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ラストゲーム(前編) ◆ENH3iGRX0Y


茅場晶彦。
ヒースクリフはこのゲームの製作者だと自称していた。事情を探ろうにも向こうもあしらうように話を逸らすので、黒もいい加減追及を止めた。
というより、本人も実のところ制作者であったという以外には何の事情も知らない、そんな風にも見える。

「それに、何故アイツが」

アンバー。
ヒースクリフから、この名を聞かされるとは夢にも思わなかった。
疑問はある。異論もある。だが、それ以上に今の黒には情報が足りなさ過ぎるのも事実だった。
内から溢れる思いを抑えながら、黒はヒースクリフからデバイスを受け取り録画とやらを聞く。間違いようのないアンバーその人の声だ。
驚きは実はそれほどでもなかった。アンバーの能力を考えれば、生前にこういった置き土産を残すのはお手の物だ。問題は彼女が殺し合いに関与してしまったこと、黒にとってはこちらの方が耳を疑いたくなった。

「良かったら、君達の関係を教えてもらいないだろうか」
「大方昔の女といった所か?」
「消えろ」

エンブリヲの茶々に苛立ちを見せた黒だが、ヒースクリフに簡単に関係を話した。
それこそ、過去に携わった戦争で同じチームの仲間だったと言う単純な説明だ。実際、黒からしてもこれ以上の事は言えない。ここから先の領域はアンバー本人が語るべき内容だ。
彼らも察したのか、その説明で納得はして彼らなりの解釈をしたらしい。それ以上の説明は求めなかった。

「首輪を外せると言ったな」

録音を聞き終わり、状況をようやく掴んだ黒が本題に入った。

「そうだ。エドワードと言う少年がその鍵を握っている」
「錬金術とやらか?」
「そう言えば、彩加の持っていた本に奴の世界が記されたものがあったな。……その説明が省けたのは楽だ」

狡噛と図書館で情報交換を交わした際、彼が回収していた本を黒は手にし目を通していた。
島村卯月を初めとしたニュージェネレーションの面々や、他にも戸塚が回収した五冊の本。
そこにに記されたシビュラが支配する日本がある世界に、帝具とやらが存在する帝国がある世界、学園都市という街が存在し超能力者を生み出す世界、黒の住む契約者とゲートの存在する世界。
そして、エドワードの住む錬金術の存在する世界。ここにはそれぞれの世界の大まかな知識が記されており特に有名人の名でこの場に呼ばれた者達の名もあった。
黒の見た限りでは御坂やエドワード、死亡者ならブラッドレイや指名手配されているアカメ等の名が記載されていた。

「詳細な理屈は奴に合ってから聞け」
「そうか、お前達も詳しくは知らないんだな?」

そう言い、黒は二人に合わせた歩幅を小さくし、そして歩くのを止めた。
振り返るエンブリヲ達に黒は白の仮面を手にしながら、冷たい視線を送る。明らかな殺意が込められており、ヒースクリフは既に剣を抜けるよう構えている。

「聞きたいことがある」
「……何かな?」

ヒースクリフは警戒を解かず、距離を一定に保ったまま会話に応じた。

本田未央、アイツは何で死んだ?」

一手しくじれば殺される。ヒースクリフの背筋に冷や汗が流れた、という感じがした。
実際、電脳の肉体に汗など流れない。だがそう直感する程、黒の死神の放つ殺気は凄まじい。
考えれば、ここまで大人しくしたのも情報を引き出す為、そして首輪の解除にヒースクリフ達が直接的に関わっていないと確信したからこそ、彼がこちらを切り捨てにきたのだろう。
恐らくヒースクリフが首輪を外しているのを見た段階で黒はその算段を立て始めていたのかもしれない。


「治療が間に合わなかった。事実だ」

エンブリヲもヒースくリフと同様で、負ける気はしないが消耗は避けられない事を理解していた。
何より元々未央の切捨てを考えた時点でこうなることは予感していたのだ。今更あせる事でもない。
可能な限り、穏便に済ませる為に用意しておいた台詞を息を吸うように吐いた。

「アイツは急所を外していた。少なくとも、応急手当をすれば命に別状はなかったはずだ」
「それは道具があればの話だ。情けないことに、私は医療道具の回収を失念していた。あの時はヒルダや黒子に警戒されていてね。
 学院内を自由に歩けず、彼女達と別行動を取った際はすぐにエンヴィーに襲撃され、あとは君は知らないだろうが色々あって、それであの騒ぎだ」
「そんな事は聞いていない。お前なら、その“力”で本田を助けられたんじゃないのか」
「確かに、私は……未央を救えていた」

黒の予想に反し、エンブリヲはここで事実を述べた。

「救えたよ。私の命と引き換えにね」
「何だと?」
「私の力は大幅に制限されていた。未央を救うことは理屈上は可能だが、そうなれば私の体力が削られ一人で動くことも出来なくなるかもしれない。
 だから私は自分の保身を優先し、彼女を見捨ててしまった。これで満足か、こんな事を聞きだせてお前は満足か? 黒」

嘘は言っていない。未央は助かったかもしれない。だが、それは自らの命と引き換えになる可能性があり、他人と自身の命を計りに掛けて自分を優先した。
全てが事実だ。しかも、あくまでこれはエンブリヲ以外でも、それこそ己の命を尊ぶ人間なら誰もが当て嵌まるかも知れない事情であり、これを攻めきる事は難しい。

「私も彼に彼女を救うよう言ったよ。だが、エンブリヲは君を特に警戒してね。
 身動きが取れなくなれば、誰にいつ殺されるか分からないと酷く怯えていた。自業自得な面もあるかもしれないが、私も流石に命を差し出せとまで強要は出来なかった」

煙に巻いてこちらの反論を押しつぶす算段であろう。
気に入らないというのが本心だったが、黒はあっさりと殺意を抑えた。

「最後にもう一つだけ聞きたい。穂乃果がああなる前に、お前達は止められなかったのか」
「何?」

平静だったエンブリヲが苛立ち始めた。
未央の件は取っ掛かりに過ぎない。黒が聞きたいのは事の発端でもある、穂乃果の凶行とその真実だ。
考えてみれば、黒はその一部始終を目撃しただけに過ぎず、穂乃果本人とも合流できずに腑に落ちない部分が多い。こうして問い出そうとするのは不思議じゃない。

「あれこそ、我々も被害者のようなものだよ」

エンブリヲは声を荒げながら、穂乃果と卯月の因縁を語りだした。
エンブリヲも敢えてあの場では事を荒立てないよう勤めていたが内心はかなり面倒だったらしく、聞いてもいないのにまどかとほむらの死体のこと細かい背景を怒り交じりに語って聞かせてみせた。
流石の黒も卯月の行動には嫌悪感を抱く。

「先に言っておくが、私もヒースクリフも可能な限り中立で諍いを止めようとはしていた。……元を辿れば、お前があの場に居れば話は別だった。
 お前が穂乃果をフォローするなり、最悪卯月と離すために穂乃果を連れて別行動を取るという事も出来なくはなかった」

思い返してみても、あの場の戦力はギリギリだった。
グループ仲は特に卯月たちと穂乃果は最悪で、鳴上悠はどう出るか分からず、更に卯月はあんな爆弾まで抱え込んでいてエルフ耳と足立の襲撃まであった始末だ。
警戒に警戒を重ね、雁字搦めになっていたと言ってもいい。殺害依頼を出しておきながら、エンブリヲも黒さえああならなければ最悪は避けられただろうと確信してもいた。

「かもな。お前の言った通り、俺の独断行動がアイツらを殺したのかもしれない」

黒はエンブリヲに異議も挟まず、小さく頷いた。


「だが」

俯いた顔が再び上がり、その二つの眼差しは強くある一点を睨み付けていた。

「いい加減にしろ。あのシンデレラ気取りに振り回されたのは私m「ヒースクリフ、お前足立の嘘に気づけていたんじゃないのか?」

また非難されるのかとうんざりしていたエンブリヲは意外な顔を浮かべ、黒の睨むその先へと振り返る。
ヒースクリフは苦笑しながら、両手を顔の横に上げ呆れていた。

「何を言っている? あの場では決め手に欠けて、足立をクロだとは証明できなかった。そのせいで、彼女の異変に気づくのが遅れたのは認めるがね」
「俺はお前が御坂に、足立を売っていたのを聞いていたが?」
「……ッ」

イリヤと銀を探していた黒と交戦していた御坂を退けさせる為に、ヒースクリフは足立の情報を危険人物だと教えた。
そう、ヒースクリフはあの時点で既に、“足立がクロ”で最悪この情報が元で御坂に殺されようが構わないと断定していた。そう黒には見えていた。

「待て、どういう事だ。ヒースクリフ」

エンブリヲもこれは初耳だ。あの場面で、エンブリヲも足立を限りなく怪しいクロに近いシロだと考えていた。
故に回りくどい揚げ足取りでボロを出させたのだが、もしヒースクリフが足立の本性を知っていたのなら話は別だ。

「確かに、足立を売ったのは事実だ。だが彼の話を聞いて、少しそれは早計だったのではと改めたんだ。
 その情報源はエスデスという、狂人から発せられたもの。信用しきれるかといえば否だ」
「逆だ。お前は確信を持っていた。違うか?
 お前ほど頭の切れる男が、何の確証もなく、ましてや御坂のような相手に裏付けのない適当な情報を語るとは思えない」

足立をクロだと断定できない最大の要因はエスデスと言う情報源の不安定さにあった。
だがよくよく考えてみれば、そのエスデスを直接会って話しているのは此度の渦中にあった卯月と未央と、目の前に居るヒースクリフだけだ。

(そうだ、私はエスデスという女について何も知らない。この男好みの脚色を入れた、心象を意図的に植えつけていた……とも限らないわけか)

危険な女と言うのは事実だろう。だが、少なくともその証言に信憑性がないという話についてはむしろ、それこそ信憑性を問えば怪しい。
闘争狂ではあるが同時に人の上に立つ人間でもある為、洞察力に優れ、人の本性を見破ることに長けていた。とも考えられないこともない。
もう確認のしようもないが。


