「Period」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

Period」(2018/05/05 (土) 23:11:52) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

 どれだけ泣き喚いたか。  どれだけ涙を流したか。  どれだけ、どれだけ、どれだけ。  ヒースクリフ、エドワード・エルリック、雪ノ下雪乃。  三者を立て続けに排除した御坂美琴は失墜に飲まれ、抑えられぬ感情をぶち撒ける。  殺し合いはまだ終わっていない。他者に弱った自分の居場所を知らせるなど愚の骨頂。  叫べば叫ぶだけ、上半身の致命傷から更に鮮血が溢れ、彼女の生命に残された時間は限りなく零である。  最早、早急に願いを叶えなければ、自分は死ぬ。  焦りからか動悸が早くなり、傷口が開くも、彼女は諦めない。  死に体同然でありながら、涙を流しながらも、這いずり回り、勝利を目指す。  傷口に土が混じろうが、右腕が取れかけようが。  右の瞳が使い物にならなくなろうが、生命が消えようが。  彼女は求めるのだ、万能なる願望成就の器――聖杯を。  だが、降臨しない。  邪魔者は排除した筈だが、優勝者の褒美は訪れない。  ならば、他に生存者がいるのだろう。それは佐倉杏子か、足立透か、黒か。  それともエンブリヲが往生際が悪く生きているのか。そうすれば、タスクだって生きていても不思議では無い。  御坂美琴は他者を求めていた。  どうしようもなく、只々、自分の願いを叶えるために、踏み台にするために。 「――え、ど?」  ふと、自分の足元に転がって来た無機物に声を漏らす。  感覚が嘗てエドワード・エルリックに投げられたパイプ爆弾と似ているため、彼の名前を呟いてしまう。  無意識に宿敵の姿を反射的に漏らしてしまう程、彼女の精神は弱く、崩れかけている。  なんとかその場に立ち上がり、されど、気力が残っていないため、尻もちをついてしまう。  身体を襲う衝撃に叫び声を上げ、右目は完全に塞がり、上半身から流れる鮮血も止まらず、右腕は更に潰れてしまった。  最早、戦闘など不可能である。爆発しないかどうか、恐る恐る無機物に手を伸ばすと、其処には見慣れぬ物体が転がっていた。  そして、彼女は確信する。之こそ自分が求めていた器だと。 「これが、聖杯……?」  小さきながらも黄金に輝く杯。  かの代物こそ全ての願いを顳?する万物の願望器に違いない。    「は、早く……願いを!!」  御坂美琴は手に取った杯を振り回し、如何にして願いを叶えるかを探り出す。  中身に手を入れるも、空。逆さまにするも、空。  嘗てお父様が七十二の魂を必要とすると言っていたが、頭の欠片にも残っておらず。  まるで初めて玩具を与えられた赤子のように。  忙しなく、全てを探る姿は何処か愛らしく、何処か哀れさと悲しさを秘めている。  彼女は自分自身に残された時間を重々承知している。  此処で死ねば、全てが水の泡だ。彼にも、彼女達にも会えなくなってしまう。  嫌だ、認めるものか。  自分は何のために頑張ったのか。  そう、全ては最初から変わらず、振り出しと同義。  私は願った。  私は手を伸ばした。  私は殺めた。  私は手を汚した。  其れらは全て、この瞬間のために。 「さぁ、私の願いを叶えなさい」  言葉は呪文。  呪文は想い。  想いは願い。  彼女の言葉が届き、聖杯は輝きを見せ、宙に浮かぶ。  その光景に御坂美琴は立ち上がることは出来ず、膨れ上がる輝きに目を伏せるのみ。  やがて光が収まれば、独りの影が現れた。  聖杯が顕現したことから、生存者の類では無い。  ならば、主催者の一員か。黒やエドワードが話していたアンバーか。それとも今まで忘れていた広川か。  違う。 「う、そ……なんで……?」  映る影は見慣た形だった。 「だって、あんたは死んで……?」  理解が追い付かないが、このツンツン頭は独りしかいない。  名を――上■■麻。  