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絶望を斬る ◆MoMtB45b5k


「じゃあ、佐倉のところに行けばいいんだな」

闇が濃くなっていく中。
ウェイブは、自分が来た道をちょうど引き返しながら、救援を求めてきたサファイアと会話しつつ、橋を渡っていた。
喋るステッキには多少は驚いたが、帝具の中には人語を理解し意思を持つものもあるという。
サファイアもその一種なのだろうと納得した。

『ええ。武器庫の近くに、時を止める力を持ったDIOという男が――っ、掴まってください!!』

「うお!?」

突如、ウェイブの体が前へ引っ張られた。
橋が急激に遠ざかっていく。

「何を――っ、あれは――!」

『ええ』

一体何があったのかと聞こうとしたウェイブだが、橋のたもとに現れた影が視界に入り、全てを察する。

「後藤の野郎……!」

『あなたも、知っていましたか』

「こっぴどくやられた相手だよ」

『私も研究所で遭遇しましたが、恐ろしく強い怪物でした』

ウェイブとサファイアは頷き合う。

備えは十分とは言い難いし、ウェイブにはMS力(それが何のことかはよく分からなかったが)が足りずサファイアを扱い切ることもできないらしい。
何にせよ、今の自分たちには相手をしている時間はない。

急速に低空飛行しながら、ウェイブは西へ向かっていった。










「……逃げたか」

ウェイブがあっというまに闇に消えていった方を見ながら、後藤は呟いた。
長い橋に差しかかかったところで、こちらに向って歩いてくる男の姿を認めた。
その姿には見覚えがあった。
殺し合いが始まってしばらく経った頃に戦い、先ほども顔を合わせた、マスタングと同じく軍人らしい、ウェイブと呼ばれていた男。

「まあ、いい」

ちょうどよい食料として、この場で食べておこうとした。
実力は知れていること、逃げ場のない橋、1対1。
全てが後藤に有利な状況だった。
だが、逃げられた。
恐らくは、彼が手に持っていた玩具の杖のようなものの力だ。
交戦したときは、あのようなものは持っていなかった。
手にしていたのならば、逃走のために使っていたはずだ。
交換、拾得、強奪。何らかの手段で手に入れたのだろう。
自分が拳銃や鎖鎌を手に入れたのと同じように。

「お前もあの時のお前ではないということだろう。新しい力――見せてもらおうか」

逃げた方角は、自分が向かおうとしている武器庫と同じ。
後藤は、ゆっくりと橋を渡り始めた。










「あちらが気にならんかね、お嬢さん」

御坂美琴とキング・ブラッドレイ。
2人は、ヒースクリフとの邂逅を目的に、連れだってアインクラッドを目指していた。

「あっちって……」

2人がいるのは、地図上では「イェーガ―ズ本部」の傍ら。
ちょうど真西にあたる方角から、断続的な爆発のような音が聞こえ、ちらちらとした閃光も見えている。

「そんな暇はあるの?」

美琴は、はあ、とため息をつく。

「……私にとって重要な人物はまだ生きているのでな」

放送が確かならば、キンブリーは死んだが、人柱候補のマスタング、エルリックは健在だ。
さらには兄弟であるエンヴィーとプライドも残っている。

「派手にやっているらしいが、巻き込まれて死なれては困るのでな」

「でも、まずはヒースクリフとかいう――」

言い終わる前に、ブラッドレイは方向へ歩き出していた。

いつの間にか、2本の剣も抜いてすらいる。

「……まあ、いいわ」

それを見て、美琴は再度ため息をつkく。
自分は腐っても学園都市のレベル5だ。油断しているつもりは一切ない。
が、先ほど、確実に殺すつもりで襲った男2人組をほとんど無傷で逃がしてしまったのは事実だ。
西にいる連中は、ここまで遠くまで戦闘音を響かせる実力を持っている。
こうしてブラッドレイと手を組めているうちに、危険人物は刈り取っておくに越したことはないだろう。