「買被りすぎだ。こう見えて私もかなり抜けていると思い知らされたところでね。それに御坂もただの中学生と侮っていて、実を言うとかなり出鱈目を言ってしまったと自分でも反省している。
 足立がもし殺し合いに乗っていなければ、悪いことをしてしまうところだった」

申し訳なさそうに、大きく身振りしながらヒースクリフは言った。

「何より、君が何を疑っているのか、それを証明出来るのかな?
 もっとも、私が無実を証明するのも難しいかもしれないが、その逆もまた然り。明確な証拠があれば別だがね」

「悪魔の証明だな。下らん」

水掛け論だ。
確かに御坂との駆け引きで足立を持ち出しておきながら、学院では一転したことは疑問ではある。だが、ヒースクリフの言うように考えを改めたといえば――当の足立からすれば冗談じゃないが――それまでだ。
黒が足立と遭遇しイリヤを煽ったことを伝えたのならまだしも、あの時は先を急いでいたあまりイリヤが銀を狙っているという事しか伝えていない。
本当にヒースクリフが足立をクロだと知りながら、それでも黙認していたとしても、事実を証明することはできない。

「……そうだな」

すべて憶測の範囲に過ぎない。確かに怪しい部分もあるが、そこに裏付けされた根拠はなく黒もそれを理解しながら敢えて口を挟んでいるだけだ。
結局、真実がどんなものかはヒースクリフしか知りようはない。
だがもしかしたら、あわよくばエンブリヲをも消そうと画策していた。そう考えると他人事ではない。
とはいえ、それを暴いたところで今更どうしようもない。仮に今ヒースクリフの弱みを握ったところで、もうそんなもので脅せる段階でもない。

「でも、意外だったよ。黒君、君がそこまで私に不信感を抱いているなんてね。
 高坂穂乃果の死に……罪悪感でも感じているのかな?」

「……」

「気持ちは察する。君がいれば足立の目論見は全てが破綻し、鳴上悠も彼女達も死ななかったかもしれない」

実に非合理な男だと、ヒースクリフは思った。既に起こってしまった事象に対し、今更ここまで執着するとは些か馬鹿げている。
八つ当たりにも近い、尚且つ過去の自分を戒めるようにわざと話題を掘り返したきらいもある。
あのエルフ耳の男の言う契約者は合理的思考を有し、無駄な感情ははさまないと言っていたが、黒はとてもそんな合理的思考とがかけ離れた所にいるとしか思えない。

「食えない男だ。ヒースクリフ、正直少しばかり君への信頼が揺らいだよ」
「心にもないことを。それは皮肉かな」

淡々と呟くエンブリヲに乾いた笑みでヒースクリフは返した。

黒は何も答えず、だが遅れた分の道のりを取り戻すように早足で駆け出していく。
二人の男もそれに続く。誰一人として、目的地まで口を開くものはなかった。













デバイスの中の資料を頭に叩き込みながら、エドワードは走っていた。難解な内容ではあったが、彼の天才的な頭脳は走行中で酸素不足でありながらもスポンジのように情報を取り入れ吸収していく。
既に術式は脳内で組みあがった。後は残された共犯者達の下へ集い、術を発動するだけだ。
タスクが時間を稼ぐ今しか好機はない。エドワードが遅れたが為に全てが台無しになれば笑い話にもならない。

「エド……エドか!?」

既に話は聞かされていたらしい。有難いことだ。
杏子は曇った顔から一転し、エドワードを見かけると急いでこちらに駆けてきた。

「悪い、遅れたか」
「いえ丁度全員揃ったところよ」

杏子の隣にいる聡明そうな黒髪の少女、雪ノ下雪乃がそう言うと彼女の後ろにヒースクリフやエンブリヲなど見知った顔の人物が目に飛び込んだ。
エドワードは少し、エンブリヲに対し臨戦態勢を見せるが、当のエンブリヲは鼻で笑う。

「早くしろ、お前を待っていたんだ」
「……本当に今は味方だと思っていいいんだな?」
「しつこい。それとも、ここで無駄な時間を食って心中するつもりか?」

腑に落ちないが、状況から考えて首輪を外すまではエンブリヲも暴れないとエドワードは判断した。
初対面の人物も多かった為、軽く全員の名を聞いてからエドワードは本題に移った。

「先に言うが、この首輪……正攻法じゃ外せない」

エドワードの台詞を聞いた足立が顔を歪ませた。

「ちょっと待てよ。こちとら、馬鹿餓鬼の演技に付き合ったってのに、お前外せないって……」
「うるさい! 最後まで聞けよ!」
「チッ」

杏子に槍の矛先を喉元に突きつけられ、足立は渋々引き下がる。

「どんな干渉も弾いて、無力化する首輪。挙句の果てに強攻策に出れば、ボンッだ。
 正直なところ、お手上げだ。だから、逆に俺達のほうを練成する」
「は?」

足立が口を大きく開け、あきれた表情で瞼のあたりを押さえた。もう駄目かもしれない。どうして、今更こんな連中の誘いに乗ったのかやっぱり世の中糞だと。
その横で雪乃が理解しようとエドワードに問いかけた。

「ごめんなさい。足立ほどではないけれど、いまいち要領が掴めないわ。私達を……練成する?」
「錬金術は元ある物質を再構築する技術だ。その構成物質を組み替えて、例えば血の中の鉄分から剣を練成したり、木材を集めてそこから一瞬で家を作り上げたりな。
 だが、これからやる練成はそれから少し外れる……俺らを俺らへと練成するからだ」
「人体練成というやつか? 成功しないんじゃないのか」

黒が読んだ本の中で、錬金術の大前提である禁忌に人体練成のことが記されていた。
彼自身、錬金術を大して鵜呑みにはしていなかったが、その人体練成の成功記録がないという記述は印象深い。

「ないものねだりでいくら対価を払っても、喪った者は戻ってこない。ただ、今あるモノをあるモノへ練成することは出来る。
 水を水に鉄を鉄に、俺らを俺らに……。既に一度実証済みだ。そして、人体練成……扉が開けば首輪を通行料にして通り抜けることが出来る」
「通行料?」

まるで高速道路だなとヒースクリフは思った。


「いやいや、待てよ。さっき首輪には何の干渉も出来ないって言ったばかりだろお前馬鹿かよ。
 その扉だの通行料だの、知らないけどさ。えっ、それもまた首輪に弾かれるんじゃないの?」

足立の疑問は最もだ。
そんな方法で外れるのなら、既に誰かしら自力で首輪を解除しているはずだ。
そもそも扉という単語から考えるに全身にかかる異能なのだろうが、首輪の性質を考えると首から上だけ扉とやらを潜れず置いてきぼりになるる可能性だってある。

『そこは大丈夫、私がタイミングを合わせて首輪の機能をシャットアウトするから、首輪は異能を弾くことはないよ』

「アンバー!?」

エドワードのデバイスから響いた声に真っ先に反応したのは黒だった。
だがアンバーは黒には何の反応もせず、話を続ける。

『本当は皆の首輪をこちらで外せればいいんだけど、それやっちゃうとお父様にすぐに気づかれてしまう。
 信用を得るためとはいえ、実はヒースクリフの首輪を外すのもかなりの賭けだったし。回りくどいやり方だけど、全員が無事に外すにはこれしかないの』

「……シャットアウトできる時間は何秒なんだ?」

無論、首輪の機能をそこまで自在に操れるのなら、そもそも全員が集まって錬金術を発動させる必要はない。
極論を言えば個々で勝手に外せばそれまでなのだ。だからこそ、エンブリヲはそこには何らかの制約、恐らくは非常に短い時間制限があるのだと察した。

『1秒くらいかな。そして一度きり。
 この首輪をシャットアウトするって事は、これと繋がってるサーバーを落とすって事なの。だからこちら側の施設の全ての電源が一度に切れるから、どうしてもお父様も感づく』
「そして自動復旧が始まるまでのタイムリミットが1秒か、中々シビアじゃないか」

仮にエンブリヲが錬金術以外の方法で外そうにも、とても間に合いそうにない。
その通行料とやらで処理するほうが正確なのだろう。

「フッ、まるでチェスの駒のようだ」

エンブリヲはアンバーの話を聞きながら、その目論見を徐々に理解していく。
残った生存者が全て首輪を外す好機は一度のみ、そして重要なのは全員で首輪を外すということに彼女がこだわっている点。
別に彼女は生存者達に肩入れして、こんな真似をするのではない。そう、必要なのはお父様を潰す為の駒だ。いわば、キングを詰む為の地盤固めなのだろう
全員を集めて、わざわざ錬金術を使うのもこれが理由だ。でなければ今頃主催の特権をフル動員させ、黒を生還させている筈だ。

「お父様とやらをよほど、私達に倒させたいらしいな」

『ノーコメントかな。でも、元の世界に帰るにはどうしても倒さなきゃいけない人なのは事実だよ』

気に入らない点はあるが、今はアンバーの駒として演じてやってもいいだろう。
だが、最後には必ずこの調律者の前に屈服させてやろうとエンブリヲは強く決意していた。
目の前で黒を殺してやるか、どうせなら黒の目の前で犯して恥辱を晒させるか、さてどう可愛がろうか。


「まとめると首輪以外の俺達の体を練成し扉を潜り抜ける。残った首輪は通行料で、扉に引き取って貰う。簡単に言うとこうだな」

エドワードが説明を簡略化し、まとめるのを足立は訝しげに聞いていた。
良く分からないが理屈は首輪を無力化してやるから、その間にこちらで何とかしろ言う話だ。
だがそれなら気前よく、全員同時に首輪を外しても良いんじゃないだろうか。

「ねえ、ちょっと悪いんだけど。シャットアウトだか出来るなら、いっそ今全員の首輪外しなよ。ヒースクリフに出来て、僕たちに出来ないのはおかしくない?」
『あっ、それね。説明し忘れたんだけど、ヒースクリフは主催者側だから首輪が別製なの。貴方たちの首輪と違って、簡単に着脱できる。
 私だって、それが出来たらこんな真似しないよ』
「は?」
「なに!?」
「うっそだろお前!?」

