ると運動部独特の泥臭さが鼻につく。だが以外と綺麗に片付いている。
「早速テメーにはこれに着替えて貰う!」
ヒル魔から乱暴に渡されたのはユニフォームと防具一式。
「それにとっとと着替えてグラウンドに来い。遅れたら承知しねーぞ!」
そして美空とココネを残してヒル魔は外に出てってしまった。
「はぁ……まいったなぁ……」
成り行きとは言え面倒なことになった。自由人な彼女は面倒事が一番嫌いなのだ。美空は溜息を吐きながらもそもそと着替え始めた。
初めて着けるプロテクターに四苦八苦しながらもなんとか着替える事ができた。
「ミソラ……結構カッコイイカモ……」
「ん?ホント?じゃあコレはどうだ!!」
ココネの褒め言葉に調子に乗った美空は様々なポーズを取って遊んでいた。その時だった……
――ガラガラ!
「「あ……」」
「ん?」
突然開かれた部室の扉。そこに立っていたのはセナと同じくらいの身長の猿顔の少年だった。
あまりにも咄嗟の出来事だったので美空はポーズを取ったままその場に硬直してしまった。
(セナ……?じゃねえ!俺より身長が少し高けえ!!ってことは……!!)
少年は尋常じゃない跳躍力で美空に飛び掛った。その姿はまさに猿のようだった。
「ムキャー!!この偽者が!!どこの学校だこのヤロー!?」
「きゃああああ!!ちょ、ちょっとタンマ!!」
「タンマもコンマもねえ!!正体を現しやがれ!!」
少年が美空の肩に乗っかるとそのままヘルメットを外した。
「あれ……?女……?」
――ガラガラ!
「テメーら……」
再び扉が開いた。そこに立っていたのは両手に機関銃を持った恐ろしい形相のヒル魔だった。
「いつまで遊んでやがる!!この糞猿シスター!!」
「ひええええええ!!」
「ムキャーーーー!!」
部室に銃声と悲鳴が響いた…………
「という訳っス……」
美空はいままでの出来事を少年に話した。セナの怪我の事、ヒル魔の脅迫により身代わりになったことなど全て。
「なるほど……それは悪い事したな。ホントすいませんした!えー……と……」
「春日美空。美空でいいっスよ」
「美空さんすいませんした。俺は雷門太郎。モン太と呼んでくれ!ちなみにモン太の由来はジョー……」
「ヒル魔!!セナ君が怪我したって本当なの!?」
何やらモン太がポーズを決め喋ろうとした時、またしても部室に一人の男が入ってきた。
栗のような頭の優しそうな顔。しかし彼は関取でもそうそういないほどの巨漢だった。
「ああ。1週間は走るのは無理だ」
「どどどどど、どうしよう!今週の試合セナ君抜きでやるなんて……」
「心配すんな。こいつが代わりにアイシールドをやってくれるって“快く”引き受けてくれた」
快くなんか思ってねえっスよ!この悪魔が!……と美空は心の中で悪態をついた。
「こいつって……あの人?」
「あ……春日美空っていいます。よろしく……」
巨漢の男は目を何度も擦って美空を見るとヒル魔に詰め寄った。
「女の子を出すなんて危険だよヒル魔!!」
「そうっすよ!バレなきゃいいてもんじゃねえっすよ!!」
モン太も同じように抗議する。目の前にいるのは正真正銘の女の子。二人が反対するのは無理もない。
だがそんな二人の反発を読んでいたかのようにニヤリと笑うヒル魔。
「心配すんな。こいつは空手の世界チャンピオンだ」
「「「…………はあ?」」」
ほぼ三人同時に間抜けな声をあげた。
「こいつはかなりの使い手で下手な男よりもずっと強え。それこそアメフト選手よりなぁ!」
ヒル魔が美空に目で合図を送る。「話しを合わせろ」と……
「あ、あー!そ、そうなんスよ!いや~もっと強い奴はいないかなぁ!HAHAHAHA!!」
私何言ってるんだろう……そう心の中で美空は思い涙した。
未だに信用出来てない二人にヒル魔はついて来いと命じた。勿論美空もである。
――トレーニングルーム
「ヒ、ヒル魔……本気でやるの?」
「いくらなんでもこれは……」
「な~に、こいつならたったの“80キロ”なんか余裕だ!そうだろ?」
「は、ははは!勿論っスよ~!(もうどうにでもなれ!!)」
ベンチには80キロのバーベル。そのベンチに美空は横になりバーベルに手をかける。
見習いとはいえ身体強化くらいの魔法は使える。美空は魔力を集中させると一気に持ち上げた。
「うおおおおお!!すげーーーー!!」
「ま、まあこれくらい余裕っスよ!」
調子に乗り始めた美空は何回も上下させる。
「でもヒル魔、春日さんはセナ君みたいに走れるの?」
「あ!そうっすよ!足が遅かったらバレバレじゃないっすか!」
「心配すんな。下手したら奴は糞チビよりも速えかもしれねえ」
――グラウンド
グラウンドにつくとヒル魔は美空に耳打ちする。
「いいか。速すぎると怪しまれるから適度に手を抜け。解ったな」
美空は黙って頷くと40yd走のスタートラインについた。
小声でアデアットと唱えるとAFのかそくそーちが現れた。
「テメーら!奴n走りをよーく見とけ!!レディー……」
ヒル魔はどこからか取り出したバズーカを上空へ向けて発射した。
「ゴー!!」
(手を抜けってこのくらいかな……?)
まさにあっと言う間だった。発射されたバズーカの弾が上空で爆発すると同時に美空はゴールを駆け抜けた。
「「アリエナアアアアアアアイ!!!」」
(こんの糞シスターが!!手を抜けって言ったじゃねーか!!)
(手は抜きましたよ~……)
「な、何秒だったの!?」
二人が駆け寄ってタイムを見に来た。手元のストップウォッチは2秒3。どうみても人間じゃない記録。
仕方なく二人に気付かれないように時計を進めた。
「4秒23だな……」
「スゲエっすよ美空さん!!これなら大丈夫っすよ!!」
「うん!ようこそ泥門デビルバッツへ!!そういえば紹介まだだったね。僕は栗田良寛よろしく」
これまでの美空の記録を見てあっさりと出場を認めてしまった二人。
美空は思った。この二人……なんて単純なんだ。そして単純とは恐ろしいなぁ……。
「助けてココネ……」
「……頑張って」
最終更新:2007年05月19日 11:18