美琴は、半ばしぶしぶといった体でブラッドレイの後を追い始めた。










「はぁ、はぁ……」

「くそ……」

「くっ……」

そして、ブラッドレイと美琴が目指す音と光の源。
そこでは、3人の少年少女が、ピンクの衣装をまとった1人の少女と相対していた。

「早く――死んで」

体に負う傷は、明らかにイリヤよりも杏子、エドワードのほうが深い。

(少々、まずいですね)

セリムは内心ごちる。
イリヤの攻撃には全く躊躇いがない。DIOに何かをされ、微かにあった迷いのようなものがなくなっている。
すでに武器庫からは引き離され、周囲に光源は見当たらない。
杏子が草に火を放つことで光を確保していたが、その杏子も攻撃を捌くのに手一杯。
必然的に自分は杏子とエドワードに守られるような形になり、ますます追い込まれる。
加えて、自分より体の大きな大人を殺すには有利に働いたこの容れ物が、体格が同じくらいのイリヤ相手には逆に不利になってしまっているらしい。
2人とは違い傷こそ表面化しないが、ダメージは確実に体に刻まれている。

状況は悪い。
こうなったら人柱のエドワードを連れて――、いや、最悪自分だけでも、ここから逃げるべきか。

「おい!」

そこまで考えたとき、エドワードがこの修羅場から離れていく陰に鋭く声をかけた。

「イリヤに何をしやがった、てめえ!」

しかし、DIOは意にも介さない。
無関心とばかりに、すたすたと歩を進めていく。

「待てっつってんだろが!!」

エドワードは地面に手を当てる。
すると、足枷が錬成され、DIOの足に絡みついた。

「――」

DIOの足が止まる。
舌打ちをし、足枷を蹴り砕く。

「追いついたぜ」

「……」

振り向き、エドワードを忌々しげに睨めつける。

「イリヤを解放しやがれ、この野郎!」

しかし、エドワードも一歩も引かず睨み返す。

「野郎とは、このDIOのことかな?」

「てめえ以外誰がいるってん――」

言い終わる前に、エドワードは胸ぐらを掴まれる。

「態度がなっていないな」

「く、あ……」

「――このDIOに物を頼むなら!」

「ぐっ」

「――『どうか解放してくださいませDIO様』とでも!」

「おっ」

「――言うべきだろうがァ!!!」

「ぐあぁっ!」

連続でパンチを叩きこまれ、エドワードは吹き飛ぶ。

「エド! DIOの力は――くそっ!」

倒れたエドの姿に、思わず振り向く杏子。
その杏子に向けて、猛スピードで何かが投げつけられる。

「ぐあ!」

「ち!」

吹き飛んだ杏子を庇い、セリムはその背にまともに光弾を食らう。

「貴様にくれてやろう……有難く使うがいい」

投げつけられたのは、インクルシオだった。
この鎧は、御坂美琴に屋根を削られ、日光を浴びせられた時の屈辱をどうしても思い出させる。
そんな縁起の悪い代物は、DIOにはもう必要ない。
大体にして、帝王に、狭苦しい鎧など不要だ。

「ちくしょう、舐め――」

が、それ以上DIOに声をかける時間はなかった。
身を投げ出して杏子を庇ったことにセリムが僅かな疑問を感じる間もなく、光弾が襲う。

「――かっ、は――」

咳き込むエドワードの前に、再びDIOが立ちはだかる。

「雑魚どもやり合う気は一切なかったが――そんなに死にたいとあっては、話は別だ」

エドワードを見下す。

「速やかに殺してやろう」

『世界』の拳が、振り上げられる。

「せいぜい地獄であのふざけた猫娘とイチャついていろ! 死ねい!!」



――『みくは自分を絶対に曲げないから!』



「み、く……」

エドワードの脳裏に、少女の言葉がよぎった。

「く、そぉ……」

その目に、光が再び宿る。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!! みくゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