さらりと流された新情報に雪乃、杏子、足立は信じられない者を見たといった表情で一様にヒースクリフを見た。
少し困った顔を浮かべながら、ヒースクリフはどう弁解しようか思案する。
まあ実際、これは事実だ。別に偽る必要もない、むしろ丁度いい説明の機会だろう。

「何、私はこのゲームの製作者と言うことだ」
「ふざけんなよオイ! てめえのせいで俺らはこんな糞みたいなゲームに巻き込まれたのかよ!」
「てめえ、覚悟は出来てんだろうな!」

足立と杏子はタイミングよく同じテンポでヒースクリフへと詰め寄る怒声を飛ばす。

「私も、無理やり参加者にねじ込まれた被害者なんだが」

「「そんな話をしてんじゃねえよ!」」

ヒースクリフの静止とも煽りとも取れない言葉に怒りや混乱が混じった声で二人の台詞は被った。
その後、気に入らない相手と息が合ってしまった事実に胸糞悪さを感じながら、押し黙る。
結局こいつは価値観が飛躍し、話し合ったところで何の意味もない事をこのやり取りで理解したからだ。
一時は殺しに乗った杏子や、絶賛乗っている最中だった足立が言えた事でもないのだが。

「聞きたいことは山ほどある。けど」

エドワードも拳をわなわな震わせながら、怒りを抑えるように言葉を紡ぐ。
アンバーの誰かを助けたい、恐らく真っ先に反応した黒の事だろうが、それでも誰かの為にこれだけの人数を犠牲にした事は許せない。
ヒースクリフもこの様子では主催側のゴタゴタで、殺し合いの参加者として追放されたのだろう。それでも奴が殺し合いを計画し、ある種の元凶であることは事実だ。
許せるわけがない。今から怒りに任せて、デバイスを叩き壊し、ヒースクリフをぶっ飛ばしたい。

「……今はアンタを信じる。アンタの言ってた救いたい人が居るってのは嘘には聞こえなかった」
『ありがとう……』

「クソっ、大丈夫なのかよ……」

腑に落ちない。足立は嫌な胸騒ぎで今にも締め付けられそうだった。
そもそもが気に入らないのは、この首輪の解除はアンバーという女がこちら側を一から百まで誘導している点だ。
結局、全部尻拭いしてるのは奴らだ。果たしてこんなもの成功するのか?


「練成陣はこれだな」

既に雪乃たちが見つけ、確保していた練成陣をエドワードは目にする。確かにデバイスの資料と照らし合わせても、これなら外せるかもしれない。
かなり得意な練成陣で何かを生み出すというよりは、別の地点にあったものを分解し、また別の地点へ再構築する。そういった意味合いが含まれている気がした。

「隠し要素、だろうな」
「どういう意味だ」

ヒースクリフの呟きにエドワードは問いかける。

「念入りな探索を続けたものならば発見できるボーナス、あるいはやり込み要素かな。
 本来はこれで脱出するなり、首輪を外し有利になる。そういった意図で組み込まれた名残だよ。多分ね」
「流石は製作者様ってところか?」
「もっとも、記憶はないのであまり役には立てないがね。
 それより、もう始めた方が良いだろう。私は離れている」

それだけ聞くとエドワードはこの場の全員に練成陣を取り囲むよう輪になれと指示を出す。
半面ヒースクリフは通行料の首輪が無い為に、錬成に巻き込まれない遠い位置へと避難した。

「そういや、エド。こんな時に悪いけど猫は?」
「後で回収すればいいだろ」
「それもそうか……じゃあ、尚更失敗できねえな。アイツ一一匹で残す訳にもいかないしね」
「……あぁ、だな!」

エドワードと杏子は緊張を解すように軽い会話を交わす。気付かない内に小さな笑みも零れる。
単に素朴な疑問を杏子が口にしただけだが、自然と肩の力が抜けてリラックスできた。

(みんな……)

雪乃の脳裏にここまで携わった全ての人物が浮かぶ。
自らを庇った八幡を始め、ここまで雪乃を守り導いてくれたアカメ、新一。そして今もずっと一人で戦い続けているタスク。
彼らから受け継いだものを、ここで途絶えさせるわけにはいかない。自分に何が出来るのかは分からないが、それでも最後まで生き延びて、こんな企みを全てひっくり返す。


「どうして、お前は……」
『黒……』

それだけ声に出し、黒もまたエドワードの間合いに入る。
既にエドワードの周りは雪乃たちが取り囲んでおり、最後に黒が輪に加わるのを待っている状態だった。

「―――よし、行くぞ!」

両手を強く合わせ、聞こえのいい手拍子が響く。
輪から一人だけ離れてみていたヒースクリフだから確認できた事だが、手拍子に合わさるように巨大な目玉が地面に浮き出るようにして見えたのは気のせいだろうか。
その刹那、迸る青い閃光にエドワード達は飲み込まれていった。









彼女にとってこれは遊技盤のようなものだった。
全てが、彼女にとっては現在であり未来であり過去である。
時間を超える事だけは、お父様を以ってしても不可能だ。

故にアンバーと言う不確定要素をお父様は組み込まざるを得なかった。
人柱に重要な異世界の繋がりと、その時系列による繋がりを噛み合わし血の門を刻むにはアンバーの能力を借りるしかない。
狡噛慎也の言っていたように、時間をさかのぼる力に制限があったという推測もあながち外れでもなかった。

そしてそれが全ての破滅の始まりであり、綻びでもある。
全てが導かれ、そして一つの終焉へと辿り着くべくして誘われている。

「黒、怒ってるかな」

またぶたれるかも。

かつてあったやり取りを懐かしみながら、悲しげに笑う。
普段から笑顔の仮面を見せ続けているアンバーには珍しい、感情を表に出した姿だった。
エドワード達は集結し、一世一代の大錬成の準備に入っている。ロックも外れ扉も開くだろう。
あとはアンバーが全ての電源を落とせばいい。
今、この盤上を支配するのは他でもない。アンバーただ一人だ。

「さて、と」

エドワードが錬成を開始した。
このレバーを引くだけで、それが反逆の狼煙となってお父様に弓引くこととなる。
気付けば手汗がレバーを濡らしていた。
柄にもなく、緊張してるのかもしれない。

「遅かったね」

既にレバーは引かれ、サーバーから光が消えた。アンバーの視界も闇に染まり、そして一秒後自動復旧から光が再び灯り、二人の姿を映し出した。
緑色の髪をなびかせる儚げな少女と、白髪の長髪の隙間から眼光を尖らせた壮年の男性の珍妙な組み合わせ。
二者の間には異様な雰囲気が漂う。殺気や怒気とも違う。だが、両者揃って考えていることは目の前の障害の排除に他ならない。

「やはりな。お前を引き込んだ時から、こうなる事は分かっていた」
「予知は私の専売特許なんだけどなぁ」

堅苦しく口を開く男、お父様と反対に軽い口調で明るく、天真爛漫に話すアンバーの姿が非常に印象的だ。見ようによってはマイペース、あるいは相手を心底煽り挑発してると取られてもおかしくない。


「時間を超えることはお前にしか出来ない」

お父様は忌々しく呟く。

「お前が最後の鍵だった。お前が居なければ、私は血の紋を刻めない」
「貴方の為に私は力を貸した。そして、私も私の為に貴方に協力した。いわば共犯者っていうのかな?」
「ああ、だが――」

僅かに空気が震え、眩い閃光がほとばしる。
周囲の物質を寄せ集まり複数の剣山がアンバーへと向かう。
何のモーションも前兆もない完全な不意打ちだ。お父様は錬金術師に必要な陣も、手合わせすらも要らない。ただ念じるだけでいい。

「それもここまでだ」

剣山はアンバーごと壁を貫き、瓦礫を山を築き上げた。そこから舞い上がる土煙をお父様は凝視する。
いかに契約者と言えども前情報なしでは、確実に死んでいるだろう。

「ふぅ……あまり使いたくないんだけど」

剣山をポンポンと叩きながら、服に着いた埃を払いアンバーはゆっくりお父様へと歩み寄る。
そこにあったアンバーの姿は傷一つない健康体そのものだった。ただ、些か容姿が更に幼くなったように見えるぐらいだ。
時間の停止。瞬時に時を止め彼女はお父様の攻撃を避けた。
伊達に軽くはない対価を支払っている訳ではない。
アンバーにある対価と言う制約をお父様が知っているのなら、またお父様のノーモーションの錬金術もアンバーが知らない道理はない。
互いの手札を見せ合ったからこその共犯者であり、そして水面下で裏切りを画策し合った敵同士なのだから。

「やはり時間停止までは制限しきれないか」
「ふーん、お父様の仕業だったんだね。そうだとは思ってたけど」

アンバーはお父様の眼前に立ち、前屈みに顔を見上げる。

「じゃあね。私じゃ貴方を倒せないけど、貴方も私を倒せない。……けどもうすぐ、黒の死神と彼らが貴方を殺す」

それだけを言い残し、お父様の目の前からアンバーは姿を消した。瞬間移動の類ではなく、時間を再び停止させその間に姿を晦ましたのだ。
もうお父様には二度とアンバーを見ることはない。アンバー自身そう確信し、最後の仕込みへと急ぐ。
ここで時間を取られるわけにはいかない。真の目的はそのずっと先にあるのだから。

「―――え」

時間停止はまだ解除されていない。その間はアンバーが許可した者以外、全てが静止し動きを止める。それが絶対のルールだ。
仮に止まった時の入門者が居たとしても、その素質を持っていた者を含め全員が死んだ。


「ど、うし……」

ならば、腹から生えたこの右手は一体なんだ? 