此度のゲームに於いて見せしめに選ばれ、お父様に見出された抑止力のカウンター。  死者の男が、御坂美琴の目の前に存在していた。 「その、なんだ」  この声を忘れるものか。  何時何時だって心を埋め尽くし、自分の中で大切な存在になっていた貴方を。  辛く苦しい試練の連続だったが、貴方のために、私は此処まで戦えた。 「とりあえずはお疲れさん。ビリビリ中学生――いや、御坂」 「ほ、本物……?」  彼と距離があるため、御坂美琴は一目を気にせず、這い寄る。  もう、誰も自分達を見る者はいない。どんなに情けない姿でも、構うものか。 「もう、居るならちゃんと言いなさいよ……ばか」  触れたい。  確かめたい。  私は貴方と会うために、地獄を生き抜いた。 「どれだけ、心配したかわかってるの? あんたのせいで私は■■まで殺す――ううん、それは後」  やがて、彼の足元に辿り着き、優しく左腕を伸ばされた。  自分の右腕は使い物にならないため、些細ながらも有り難い気遣いだ。  彼に立ち上がらせてもらおう、そして願いを叶えよう。    みんなを呼び戻して、もう一度。  もう一度、あのかけがえのない日常を繰り返そう。 「ねえ、あんたには言いたいこと――ぁ、え、あ、ぇ、ぁぁ……?」  彼の腕を掴んだ時、信じられない物を目にしたと、御坂美琴は驚愕に襲われる。  触れた彼の右腕が泥のように崩れ、ぐちゃりと大地に落下したのだ。  自分の右腕にも垂れたが、何処か気色悪い泥は自分の肌を逆撫で、正体は不明だが、相容れぬ物と断定。  雷撃で飛ばそうとするも、彼の目の前だから、彼女は動きを止め、その場に座り込んだ。 「こ、これは……?」 「あー、何から説明すればいいんだろう。まず、俺は上■さんじゃない。姿は同じなんだけど」 「ま、まさかエンブリ――」 「それはまさかでしょうに。流石の上■さんもそれは自分が気色悪くて、生ゴミと一緒にダストシュートです」  彼は間違いなく彼の見た目である。  変装であるとしても、独特で、薄ら寒い単語のチョイスは間違いなく彼だ。 「俺は聖杯の担い手。まあ、なんでしょう。ただ願いを言うだけじゃ風情がないから、優勝者と親しい人物が具現化されるってことで納得してくれ」  この声、申し訳ないように目を逸し、頭を掻く動作。  何処からどう見ても、御坂美琴の知る彼だった。  故に少々、怪しい言葉でありながら、彼女は鵜呑みにしてしまう。 「じゃあ、あんたが願いを叶えてくれるの……?」 「そういうこと。じゃあ、願いを言ってくれ。  醜いエゴを貫き通し、誰に頼まれた訳でもなく他人を殺し、自分を正当化したカスクズ殺人鬼」  世界が止まるとは、正にこの瞬間であろう。  彼の言葉に、嬉しみの笑みを帯びていた御坂美琴の表情は固まってしまう。  突然の言葉に脳が動きを止め、働くことを拒否してしまう。  自然と左の瞳から涙が流れ落ち、呼吸も荒くなり、自分を自分として保つ欠片が一斉に崩れ去る。 「――あぁ、気にしないでくれ」  彼は何と言ったのか。  聖杯の担い手ならば、願いを叶えるのが仕事であろう。  そして何よりも、その容姿、その声で語り掛けられる事実が、御坂美琴を絶望へ叩き落とす。 「これは俺の言葉であって、お前の願いを叶えない訳じゃないから」 「そ、そう……じゃあ、私の願いはあんた達を」 「しっかしすごいよなあ、御坂は。  上■さん達を生き返らせるために合計で十人も殺したんだろ? 間接も含めればどこぞの王様もびっくりのキルスコアですよ」 「――っ」 「おっと、続けていいぜ。俺の言葉は気にするな」  崩れた心に更なる亀裂が走る。  欠片が細かくなり、彼女の心に突き刺さる。 「わ、私はね……みんなを生き返らせたいの」 「みんなってのは誰だ? まさかとは思うけど――自分が殺した白■も生き返らせるって馬鹿げたことは言わないよな?」 「……ぇ」 「どんだけサイコパスなんですか、ちゃんと両親と会話出来てますか?   独り日常に取り残されていませんか? まあ、御坂がそんなクスクスと笑いながら色欲に囚われることはないと思うけど」  なんだ、なんだこの男は。  