OP候補作

天国から地獄 ◆Cg2alnkDHY


気付けば私は天国にいた。

雲を足元に仰ぎ、頭上には抜けるような青空が広がる。
そこは空に浮かぶ庭園だった。
息を吸えば澄んだ空気が肺を満たし、バラの香りが鼻孔をくすぐる。
優雅に花咲き誇るその空間は花屋の娘である私から見ても、文句のつけようのないほど、手入れの行き届いた素晴らしい花園だった。

庭園の中心には舞台の様に一段高い空間が広がり、そこに華やかな意匠の白いテーブルが鎮座していた。
その円卓を囲むように同じく純白の椅子が規則正しく並んでいる。
世界には光が満ちており、天国と言われて多くの人々が想像するような絵にかいたような楽園だった。
そんな場所に。

「諸君には殺し合いをしてもらおうと思う」

余りにも似つかわしくない言葉が響いた。

呆気にとられ、私はすぐには言葉の意味が理解が出来なかった。
いや、言葉の意味のみならず、今自分がこんな所にいると言う状況すらまだ理解できていないのだが。

「おや、いきなりすぎたかね。では少し説明をしておこうか」

そう言って現れたのは貴族のような出で立ちをした長い金髪の男だった。
男はふわりと柔らかな金の髪をかきあげると、透明な通路でもあるのだろうか、何もない空中を悠然とした足取りで歩き始めた。

「私は新たなる世界を創造した」

空中を闊歩する男の口から語られた内容は、余りにも突飛で私の理解をはるかに超えていた。

「その世界の試運転として、君たちに最後の一人になるまで殺し合いをしてもらおうと思ってね。
 なに、私も無償で殺し合えとは言わないさ。
 生き残った勝者のどのような願いでも叶えよう、一つと言わず幾らでもだ。新世界で思うが儘に振る舞う権利を差し上げようではないか」

愉しげに舞台上で謳うように男はそんな事を言った。
その言葉の意味が私には何一つ理解できない。

「世界のゲームバランスは調整しておいたから、安心したまえ。
 ただのアイドルも超能力者も契約者も執行官もスタンド使いもペルソナ使いも帝具使いも魔法少女も錬金術師も人造人間も寄生生物もオンラインアバターも。
 みな平等に殺し合える、少なくともワンサイドゲームになる事はないはずだ。
 細かいルールはこれから説明するが、ここまで何か質問はあるかな?」

そう言って男が私に視線を向ける。
いや、私達に視線を向けた。

何故これまで気づかなかったのか。
この空中庭園を取り囲むように、驚くほど多くの人がいた。
その中から一人、黒髪を後ろに縛った白スーツの男が手を挙げる。

「何かな? ゾルフ・J・キンブリーくん?」
「質問と言うより、お願いなのですが」

言って、キンブリーと呼ばれた男がカツンと足音を立てて中央へと踏み込み、男へと近づいていく。
その広げた手の平に何か模様のような刻印が見えた。

「殺し合えと命じるのなら。まず貴方が死になさい」

キンブリーが両手を合わせ、パチリと赤い紫電が弾けた。
瞬間。爆音と共に演説をしていた男の頭が爆竹でも仕込まれた西瓜の様にはじけ飛んだ。
ドチャリという重い水音と共に、頭部のない死体が倒れ、真っ白な庭園に葡萄酒でもぶちまけたかのような赤が広がる。

「うっ」

思わず口元を押さえる。
人の死ぬ瞬間を初めて目の当たりにした。
頭部を失いビクビクと痙攣する死体。こちらまで漂うむせ返るような血の匂い。
余りにも生々しい死。
それどれもこれもがこれは幻覚などではなく、現実なのだと知らせていた。

「やれやれ、乱暴な男だ。もっとも、そうでなくては困るのだが」

だが、殺したはずの男の横で、殺されたはずの男が中央のテーブルセットに椅子に腰かけ優雅に紅茶を啜っていた。
まさかと思い先ほどまでそこにあった死体を見れば、そこには何もなかった。
完全に死体は消滅しており、血の跡と言った痕跡一つない。
まるで夢でも見ているような気分だった。

「貴方、ホムンクルスか何かですか?」
「ホムンクルス。まさか、そんなものと同じとは考えないでくれたまえ」
「なら何なのです? まさか神様とでも言うつもりではないでしょうね?」