「残念だったな」

アンバーの血で赤く染まり、その血のしずくを滴らせお父様はその腕をぐるりと回す。

「あぁぁぁ……ぐふっ……!」

内臓を掻き回され喉を血が逆流し、激痛と共にアンバーの口から血が吐き出された。
その悲惨な姿を見て満足したのか、お父様は腕を引き抜きアンバーを地べたへと叩きつける。
血と肌が生々しい液体的な音を醸し出し、アンバーが受け身も取れず倒れ込む。
何度も咳き込みながらその分だけ痛みは増し、更に突き破られた腹からは血が滲み、内容物すら溢れだしていた。

「もう一度、時を止めてみてはどうだ?」

地べたを芋虫のように這いつくばり、辛うじて動くその両手で必死に前へ前へ進もうとするアンバーを見下ろしながらお父様はつぶやく。
それがアンバーに届いたのか、そんな暇もなく無我夢中だったのか定かではないが最後の力を振り絞りアンバーはもう一度時を止めた。

「……ぁっ」

対価の温存など考えている場合ではない。躊躇いなく発動したアンバーの能力は、いとも容易くまるで子気味良い音と共に打ち崩れた。
アンバーの顔を大きな影が覆う。懸命に生き残る為、もがいていた腕も力なくそのまま放り出す。アンバーは全て悟ったかのように、薄く笑う。

「へ、い―――」

最期に愛した男の名前を囁き、鮮血が舞い散った。











「な、んでだ……」

錬成は成功した。術者のエドワードの身体は五体満足でリバウンドを喰らった形跡もない。
術に巻き込んだ者達も全員が無事で、元から負っていたもの以外は怪我一つ見受けられない。
そうだ。エドワード達は何も失わずに、扉を開きそして帰還してきたのだ。

「おい、ふざけんなよ……ははっ、おい嘘だろ」

足立はもう堪らず額に手をやって、顔を空に向ける。泣いているのか笑ってるのか判別のつかず、たで大きく口を開けて呆然としている。

「首輪が……外れていない」

最初に言いだしたのは誰だったか。誰もが目の前の現実を確認したくなく、しばらく沈黙が続いた後、誰かがようたくその沈黙を破った。
その言葉に釣られて雪乃は首元を指でなぞり、そして絶望に突き落とされたというのを身を以って理解した。

「しくじったか、あの女」

つまらなそうにエンブリヲが淡々と述べる。

「終わりだな、もう」

意図せず口にしてしまった台詞に杏子は慌てて口を塞ごうとするが遅かった。
もっとも杏子の台詞を聞く余裕など誰にもなかったのが幸か不幸か、別に杏子は非難されることも雰囲気をそれ以上悪化させる事なく流されたが。

「アンバー、お前は……」

また裏切られたのか。南米の時のように、ゲートで語ってくれたあの真実はやはり嘘だったのか。

「アンバー……答えてくれ、アンバー!!」

黒はもう何を信じていいのか分からず、地べたに座り込んだ。




『おはよう、諸君。目は覚めたかな?』




絶望に包まれた6人の耳に聞きなれない男の野太い声が響いた。
前回の放送からさほど時間もあいておらず、しかもいつもの広川の放送とは違う。
それは何処かに仕組まれたスピーカーなどではなく、文字通り天空から声が降り注いでいた。
いや正確には1人、その声を聞いたものがいる。他の誰でもないエドワード・エルリックその人だ。


「お父……様?」

「こいつがそのホムンクルスとやらか」

空を見上げながら、未だ姿の見えない巨大な敵をエンブリヲは睨みつける。今更何を放送しに来たか、そんなものは考えるまでもない。
ようは要らぬ野次を飛ばしに来たのだ。

『お前たちが何を吹き込まれ、何を企んだか全て知っている。下らん夢を見たな
 アンバーもお前たちも思い上がっていたのだよ』

「何……?」

エンブリヲの眉間に皴が寄る。奥歯が強く噛み合い、歯ぎしりが漏れていたかもしれない。
ただの人間に作られた出来そこないの玩具に、今見下ろされいる。その事実にエンブリヲは怒りを隠しきれない。

「もう好きに言ってろよ……」

足立は怒る気力もないと言った様子で溜息を吐く。もう結局のところ勝ち目等なかったのだ。
正直なところ、もしも広川に痛い目を見せられるならと、タスクの奴に乗せられすぎたかもしれない。
奴の言う通り何を夢見ていたのだろうか。

『さて、本題に移ろうか。前回の放送で呼ばれた名前に訂正がある。ヒースクリフの名前を取り消させて貰おう。こちらの不手際だ』

「……?」

ふと黒は顔を上げ、周囲を見渡す。それから自身を含めた人数が6人しかいないことに気が付いた。
すぐ近くにいた杏子に詰め寄り黒は口を開く。

「お前、ヒースクリフを見ていないか?」
「え? 知らねえよ。雪乃、アンタは」
「い、いえ……私も……」

『そして新たに二人の死者の名を追加させてもらう。実質、これが第六回放送のようなものだ』

エドワードは悪寒を感じた。
今さっき、奴は二人の死者と言っていた。そして、この現状で呼ばれる名前は限られている。
少なくとも御坂はあり得ない。アイツだけは主催に唯一逆らわず、殺し合いを続けたのだから。ならば――


『タスク』

「タスクさん……そんな……」

当たり前だ。
アンバーが失敗した以上、タスクが無事に返される筈がない。
雪乃の口から悲痛な叫びが零れた。

『ヒースクリフ』

そしてもう一人の名前もだ。
消去法で考えれば、ヒースクリフ以外にありえない。

「く、そ……」

だがここで疑問に浮かぶのは、何故ヒースクリフが死んだのかという事だった。錬成の最中に御坂に殺害されたのか?
いや錬成の時間は長くはない。それがまかり通るなら、今頃御坂との交戦で放送どころじゃない。
では何故? 誰が? いや、そもそも死体がどうして存在しないのか。まるで神隠しのように、最初からそこに居なかったかのように消失している。
ふと、エドワードの視線にポツンと置かれたディバックが飛び込む。そこは錬成前にヒースクリフがいた位置だった。

『以上の二名だ……ところで、気が付いているか錬金術師?』

「ま……さか」

ディバックを手にし、エドワードの瞳孔は開ききり額に脂汗が滲む。

「れ、錬成の範囲からは……遠のいていたはず……だ」

「どうしたんだよ。エドワードお前……」

エドワードのただならぬ様子に杏子は近づき顔を覗き見るが、全く何が何だか検討がつかない。

「……フッ、ククク……アッハハハハハハハ!!」

二人のやり取りを眺めながら、遅れてエンブリヲは大きく上機嫌に笑った。まるでこれ以上愉快な事はないと言わんとばかりに。
事態に付いていけない杏子、雪乃、黒は困惑しながら放送に耳を傾けるしかない。
それを見てエンブリヲ大袈裟に手を広げると、三人の前でショーを見せびらかすような大声で言葉を紡ぐ。

「考えてみろ。何故、通行料を支払わなかった私達がこう無事でいられると思う?」

「何が言いたいの?」

「簡単な事だ。別の場所から代用したんだよ―――」



『お前達、人間が思い上がらぬよう正しい絶望を与える。それが神であり真理だ』



「―――俺は、ヒースクリフを通行料にして……扉を開いちまったんだ」






【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】死亡








『人間達よ。お前たちに最初で最後のチャンスだ。よく聞くといい。これから一時間後この島の全てを禁止エリアに指定する。

 参加者は残り七人、内六人は同エリアにいる。急げば一時間以内に殺し合いは終結するだろう。

 精々最期の刻まで、足掻くがいい』





「はぁ……」

通行料と言うここで多用される言葉の意味を、正しく理解しているものはエドワードとエンブリヲ以外にはいない。
だがエドワードが何を伝えたいのか、何が起こってしまったか。それだけは正しくこの場の全員に届いてしまった。

「つまり、何かい? 僕たちは首輪も外せずにいたずらにヒースクリフが死んだってこと?」

足立は容赦なくエドワードに言ってのける。

「ほんっとに、いい加減にしてくれる? だから言ったんだよこんなんで大丈夫かって」

今回ばかりは杏子も足立に食って掛からなかった。勿論、足立に何か言ってやりたい気持ちはあったがそれを上回るほどの無気力さが彼女を支配していたのもあったのだろう。
ここまで何とかなるように戦ってきた、もっとも最初は乗っていた側だったこともあり、自信を持って言えることではないが、それでも多少はやるだけ抗ったつもりだった。
結局全て無駄だったのだ。いつものように自嘲しながら、相変わらずの自分に杏子は呆れてしまった。

「……エド、雪乃」

杏子でこれだ。
それこそ、最初から抗い続けたこの二人は何を思うのか。
ここまで触れてきた人物の死がすべて無駄で、二人の決意も何もかも水泡に帰してしまった。こんな無様な結末は他にはない。

「ヒースクリフ……俺は……」

何よりエドワードは意図的でないとはいえ、人を一人殺してしまった。その事実は覆りようがない。
俯きながら、ただ足立の罵倒を聞き入れるしかない。

「まだだ」

煽る足立を遮るように黒が口をはさんだ。

「一時間ある。奴らは俺達にどうしても潰しあって欲しいらしい。
 この間に何か方法を考えるぞ」

「はぁ? オツムがやられたの? どうやってこんなもん外すんだよ! 丸一日あってどいつもこいつもまともに首輪調べてないんだぞ、んなもん外せるわけねえだろ無能ども!!」

足立の言葉使いはさておき、言っていることは事実だ。残り一時間、一時間しかない。
これで一体どうやって首輪を解析するのか? まずサンプルの死亡者から回収した首輪すら、エドワードはまともに触れておらずエンブリヲですら表面を観察しただけに過ぎない。
ここから一時間を全てを巻き返すのは、天才と呼ばれた錬金術師の頭脳と調律者の頭脳を合わせても不可能だ。


「ヒースクリフの推測が正しければここはゲートだ。望みが叶う場所、まだ方法は残されている」 

その反面、何かを支払わなければならない対価を課せられるが、この際そんなものを構っている場合ではない。
だが念じて叶うわけでもないのはこの殺し合いの中で嫌というほど分からされた。