本当に、本当に上■■麻なのか? 「もう一度、聞きます。此度のゲームの優勝者である御坂美琴よ。汝は七十一人を殺し、死者の上に立ち、自分はただ独りで、何を望む」  どうして、どうしてそんな言葉を投げるのか。  本物の、本物の上■■麻はこんなことを言わないだろう。    ならば、幻覚の一種か? それともエドワード・エルリックが生きていて、錬金術により自分を苦しめているのか。  分からない。目の前の男を含め、御坂美琴は自分の置かれている状況に理解が追い付いていない。    ただ。  焦る自分の心が、泣き叫んでいる。  崩壊は近い、もう、耐えられない、と。 「……なぁ、御坂。まさかとは思うけど、願いは無いとか言わないよな?」 「……と、当然、よ……そんなの、あるにきま、て……っているじゃん」 「そうだよな! いやあ、さっきからごにょごにょしているから上■さんは心配になったのですよ。  さぁ! 願いがあるなら大声で言ってみましょう! なんてたって聖杯はどんな願いをも叶える願望器!」  彼は夜空に両腕を広げ、高らかに叫ぶ。  ああ、その姿は紛れもなく上■■麻だ。見間違えるものか。  だが、貴方はどうして私の心を苦しめるのか。  私は貴方のために――全てを捨てて、彼等を殺したのに。 「私の願いは――」 「そう! 聖杯はどんな願いをも叶える願望器! それは殺人鬼の願いをも叶えるのさ!  媒介は七十一の魂――つまり、参加者! 御坂美琴は優勝者となって、死者の生命を踏み躙り、どんな願いを叶えるのか」  ――私は充分に戦った。    全ては願いを叶えるために。    彼女達を、言ってしまえば、彼を生き返らせるために。  ――口を動かせば、願いが叶う。    どうして、彼は私の心を揺さぶるのか。    私はこんなにも、貴方のために頑張ったのに。  ――もしかして、貴方は貴方じゃないのかしら。    聖杯の担い手と云えど、新手の攻撃かもしれない。    なら、確かめてみよう。本物の彼なら、きっと――。 「その前に、ちょっとは遠慮しなさいってーの――っァ!!」  尻もちのまま、御坂美琴は右腕に僅かな雷光を纏わせ、彼に放った。  狙いは彼の右腕。彼が本物なら、この攻撃は消える筈。  泥のように崩れていたが、見間違いだろう。だって、彼は彼だから。  しかし、現実は御坂美琴に牙を剥く。 「痛い……いってえなあ」 「う、そ……きえな、い?」  上■■麻の右腕は幻想殺しと呼ばれる能力が備わっている。  嘗てロンドンのブライズ・ロードの戦いにも用いられた、不死の概念すら超越する礼装である。  時を隔て、彼に宿ったのだが、本来ならば御坂美琴の雷など簡単に無効化してしまう。    だが、彼女の前に立つ彼の右肩は粉砕され、彼女の顔に泥が落ちる。 「せっかく願いを叶えてやるって言ってるのに、馬鹿な女だなあ」 「あ、あんたは誰なのよ……あいつじゃないの!?」 「最初から言ってるだろ、俺は聖杯の担い手。  茅場晶彦が細工したこの世全ての悪を媒介にし、優勝者の心を抉る悪趣味な存在だよ」 「じゃあ、と――■■じゃないの?」 「うっせーなあ。最初から違うって言ってんだろ、馬鹿かなあ!?」  なんだ、彼とは違うのか。  それもその筈。本物なら、不器用なりに優しさを見せる。  じゃあ、この男は偽物だ。  この世に必要のない、残滓すら残す価値のない泥である。  殺そう。他の人間と同じように。  そして、御坂美琴は立ち上がり、壊れた右腕で彼の顔面を掴む上げる。 「さようなら、もう二度と私の前に現れないで」 「うぎゃああああああああああああ! み、御坂……許して、く、れ」 「――っ」  止めろ。  私はお前を殺すために、雷撃を流しているんだ。  彼の声で強請るな、偽物め、死んでしまえ。 「お、俺が悪かった」  止めろ。  お前の声は私を惑わせる。 「た、助けてくれ」  止めろ。  焦げた匂いが鼻先を刺激する。 「俺はお前のことを」  止めろ。  聞きたくもない。  私はただ、早く願いを叶えて、本物の彼と出会う。 