再び手を合わせ、地面から土柱を何本も錬成する。

「無駄ァ!」

その土柱も、『世界』の一撃で破壊される。
ひるまず次々に錬成しDIOに向ける。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄む――むっ!?」

その時、DIOとエドワードの間に割って入った物があった。
刃が一閃、DIOの顔面を襲う。

が、難なくはたき落とされる。

「寄生生物(わたしたち)が、言えた柄ではないけれど」

杏子やイリヤとは違う、大人の女性の、どこか無機質な声がした。

「一方的な暴力というのは、あまり気分がよいものではないわね」

「貴様、田村玲子……!」

DIOの標的の一人、寄生生物。

「フフ、待っていたぞ……」

「貴方に会いに来たわけではないのだけれどな」

「エドワードだ。あんたは……?」

恐る恐る、エドワードは問いかける。
突如現れた、後藤と同じような体の変形を見せる女性。
田村玲子の名は、サファイアから聞いてはいる。後藤の同類ではあるが、敵ではないとのことだったが……。

「味方、と言っておこう。
 ……腕に自信はあるが、アレが相手では心もとないからな」

田村はDIO、そして後方で未だ戦い続ける3人を見やる。

「2人とも……以前に会った時から、随分と変わったようだ」

「貴様を葬るのに十分すぎるほどの手に入れたのでな。
 ククク……もはや死んでもサルなどとは呼ばせんぞ」

3人は再び対峙する。
――が、DIOの敵は、エドワードの味方は、これだけではない。
ゴォォ、とでも形容すべき音が、東の方から聞こえてきた。
姿を現したのは、一つの魔術礼装と、それに掴まった男――。

「グラン――フォールッ!!!」

ウェイブが、空中から必殺の膝蹴りを見舞う。

「ふん――無駄ァ!!!」

が、渾身の不意打ちも、今の『世界』には通じない。

クロスした両手で難なく受け止めると、弾き返す。

「俺を忘れんな!」

第二の乱入者にも決して動揺はせず、エドワードはその合間を突いて土柱を錬成、DIOに向ける。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

やはり、通じはしない――が。

「ウェイブだ! 佐倉!」

『佐倉様!』

イリヤと一進一退の戦いを続けている杏子に、ウェイブがサファイアを投げ渡す程度の隙はできる。

「おう!」

杏子はそれを受け取り――。

『コンパクトフルオープン! 境界回路最大展開!』

「待ってたぜ! 味方連れてきてくれてありがとよ!」

『佐倉様、イリヤ様は、これは――』

「完全にどうかしちまってる。……目ェ覚まさせるぜ」

『っ、承知しました!』

衣装はそのままに、杏子の力が増す。
光弾を捌くのに精いっぱいだった杏子が、ここで攻勢に転じる。
その攻撃に、黒い影が加わる。

「これは有難い」

力が増すと同時に、杏子の体から放たれる光も俄然増す。

セリムはそれに寄り添うように動き、より濃い影を作り出す。

「――」

無表情に近かったイリヤの顔にも、ここに来て初めて僅かな動揺が浮かぶ。

「イリヤ! そこのガキどもはきちんと始末しておけ!」

戦局の変化を嗅ぎ付けたDIOが鋭く呼びかける。

「っ、分かりました。DIO様」

僅かに浮かんだ動揺は、それで消えた。
2人の魔法少女とはじまりの人造人間が、再びぶつかり合う――。










「さて、貴様ら」

DIOは睥睨する。
当座の敵は3人。
寄生生物に、豆粒に、磯臭い男。

「どう葬ってやるか……」

「くたばってたまるかよ!」

「私も、やらねばならないことがあるからな」

「俺も忘れんじゃねえぞ!」

改めて見ると、集まったのは所詮ザコでしかない。
3人そろってキャンキャンとよく吠えるものだ、とDIOは思う。

(ふむ)