「頼む」

黒はディバックに手を伸ばし、そこから美遊・エーデルフェルトの首輪を取り出した。
残された可能性としては、たった一つ賭けられるものがないわけではない。
黒の目が光り、全身に青く輝く。黒の手を通して電流が首輪に伝わり流されていき―――

「危ねえ!」

杏子がとっさに槍を突き出し、黒の手元から首輪を弾き飛ばした。
首輪はそのまま宙を舞い、起爆しながら小さい花火を描き内部のパーツを撒き散らしながら消える。

「何してんだお前!?」
「俺の能力は物質の変換だ。この首輪がどんな理屈で、異能を消すのか知らないがその力ごと別の性質に変えてやれば、首輪を解除できるはずだ」

理屈上、BK201の能力は防御不可であり物理法則を完全に無視する最強の攻撃能力。
例えそれが異能そのものを制御する力であろうと、その力そのものを変質させてしまえば首輪の力も無力化できる。

「無駄だ。お前ではそれは扱いきれん」

ため息を吐きながらエンブリヲは呟く。

「その力は確かに強大だ。……理屈の上ではな。だが、いくらソフトが優れようと扱うハードの方が付いていけなければ宝の持ち腐れだ。
 恐らく、電子に干渉し、物質組成を根本から組み替えるというのがその力の本質だな?
 だがお前はここまで、その力を使おうとはしいていなかった。私との交戦や、後藤との戦いでいくらでも機会はあったのにも関わらずね」

エンブリヲが見ていた限り、黒は窮地に陥った場面が少なからずあった。
しかし体術と電撃、そしてその場の仲間との連携と持ち前の幸運によって切り抜けている。
唯一の例外は、エルフ耳の戦闘の際に言っていた血を無害な物質へと変えたという発言だけだ。

「何故使わなかったのか。制限によるものか? いやそれも違う、使えないわけではないからだ。
 なら私に手の内を晒すのを恐れたか、それもあるだろうが首輪の解除に有用な情報をわざわざ隠す意味がない。
 つまるとこ、あまりにも勝算が薄く能力を知られるリスクと、後に繋がる有用さの釣り合いが取れない為に、お前は黙っていたのだろう?」
「……」
「物質組成を組み替える、か。どれだけの集中とエネルギーを必要とするか、想像も付かない。
 ましてやこの首輪の力ごと無力化するなど、とてもね」

黒はそれを否定しない。この殺し合いが始まった当初、それこそ戸塚や後藤に会う前から既にその可能性を考慮し、能力を試さないわけではなかった。
だが、あまりにも過度な集中力が必要な上にエネルギーも膨大すぎる。とても人間一人でカバー出来る代物ではない。
結局首輪からの警告音に渋々、手を離しこの方法では不可能であることを悟りながら、消費したエネルギー分を補っている場面で戸塚に出会ったのだから。


「ここが本当にゲートなら契約者の俺の力が増幅するかもしれない。……それにもう一つ方法はある。
 爆発そのものを無力化する。それなら首輪のほうから勝手に爆発して、外れるだけだ」

「わざと首輪を起爆し、それを無力化だと? 笑わせるな、ただでさえ戦闘の応用も利かないほど扱いづらい能力なのに、どうやって起爆に合わせてピンポイントで発動させるつもりだ?
 今ので分かったことだが、お前の使う物質変換のタイムラグは大きすぎる。せめてあの電撃ほどの速さがあればまだしも、ゲートとやらの恩恵を含めても所詮その程度、到底無理だ」

黒が自力で変換させた物質は銃の火薬とこの場で魏の血と、どれも極僅かな範囲でいずれもトリガーを引く、指を鳴らすとその前兆が分かりやすい。
それに比べ、首輪の爆発は警告音以外は何の前触れもなく爆破する。ほんの僅かでも発動が早ければ能力が首輪に消され、遅ければ一瞬であの世行きだ。
更に言えばお父様が乗り出してこの現状では、警告すら何もないかもしれない。

いずれにしろ、こんな即興の方法で首輪を外せるのなら誰も苦労しない。

「そんなこと、やってみなければ分からない」

銀の首輪を取り出し、強引に引きちぎろうとする。瞬間警告音が鳴り響くが黒は構わず力を入れ続ける。

「少し落ち着いて!」

黒の頬に平手が飛び、手にしていた首輪を手放す。首輪は地面に触れながら、2、3度跳ねて転がっていった。
頬を叩かれた、黒が顔の視線を正面に移すとそこには雪乃がその長髪を乱しながら息を切らしていた。

「狡噛さんが言ってたわ。貴方はとても強くて冷静で、頼りになる人だって。
 けど今の貴方はそうは見えないわ」
「黙れ、お前に何が……」
「失礼を承知で言わせてもらうけど、今の貴方はまるで主人の後を必死に追いかけてる、哀れな捨て犬のようよ」
「何……?」

「……言いすぎだろ」

エドワードは銀の首輪を拾い、黒との間に割ってはいる。
黒は静かにうな垂れ、その場に佇んでいた。

「……良いのよ、これで」
「?」

懐かしむような、あるいは寂しさからか憂いを帯びた声で雪乃は力なく答えた。
あえて大声を上げ、誰かから嫌われるように仕向け相手に意識させ、事の軸を摩り替える。まるで八幡のような―――。
ただの先延ばしではあるが、ひとまず黒の自殺行為はここで食い止められただろう。

「アンバーという人の事が気になるのは分かるわ。だけど、それで冷静さを失えば向こうの思う壺よ」 
「……」


「美しい」

エンブリヲは恍惚とした表情をし、雪乃を凝視した。悪寒を感じた雪乃とエドワードだが既に時遅く雪乃の服が弾け飛んだ。


「なっ、これ、は……」

エドワードは目を見開き、デジャヴを感じる。雪乃は恥じらいのあまり、秘所を腕で遮りながらその場にうずくまり込んだ。
とっさに犯人にあたりをつけ、振り返るエドワードの頭が突かれる。瞬間、全身に快感が走り冷静な思考は消しとぶ。

「ンアッー!」

聞くに堪えない喘ぎ声に顔を歪ませながら、全裸の雪乃の肩にエンブリヲは手を回した。

「君を私の第3夫人に迎え入れたい」
「ア……ン、ジュは……どうしたんだよォ!!」
アンジュは第1夫人だ」

感度50倍を錬金術で打ち消し、エドワードは飛び上がって殴りかかる。エンブリヲは雪乃ごとはるか後方へ転移し拳を避けた。

「同盟もここまでかな。どちらにせよ、君達にもう利用価値はない。雪乃と巡りあわせてくれた事には感謝するがね」
「……?」
「ふざけんなっ!」

舌打ちしながらエドワードは手を合わせる。信用ならない奴だと分かってはいたが、やはりこうなってしまった。
このままでは雪乃が別の意味で危ない。柱の練成を想定し、地面に両手を置く。その次の瞬間、眩い雷光が轟きエドワードはその余波で吹き飛んでいく。

「ペルソナァ!!」

タロットカードを握りつぶし、足立は開き直ったようにケタケタ笑いマガツイザナギを召還した。

「悪いね。俺も2抜けさせてもらうよ! あと一時間なら、御坂の奴含めても間に合うだろ。君らも早くしたほうがいいんじゃない? まあ全員死ぬんだけどなあ!!」

「足立ィ!!!」

杏子はエドワードを庇うように飛び出し、インクルシオを開放する。龍の鉄拳がマガツイザナギの頬にめり込み、ペルソナと連動しながら足立は殴り飛ばされていく。
地面を転がり擦れたスーツを払いながら口から漏れた唾液を拭って足立は杏子を睨みつけた。

「いってぇなァ……あん時の決着つけるか、雌餓鬼? そうだよ、あの時お前ら皆殺しにしとくべきだったんだよ畜生」

散々、察しやすいよう言葉を選んでやったのに挙句の果てに殺しかけられた相手だ。容易に許せる相手でもない。
今までの恨み事全てを、こいつで発散するのも面白いかもしれない。

「来なよ。アンタとはケリつけなきゃって思ってたんだ。今度こそ地獄に叩き落してやるよ」

杏子も槍を強く握り、掌を顔の前で折り曲げながら挑発する。
だが、強がる姿勢の裏で杏子は違和感を覚えていた。インクルシオの火力が、先ほどよりも遥かに上がっているような気がするのだ。
しかし喜んでばかりもいられない。火力の強化の反面、反動がでかく一撃見舞っただけで全身が痺れるような衝撃が通った。

「どうなってんだ。この鎧は……」

考えれば、この鎧生きている気がする。実際龍をモチーフにしたのは何となく分かっていたし、奇妙な力が込められているのも察していた。
それでも本当に生きている鎧だとしたら、少し怖気もある。これ以上、使い続ければまるで食い殺されるようなそんな感覚があった。






「まだ穢れを知らない。綺麗な体だ」
「貴方、まともに恋愛が出来ないの? まだ昆虫と比企谷君の方がまともな求愛をするわよ」

雪乃の体を撫で回し、エンブリヲは満面の笑みを浮かべた。
その名の通り、雪のように白く透き通った肌、熱を帯び火照った頬は更に妖艶さを彩る。
嫌悪感の塊のような男の腕に抱かれ、誘拐されている最中だというのにその双眼はエンブリヲをしっかりと見据え抵抗の意思を示す。
強く美しく賢い女性。こんな土壇場でエンブリヲの求める女性に、出会えるとは思わなかった。渋谷凛に次ぐ逸材だ。
肩に回した手に力を込めると、手触りのよい弾力が掌に広がり人肌の温もりがエンブリヲを包む。

「君は淡い花だ」
「死なないかしら」

雪乃は小さく震えていた。
寒さからではなく、それは怯えからきたものだ。強いまなざしの瞳の奥に涙が滲んでもいた。
雪乃の緊張を解きほぐすように、エンブリヲは彼女の肩から手にかけて指先でなぞってゆく。人肌が触れ合い擦れ合う。