「ごめんな、俺のせいで」  止めろ。  訴えるな、弱々しくなるな。  私は彼の強い背中に憧れていたんだ。 「馬鹿ね、私もあんたも本当に馬鹿よ。自分が馬鹿なんてとっくに気付いていたのに」  気付けば御坂美琴は雷撃を辞め、彼に抱き着き、大地に斃れた。  泥が崩れ始め、上■■麻の面影は最早残っておらず。  御坂美琴はコンクリートの塊とも呼べる無機物を抱き、涙を流し、語り掛ける。  自分の腕に眠る冷たい反応が、上■■麻と疑わずに。  泥で形成され、崩れた彼が■条当■と信じて。 「私はね、どんなに苦しくても、悲しくても、自分を貫き通そうとしたの。  消えない罪を背負って、罰を受け入れるつもりでいた――弱いのに、どうしようもない馬鹿だよね」 「あの優しかった日常がほしかっただけなの。それなのに黒子を自分の手で殺した……本当に馬鹿だよね」  己のことを馬鹿だといい続け、涙を流す。  されど、誰も涙を拭わず、其れは彼女が選んだ結果である。 「見てよ、この右腕。こんなにボロボロになって……だけど、極力、左腕は使わなかった」  終盤の彼女が左腕を使用したのは、ヒースクリフに追い打ちを掛けた瞬間ぐらいである。  壊死した右腕を使い続ける理由があったのだ。  それは彼女の醜いエゴであり、一人の少女が夢を見てしまったのだ。 「一本ぐらいは生身が良かったの。機械鎧じゃ、私は温もりを感じられない。あんたに触れられない。  だから、私はこのもう一本を守り続けた。こうやってあんたの暖かさを感じたいから……本当馬鹿よね、自分でもドン引きよ」 「私が間違っているのは知っている。だけど、世界が間違っていると思い込んで、戦った。  だけど、それも、もう、お終い。私が願いを叶えれば全てが元に……全てが元に……全て、が、ぁ……」  涙が止まらず、血も止まらない。  少女の言葉は誰の耳にも届かず、生命だけが削られる。  この儀式に意味などあるものか、早々にねがいを叶えなければ、彼女は――。 「私がね、全ての罪を背負える訳、ないじゃない……! 自分だけが幸せに生きられるはずがないじゃない……!  それをエドとあの女の子に指摘されて、私は悔しかった。何も言い返せなかった。自分が情けなくて……だけど、引き返せなくて」  ねぇ。  私は想ったけど、口にしなかったことがあるの。  もしも、もしもだよ。  最初に死んだのが、あんたじゃなかったら。  私は、あんたや、エド達と一緒に、正義の味方をやっていたのかなあ。  可能性のたられば論なのはわかっているけど、どうしても、想像しちゃうの。  本当に馬鹿だよね。本当に……私は馬鹿で、何かもを失って――。  じゃあ、願いを叶えましょうか。  だって、私はこの瞬間のために、全てを投げ捨てて――。 「当麻。私はね、あんたを含めて黒子達と一緒に、もう一度――もう、ちゃんと言うから、焦らないで聞いて」  ◆日誌  あの出来事を忘れないために、日誌を付けていたが、肝心の最期を記載していなかった。  御坂美琴に吹き飛ばされ、雪ノ下雪乃、アヌビス神と離れ離れになり、自らの足で戦地に赴いた。  猫の身体ということもあり、かなりの距離を吹き飛ばされたため、到着が一番最後になってしまった。  その際、地獄門の異変を肌で感じてしまったのが、遅くなった一つの要因であろう。  全く……最期の最期まで。  本件に戻る。  戦地に辿り着いた時、二つの死体が転がっていた。  その姿は見覚えがあり、自分の弱さに腹が立った。  余りにも無力で、合理的で無いと想いながらも、墓を立ててやろうと想ったその矢先だった。  離れた場所に、もう一つの死体を見つけた。  後に聞いた話だが、彼女が優勝者になるらしい。  願いは叶えていないが、彼女に何があったかは知るよしもない。  ただ一つ、分かることがる。  それは彼女が――御坂美琴はコンクリートを抱き、血と涙を流しながら、泥に包まれ、幸せそうな表情を受かべていたことだ。