ニヤリ、と笑う。
『世界』の能力――。この辺りで、試してみるのもいいだろう。

『気をつけてください! DIOは――

「――まとめて死ねい! 『世(ザ・ワー)――

戦いながらも動きに気付いたサファイアが、3人に警告する前に。

『世界』の能力が発動する、その前に。

巨大な音とともに、4人の間に雷が落ちた。










「まとめて始末するつもりだったけど、狙いが外れたわね」

「御坂――! それに、ブラッドレイ――!?」

混沌の場に現れた2人に驚愕したのは、エドワードだった。

「久しぶりね。……随分な状況になってるみたいじゃない」

「苦戦しとるようだな、鋼の錬金術師よ」

DIOから目を反らさず、2人は話しかける。

「手を貸そうかね?」

「ブラッドレイ、お前……!」

ウェイブは、敵意の混じった視線を油断なく向ける。
今はどこか雰囲気が柔らかいようだが、相手はつい先刻、立て続けに自分やアカメたちの命を狙って来た相手だ。

「ウェイブ君か。……やり合うかね?」

そんなウェイブに、ブラッドレイはあくまで静かな物腰で答える。

「――いや……」

DIOの方を見ながら、ウェイブは苦々しさを含んだ声で答える。
この状況で一番の脅威は、目の前のDIOだ。

割り切れない思いはあるが、協力して事に当たれるならば、これほどの味方はいない。

『ブラッドレイ――貴様は、美遊様の――』

が、ウェイブに代わって、サファイアが敵意を露わにする。

「ほう、随分と久しぶりだな」

「な」

サファイアの言葉に驚いたのは、エドワード。


――『エドワード様。そのブラッドレイという男に、私は主を目の前で殺されました』


ブラッドレイが美遊・エーデルフェルトを殺害した。
その一件は、サファイアの口から聞いてはいた。
だが、サファイアが事の詳細を積極的に語りたがらなかったこともあり、エドワードはどうにもそのことに納得がいかなかった。
ブラッドレイは正体はエンヴィーたちとホムンクルスではあるが、エドワードの印象に残っているその態度は、あくまで最高権力者らしく、時には好好爺として振る舞っている姿だ。
開始早々に殺し合いに乗って少女を殺害するとは、どうにも信じられなかった。

「――その話、本当なのか……」

DIOからあくまで視線は外さず、おそるおそる問いかける。

「さてな、そんな事もあったかな?
 ――などととぼける意味も、生き証人がここにいる以上皆無であるな。
 美遊という少女。手にかけたのは、確かにこの私であるよ」

その言葉に、エドワードやウェイブ、サファイアが何かを言うよりも早く、ブラッドレイが剣を振り上げた。
老体から発散される闘気に、田村玲子ですらもが一瞬気圧される。

「さて。裁判沙汰のためにここまで来たのではないのでな。長兄があちらで手こずっているようでもあるし、込み入った話は後にしておこう。
 私と戦うのは誰かね? それとも――全員でかかってくるか?」

「ラース! こちらに――」

「――このDIOだ。老いぼれめ」

セリムの言葉を遮り、ずいと一歩進み出たのは、DIOだった。

「貴様、人間ではないようだが――構わん。寄生生物や御坂美琴もろとも、『世界』の錆にしてくれよう」

「人間でないのは、どうやらお互い様かな? 青年よ」

ブラッドレイも呼応し、前に出た――その時だった。

誰もが予期していなかった方向からの攻撃が、ブラッドレイを襲った。










イリヤの脳裏には、殺せ、殺せ、という言葉が渦巻く。


『ブラッドレイ――、貴様は、美遊様の――』


『美遊という少女。手にかけたのは、確かにこの私であるよ』


だが、その言葉に交じって。
目に映る光景――佐倉杏子の棍棒と、セリムの影が交互に攻撃を仕掛けてくる、それに交じって。
誰だか分からない一人の少女の顔と名前が、浮かんでくる。


殺せ――殺せ――セリム――キョウコ――殺せ――殺せ――殺せ――殺せ――

セリム――殺せ――ミユ――殺せ――キョウコ――


誰なのだろう。
ミユというのが、この少女なのだろうか。


殺せ――殺せ――ミユ――ブラッドレイ――殺せ――

ミユ――殺せ――ブラッドレイ――殺せ――ミユ――


分からない。何も分からない。
でも、この少女のことを見てると、変な感情が湧き上がってくる。
この感情は何なのだろう。
どんどん強くなってくる。
目の前の二人が、眼中に入らなくなるくらいに。
殺せ、殺せ、という言葉が、だんだん弱くなってくるくらいに。

殺せ――

殺せ――

ミユ――

ブラッドレイ――


『美遊という少女。手にかけたのは、確かにこの私であるよ』


コロセ――

メノマエノオトコガ――

ミユノカタキ――




「う――うあああああああああああああっ!!!!!」










「むっ!」

予想外の攻撃に、ブラッドレイはわずかなたじろぎを見せる。

「う、ァァー!」

「君が私の相手かね」

「コロス……コロス!!!」

イリヤは、無茶苦茶に光弾を連射する。
相対するブラッドレイの言葉も、まるで耳に入っていないかのようだ。

二人は戦いながら集団から離れていく。

「何をやっている!」

その光景に、苛立ちを見せたのはDIOだった。

「指示に従え! ここに戻ってこい!」

「うぁぁ……」

指示に従うどころか、言葉すら耳に入っていない。

「残念だな、DIO君とやら。お嬢さんはお相手に、どうやらこの私をご所望らしい」

「ちぃ……」

DIOは毒づく。
食蜂操祈に洗脳を施したときから薄々分かってはいたが、肉の芽の効果にもこの場では制限が課せられているようだ。
いずれにせよイリヤは、いつの間にか洗脳を解いていた佐倉杏子同様、この時をもって抹殺対象に入った。
どうやって反抗しているのかは知らないが、奴隷にすらなれない人間など、もはや害でしかない。

「なめんな!」

イリヤに気を取られた瞬間を突き、ウェイブが斬りかかる。

「ふん!」

抜け目なく『世界』を発動、斬撃を防御。

「俺も行くぞ!! 田村も、っクソ!、御坂も、今だけは――頼む!」

「了解した」

「命令してんじゃないわよ!」

続いてエドワードが錬金術を発動し、田村は刃で、美琴は砂鉄鞭でそれを援護する。

「無駄だ! 破ァ――!」

裂帛の気合いとともに、DIOと『世界』はその全てを跳ねつける。

「あたしも加勢するぜ!」

イリヤの突然の離脱に戸惑った杏子だが、情勢を見てこちらに駆け付けた。

「私はラースに加勢させてもらいますね」

セリムだけが、そそくさとブラッドレイの元へと駆ける。

「セリム――ああクソ! 勝手にしてろ!」

エドワードは悪態をつくと、DIOに向き直る。
状況はあまりにも混沌としている。
御坂のことも、セリムのことも、サファイアの主を殺したブラッドレイのことも、豹変したイリヤのことも。
分かること、答えを出せることは何一つない。
ただ一つ分かるのは、DIOを相手にするなら。
イリヤがブラッドレイの相手をしていて、こちらには田村、ウェイブ、杏子、御坂の4人がいる。
この瞬間、今しかないということだ。