「感じやすいんだね。棘のある花も、また愛でようということかな」
「微生物ですら、水を綺麗にしてくれるのだけれど、貴方はなんで生きてるの?」

耳を撫でるような音は脳をくすぐり、安楽効果をもたらす。そしてなぞられた肌から、甘く切ない欲情を沸きたてる。

「ああ、比べること自体微生物に失礼ね。彼らは自然や人間に貢献してるもの。それに比べて貴方はハアハア叫びながら、発情しか出来ないものね。
 そのエネルギーを電気にでも変換できれば、原発問題は一瞬で解決するでしょうに、下半身以外は本当に何の役にも立たないのね」

顔が悦びに歪み、取り繕うもエンブリヲはその目で雪乃の顔を焼き付ける。

「ごめんなさい。もう息を吸わないで貰えるかしら、これ以上酸素を消費されるなんてとんだ無駄遣いよ。だから、今すぐ息を止めたほうが良いと思うわ。
 きっとCO2の増加で、温暖化に苦しんでいるホッキョククマに寄生してる繊毛虫なら貴方を好きになってくれるはずよ。繊毛虫の方が貴方より素敵な恋愛をしていて相手にされないかもしれないけど」

顔が悦びに歪み、取り繕うもエンブリヲはその目で雪乃の顔を焼き付ける。

「それに貴方を分解してくれる、細菌やバクテリアに申し訳が立たないわね。
 いっそ全ての女性と母なる大地に詫び続けながら、この世から一片の塵も残さず消し飛ぶといいわ。その薄汚れた、腐った遺伝子なんて残されても迷惑だもの。
 次に生まれ変わるならカタツムリが良いんじゃない? 知ってる? カタツムリはオスとメスがないの。一人でも産卵できるなんて貴方にお似合いじゃないかしら?
 貴方を受け入れる女性なんて生理的に絶対無理だもの。何度も転生して、次の地球の支配者がカタツムリになることを祈ることね」

エンブリヲは雪乃の頬を叩いた。










「な、何だよ!!」

マガツイザナギの剣がインクルシオの拳に押され、その巨体が殴り飛ばされる。ダメージはさして入らず、痛みもないが足立は奥歯を磨り減るほどに噛み、焦りを見せていた。
明らかに以前の戦闘より強くなっている。
魔法少女に変身し、インクルシオを重ね掛けしていることを考慮しても尋常なパワーアップじゃない。

「糞が! 冗談じゃねえ!」

電撃で牽制しながら足立は杏子から距離を取り、策を巡らせる。
いつもならここで逃げてもいいのだが、時間制限を設けられたお陰でそれはできない。どの道こいつらをここで殺さねば死ぬ。
だが今の杏子は足立にとって、とびっきりの脅威だ。他の連中を意識しながら片手間に戦えるような相手でも正面切手の一対一でも不利。
僅かに周囲を見渡すと、エンブリヲが雪乃を拉致していた。このまま逃げられると面倒だ。一気にケリを付ける必要がある。

「一か八か、やってみるとするか」

マガツイザナギが剣を振るい、それに先導されるように雷が降り注ぐ。しかし、そのどれもが杏子に掠りもしない。
杏子が速いから当たらないのではない。元から、別の対象を狙っていたのだ。

「こいつ、何やって……」

そこで杏子は気づく。足立の狙いが後方のエドワードだということに。
生身の上、身体能力も人間の範囲。更に言えば、エドワードは学院からここまで走り続けた事もあり、連戦での疲労も重なり動きは鈍い。
エドワードは一撃目の電撃を壁を練成し防ぎ、二撃目を真横に飛びのきながら避ける。しかしそれ以上は体が追いつかない。

「やりやがったな! てめえ!」

エドワードを庇うように胸元に引き寄せ、雷から覆い被さるようにうずくまる。二人まとめて消し飛んだと足立は確信した。
しかし杏子本人も誤算だったが、インクルシオは既に電撃に耐性を付けている。この程度では、到底インクルシオを貫いて杏子を殺すことは出来ない。

「チッ、だったら切り刻んでやるよ!」

杏子めがけ、マガツイザナギは剣をフルスイングし横腹に刃をめり込ませながらエドワードを巻き込み、二人は吹き飛ぶ。
着地点からエドワードを庇い、全ての衝撃を杏子が肩代わりしながら二人は泥まみれになり転がっていく。

「……がっ!」

短い悲鳴と共に杏子の体からインクルシオが剥がれ、生身の肌が晒される。これに対してもまた足立は首を傾げていた。
ここまで脆いのなら、先の戦闘はあんなに苦戦もしなかったのだから。
まるで体の限界を向かえ、インクルシオを維持できなかったかのような。足立からはそう見えた。


「っう……ぐ、杏子……お前、平気――」
「う、せ……それより早く、戦え! インクルシオでもアヌビス神でも、早く手に取―――」

杏子の声が掻き消され、電撃が二人のいた場所を抉る。巨大なクレーターが出来上がり、煙が舞い上がるが二人分の死体は何処にもない。
消し炭になって、消えたということもないだろう。少なくともあの右手の義手は残るはずだ。

「そこ、かよォ!」

煙のなかに潜み、杏子を背負い走るエドワードの姿を確認し足立は大声を張り上げる。
マガツイザナギが剣を振るい、バランスを崩しながらエドワードは杏子抱きしめながら剣を避けた。
叩きつけられた大地から散弾のようにとめどなく石や土が散らばっっていき、エドワード達も体を殴打されながら吹き飛ぶ。

「グッ……!」

杏子は受身も取れず、落下し激痛のあまり呻き声をあげた。エドワードも痛んだ体に鞭打ち杏子に駆け寄る。

「き、杏子……」
「わ、た……は……良いから、あ……つ……な……とか」

滑舌も悪く、杏子の顔色は悪い。エドワードは杏子を介抱しようとするが、杏子はありったけの力でエドワードを突き飛ばす。

「か、まうな……」

言いながら杏子は手元にディバックとインクルシオがないことに気づく。見れば、クレーターの辺りに二つとも落ちていた。
大方、杏子を回収するのを優先しエドワードが回収し損ねたのだろう。とんだお人よしだ。
回収するのは難しい距離で足立に気づかれないとなるとなおさらだ。杏子は舌打ちし立ち上がる。

「……しばらく時間を稼ぐ。その間にエドは武器を拾って、後は何とかしろ……」
「なに?」

槍を生成し支えにしながら杏子は、呂律の回らない舌を器用に動かしエドワードに指示を与える。
この不調の原因も分からず、魔法で回復しても一向に良くならない。こうなっては、杏子が捨て駒になりエドワードが止めをさすしかない。

「作戦タイムかよ。早くしろよ、こっちは時間押してんだよ!」
「安心しなよ。最悪になっても……アンタだけは道連れにしてやるから……」
「その台詞、あのクソレズ思い出すねえ……」
「……ほむら?」

足立は楽しそうに語り出す。

「へえ、あいつと知り合いか。笑えるよ、あいつらの末路。聞く?」

道化は語る。まどかとほむらの死と、そこから引き起こされた惨劇と末路を。
特にその末路である、卯月の生み出した二つを一つにして亡骸はエドワードが目にしたもので全ての合点がいってしまった。
元から青ざめた杏子の顔から、更に血の気が引いていく。


「んでもってさあ、俺を道連れにするみたいに自己犠牲に酔いしれて、あんな悪趣味のアートに早変わりってわけ」

「……そう」

「はぁ? つまんない反応だな。お前あいつらと知り合いなんだろ。同じ魔法s……あっ……しま……」

上機嫌で話しすぎていた。足立が会話に気を取られている間に杏子は魔力を溜め、マガツイザナギをも超える巨大な槍を生成していた。
後悔後先役に立たず。冷や汗を流す足立に容赦なく杏子は槍を突き立てる。
だが見た目に反比例し槍はマガツイザナギが触れた瞬間、罅割れて粉々に砕け散っていった。
元々、杏子には大した魔力も残っていなかった。今のはなけなしの魔力を使って、大きく見せたハリボテに過ぎない。
ヘラヘラ笑いながら、足立は目の前で体力を使い果たし倒れていく杏子を眺める。

「ハハ……つまんねえドッキリでびびらせやがって……」

『じゃあなァ!!』

「ッッ」

足立の顎下、神速で間合いを詰めアヌビス神を携えたエドワードが迫っていた。
その身のこなしはエドワードではなく、アヌビス神によって体を操られ身体能力を限りなく引き上げたもの、マガツイザナギですら反応しきれない。
ゆっくり動く視界のなかで足立は杏子の槍そのものが囮で、本命がこっちなのだと理解した。
今度ばかりは本当のお手上げだ。どう動こうが、この一撃を避けることは出来ない。何処を斬られても全てが致命傷に繋がる。
完全な詰みだ。

「………………………………………………………………え」

『ち、チビクソがァ、何やってんだああああああ!!』

だが足立に刃が触れる瞬間、エドワードの腕が止まった。
エドワードの誤算は一つ、インクルシオが相性的に使えなかった為、アヌビス神を使わざるを得なかったこと。
アヌビス神の誤算は一つ、エドワードは殺さない覚悟を持っていたこと。
この場において弱体化してもなお、使用者の体を乗っ取れば跳ね除けられない強力な精神支配を持つアヌビス神だが、エドワードの殺さないの覚悟と相反したことが不幸にも作用した。
制限により劣化した精神支配を殺人への嫌悪から、エドワードはアヌビスから体の所有権を奪い返してしまったのだ。
暁美ほむらがまどかへの愛から、洗脳状態を振りほどいたように。エドワードもまた、アヌビス神からの洗脳をその鋼の信念から跳ね除けたのだ。
恐らくアヌビス神がエドワードを良く知り、それこそ殺さない覚悟を把握していれば、万が一を考慮し峰打ちで気絶させる事を選んだだろう。
しかし、杏子の稼いだ時間は僅かで、即座に戦線に復帰しなければ杏子が殺されていた土壇場では満足な意思疎通が出来るわけがない。

剣を返し、峰で足立へと振りかざすが先に足立の踵がエドワードの鳩尾に突き刺さる。


「ゴッ!……ォ、ッ……」

アヌビス神を手放しその恩恵を亡くしたエドワードは鳩尾を抑えながら、膝を折る。
更に頬に拳を叩き入れ、エドワードは上体から耐性を崩した。
その頭に足を乗せ、いたぶるように足立は徐々に力を込めていく。

「がッ……ガァアアアアアアア!!」

「エドワードくーん、ありがとう。君は本当に、優しい子だなァ! えぇ!?」

手を合わせようと腕を動かすが、頭を圧迫され手が交差しない。頭蓋を踏みつけられる激痛に悲鳴を上げながら、ただただエドワードは嬲られる。

「マジで、何考えてんの君? あそこで俺を殺してりゃ、君も杏子も死なずにすんだかもしれないのにさ?」

煽るようでいて、その実足立の抱いた素朴な疑問でもあった。先の一瞬は足立人生の中で最も追い込まれ、他に何の打つ手もないどうしようもない場面だった。
それをわざわざしかも鳴上悠とは違い、顔見知りでもない他人の足立の身を案じてまで止めるなど、ましてや殺し合いに明確に乗った相手を殺さないでおこうなどとここまで生き延びてこれたのが奇跡に近い。
エドワードの頭を踏みつけながら、ふと足立は合点がいったといった顔で口端を吊り上げた。

「そうか……あぁ、そういうことね。なるほど、君はそうやって何人も巻き込んで殺してきたって事か」

「ん、だ……と?」

「今回だけじゃないんだろ? え? こうやって君の自己満足を押し付けて、杏子やヒースクリフみたいに巻き添え食って死んでいったのは。
 その度、君はそいつらを犠牲に生き残って悲劇の主役面してるのかな? とんだ茶番劇だねぇ!!」

エドワードは何も言い返せない。頭を圧迫され、口を開けなくなっているからではなかった。
ここに来て幾度となく、エドワードが葛藤してきたことを足立に全て見透かされていた。何より、恐らく足立の言っていることはあながち間違いではない。
少なくとも御坂を殺していれば、みくも黒子は死ななかったのだら。

「オラァ! お前に“殺された”哀れなヒースクリフや、これから死ぬあの馬鹿餓鬼になんか言ってみろよ。この人殺しィ!!」

みくが死に、エドワードの独断専行で飛び込んだエスデスとの戦いでタツミ、さやかを喪い。御坂の戦いで黒子が犠牲になり、その黒子から託された少女も顔も見れないまま死なせた。
気づけば一人で突っ走り、田村玲子ウェイブだって死んでいた。エドワードを基点に全ての命が消えていくようだ。


「…………人、殺し……?」

「当ったり前だろ。君は綺麗ごと抜かす自分が好きなだけで、他人なんてその踏み台の舞台装置でしかないんだから。
 君はただ、君の描いたつまらないド三流シナリオを演じてるだけなんだよ!」





―――悪い、アル、ウィンリィ。約束破っちまった。




頭蓋が軋む音と共にエドワードの意識は闇に落ちた。







「愛しい夫にそんな言葉使いはいけないな」
「ん……!? あっ、ああああっあ!!」

これ以上、ムードを壊される罵声を避けるため、エンブリヲは感度50倍を使った。

「君の口は穢れてしまっている。私の唇で浄化しなければ」
「や、め……て……!」

エンブリヲは雪乃の顎に触れ、顔を近づける。雪乃の吐息を感じながら、エンブリヲはニタニタと瞳孔を開眼させ今までに見たことのないような狂喜の顔を露にした。
雪乃はエンブリヲを押しのけようとするが、全身に力が入らない。むしろ力を入れる度に快感が全身を駆け巡る。
抵抗しようと突き出された両手を胸板で押しつぶし、二人の目と鼻は今にも触れ合いそうだ。

「綺麗な髪だ。君の美しさを更に彩ってくれる」

雪乃の腰に手を回し、彼女の長髪をエンブリヲは指で這わせていく。その手つきには欲情しきった獣が平静を取り繕うとする浅はかな自己陶酔が見て取れた。
手が髪を解し、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。雪乃が愛用するシャンプーだろうか、そこに人工物ではない酸味のある香りも混じる。雪乃の汗だ。男を駆り立てる媚香として、彼女の体臭をエンブリヲは存分に堪能した。
そして彼女に背を強く抑えながら、徐々に自身も前かがみになる。その唇が触れ合うのに時間は掛からない。

「―――比企谷君……!」

「安心するといい。彼の分まで君を愛してあげよう」

エンブリヲはいつのまにか全裸になっていた。

「―――残念だったな」
「ッブ、ボォ……!?」

顔面に膝蹴りが飛び込み、エンブリヲは蛙が潰れたような醜悪な声を漏らし吹っ飛ぶ。
皮肉を込めた声色で語りかけた男が誰か、エンブリヲはすぐに見当がついた。
ここに至るまで、幾度となく邪魔をしてきた不快で下賎な汚物の象徴の一つ。彼が害虫と蔑んだ男だ。

「き、さ……ま、黒……!!」

雪乃を拉致するはずが盛り上がり、周りを見なくなってしまったことが災いした。
足立があの場をかき回す間に逃げ切れると思ったのだが、黒はあの場を抜け出してきている。

「着ろ」

黒はコートを脱ぎ、雪乃に優しく被せる。防弾の機能もある為に黒の雪乃に渡すことは戦況を不利にしてしまうのだが、黒は迷わず即決する。


「黒さん……」
「それと、さっきはすまなかった。お陰で頭は冷えた」

エンブリヲは怒りを込めて目で黒を睨みつける。アンバーとの繋がりがあったのもあり、今まで手を出さなかったが最早これまで。
あの男はここで必ず殺し、雪乃をこの手中に収めてみる。エンブリヲの決意は固い。

「消え失せろ。
 彩加もイリヤも美しい女性達だった。……だが貴様が全て死なせてしまった!」

「訂正しろ。戸塚は男だ」

「黙れッ! 彼女は女だ! 
 彩加と交わした約束も果たせない貴様に、雪乃を娶る資格はない!」

「何時からこんな汚いトライアングルが出来上がったのか、甚だ疑問なのだけれど。……うっかりしていたわ。まだ私、貴方を霊長類として見ていたみたい。道理で意思の疎通が出来ないわけね」

ベルヴァークを抜き、エンブリヲは黒に踊りかかる。
友切包丁とせめぎ合いながら、黒は肉薄しベルヴァーグの柄の先を絡め、エンブリヲの手元から弾き飛ばした。
更に横薙ぎに払い、エンブリヲの胴体に赤い線が刻まれる。エンブリヲは瞬間移動ですぐさま後方に退避し黒と間合いを開けた。

「ねえ、黒さん。気づいているかしら?」
「……あぁ、お前も気づいたか」
「ええ、あの音の出るゴミは、“逃げようと”していた」

足立ですら、あの現状では多少の不利を承知で戦闘をけしかけてきた。もしも首輪解除意外で生存を優先するのなら、優勝することが今もっとも確率が高い。
ましてや残り一時間しかないのだから、逃げれば逃げるだけ戦いを先延ばしにしタイムリミットで自爆してしまう。だが、エンブリヲは雪乃を拉致して、あろうことか逃亡を図った。
諦めて性欲に広き直った可能性もかなり高いが、ヒースクリフ存命時は非常に冷静で知的な男だった。そこからの変貌ぶりを考えれば、何かを握っている可能性も低くない。
むしろ脱出の公算があるためにわざわざ雪乃を拉致して、いつものをやりはじめたのかもしれない。

「奴は、まだ何か切り札を残している」
「……それが何なのかまでは分からないけれど」

エンブリヲを痛めつけ、その切り札を引き出せればあるいはまだ逆転することも出来るかもしれない。

「所詮、お前は負け犬だ。そんな君では雪乃を守れない。彩加の約束も雪乃も私が守ろう。
 黒、貴様はここで引導を渡してやる」
「だったら今すぐ自殺してくれないかしら」
「照れ隠しかな?」

エンブリヲはパンプキンを抜き、黒は友切包丁を構える。
銃声と共に二人は駆け出した。










「ああああああああ!! もう邪魔すんじゃねえよ!!」

エドワードを殺すその寸前、杏子がタックルをかまし足立ごと吹き飛んでいく。足立は杏子を押しのけ、死に物狂いでもがく。
だが杏子は足立の足を掴み、万力のように握り締めながら離さない。足立は溜まらず杏子の顔を蹴り込むが、血と唾液が舞うばかりでその手は一向に緩まない。
エドワードはその横で頭痛に苛まれた頭を摩りながら、二人の取っ組み合いを目にした。

「きょ、うこ……」

もはや杏子に意識があるのかも分からない。一刻も早く彼女の助けに入らなければ。
両手を合わせ―――


『大丈夫、みくは自分を絶対に曲げないから!』


「……ぁ」

手が震えていた。
戦わなければいけないことも迷う暇もない事も分かっている。だが、エドワードはそれを全て拒否していた。
それは恐怖だった。怖れでもあった。自分の手が、どうしようもなく汚れてしまっているのではないか、今までに目の前で死なせてきた者達は全てエドワードの理想によって押し潰された被害者達なのではないか。

『オイ! 俺を手にしろ! 今度は殺さないようにするから! 早くしろ!!』

アヌビス神が必死に呼びかけるが、触れていないエドワードに聞こえるはずもない。最も聞こえたところで今のエドワードに聞き入れる余裕もないのかもしれないが。
震える両手にエドワードは視線を落とす。その手が真っ赤に染まっているようだった。
生暖かく、生臭い異臭はエドワードがこの場で何度も嗅いだ血液だ。
その血はみくでもあり、さやかでもあり、タツミでもあり、黒子であり、ヒースクリフでもある。
エドワードがその覚悟を貫き通すためだけに、犠牲にし続けた者たちと自分の失態により落とさなくてもいい命を落とした者。その全てがエドワードを恨み、あの世から怨念を叫び続けている。