220 *Period◆BEQBTq4Ltk  どれだけ泣き喚いたか。  どれだけ涙を流したか。  どれだけ、どれだけ、どれだけ。  ヒースクリフ、エドワード・エルリック、雪ノ下雪乃。  三者を立て続けに排除した御坂美琴は失墜に飲まれ、抑えられぬ感情をぶち撒ける。  殺し合いはまだ終わっていない。他者に弱った自分の居場所を知らせるなど愚の骨頂。  叫べば叫ぶだけ、上半身の致命傷から更に鮮血が溢れ、彼女の生命に残された時間は限りなく零である。  最早、早急に願いを叶えなければ、自分は死ぬ。  焦りからか動悸が早くなり、傷口が開くも、彼女は諦めない。  死に体同然でありながら、涙を流しながらも、這いずり回り、勝利を目指す。  傷口に土が混じろうが、右腕が取れかけようが。  右の瞳が使い物にならなくなろうが、生命が消えようが。  彼女は求めるのだ、万能なる願望成就の器――聖杯を。  だが、降臨しない。  邪魔者は排除した筈だが、優勝者の褒美は訪れない。  ならば、他に生存者がいるのだろう。それは佐倉杏子か、足立透か、黒か。  それともエンブリヲが往生際が悪く生きているのか。そうすれば、タスクだって生きていても不思議では無い。  御坂美琴は他者を求めていた。  どうしようもなく、只々、自分の願いを叶えるために、踏み台にするために。 「――え、ど?」  ふと、自分の足元に転がって来た無機物に声を漏らす。  感覚が嘗てエドワード・エルリックに投げられたパイプ爆弾と似ているため、彼の名前を呟いてしまう。  無意識に宿敵の姿を反射的に漏らしてしまう程、彼女の精神は弱く、崩れかけている。  なんとかその場に立ち上がり、されど、気力が残っていないため、尻もちをついてしまう。  身体を襲う衝撃に叫び声を上げ、右目は完全に塞がり、上半身から流れる鮮血も止まらず、右腕は更に潰れてしまった。  最早、戦闘など不可能である。爆発しないかどうか、恐る恐る無機物に手を伸ばすと、其処には見慣れぬ物体が転がっていた。  そして、彼女は確信する。之こそ自分が求めていた器だと。 「これが、聖杯……?」  小さきながらも黄金に輝く杯。  かの代物こそ全ての願いを顳?する万物の願望器に違いない。    「は、早く……願いを!!」  御坂美琴は手に取った杯を振り回し、如何にして願いを叶えるかを探り出す。  中身に手を入れるも、空。逆さまにするも、空。  嘗てお父様が七十二の魂を必要とすると言っていたが、頭の欠片にも残っておらず。  まるで初めて玩具を与えられた赤子のように。  忙しなく、全てを探る姿は何処か愛らしく、何処か哀れさと悲しさを秘めている。  彼女は自分自身に残された時間を重々承知している。  此処で死ねば、全てが水の泡だ。彼にも、彼女達にも会えなくなってしまう。  嫌だ、認めるものか。  自分は何のために頑張ったのか。  そう、全ては最初から変わらず、振り出しと同義。  私は願った。  私は手を伸ばした。  私は殺めた。  私は手を汚した。  其れらは全て、この瞬間のために。 「さぁ、私の願いを叶えなさい」  言葉は呪文。  呪文は想い。  想いは願い。  彼女の言葉が届き、聖杯は輝きを見せ、宙に浮かぶ。  その光景に御坂美琴は立ち上がることは出来ず、膨れ上がる輝きに目を伏せるのみ。  やがて光が収まれば、独りの影が現れた。  聖杯が顕現したことから、生存者の類では無い。  ならば、主催者の一員か。黒やエドワードが話していたアンバーか。それとも今まで忘れていた広川か。  違う。 「う、そ……なんで……?」  映る影は見慣た形だった。 「だって、あんたは死んで……?」  理解が追い付かないが、このツンツン頭は独りしかいない。  名を――上■■麻。  此度のゲームに於いて見せしめに選ばれ、お父様に見出された抑止力のカウンター。  死者の男が、御坂美琴の目の前に存在していた。 「その、なんだ」  この声を忘れるものか。  何時何時だって心を埋め尽くし、自分の中で大切な存在になっていた貴方を。  辛く苦しい試練の連続だったが、貴方のために、私は此処まで戦えた。 「とりあえずはお疲れさん。