白スーツの言葉を嘲るように貴族風の男がフッと笑う。
そして飲んでいた紅茶をティーカップに置き立ち上がった。

「神様などと、何ともチープな表現だな。私の事は『調律者』とでも呼んでもらえるかな?」

瞬きした瞬間に、調律者は瞬間移動でもしたように別の場所に移動していた。
今度は何故か文学書を開き、ティータイムの後の読書を楽しんでいるようだ。
まるで意味が分からない。

「さて、改めてルールを説明させてもらおうか。
 君たちはこれから私の創った世界で最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう」
「我々に殺し合わせておいて、あなたはここで高みの見物ですか?」

またしても噛みついたのはキンブリ―だ。
説明の途中で茶々を入れられたにもかかわらず気を悪くするでもなく、むしろ楽しげに調律者は笑う。

「いやいや。無論、私も参加する。調律者として世界を調律しなければならないからね。
 ああ、心配しなくてもいい。最後に生き残る一人と言うのは、私を含まない一人という事だ」
「ふむ。自らも死地に赴くという事ですか。それならばいいでしょう」

白スーツは何か納得したように頷くと、元いた場所まで戻ると腕を組み両目を瞑った。
意外と思えるほどあっさりと引き下がり、これ以上何かを言うつもりはないようだ。

「殺し合いの進行具合は6時間に一度、定時報告として皆に伝える。聞き逃さないように注意してくれたまえ。
 地図や武器といった最低限必要な道具は各自に支給する。
 そしてその地図に記された区画の外に出るのは禁止だ。加えて放送ごとに指定される区画に侵入するのも禁止する」
「ルールを侵したらどうなるんだい?」

問うたのは、金色の眼をした銀髪の男だった。
恐ろしいほど整った美しい顔をしているのに、見ていると何故が不安が湧き上がる。
そんな不思議な男だった。

「当然ペナルティが与えられる」
「そのペナルティとは?」
「殺し合いのペナルティなのだから、与えられるのは『死』だよ。
 それを齎すために、君たちには首輪を掛けさせてもらった」

首輪を付けた。
その言葉にハッとして、私は自らの首を確認する。
だが、そこには――――何もなかった。

「首輪と言ってもそのままの意味じゃないさ。ごてごてとしたモノはあまり見栄えが良くないのでね。
 要するにルール違反を犯したモノを殺害するシステムの事さ。
 首を吹き飛ばされた程度では死なないだとか、殺されたところでどうという事はないという参加者もいるだろうが。
 そう言った事に関係なく、この首輪は確実に君たちを殺す、そう言う力だと理解してもらいたい。
 それでも納得できないというモノがいるのなら名乗り出るといい、お望みとあらば試しにひとつ爆破して差し上げよう」

その声に誰も何も動かなかった。
下手に動かず様子を見ているものも多いのかもしれないが。
名乗りを上げる以前に、私の様に状況についていけないモノが大半だろう。

「こんな悪趣味な催しを開いて、今度は何を企んでるの――――エンブリヲ!」

声を荒げたのはバラのような気高さと、野菊のような逞しさを併せ持った美しい女性だった。
憎い仇の様に目の前の男、エンブリヲを紅蓮に輝く瞳で睨み付ける。

アンジュ!」

エンブリヲの声色が跳ねるように変わった。
何か喜ばしいものと出会ったように破顔し、歓迎する様に両手御広げてる。

「何を企んでいるか、などと、君ならばわざわざ問うまでもないだろう? 理想の世界の創造だよ」
「貴方にとって都合のいい世界でしょう?」

視線を交錯させ睨み合う二人。
いや、正確には睨んでいるのはアンジュと呼ばれた女の方だけで、エンブリヲは愉しげに口元を歪めているのだが。

「ふふっ。ここで君と話をしていたい気持ちも山々なのだが、続きは次の世界でしよう。
 私としては、ぜひ君が生き残り、私の花嫁たる存在であると証明してくれることを期待しているよ」

そう言うとエンブリヲは名残惜しげにアンジュから視線を切ると、ぐるりと周囲の人々を見まわした。

「では、これより君たちを新しい世界へとお送りする。存分に己が力を証明するといい」

それが最後。
瞬きをした一瞬の間に私、渋谷凜を取り囲む世界は一変していた。
天国のような世界から地獄のような世界へと。

『主催兼参加者』
【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
最終更新:2015年05月24日 13:21