「俺は、もう……」

―――人殺し。

足立は特に深い意味はなく。それこそ軽い気持ちで放った言葉だったのだろう。だが、エドワードにとってそれは何よりも深い楔として突き刺さった。
彼の信念を構成する根本を揺らがす楔。何より、当のエドワード本人ですら自分の覚悟に疑念を抱いていなかった訳ではない。
むしろ、後悔と自己否定を続けながらも自らに言い聞かせ、その愚直なまでの覚悟を貫いてきた。だが、その覚悟が元で誰かを死なせるのなら――エドワードが殺してきたも同然なのではないか
この手で戦えば、足立を殺してしまうかもしれない。
怖い。恐ろしくてたまらない。
こんな呪いを背負い続けるなどもう出来ない。鋼の意思は完全に折れた。

「……俺は……俺は…………」

『俺を握るだけで良いんだ! 早くしろ!!』

国家錬金術師、人間兵器と畏怖の念を込め謳われたかつての天才はそこにはいない。
今、ただ命のやり取りに恐怖し怯えるだけの子供が小さく震えているだけだった。

『畜生! 誰か俺に触ってくれ! 10分、いや1分で良いから、頼むッ!!』

アヌビス神は焦る。意味などないことを知りながら、それでも叫び続ける。
いくら魔法少女といえど杏子の様子は明らかに不調だ。このままでは確実に殺されてしまう。
早く援護にいかなければならないというのに、一歩も動けない自分に腹が立つ。

「離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ!!! 気持ち悪いんだよてめえ!!」

痺れを切らし足立はマガツイザナギで杏子の横腹を蹴り飛ばした。本体に当たるか冷や冷やしたが、器用に操作したマガツイザナギは爪先を杏子だけに当てた。
道端の石ころのように小柄な体を舞わせながら、杏子は力なく地べたに叩き付けられた。
インクルシオに侵食された不調は肉体そのものの本質的な変化であるため、魔法ではうまく回復が作用しない。痛覚遮断も体の作りそのものが変わっているために同様だ。
既に杏子の体は死に体だ。いくら魔法少女のタフネスでも、これ以上の交戦は命に関わる。


「……ハッ、……ッ……ァ」

「チッ、そろそろマジで死ね!」

こいつら程度消化試合の筈だ。本命はエンブリヲや黒、御坂であってこいつらは楽に始末して残った時間を連中に割く筈だった。
それがどうしてこんな事になっている? 魔法少女だろうが、何だか知らないがほむらもまどかも足立は葬り去った。こいつだって同じはずだ。後ろの不殺馬鹿など相手にもならない。
そうだ。そうでなければならない。だから、ありったけの電撃を杏子に食らわせてやった。それなのに―――

「―――――――」

まだ奴は立っている。佐倉杏子は未だ立ち上がり、その双眼で足立を睨みつけている。
全身は焼かれ、再生するとしても相当の負担の筈だ。なのに何故だ? ほむらでさえ、ここまで粘ることはなかった。幾らなんでもタフネスという領域を超えている。

「お前も本当にいい加減にしろよ。考えて見ろよ、そのチビ庇って何になるんだ!? もう優勝者しなきゃ全員死ぬんだよ」
「……死なないよ」
「ッ? もうどいつもこいつも頭おかしいのか!」

杏子のボロボロになった衣装の合間から見えた素肌にエドワードは奇妙なものを見つけた。
それは鱗のようなものだった。しかも、魚や蛇といった類ではない。もっと別の生き物のものだ。
杏子もエドワードも足立も知る由もないことだが、インクルシオはこの殺し合いの中で進化し続けていた。
主催ですら予知出来なかったのはその進化の速度であり、本来は侵食を一定に食い止めその強さもセーブされていたところをインクルシオはそれを上回る進化で、その制限を凌駕してしまった。
例えばウェイブと後藤、ブラッドレイの戦い。本来の使い手ではないウェイブではあんな力を引き出すことは、それこそタツミでもなければ不可能だ。だが、進化を果たすことで侵食と引き換えにインクルシオは力を貸した。

いまやインクルシオは適性さえあれば、力を齎すと共にその肉体を食らう諸刃の剣でもある。
例え鎧に加工されようとも生き続けているタイラントが、再び復活を果たす為に所有者の肉体を狙っているのか、その叫びに答えているだけなのかは定かではないが。

そして杏子にとっての幸運はインクルシオが電撃に耐性を持ったことだ。
皮肉にも侵食が始まったためにインクルシオの生命力と、電撃への耐性の一部が杏子本人にも備わってしまったのだ。

もっともそれでも多少の攻撃を受けきれる程度で決定打にはなりえない。現状、侵食は杏子にとってマイナスでしかない。

「エド……何、迷ってんだお前」

それは杏子が一番分かっていた。このまま交戦し続けてもジリ貧で勝ち目はない。
だから、エドワードが全てを決めるしかないのだ。

「迷う、必要なんてねえだろ。お前はその覚悟を貫けば、良いんだよ!」

大声を張り上げるのも辛い。声の振動で浸食された肉体が悲鳴をあげていた。

「……逃げろ。お前まで、殺したくない」

「――――――は?」

肉体の悲鳴など意に返さないほど杏子は怒りを感じた。堪忍袋の緒が切れた。逆鱗に触れた。これらのことわざは今この瞬間にあるのだろうと、杏子は先人達の残した言葉に素直に感心する。
弱弱しい目で震えながら、立ち尽くすエドワードは杏子は全力で殴り飛ばした。


「ッ!!」

「ふざけんじゃねえぞ、この馬鹿野郎」

気に入らなかった。別にへたれたのがムカついたとか、そういうのもあったがもっとも気に入らないのは結局エドワードは何も変わっていないということだ。
また自分一人で抱え込んで全て責任を果たそうと出来もしない無謀な行為に出る。

「お前が死んだら、私はここから脱出できないんだよ!」
「それは……」
「エドの殺さない覚悟も同じだ。一人だから、いつもいつも自衛に手間取って被害を拡大してるだけだろうが!
 良いかい? アンタの覚悟が誰かを傷つけるってなら、私が片っ端から体張って全部庇いきってやるよ! それでもって私も死なない。
 だから等価交換って奴だ、錬金術師。代わりにお前はここから脱出する方法をさっさと考えろ! ……その為の仲間なんだろ」

「馴れ合いごっこは見飽きたよ。もう死ね!!」

意識をエドワードに逸らしていた間にマガツイザナギは力を溜めていた。その電撃は今までいないほど強力で巨大でこの辺一体を消し飛ばしかねない。
流石の杏子ですら、これは庇いきれないし電撃の耐性も無意味だろう。

「あれは、ヤバイ……!」

手放したインクルシオへ目を向けるが遥か遠方だ。あの電撃が降り注ぐほうがどう足掻いても先になる。
焦る杏子を見て足立は今度こそ勝利を確信した。

「あばよ! 二度とその面見せんな!」

「くっ、そ……!」

電撃は杏子とエドワードを飲み込んだ。



「雷はプラスからマイナスに向かって、進む性質を持つ」



パンッ、と乾いた音が響く。

「だが、その進路の中に新たなプラス地点とマイナス地点を作り上げてやれば、新たな回路が発生し二つの回路は対消滅してしまう」

「なっ、な……!」

足立が全霊を込めて放った電撃が見る見る内に萎み、収縮していき。対には消滅してしまった。
まったく聞き覚えのない理屈だが、現に電撃が消された以上、信じざるを得ない

「このもう一つの回路をヴァシリスキー回路と呼ぶ……って言っても分かんねえか」

「ヴ、ヴァシリスキー回路……?」

「……エド?」

「悪い、迷惑かけたな」

「本当にな」

赤いコートをはためかせ、憑き物が落ちたように以前変わりないエドワード・エルリックは杏子に向かって笑顔を作って見せた。
杏子はため息を吐きながらサムズアップを見せ、エドもそれを返す。
糸が切れたように倒れた杏子を支え、優しくコートを地面に敷き寝かす。それからエドワードは足立へと振り向いた。


「協力しろ足立」
「何?」
「ここから出られるかもしれねえ」

予想外の持ち掛けに内心揺らぐ足立だが、一度失敗したエドワードを早々信用できもしない。

「冗談だろ? ヒースクリフの次は誰を殺すんだよ」
「なら続きを始めるか? けど、お前が生き残れるのはどれくらいの確立かな」

足立は舌打ちした。杏子は脱落と考えても、エドワードにはヴァシリスキー回路とかいう珍妙なものがある為、電撃が利かない。
ついでにいえば黒や御坂にだって相性はよくないのだ。単純なマガツイザナギの体術で戦うことも出来るが、エドワードの手の内は謎が多い。
御坂も手数が多く、黒も体術は残りの参加者の中では最強格だ。
確かにエドワードの言うとおり、優勝狙いもさして勝算は高くない。

「……嘘じゃないよな」
「ああ、その為には全員の協力が必要だ。お前が俺も御坂もエンブリヲも、全員倒せるって思うならもう好きにしろ」

足立はペルソナを消した。エドワードの台詞を信じるわけではないが、普通に優勝を狙うのも分が悪い。
それよりも全員が集まったところを一気に叩くか、本当に首輪が外れそうならばそちらに乗っかるという二重の保険を掛けるのも良いだろう。

「分かったよ。まだ時間はあるしな、少し付き合ってやる」
「助かる。今度はエンブリヲの奴を止めに行くから手伝ってくれ」

足立は時間を確認しながら渋々、エンブリヲの逃げた方向へと駆け出す。
この状況で逃げるとは恐怖で頭が狂ったのか、よほど溜まっていたのか知らないが。このまま全員を一箇所に集められればそれはそれで好都合だ。

「……よし」

足立の後姿を確認しながら、エドワードはこっそりと地面に手を伸ばし銀色に光る物体を手にした。
それは黒が解除を試そうとした銀の首輪だ。

「首輪?」

杏子がキョトンとした顔で口を開く。

「さっきの電撃、こいつで防いだからな。ヴァシリスキー回路なんてあるわけねえだろ」

首輪は異能を打ち消す力がある。何人かが既に実用した防御方法の一つだ。

「嘘だろ……」
「ああでもしないと、アイツこっちの提案に乗ってこないからな。これ黙っててくれよ」


――◆

最終更新:2017年05月09日 09:45