ビリビリ中学生――いや、御坂」 「ほ、本物……?」  彼と距離があるため、御坂美琴は一目を気にせず、這い寄る。  もう、誰も自分達を見る者はいない。どんなに情けない姿でも、構うものか。 「もう、居るならちゃんと言いなさいよ……ばか」  触れたい。  確かめたい。  私は貴方と会うために、地獄を生き抜いた。 「どれだけ、心配したかわかってるの? あんたのせいで私は■■まで殺す――ううん、それは後」  やがて、彼の足元に辿り着き、優しく左腕を伸ばされた。  自分の右腕は使い物にならないため、些細ながらも有り難い気遣いだ。  彼に立ち上がらせてもらおう、そして願いを叶えよう。    みんなを呼び戻して、もう一度。  もう一度、あのかけがえのない日常を繰り返そう。 「ねえ、あんたには言いたいこと――ぁ、え、あ、ぇ、ぁぁ……?」  彼の腕を掴んだ時、信じられない物を目にしたと、御坂美琴は驚愕に襲われる。  触れた彼の右腕が泥のように崩れ、ぐちゃりと大地に落下したのだ。  自分の右腕にも垂れたが、何処か気色悪い泥は自分の肌を逆撫で、正体は不明だが、相容れぬ物と断定。  雷撃で飛ばそうとするも、彼の目の前だから、彼女は動きを止め、その場に座り込んだ。 「こ、これは……?」 「あー、何から説明すればいいんだろう。まず、俺は上■さんじゃない。姿は同じなんだけど」 「ま、まさかエンブリ――」 「それはまさかでしょうに。流石の上■さんもそれは自分が気色悪くて、生ゴミと一緒にダストシュートです」  彼は間違いなく彼の見た目である。  変装であるとしても、独特で、薄ら寒い単語のチョイスは間違いなく彼だ。 「俺は聖杯の担い手。まあ、なんでしょう。ただ願いを言うだけじゃ風情がないから、優勝者と親しい人物が具現化されるってことで納得してくれ」  この声、申し訳ないように目を逸し、頭を掻く動作。  何処からどう見ても、御坂美琴の知る彼だった。  故に少々、怪しい言葉でありながら、彼女は鵜呑みにしてしまう。 「じゃあ、あんたが願いを叶えてくれるの……?」 「そういうこと。じゃあ、願いを言ってくれ。  醜いエゴを貫き通し、誰に頼まれた訳でもなく他人を殺し、自分を正当化したカスクズ殺人鬼」  世界が止まるとは、正にこの瞬間であろう。  彼の言葉に、嬉しみの笑みを帯びていた御坂美琴の表情は固まってしまう。  突然の言葉に脳が動きを止め、働くことを拒否してしまう。  自然と左の瞳から涙が流れ落ち、呼吸も荒くなり、自分を自分として保つ欠片が一斉に崩れ去る。 「――あぁ、気にしないでくれ」  彼は何と言ったのか。  聖杯の担い手ならば、願いを叶えるのが仕事であろう。  そして何よりも、その容姿、その声で語り掛けられる事実が、御坂美琴を絶望へ叩き落とす。 「これは俺の言葉であって、お前の願いを叶えない訳じゃないから」 「そ、そう……じゃあ、私の願いはあんた達を」 「しっかしすごいよなあ、御坂は。  上■さん達を生き返らせるために合計で十人も殺したんだろ? 間接も含めればどこぞの王様もびっくりのキルスコアですよ」 「――っ」 「おっと、続けていいぜ。俺の言葉は気にするな」  崩れた心に更なる亀裂が走る。  欠片が細かくなり、彼女の心に突き刺さる。 「わ、私はね……みんなを生き返らせたいの」 「みんなってのは誰だ? まさかとは思うけど――自分が殺した白■も生き返らせるって馬鹿げたことは言わないよな?」 「……ぇ」 「どんだけサイコパスなんですか、ちゃんと両親と会話出来てますか?   独り日常に取り残されていませんか? まあ、御坂がそんなクスクスと笑いながら色欲に囚われることはないと思うけど」  なんだ、なんだこの男は。  本当に、本当に上■■麻なのか? 「もう一度、聞きます。此度のゲームの優勝者である御坂美琴よ。汝は七十一人を殺し、死者の上に立ち、自分はただ独りで、何を望む」  どうして、どうしてそんな言葉を投げるのか。  本物の、本物の上■■麻はこんなことを言わないだろう。    