だが――

「無駄!」

「く!」

「無駄、無駄!」

「ぐあ!」

ウェイブも杏子も、その攻撃は弾き返される。

「これでも――喰らいなさいっ!」

合間を縫い、美琴が砂鉄塊をぶつける。

「無駄無駄無駄ァ!!!」

が、それもまた、『世界』のラッシュにより粉砕される。

「嘘!?」

「御坂美琴よ――言わなかったか? このDIO、最初に会った時とは違うとなあ?」

5人を相手にしてなお、DIOの表情は余裕を失っていない。

「クソ! どうにもならねえのかよ!」

錬金術で礫を飛ばし、懸命に挑みかかる杏子とウェイブを援護しながら、エドワードが毒づく。

「……私の超電磁砲(レールガン)しかないわね。でも、そんな隙――」

「君たちは、飛び道具を持っているか?」

2人の後ろから問いかけたのは、田村玲子だった。

「飛び道具つっても、爆弾しか……」

「ふむ――初春飾利から聞いた。超電磁砲(レールガン)とは、電磁力を利用した音速の大砲、でよかったかな」

「初春さんが――! ……まあ、合ってはいるけど……」

美琴の言葉を聞き、エドワードが懐から取り出したパイプ爆弾を見て、田村玲子は頷く。

「隙を作れるかもしれん」

と、その時、杏子とウェイブが同時にエドワードたちの元まで吹き飛ばされてきた。

『待ってください』

すぐ再び挑みかかろうとする杏子を制したのは、サファイアだった。

『田村様。隙を作る――と、仰っていましたね』

「その通り」

『その作戦、わたしも一助になれるかと。
 ただし――何を聞いても、決して驚いて足を止めることのないよう』










「作戦会議のお時間は終わりかね? フフフ……」

何度目になるだろうか。
杏子がDIOに向かっていく。

「そんなもんいらねえんだよ! 行くぞ、オラァ!」

「何をしようが無駄だということを、いい加減学び――」

そこまで言ったところで、ふと気がついた。
佐倉杏子。先ほどまでと違い、変身を解いている――?

「上か!」

気配を感じ見上げると、サファイアが空中に浮いていた。

「そんなところで、冷や水でも浴びせるつもり――」

『皆さん!』

DIOの言葉を遮り、サファイアはこの場の全員に呼び掛けるように、叫ぶ。

『聞いて下さい! DIOの力は――時間を止めることです!!』





「――ほう」

その言葉に、DIOの纏う空気が変わった。

「玩具風情が、このDIOの力の本質を見抜いたこと――褒めてやろう」

素早く再変身を果たした杏子と、救援に来た田村玲子の刃を殴りつけ、吹き飛ばす。

「だが、絶対に許さん! 粉々にし尽くして、ゴミ置き場のチリにしてやろう!!」

「お前の相手は――」

「俺たちだ!」

猛るDIOの前に、エドワードとウェイブが同時に現れ――

「む!?」

攻撃が届くか、というところで、左右に散った。
二人の手には、パイプ爆弾があった。

「エド!」

「おう!」

どちらを追うかわずかに逡巡している間に2人は距離を取り、爆弾を同時に投げつける。

「無駄無駄無駄無駄!」

それでも、DIOの足は止らない。
『世界』の拳を同時に左右に突きだすと、爆弾を逆に弾き返す。

「5人が頭を突き合わせて考えたのがこれか――お粗末なものだ」

大きな爆風が起きるが、それもDIOを捉えるには至らない。

投げつけたエドワードとウェイブが、逆に煽られていくのが見える。



その時だった。
反響する爆音に紛れて、かすかにピーンという音がした。



「あんたにこれを使うのは、2度目ね」


音の主は、御坂美琴。


「私もあんたも、あの時とは違う。でも、あんたは邪魔なのよ」


手を前に突き出し、まっすぐにDIOを狙う。


「私の世界から――消えて」


閃光が迸った。


















「『世界』――時よ止まれ」





そして、全てが静止した。





「ふふ……ふははははははは!!!!!」

止まった時の中で、DIOは笑う。

「小賢しい……全く小賢しい! 貴様の知性など所詮そんなものだ、寄生生物よ!」

これ見よがしにこのDIOの能力を暴き立ててみせ、続いて爆弾を投げ込み、その隙に電撃を撃ち込む。
寄せ集めが考えたにしては、まあまあ上等な作戦といっていいだろう。
だが、御坂美琴のその技は、研究所で一度『見て』いる。
その電撃に最後の希望を託すことくらい、とっくに予想済みだ。

「『学習』が、『人間(じぶんたち)だけの特権』だとでも思っていたのかな? ククク……」

一生懸命に考えたそんな作戦も、『世界』の前ではおままごとに過ぎない。
この場に来てから、忌々しい制限とやらのせいでわずか1秒しか止められなかった時間。
それが今、明らかに増している。
4秒、5秒……否、6秒!

素晴らしい。

ジョースター御一行は、この異郷の地でついに滅び去った。
犬畜生のイギーも。
ブ男のアヴドゥルも。
ボケ老人のジョセフも。
そして、あの承太郎も。

100年に渡る愚にもつかない因縁は、ここでこのDIOの勝利を持って灰燼に帰した。

そして、ジョースターの血の力。
それを取り込んだことによる、身体能力、スタンド能力の上昇。

素晴らしい。

吸血鬼。
不死身。
不老不死。
スタンドパワー。
時間停止。

全ては揃った。
生意気にも止まった時間の中に踏み込んでくる小娘、暁美ほむらまでも勝手にくたばってくれた。
どれほど優秀な兵士だろうと、どれほど強大な兵器だろうと、どれほど熟練のスタンド使いだろうと。
もはやこのDIOを止められる者は、世界のどこにもいはしない。
それは、慢心でも油断でもない。
厳然たる、冷然たる、ただ一つの圧倒的な事実だった。

「残り4秒……」

電撃の槍を横目に、DIOは歩みを進めていく。
御坂美琴の電撃。
認めてはやろう。それは確かに、強大な能力ではあった。
だが、こうして止まった時間の中では無力そのものだ。
何十億ボルトの電圧だろうと、止まってしまえば、触れさえしなければ、何の意味もない。
要するに、発電所の厳重な柵の中の発電機も同然だ。

「残り、3秒」

周囲を眺める。
今のDIOには、改めて殲滅対象を選別する余裕すらあった。
よくもまあこれほど集まったと思うほど、忌々しい面々が勢揃いしている。
豆粒以下の分際で盾突いてくるエルリックとセリム・ブラッドレイ。
奴隷の役目すら果たせない佐倉杏子とイリヤスフィール。
どこかジョースターを彷彿とさせる風貌が不愉快なキング・ブラッドレイ。
『世界』の能力を見抜いてみせた玩具。
このDIOを猿などと見下していい気になっている田村玲子。

「残り2秒――やはり、まずは貴様だ――御坂美琴!」

だが、やはりこの場で一番最初に始末すべきは御坂美琴だ。
こいつは寸前のところで自分を殺しかけたのだ。
あの忌々しい記憶を払拭するためにも、真っ先に殺す。

「残り1秒――死ねいっ!!」

手を突き出しコインを弾いた、滑稽な姿勢のままの美琴。
スタンドではない。自らの拳で。
その無防備な腹を、撃ち抜く。

バキィッ、という音と共に、美琴の体が後方に吹き飛んだ。















――おかしい。
人間の体にしては、感触が固すぎる。
まるで、鉄の板を殴ったような――

そう思うと同時に、拳の先から何かが体に流れこんできた。

波紋?
まさか、この小娘も波紋使い?

いや、違う。
ジョセフに食らった時のような、血液を沸騰させるような強烈な感覚がない。
行動を奪われるほどではないが、不快な刺激が走るようなこの感触は。
自分の横で光を放つ。それと同じもの――。

電流――。





そして、時は動き出した。
流れこんできたものの正体を察するのと、ほぼ同時だった。

「――ちぃ、痺れ――ッ!」

電流といえど、吸血鬼の身体の自由を奪うには、遥かに遠い。
だが、動き出す世界の中。
DIOの動きはほんの一刹那、止まる。





それと同時に、頭部が異様に肥大した黒い影が躍り込んできた。















――  バ  ク  ン