ならば、幻覚の一種か? それともエドワード・エルリックが生きていて、錬金術により自分を苦しめているのか。  分からない。目の前の男を含め、御坂美琴は自分の置かれている状況に理解が追い付いていない。    ただ。  焦る自分の心が、泣き叫んでいる。  崩壊は近い、もう、耐えられない、と。 「……なぁ、御坂。まさかとは思うけど、願いは無いとか言わないよな?」 「……と、当然、よ……そんなの、あるにきま、て……っているじゃん」 「そうだよな! いやあ、さっきからごにょごにょしているから上■さんは心配になったのですよ。  さぁ! 願いがあるなら大声で言ってみましょう! なんてたって聖杯はどんな願いをも叶える願望器!」  彼は夜空に両腕を広げ、高らかに叫ぶ。  ああ、その姿は紛れもなく上■■麻だ。見間違えるものか。  だが、貴方はどうして私の心を苦しめるのか。  私は貴方のために――全てを捨てて、彼等を殺したのに。 「私の願いは――」 「そう! 聖杯はどんな願いをも叶える願望器! それは殺人鬼の願いをも叶えるのさ!  媒介は七十一の魂――つまり、参加者! 御坂美琴は優勝者となって、死者の生命を踏み躙り、どんな願いを叶えるのか」  ――私は充分に戦った。    全ては願いを叶えるために。    彼女達を、言ってしまえば、彼を生き返らせるために。  ――口を動かせば、願いが叶う。    どうして、彼は私の心を揺さぶるのか。    私はこんなにも、貴方のために頑張ったのに。  ――もしかして、貴方は貴方じゃないのかしら。    聖杯の担い手と云えど、新手の攻撃かもしれない。    なら、確かめてみよう。本物の彼なら、きっと――。 「その前に、ちょっとは遠慮しなさいってーの――っァ!!」  尻もちのまま、御坂美琴は右腕に僅かな雷光を纏わせ、彼に放った。  狙いは彼の右腕。彼が本物なら、この攻撃は消える筈。  泥のように崩れていたが、見間違いだろう。だって、彼は彼だから。  しかし、現実は御坂美琴に牙を剥く。 「痛い……いってえなあ」 「う、そ……きえな、い?」  上■■麻の右腕は幻想殺しと呼ばれる能力が備わっている。  嘗てロンドンのブライズ・ロードの戦いにも用いられた、不死の概念すら超越する礼装である。  時を隔て、彼に宿ったのだが、本来ならば御坂美琴の雷など簡単に無効化してしまう。    だが、彼女の前に立つ彼の右肩は粉砕され、彼女の顔に泥が落ちる。 「せっかく願いを叶えてやるって言ってるのに、馬鹿な女だなあ」 「あ、あんたは誰なのよ……あいつじゃないの!?」 「最初から言ってるだろ、俺は聖杯の担い手。  茅場晶彦が細工したこの世全ての悪を媒介にし、優勝者の心を抉る悪趣味な存在だよ」 「じゃあ、と――■■じゃないの?」 「うっせーなあ。最初から違うって言ってんだろ、馬鹿かなあ!?」  なんだ、彼とは違うのか。  それもその筈。本物なら、不器用なりに優しさを見せる。  じゃあ、この男は偽物だ。  この世に必要のない、残滓すら残す価値のない泥である。  殺そう。他の人間と同じように。  そして、御坂美琴は立ち上がり、壊れた右腕で彼の顔面を掴む上げる。 「さようなら、もう二度と私の前に現れないで」 「うぎゃああああああああああああ! み、御坂……許して、く、れ」 「――っ」  止めろ。  私はお前を殺すために、雷撃を流しているんだ。  彼の声で強請るな、偽物め、死んでしまえ。 「お、俺が悪かった」  止めろ。  お前の声は私を惑わせる。 「た、助けてくれ」  止めろ。  焦げた匂いが鼻先を刺激する。 「俺はお前のことを」  止めろ。  聞きたくもない。  私はただ、早く願いを叶えて、本物の彼と出会う。 「ごめんな、俺のせいで」  止めろ。  訴えるな、弱々しくなるな。  私は彼の強い背中に憧れていたんだ。 「馬鹿ね、私もあんたも本当に馬鹿よ。自分が馬鹿なんてとっくに気付いていたのに」  気付けば御坂美琴は雷撃を辞め、彼に抱き着き、大地に斃れた。  泥が崩れ始め、上■■麻の面影は最早残っておらず。  御坂美琴はコンクリートの塊とも呼べる無機物を抱き、涙を流し、語り掛ける。  自分の腕に眠る冷たい反応が、上■■麻と疑わずに。  泥で形成され、崩れた彼が■条当■と信じて。 「私はね、どんなに苦しくても、悲しくても、自分を貫き通そうとしたの。  消えない罪を背負って、罰を受け入れるつもりでいた――弱いのに、どうしようもない馬鹿だよね」 「あの優しかった日常がほしかっただけなの。それなのに黒子を自分の手で殺した……本当に馬鹿だよね」  己のことを馬鹿だといい続け、涙を流す。  されど、誰も涙を拭わず、其れは彼女が選んだ結果である。 「見てよ、この右腕。こんなにボロボロになって……だけど、極力、左腕は使わなかった」  終盤の彼女が左腕を使用したのは、ヒースクリフに追い打ちを掛けた瞬間ぐらいである。  壊死した右腕を使い続ける理由があったのだ。  それは彼女の醜いエゴであり、一人の少女が夢を見てしまったのだ。 「一本ぐらいは生身が良かったの。機械鎧じゃ、私は温もりを感じられない。あんたに触れられない。  だから、私はこのもう一本を守り続けた。こうやってあんたの暖かさを感じたいから……本当馬鹿よね、自分でもドン引きよ」 「私が間違っているのは知っている。だけど、世界が間違っていると思い込んで、戦った。  だけど、それも、もう、お終い。私が願いを叶えれば全てが元に……全てが元に……全て、が、ぁ……」  涙が止まらず、血も止まらない。  少女の言葉は誰の耳にも届かず、生命だけが削られる。  この儀式に意味などあるものか、早々にねがいを叶えなければ、彼女は――。 「私がね、全ての罪を背負える訳、ないじゃない……! 自分だけが幸せに生きられるはずがないじゃない……!  それをエドとあの女の子に指摘されて、私は悔しかった。何も言い返せなかった。自分が情けなくて……だけど、引き返せなくて」  ねぇ。  私は想ったけど、口にしなかったことがあるの。  もしも、もしもだよ。  最初に死んだのが、あんたじゃなかったら。  私は、あんたや、エド達と一緒に、正義の味方をやっていたのかなあ。  可能性のたられば論なのはわかっているけど、どうしても、想像しちゃうの。  本当に馬鹿だよね。本当に……私は馬鹿で、何かもを失って――。  じゃあ、願いを叶えましょうか。  だって、私はこの瞬間のために、全てを投げ捨てて――。 「当麻。私はね、あんたを含めて黒子達と一緒に、もう一度――もう、ちゃんと言うから、焦らないで聞いて」  ◆日誌  あの出来事を忘れないために、日誌を付けていたが、肝心の最期を記載していなかった。  御坂美琴に吹き飛ばされ、雪ノ下雪乃、アヌビス神と離れ離れになり、自らの足で戦地に赴いた。  猫の身体ということもあり、かなりの距離を吹き飛ばされたため、到着が一番最後になってしまった。  その際、地獄門の異変を肌で感じてしまったのが、遅くなった一つの要因であろう。  全く……最期の最期まで。  本件に戻る。  戦地に辿り着いた時、二つの死体が転がっていた。  その姿は見覚えがあり、自分の弱さに腹が立った。  余りにも無力で、合理的で無いと想いながらも、墓を立ててやろうと想ったその矢先だった。  離れた場所に、もう一つの死体を見つけた。  後に聞いた話だが、彼女が優勝者になるらしい。  願いは叶えていないが、彼女に何があったかは知るよしもない。  ただ一つ、分かることがる。  それは彼女が――御坂美琴はコンクリートを抱き、血と涙を流しながら、泥に包まれ、幸せそうな表情を受かべていたことだ。 時系列順で読む Back:[[To Be Continued>>To Be Continued(前編)]] Next:[[扉の向こうへ(Another)]] 投下順で読む Back:[[To Be Continued>>To Be Continued(前編)]] Next:[[扉の向こうへ(Another)]]

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: