没作品

どうかこの手を握りしめて ◆uymGKVHlXU


「おい、マスタング。敵が来るぞ」

始まりはウェイブの呟いた言葉からだった。

「コロが威嚇している。それも歯をギシギシ鳴らしてな。早めに気づけてよかったぜ」
「……撒ききれなかったか」
「そうだ。このままだと、数分で追いつかれるな」

ふらりと立ち上がるマスタングの表情は優れていない。
幽鬼のような振る舞いで茫洋とした状態の彼を見て、ウェイブは考える。
このままでは自分達は全滅してしまう。先程は戦闘時の高揚感が上手く作用していたが、今は全く作用していない。
マスタングは落ち着き、自己の成した業を再確認したのかその表情には翳りが見られる。
有り体に言ってしまえば、マスタングは腑抜けていた。
そして、恐れているのだ。自らの操る焔が再び仲間を燃やしてしまうことを。
無理に蓋を閉じようとも、罪の怨嗟はマスタングの心を縛り付け、身体を鈍くさせる。
立て続けに過ちを起こしたならば、尚更のことだ。すぐさま切り替えろと言う方が無理難題である。
せめて後少し。彼が胸中で消化するだけの時間があれば、話は別であるというのに。

(クソッ、どうする!? 迎え撃つって言っても、こんな状態じゃ戦いにならねぇ……っ!
 ただ、蹂躙されて奪われるだけだ! どうしろって言うんだよ!)

だが、その後悔はウェイブにとっては好感が持てるものだった。
何の罪もない女の子を焼いて、すぐさま切り替えられるとするならば、それこそ信用出来ない。
マスタングは自分の犯した間違いをしっかりと受け止めている。
ただ、そこから立ち直るまでの時間が足りなさ過ぎた。
こうも立て続けに襲われるとは想定していなかったのか、この場にいる誰も彼もが浮き足立っている。
現に穂乃果と花陽は恐怖に顔を青ざめて今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

(冷静になれ。ここで俺まで慌ててたらそれこそ全滅だ。間違いはもう犯せない。
 俺達は絶体絶命で、追い詰められている。戦意も薄くて為す術もなく殺されることだけは……避けるんだ)

唯一、顔を引き締めて戦闘の態勢を整えているのは黒子だけだ。
彼女と一緒に戦って食い止めるか。
却下だ、今のマスタング達を放置することの方がよっぽどだ。
敵は一人じゃない。ウェイブ達が食い止めている間、また別の敵が現れたら今度は誰が彼らを護るというのか。
常に多方面からの攻撃を気にかけろ。決して安心に身を委ねてはならない。

「――――仕方ねぇか」

考えてみれば、最初から選択肢は一つしかなかった。
この中で足止め役は誰が一番適任か。
『誰が切り捨てられて一番心が痛まないか』、それはきっと――自分だ。
少女達を切り捨てるのは論外だし、マスタングには罪を見つめ直した上で生き切ってもらわなければならない。
必然、残るのはウェイブだけだ。
簡単すぎる問題だ、冷静な人間なら誰でもすんなりと答えられる。

「黒子、こいつらを遠くへ逃してくれ。何かあったら、今度はマスタングとお前で押し退けろ」
「……私は仲間外れですのね。信頼されていませんの?」
「そうでもないさ。信頼してるからこそ、頼んでいるんだ」

ウェイブが一人此処に残って敵を足止めする。
その間に黒子達は出来る限り遠くへと逃げ延びる。
それ以外、最適な解答は思い浮かばなかった。

「けれど、貴方はどうするのです? 死んでも護る、そんなエゴイズムは赦しませんわよ」
「大丈夫だ。逃げるアテはある。黒子の方こそ信じてくれよな、俺を」
「出会ってすぐの人を信じれる程、私はお人好しじゃないのですが」
「でも、理には適っている。つーか、お前が言ったんだろうが、信じろって。
 少なくとも、こういう何でもありな殺し合いはお前よりは慣れてるつもりだぜ?」

必ず追いつく。そんな可能性の低い約束はできない。
幾らウェイブが強くても限界というものはあるし、時間を稼がなくてはならない以上、例え不利でも戦い続けなければならなかった。
絶対は絶対にありえない。戦う以上は死ぬことも覚悟している。

「ウェイブ……私も戦う。お前一人に任せる訳には」
「無茶はするもんじゃねぇよ。大人しく、黒子と一緒に穂乃果達を護っていろって。
 つーかさ、今のアンタはコンディションも最悪なんだ。俺の方がここは適任だろ」
「……ッ」

現状、この中で一番信頼が薄いのはマスタングだ。
そんな自分に対して、大事な役割である足止めを任せるなど、誰もが認めないだろう。
加えて、本来のコンディションではないマスタングが戦うよりも気力体力共に余裕があるウェイブが戦う方がまだ全員が生き延びる可能性を否定できなった。

「ここは大人しく俺を頼ってくれよ。仲間だろ、俺達はさ。
 立ち直ってくれさえすれば、アンタは俺よりずっと強いんだ。それまで、俺が前線に立っているからさ。
 そんで、この借りはいつか俺が困った時に倍にして返してくれたらそれでチャラだ。
 どうだ、いい考えだろ? それに、敵はまだ潜んでいるかもしれねぇんだ。そん時こそ、アンタの強さを見せてくれよな」

本来は自分が一番前に立たなければならないのに。
それをできない自分が、腹立たしくも納得していることに強く歯を食いしばる。
今の自分が何を言っても、それはうまく受け流されると目に見えていた。
ならば、これ以上言うべき言葉はない。
彼の信頼に応えるべく、今の自分にできることをマスタングも行う他ない。

「ということで、決まりだな」
「やだ!!!! やだよ、やだっ!!!!」

最後にもう一人。説得しなければならない人物がいた。
ウェイブの視線の先では穂乃果が今にも泣きそうな顔をして首を横に振り続けている。

「やだ、やだよ! ウェイブさんやめてよ、皆で、皆で戦えば……っ!」
「この状態で戦っても、足を引っ張り合うだけだ。それに、今度はさっきみたいな失敗はもうしたくねぇ。
 もしも穂乃果が戦うとしてさ。敵を迷うこと無く、殺せるか?」
「そんなのできる訳……!」
「そうですわ! 話せばきっと言葉は通じます!」
「通じる訳ねぇだろうが。お前らはキンブリーを見て仲良くできるとでも思ったか? エンヴィーのことを心の底から許せると断言できるか?
 少なくとも、俺は絶対に許さないし認めない。殺すだけじゃ飽き足らず、あいつらは俺の仲間を侮辱した。殺す理由はそれだけで十分だ」

ウェイブにとって、彼らは駆逐するべき害虫であり到底仲良くできるものとは思っていない。
人を殺してはいけない。そんな倫理観など生きていく上で棄てなければならなかったし、そうでもしないと生きてはいけない世界だ。
セリューやクロメ程割り切れてはいないが、彼もまた正義を成す為に人を殺すことを許容しているイェーガーズだ。
平穏な日常を過ごしてきた穂乃果や花陽、黒子とは埋まらない溝がある。
彼女達の世界では殺人はタブーとされているが、ウェイブやマスタングの生きる世界は違うのだ。

「マスタングはやり過ぎではあったけど、あいつらを狩るって意見には同意だ。野放しにしておくには危険過ぎる。
 殺せる内に殺しておいた方がいい。こっちに向かってくる敵が誰であっても、俺達に害意を向けるなら――狩るぜ」

今更の話だった。
この両手は誰かを護る為に血で濡れている。
止まることは許されないし、そのつもりもない。
その報いがいつか自分へと向けられるのなら、受け入れる覚悟もある。

「でも、私……ウェイブさんがいなくなったら誰を信じたら……っ」
「アホか。お前の周りには仲間がいるだろうが。俺なんかよかよっぽど頭もいいし思いやりもある奴等がよ」

そんな自分と比べて、彼女はまだ戻れる。
人を殺めず、誰かを悪意で陥れることなく元の日常へと帰れる可能性が残っているのだから。

「だからさ。穂乃果。お前にはそういう血生臭いのは似合わねぇよ。道中、話してくれただろ? アイドルのこと。
 人に笑顔を届けるスクールアイドル……すげぇじゃんか。
 穂乃果には俺達なんかが入り込めねぇ場所が……戦うべき場所があるんだ。無理してこっち側に入ってくることはねぇ」

高坂穂乃果とウェイブは近いようでいて、その実――誰よりも遠い。
武器を手に取り戦う青年とマイクを手に取り歌う少女。
手を取ることがあっても、横に並ぶことはない。
これ以上の言葉は不要だった。

「コロ、穂乃果を頼む。ちゃんと言うことを聞くんだぞ?」

きゅいきゅいと鳴くコロを穂乃果に押し付け、ウェイブはその場に一人佇んだ。
もうこれ以上言葉を交わす必要はない。
後は、自分に与えられた役割をこなすだけ。
この戦線を維持し、できれば自分も生き延びる。

「……大丈夫だ、死ぬつもりはない」

その言葉は本心からくるものだった。
ウェイブとて死にたくて戦っている訳ではない。
生きる算段はしっかりとつけ、準備も万全だ。
いざという時に使う切り札も残しているし、周りを気にせずに戦えるのは好都合だ。
徹頭徹尾、相手を殺すことだけを念頭に置くことができる。
背後に聞こえる足音がなくなったことを確認し、ウェイブはようやく安心して一息つく。
これで、心置きなく――修羅の顔になれる。
先程まで被っていた気さくな青年の表情は既に剥がれ落ちている。
今此処にいるのは悪を駆逐する特殊警察、イェーガーズのウェイブだ。

「よう、馬鹿正直に来てくれるなんて大した自信だな」
「一人で立ち向かうか。無謀だな」

数分後。ウェイブの前に現れたのは一人の男だった。
筋骨隆々な体つきは視るものを圧倒させる。
男――後藤は表情を変えず、一歩ずつウェイブへと詰め寄っていく。

「無謀で結構。ともかく、ここから先には行かせねーよ。お前はここで足止めだ」
「邪魔をするか。その行動が成す意味をわかっていながら其処に立っているのなら、俺は好ましいと感じる」
「うっせぇ。お前に好かれても全然嬉しくなんかねぇよ」

大勢いた仲間も今はいない。
ウェイブは一人、腰に提げた剣を前方に掲げ、後藤と相対している。
彼の揺らぎのない双眸は何を映しているのか。
これだけでも威圧されるというのに、翳された右腕は刃物となって臨戦態勢は万全だ。

「それにしても一人、か。仲間を引き連れて来ないのか?」
「獲物が大量にいなくて不満かよ? 欲張りは良くないぜ」

イェーガーズとしての意地もある、護ると誓った少女もいる。討ち倒すと決めた悪もいる。
それらを成すには、一人で戦うことが一番適している。
つまる所、ウェイブにはそれだけの自負があったし、成してきた技量も万全だ。

(あいつらが離れたと確信できる時間を稼ぐまでは踏ん張ってなきゃいけねぇ)

分が悪いとは思っていないが、優勢だとも過信していない。
戦う上では欠かせない戦闘論理を胸に、ウェイブは此処に立っている。
負けられない。此処で自分が負けたら次は背後にいる彼女達が標的となるのだ。
今の彼らが相手に取るには、後藤は危険過ぎる。

(グランシャリオもなしに無茶するなんてよ、できればしたくなかったんだがな)

だから、彼らの中では一番十全な状態である自分が後藤を食い止める。
無様に負けて屍を晒すつもりもないし、手心を加えるなんて余裕もない。
全力で戦い、勝って彼らに追いつくのだ。

「それとも、俺みたいな雑魚相手に戦うことなんざ嫌だって言いたいのか」
「いいや」

戦闘前の準備運動だと言わんばかりに、後藤が軽く右腕を振るい、伸びた右腕がウェイブへと迫る。
風を捻切りながら放たれた首元狙いの一撃に対して、腰に括りつけたエリュシデータを抜き撃つ。
黒の刀身が横に薙ぎ払われ、金属音が辺りへと鳴動する。

「お前はできる人間らしい」
「そうかよ。褒め言葉だっていうのに全く嬉しくねぇ」

そのまま返す形で斬り抉ろうとする触手の刃を再びエリュシデータで斬り払う。
戯れだ。ウェイブから見て、後藤は全く本気を出していない。
まるで小動物と遊ぶ幼子のように、彼は見極めようとしている。
自分が戦うに値する獲物かどうかを。

「あぁ、全く……貧乏くじ引いちまったな。こういう役割ばっかだ、俺」

――そんなの、知ったことかよ。

刹那、右腕による剣風が吹き荒れた。
縦横無尽に動く刃をウェイブは丁寧に捌いていく。
そして、捌き切った後は脚部に蓄えた加速を破裂させ、後藤へと肉薄する。
道中、振り払われた後藤の右腕はエリュシデータで無理矢理外側へとずらす。
次いで、腹部目掛けて蹴撃を打ち込んだのに、後藤は全く堪えた様子がない。
それどころが蹴りあげたこちらの足が痛いぐらいだ。

「化物かよ」

薙ぐ、払う、突く。たったそれだけの動作がこの後藤を相手に取ると至難の業にさえ思えてしまう。
ウェイブが相手にしているのは本当に人間なのか。
改めて、規格外な存在であると気を引き締め、距離を取る。

「ああ、畜生。規格外過ぎるだろうが」
「もう終わりか?」
「……お前を狩ることで、終わらせてやるよ」
「そうか。ならば、命を尽くして来い。そうすることで、俺に届くかも知れないぞ」
「そこまで言うなら遠慮無く!」

この敵をこれ以上進ませてなるものか。
そう意気込み、ウェイブは再び化物へと足を踏み出した。
踏み込んだ足が土を削り、加速が全身を伝うのが感じ取れる。
金属音を表す高く澄んだ空気振動はまずは一つ。
後藤の右腕を袈裟に振るい、弾き返す。
疾走。刃が返ってくる前に、一足一刀の間合いを詰める。

「誰が右腕だけだと言った?」

当然、様々な危険種と海で戦ってきた経験からこの展開も予想はしていた。
後藤に残った左腕も右腕と同じように伸縮し、刃へと変わっていく。
完全に変質した刃はウェイブへと一直線に進むが、ウェイブは繰り出された刺突を身体を捻りながらも辛うじて躱す。
軽く掠った気もするが、大した傷ではない。今は、ただ後藤へと近づくことだけを念頭に置いておく。
左腕の攻撃範囲の更に内側に辿り着いたウェイブは体を滑り込ませる。
肘を回転させながら相手の顎へと叩き込み、流れるように蹴撃へと繋げていく。

「いい攻撃だが、痛くないな」

地を叩き、空を裂き、敵の腕を払い、足を打つ。
自分を鼓舞するべく、声を張り上げながら放つウェイブの連撃は後藤へと吸い込まれる。
だが、その効果は著しくない。
言葉でこそ賞賛しているが、その表情に翳りは見られなかった。

「……ッ! 脚も変化できるのかよッ! 本当に化物だな、お前!」
「それは褒めているのか?」
「貶してるんだよ、クソ野郎!!!」

脚部による斬撃を何とか避けながらも、ウェイブの頭の中では絶望が充満しきっていた。
勝てない。まるで超級危険種を相手にしているようだ。
どれだけダメージを与えても、それを気にも留めない敵をどうやって追い詰めればいいのか。

「こちとら、早くお前をぶっ倒して、あいつらに追いつかなきゃならねぇんだ」

もっとも、諦める選択肢など最初から存在しない。
彼の所属するイェーガーズに窮地で諦める半端者など誰一人としていなかった。
信じる正義が、死した仲間達が、そして――託された言葉が。
ウェイブの想いを昇華させ、身体を動かす力となる。

「譲れねぇもん、背負ってるんだよ!」

全力で振り上げたエリュシデータが後藤の顎を打ち上げる。
続く振り下ろしで右腕を斬り飛ばし、攻撃の手を緩めない。
緩めてなるものか、倒れてなるものか。
脚部目掛けて横薙ぎに振るい、乱れ突く。後藤の身体が抉られ、飛び散っていく。

「イギーとクロメの分まで、俺が――悪を狩るっ! このまま、倒れろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

左腕は斬り上げと斬り下ろしで貫き、最後には腹部目掛けて全力の刺突を撃ち込んだ。
エリュシデータとウェイブの力が合わさった最高の一撃だった。
さすがの後藤もこれを受けて後方へと吹き飛び、地面を転がっていく。
土煙が舞う程の乱舞は後藤に対して、決して無視できないダメージを与えただろう。

「……倒れてくれよ、頼むからさ」

正直、これで全くダメージが通らないとなるとそれこそ、ジリ貧だ。
言葉とは裏腹にウェイブはこれで終わったとは全く思っていない。
あの化物はまた立ち上がる。更なる闘争を自分に求めるべく追い縋るはず。
今にも安堵しそうな身体を必死に抑えつけ、油断なく砂煙が収まった大地を見据える。

「今のは効いた」
「……マジ、かよ」

やはり、後藤は死んでいなかった。
何処か愉悦を感じているかのその表情は見ているだけで恐ろしい。
口元についた血は吐き出されたものだろうか、自分の一撃が通っていたことが伺える。
故に、彼はウェイブの一撃を受けて尚立ち上がれる耐久力の持ち主だと言えた。
迷っている余裕なんてなかった。ウェイブは後藤の触手が迸る前に脚を動かそうとするが――。

「こういう時は……ここからが本当の戦いとでも言えばいいのか?」

斬り飛ばした四肢は後藤へと収束し、元通りになっていた。
それだけではない。両腕の刃がいつのまにかに四本へと増えている。
腕の半ばで分断された触手の数は四つ。
今までよりも更に増えた攻撃の手数にウェイブも薄ら笑いを浮かべる他なかった。
躱せない、とは言わない。だが、それは確信を持って言える言葉ではなく自分の命を犠牲にする確率を大幅に引き上げてのことだ。

「首でも掻っ切らなきゃ死なねぇのかよ。生命力が強いっていうのも考えもんだな」

それでも、ウェイブは生き残ることを諦めていなかった。
クロメの分までイェーガーズを貫き通さなければならないし、恩人に恩を返すこともまだできていない。
そもそも、此処に呼ばれていないランに自分達の辿った結末を言わずして、死ねるものか。
眼前の化物を打倒するには、途方も無い道のりを歩まなければならないことに危うく膝を屈しかけたが、もう平気だ。
今も身体は五体満足で、握り締めたエリュシデータは変わらぬ輝きを見せている。
ならば、戦える。

「一つ、聞きたい」
「何だよ。強者の余裕ってやつか? 勘弁してくれよな……」

どんな手を使ってでも時間を稼ぐ。そして、あわよくば倒す。
四の五の言ってる時間はとっくに過ぎ去っているのだ。
この化物と言葉を交わすのも嫌ではあるが、致し方ない。
まだ、時間的に考えても、マスタング達は逃げきれてないはずだ。
もっとこの化物を惹きつけなければ。
捨てるプライドなんてはなっから持っていないし、無駄死なんてまっぴらごめんだ。

「此処に来て、俺は多数の人間に出会った。男女問わず、な」

どうやら犠牲者は自分達以外にも多数いたらしい。
その過程で喪った人達もいるのだろう。
護れなかったことに腹を立てても仕方はないが、やはりやるせない。
全てを護るなんて傲慢で、限られた人しか救えないのが人間なのだから。

「表情一つ変えずに俺を殺そうとする者。か弱き者と思っていたら、その実は俺に果敢に立ち向かう者」

正義を掲げていても、全てを護れる訳ではない。
いつだって理想と現実は剥離し、想定していた結末通りに事は進まない。
ウェイブだってそれぐらいは理解しているし、それを踏まえて尚軍人として戦っている。

「互いを護ろうと協力する者達」

きっと、この地獄の中でもそれは変わらない。
けれど。けれど。
少しでも誰かを救えるチャンスが転がってくるならば。
後藤のような化物に対峙する限りは、ウェイブは“イェーガーズ”で在り続けられる。

「不可解だ。力無き者が群れた所で価値はないのに」
「……力がねぇからこそ群れているんだろうが」

投げかけられた言葉はウェイブにも突き刺さるものだ。
思い返せば、この地に招かれてから数時間。
ウェイブは何も成してはいない。
自分にもっと力があれば。せめて、グランシャリオを持っていれば。
クロメもイギーも雪子も護ることができたかもしれない。

「お前と比べちゃあ、大抵の人間は弱いからな。お前みたいに強けりゃ群れる必要性は感じられねぇか?」
「俺の存在意義は闘争だ。それ以外は不純物であり、廃棄すべきものとして認識している。
 お前とて、足手まといさえいなければ、俺から逃げ切る事はできたはずだ」

恋焦がれる正義は遠い。
クロメが死んでしまった今、生きて帰った所でイェーガーズ元通りにはならない。
後藤のように、冷徹なまでの心を持っていたら、自分はこうも悲しみに浸らなくて済んだというのか。
鈍く軋んだ心は、悲鳴を上げて囁いてくる。

「そうだな。理性的に考えると見捨てちまえばよかったんだ。
 ああ、わかってるっての。俺一人なら確かに逃げ延びる事もできるし、このふざけた殺し合いもそれなりに戦い抜くことも不可能じゃない。
 こうしている間にもセリューだって危ない目に合ってるかもしれねぇんだ。隊長だって…………たぶん大丈夫だとは思うけど、やっぱ心配だ」

諦めてしまえ、と。その声に対して、ウェイブはすぐに答えることが出来なかった。
戦況は不利。大人しく逃げ出せば、命は助かるが、その代わりに今も逃走を続けている仲間達に危険が迫る。

「確かに。人はお前に何もできねぇかもしれない。お前からすると群れる必要性なんてないだろうな。
 だけど、俺は人間だ、誰かと寄り添ってなけりゃあ生きれねぇ弱い奴だ。
 仲間を見捨てるなんて選択は絶対に選ばねぇ。理性的じゃねぇって我ながら思うけどな。
 けれど、それでいいんだ。弱けりゃあ助け合うのが人間なんだからよ」

けれど、同時に。
諦めるな、と。
囁いてもくるのだ。

「一人でダメなら二人、二人でダメなら三人。そうやって生きていりゃあ、明るい未来がやってくるかもしれねぇだろ?
 だから、俺は仲間を護るんだよ。今は使いもんにならなくても、いつかは立ち直って前を向く時が来るって信じてるんだ。
 俺が困った時、今度は俺が助けてもらうっていう打算もあるんだけどな」

ニカリと快活に笑い、ウェイブは剣を突きつける。
それは宣戦布告であり再確認だ。
ウェイブは青い理想で胸を一杯にしつつ、踏み出す前途の不確かさに怯える若造だけど。
自分が成したいことを選び取れる――人間だ。

「来いよ、化物。その足りねえ頭に、俺が人間の強さを証明してやる」
「化物ではない、俺の名前は後藤だ」

振り向かないと、誓った。
死んでいった彼女達の分まで、クソッタレな悪を倒して生き抜くことを。

「そこまで言うならば、死力を尽くせ。俺に食らいついてみろ。その言葉を本物にできるなら、だがな」
「ハッ、上等だ。お前の方こそ俺に食らいついてみな――ッ!」

だから、ここは奮起する所だ。
憤怒の情を燃料に、ウェイブの身体は最高潮に達している。
違えることのない想いを化物にぶつけ、踏み越えるという証明を、今此処で刻む。
絶対に、後藤には負けられない。







「私、ウェイブさんの所に助けに行きます」

その言葉は穂乃果の口から自然と溢れ出た。
隣を走っていた花陽が目尻を悲しそうに細め、黒子は苦悶の顔つきで足を止めた。

「その言葉が成す意味をわかってますの?」
「わかっているよ、黒子ちゃん。私はわかっていて言ってるの」

黒子は逃げろと言ったウェイブの言葉を反故にする穂乃果の行動を見過ごせない。
元来の正義感もあるが、黒子の冷静な頭は彼女が行った所で何もできないことを導き出している。
戦えない少女が戦場に踏み込んで、何ができるのか。
そんな簡単なこともわからない程、彼女は愚鈍ではないはずだ。

「やっぱり……私、マスタングさんのこと信用出来ない。
 焔を操って人を甚振って、雪子ちゃんを殺して。ワンちゃんもいつの間にかにいなくなってるし……!
 もしかして、ワンちゃんのことも、マスタングさんが!」
「違うよ! マスタングさんはそんなことをする人じゃあ!」
「もうそうやって庇うのもうんざりなのっ! マスタングさんを庇う黒子ちゃんも花陽ちゃんも、私は信じられないっ!!!」

穂乃果とマスタング達の間には同しようもない確執がある。
元々、エンヴィーによって植え付けられた疑心は完全に解消された訳でもなく、依然として彼女の中の『ロイ・マスタング』は危険人物のままだ。
数分行動を共にしただけで彼女の中にあった靄は消えるはずもなく、ただ燻っていただけだった。

「変わらないよ。ここにいたって、私は全く安心できない。……どこにいたって同じなら、私は一番信用できる人の所に行く。
 ここにいるよりも、ずっと、ずっとマシな所に!」

止めなければ。黒子は能力で穂乃果を制圧しようと演算を開始するが、どうも定まらない。
ここで止めてどうする。
穂乃果の言葉を聞き、湧き上がった疑問は能力の行使を阻害する。
現状、黒子達は彼女から何の信頼も得れていない。
殺し合いに巻き込まれる前からの知り合いだった花陽でさえ、穂乃果からすると拒絶の対象だというのに。
やはり、彼女にとってロイ・マスタングはそこまで猜疑が強まった存在だというのか。

(ここで彼女を止めて、どうするんですの? 疑惑はますます深まって、もう修復できないくらいになってしまうのでは?)

彼女を止めることが正解だとはわかっている。けれど、正解が最良を運ぶとは限らない。
取り返しの付かない結末になる可能性だってある。
白井黒子は聡い少女だ。聡いが故に、起こってしまうかもしれない最悪を考えてしまう。
その躊躇が行動を遅らせる。

「コロッ! お願い、私をウェイブさんの所に!」
「しまっ……!」

能力の行使よりも先に、コロの巨大化が完了してしまった。
そして、穂乃果の横にいた小動物が一瞬にて大きくなり、彼女を乗せ疾走しようと咆哮を上げる。

「ホノカッ!」
「来ないで……人殺し!!」

切迫し、手を差し伸べるマスタングの顔も穂乃果にとっては何の意味もなさない。
人を燃やす悪魔の手。阻むもの全てを灰燼に帰すその右手は、穂乃果の手を取るには至らなかった。
安心を促すマスタングの声も彼女には全く届かない。
そのままの勢いでコロは反転し、瞬く間にマスタング達から離れていく。

「不味いですわ、追いかけなければ!」
「……追いかけて、どうするっ! 今の私達が追いかけたとて彼女は聞く耳を持たんぞ!」
「見捨てるんですの!? それこそ、彼女の言葉通り人殺しに……っ!」
「ハナヨを置いて行ける訳が無いだろう! あの速度を今から追いかけても追いつかん!!!
 闇雲に逃げてきた私達は、ウェイブとホノカが何処にいるのか正確にわからないんだぞ!?」

正しいことはわかっていたはずなのに。
どうして、こうもうまくいかないのだろう。
三者三様ではあるが、訪れた崩壊に誰もが心を乱している。

「…………今のハナヨを放置できん。それに、別の敵が今襲ってきたら、私達は一網打尽に殺される」
「私、わた、し……」

冷静に考えた結果が、高坂穂乃果を見捨てることに繋がるのはマスタングだってわかる。
ここで彼女を助けに行って好転するとは全く思えない。
軍人としての自分は見捨てろと判断を下している。

「私だって、助けられるものなら助けたい」

ロイ・マスタングとしての自分は何を置き去りにしても助けに行かなければと囁いているのに。
護ると誓った少女の死、仲間を誤って焼殺させた事実。
幾つにも重なった重りが、彼の動きを阻害している。
こんな様では誰も救えないとわかっていながらも、マスタングは動けなかった。







「は、はは……キッツイな……」

戦闘が始まってどれだけの時間が経ったのだろうか。
もはや最初に見せていた余裕はなく、頬には汗と血が滴り落ちている。
肩で息をしながらも、ウェイブは後藤の触手による連撃を躱し続けていた。
それは確かな技量とスタミナがなければ出来ない行為であり、これだけでも賞賛に値するだろう。

「そんだけ動いて、汗もかかねぇとか、ありえねぇっての」

しかし、戦況の天秤は圧倒的に後藤へと傾いていた。
傍から見れば互角の戦いではあったが、スタミナによる差が開くにつれて徐々にウェイブの防戦一方となってしまった。
近づいて斬ろうが突こうか、後藤の身体は何度でも再生をする。
ダメージを与えてもか、動きが全く鈍くならないのだ。
ウェイブには後藤を殺す決め手がない。
彼を一撃で葬れる武器がないことが、ここに来て仇となっている。

「お前もよく粘る。剣一つでここまで食らいつくとは思ってもいなかった」
「そりゃあ、鍛えているからな。お前みたいな化物をぶっ殺す為に、な」

火力不足とスタミナの差。
たった二つの要素がここまで戦いを歴然とさせるのか。
マスタングのような超火力があればともかく、現状のウェイブでは後藤を殺すことは不可能だ。
やはり、マスタングに任せるべきだったのか。
だが、今のマスタングに戦ってくれと懇願するのはあまりにも無謀に過ぎた。
不安定な精神状態で焔を操れるのか。
仲間を誤殺した重みを理解しながらも躊躇なく相手を焼き殺せるのか。
そもそも、出会って少しといった共闘の短さもあって、ウェイブはマスタングのことを何も知らないのだ。

「仲間の為に捨て石になる覚悟か。やはり、俺には理解できんな」
「言ったろ、理解なんて求めちゃいねぇって。それとも、理解したいとでも思ったか? そいつは傑作だな」
「そこまで信頼できる仲間なのか?」

ただ一つわかるのは、誤って殺したことから逃げなかった。
もっとも、ウェイブが仲間達を任せる理由など、それだけで十分である。
人を殺す重みを理解した彼ならば、重要な戦力となってくれるはずだ。

「当たり前だ! 出会ってから全然時間も経ってねぇけど、俺にとっては大切な仲間なんだよ!!!!」

絶対に護る。マスタングの苦悩が、黒子の正義感が、花陽の憂いが、穂乃果の直向きさがこんな化物の食い物にされていいはずがない。
彼らの行く末を少しでも明るくする為にも、ウェイブには退けない理由がある。

「だから、俺は――此処にいる。という訳だ、もう少し付き合ってもらうぜ」
「どうやら、目は死んでいないらしい。これなら、まだ楽しめそうだ」

しかし、冷静な考えから顧みると、既に勝敗は決している。
自分が後藤を打倒する確率は限りなく零に近い。
そんな状況で戦うのは犬死であるし、何より命を粗末に扱うことはウェイブ自身嫌悪感を覚える。

(潮時、か。これ以上戦っていても勝ち目はない。時間もきっちり稼いだし、後は逃げるだけなんだが)

ウェイブとしては倒すべきである悪を放置するのは遺憾ではあるが、自分が死んでしまっては元も子もない。
無闇に命を散らすのは彼自身望むことではないし、勝機がないなら撤退すべきだ。

「……なのに、なんで俺はまだ戦っているんだろうな」

一秒でも長く、後藤を此処に食い止めておきたい。
けれど、もう逃走にかからなければ自分の命が危うい。
意地を張り続けるにはそろそろ限界が近づいている。
脚は鉛のように重く、がくがくと震えているし、剣を握る腕は今にも垂れ下がりそうだ。
チャンスはあまり残されていない。
動くなら、今だ。

(あいつらも無事だといいんだが……!?)

ウェイブは逃走するべく切り札に備えていた奥の手を取り出そうとした瞬間。
予想にしていなかった光景が目に飛び込んできた。

「コロっ! あの人をやっつけて!!」

何故、彼女が此処にいる。
コロに乗って、高坂穂乃果が目尻に涙を浮かべながら、真っ直ぐとした視線を後藤へとぶつけている。
この時、ウェイブは自分が何を叫んだのか覚えていない。
来るな、だったのか。それとも、逃げろ、だったか。
コロから下りてこちらへと駆け寄ってくる穂乃果の姿に、ウェイブはどんな情を思い浮かべたのだろうか。

「……新手か」

巨大化したコロが後藤を殴りつける。
後藤は突然の奇襲に全く予想していなかったのか、きょとんとした表情をしながら吹き飛ばされていく。

「ウェイブさん、大丈夫ですか!」

後藤を退けたことで安心したのか、穂乃果は顔を綻ばせてへたり込む。
慣れないことに心の堤防が壊れたのだろう、表情には安堵の感情が浮かんでいる。
そして、吹き飛ばされながらも振り切られた後藤の右腕に気づかずに、彼女は緩みきっていた。

(……待て、よ)

これ以上、仲間を失えというのか。
目の前で死んでいく仲間をただ見ていることしか出来ないというのか。
ふざけるな。喉元までせり上がった血反吐を吐き出し、ウェイブは走り出す。
体力はとっくに底をつきている。自分一人で逃げればこの窮地は確実に乗り切れる。
先程と同じく、諦めてしまえと囁き声が聞こえてくる。
その囁き声に対して、今度は即座に応えることが出来た。

「諦める、訳、ねぇだろうが!!!!!!!!」

諦めない、絶対に。
疾走する、直走る。
絶望を吐き捨てて、希望を掴み取る。
心に灯った焔を燃やし、穂乃果の元へと舞い戻る。
疲弊した身体とは思えないスピードでウェイブの身体は風の如く大地を駆け抜けた。

「汚い手でっ、俺の仲間に触るんじゃねぇよ!!!!!」

そして、穂乃果へと伸びた後藤の右腕をギリギリの所でエリュシデータで叩き落としながら、ウェイブは吠えた。
後藤も追いつくとは思っていなかったのか、目を見開いて呆然としている。
これが人間だ。想いを貫く為ならば、限界以上の力だって出せるのだ。

「……今は退く。けれど、次は必ずお前を狩る」

コロを即座に呼び寄せ、ウェイブはポケットから取り出した円の形をした物体を取り出し、大声で叫ぶ。

「俺達を飛ばせ、シャンバラ!!!!」

瞬間、ウェイブ達の足元に太極図が照らし出され、彼らの姿を隠していく。
後藤が態勢を立て直し、駆けつけた時には既に遅く、彼らのいた痕跡は何も残されていなかった。
獲物を取り逃したことに、苛立ちはある。
だが、次だ。次こそは、ウェイブ達をこの手で殺す。
表情は変わらなかったが、その内心に宿る意志には焔が灯っていた。











消えたウェイブ達は民宿へと姿を移していた。
純和風の建物はウェイブからしてみると未知の領域であり、入ることに些か戸惑いを覚えたが、外にいるよりはマシだ。
恐る恐る入り、その中にあてがわれた一つの和室へと穂乃果を連れて行く。

「何とか、乗り切れたか」

戦闘の疲れがどっと出たのか、部屋に入るなりウェイブはどっかりと腰を下ろす。
暫くは体力の回復を兼ねて、この民宿で足止めだろう。

「穂乃果、無事か? 痛いとことかねぇよな?」
「は、はい……その、さっきのは……」
「ああ。シャンバラっていう帝具の力だ。俺も使うのは初めてだから戸惑ってるんだが、まあ上手くいってよかった」

次元方陣シャンバラ。一定範囲の人間を別の場所へ飛ばす帝具であり、ウェイブが逃走のアテにしていた奥の手だ。
映し出された太極図は民宿へと彼らを跳ばしたのである。
イギーのデイバッグに入っていた所を、万が一の為にくすねておいて本当に助かった。
これがなければ穂乃果共々、後藤に殺されていただろう。
逃走の手段のアテがあったからこそ、ウェイブはギリギリまで戦い抜くことができたのだから。

「さてと、どういうことか説明してくれるか? なんで、俺を助けに来たのか」
「……っ」

逃したはずの仲間が自分を助けに来た。
だが、助けに来たのは穂乃果一人。
マスタング達はどうしたのか。
何故、自分の元へと駆け寄って来たのか。

「あの、私……」
「落ち着いてゆっくり話せ。別に急がなくても、俺は逃げねぇから」

その言葉を皮切りに、穂乃果は意を決したのかつらつらと話し始めた。
マスタング達のことが信頼できず、逃げ出したこと。
信じれるのがウェイブだけで、もしも死んだらと考えてしまい、居ても立ってもいられなくなったこと。
その後も彼女の中に内包していた不信、不満が一気に溢れ出した。
自分でも何を喋っているのかわからないぐらい、穂乃果は溜まっていた言葉を涙混じりでウェイブにぶつけてしまった。

「……それで、最後か?」

きっと、怒られる。
お前のせいで皆に迷惑がかかった。
ウェイブだってここまで自分がどうしようもないと見捨てるかもしれない。
穂乃果の心中は、もう諦観で乾き切っていた。
誰も信じられず、かといって害意を以って殺すこともできない中途半端な自分。
彼にも呆れられてしまう。そう、思っていた。

「まあ、言いたいことは色々とあるけど。とりあえず、さ。助けてくれて――ありがとな」
「……えっ」
「穂乃果がいないと、俺も変な意地を張って、死ぬまで戦うなんてバカなことしてたかもしれない。
 だから、お前が来てくれて……俺は冷静になれた。自分の状況を客観的に見ることができた。
 言っておくと、本心だぜ? お前が来てくれてよかったって本当に思っているんだからな?」

しかし、ウェイブの口から出た言葉は穂乃果に対しての感謝だった。
思わぬ言葉に面食らったのか、穂乃果の表情もきょとんとしている。

「あんまり、気にすんな。俺なら大丈夫だからさ」

最初に言わなきゃいけない言葉は、別にある。
あの時、穂乃果は一歩間違えていたら確実に死んでいた。
彼女のような一般人が死地に立ち入るなど、ウェイブからすると考えただけでも顔の表情が渋くなる。
そして、ここに来たといことはマスタング達と一悶着したのだろう。
もし、その影響で彼らに迷惑がかかったとなれば、穂乃果に対して、もっときつく言うべきなのかもしれない。

「俺がもっと、穂乃果のことを気にかけるべきだったな。
 マスタング達のことがお前をそこまで追い詰めるなんて、思っていなかったんだ。
 俺が大丈夫なんだから穂乃果も大丈夫だって勝手に思い込んでいた。
 気づけなくて……ごめんな。お前が気に病むことじゃないんだ、これは俺が背負うべき問題だからよ」

けれど、涙を流しながら自分に縋る穂乃果の姿を見て、ウェイブは言えなかった。
勇気を出して立ち向かいはしたが、内面は酷く脆い彼女に現実を突きつけられる程、強くなかった。
穂乃果がどれだけ思い詰めていたか、彼はきちんと把握していない。
これは、仲間を注意深くケアできなかった自分の怠慢だ。
もっと穂乃果のことを気にかけていれば、このような事態は起こらなかったのかもしれない。
自分と違い、彼女は争いを知らない一般人でちょっとのことで怯える少女なのだから。

「それに、時間も十分に稼げたし、あいつらも逃げ切っているはずだ。
 今度あいつらと会った時は、お前が何を想ってこんなことをしたのかきちんと言ってやるからよ。
 な? だから、深く思い詰めるなって。そんな泣き腫らさなくても、俺が庇ってやる。だから、安心しろ」

これだから自分はいつまで経っても軍人の癖に甘いと言われるのだろう。
甘やかすことが彼女の為にはならないとわかっていながらも、手を差し伸べてしまう。
彼女の選択が一歩間違えていたら大惨事になっていたかもしれない可能性を、ひた隠す。

「俺がもっとしっかりしていれば、こんな怖い目に合わずに済んだのによ。
 あぁ、畜生。隊長みたいには、上手くいかねぇや。情けねぇったらありゃしねぇ」
「ちがう、ちがうよぉ!」

なおも泣き縋り、小さく震える穂乃果を見て、やはり自分の失態だと再確認した。
何故こんな状態になるまで放っておいたのだ。
マスタング以外にも怯え悩んでいる仲間はいたというのに。
地面に崩れ落ち、額をべっとりとつけ、悔やむように呻き声を上げる。
藻掻き苦しみ、逃げようとするかのように。涙混じりの声がウェイブの耳へと直走る。

「私が、ウェイブさんの言うことをちゃんと聞いていたらよかったの! 悪いのは、私で……っ!
 ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………っ!」
「もう泣くな。穂乃果が後悔してるのはよくわかったから。そういう重っ苦しいのは、俺に押し付けとけって。……仲間、だろ?」

何を信じたらいいのか。何を成せば救われるのか。
穂乃果の中に内包されていた負の感情は、もうどうにもならないぐらいに広がっていた。
憎しみなのか、哀しみなのか、恐怖なのか。
涙で濡れた頬は、少女の迷いを痛いぐらいに表していた。

「それに、謝るのは……やっぱ俺の方だ」

そんな少女に、ウェイブは表情を陰らせて答えを返す。
肩をすくめ、憔悴した面持ちで罪悪感を多分に含んだ言葉を紡いでいく。

「きっと、俺は穂乃果やマスタング達のことを……クロメの代わりだと思っていたんだ。
 護れなかったから、救えなかったから、代わりに救うことで自分を納得させようって。
 そんなことをしても――クロメは戻ってこないのに。俺があいつを救えなかったことは変えられないのに……っ!」

高坂穂乃果に対して、自分は誇れる人間ではないと断ずることができるだろう。
ウェイブが心の底から助けたくて、護りたかった少女はもう何処にもいないのだから。
ボルスが死んだ後、弱々しい身体を精一杯奮い立たせて見せてくれた笑顔を忘れない。
嘘にしないと誓ったのに。彼女が何時の日か笑えるようにと剣を取ったのに。

「だから、俺は穂乃果に誇れる奴じゃねぇんだ。穂乃果が思っている程、尊敬されていい存在じゃ……」
「そんなこと!!! そんな……こと、ないもん!!!」

けれど。こんな自分でも救えたものがあったのなら。
今も泣き止まない少女に突きつけられた肯定の言葉は、ウェイブにとっては紛れも無く救いだった。

「ウェイブさんがクロメさんと私を重ねていても、私にとってはウェイブさんはたった一人助けてくれた人でっ!
 代わりでもいいっ! 私を許してくれて、ありがとなって言ってくれたウェイブさんが少しでも救われるなら、それで!」

自分の右手を迷い無く握る穂乃果に、ウェイブは何ができたのか。
その役目は自分でなくても成せたのではないか。
自分のやったことなんて誰にでもできる。
幾ら考えても、正しいと確信できる選択肢は思いつかなかった。
ただ、ほんの少し。握られた手を握り返す。

「けど、それだけで……」
「たった『それだけ』が……私にとって、すごくっ――嬉しかったんです」

その言葉が胸に詰まっていた重りを幾らか軽くしてくれたことは、確かだった。
握られた手に少しだけ力が込められた。
触れ合っている手からは穂乃果の体温が伝わり、戦いでべっとりとついた汗が二つの掌で絡まっていく。
近くて遠い。そう、証した二人は今は横に並んでいる。
この瞬間だけは――二人は互いをしっかりと認識していた。

「そっか……俺、護れたんだな」

朝焼けが溶けていく空が窓から見えている。
ウェイブの疲弊した身体は穂乃果を押し退けること無くなされるがままとなっていた。
胸に頭を寄せる彼女を払うこともなく、ただ――窓から見える空に視界を移す。

「俺、救えたもの、あったんだな」

未だ屍人形として殺戮を続けているクロメも、同じ空の下で流離っているのだろう。
そのことを考えると、心に怒りと痛みが押し寄せてくる。
未だ吹っ切れた訳でもなく、悲嘆に狂うでもなく。
どちらにも寄り切れない自分はどうしたらよかったのか。
ふと見た右手は血と泥で汚れていて、こんな手じゃあクロメも握ってくれないと微かに思ってしまったことに、嫌悪した。



【D-7/民宿/1日目/早朝】



【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)
[装備]:練習着
[道具]:基本支給品、鏡@現実、幻想御手入りの音楽プレーヤー@とある科学の超電磁砲、魔獣?化ヘカトンケイル@アカメが斬る!
     コーヒー味のチューインガム(1枚)@ジョジョの奇妙な冒険スターダストクルセイダース、イギーのデイパック(不明支給品0~1)
[思考・行動]
基本方針:μ'sのメンバーを探す。
0:ウェイブの後悔を無くしたい。
1:音ノ木坂学院へ向かう。
2:ウェイブと一緒に行動する。
3:ワンちゃんはマスタングが殺した?
4: マスタング、黒子、花陽に対して不信
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※イギーを「ただの犬」だと思っていましたが認識が変わってきています。
※イギーの名前を知らず、「ワンちゃん」と呼んでいます。
※『愚者』を見ました。
※幻想御手はまだ使っていません。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※イギーをマスタングが殺したと疑っています。



【ウェイブ@アカメが斬る!】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極大)、左肩に裂傷、怒り、悲しみ、無力感
[装備]:エリュシデータ@ソードアート・オンライン
[道具]:基本支給品、タツミの写真詰め合わせ@アカメが斬る!、次元方陣シャンバラ@アカメが斬る!(六時間使用不能)
[思考・状況]
基本行動方針:ヒロカワの思惑通りには動かない。
0:悪は狩る。仲間を殺した奴等には落とし前をつける。
1:他参加者(工学に詳しい人物が望ましい)と接触。後ろから刺されぬよう、油断はしない。
2:地図に書かれた施設を回って情報収集。脱出の手がかりになるものもチェックしておきたい。
3:首輪のサンプル、工具、グランシャリオは移動の過程で手に入れておく。
4:盗聴には注意。大事なことは筆談で情報を共有。
5:仲間たちとの合流。
6:今後の方針を固める。
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡前のどこかです。
※クロメの状態に気付きました。
※ホムンクルスの存在を知りました。

【次元方陣シャンバラ@アカメが斬る!】
一定範囲の人間を予めマークした地点へと転送する帝具。一度に転送できるのは2~3人程度で大量のエネルギーを消耗するため連発はできない。
予めマークされている地点は地図上の名前あり施設。
今回は六時間に一回しか使えない、飛べる場所はランダムであり、指定できないといった制限が課せられている。
奥の手は相手をランダムで何処かへと飛ばしてしまうもの。



【B-7/東/1日目/早朝】



【後藤@寄生獣】
[状態]:両腕にパンプキンの光線を受けた跡、手榴弾で焼かれた跡、疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、首輪探知機、拡声器、不明支給品1~0
[思考]
基本:優勝する。
1:泉新一、田村玲子に勝利。
2:異能者に対して強い関心と警戒(特に毒や炎、電撃)
3:セリムを警戒しておく。
[備考]
※広川死亡以降からの参戦です。
※首輪や制限などについては後の方にお任せします。
※異能の能力差に対して興味を持っています。
※会場が浮かんでいることを知りました。
※探知機の範囲は狭いため同エリア内でも位置関係によっては捕捉できない場合があります。
※デバイスをレーダー状態にしておくとバッテリーを消費するので常時使用はできません。
※凜と蘇芳の首輪がC-5に放置されています。
※敵の意識に対応する異能対策を習得しました。



【C-7/1日目/早朝】



【小泉花陽@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)不安、恐怖心、吐き気、右腕に凍傷(処置済み、後遺症はありません)
[装備]:
[道具]:デイパック、基本支給品、スタミナドリンク×5@アイドルマスター シンデレラガールズ 、スペシャル肉丼の丼@PERSONA4 the Animation
[思考・行動]
基本方針:μ'sのメンバーを探す。
1:思考停止。
[備考]
※参戦時期はアニメ第一期終了後



【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(中)、無力感
[装備]:
[道具]:デイパック、基本支給品、スピリタス@ PSYCHO PASS-サイコパス-
[思考・行動]
基本方針:お姉様や初春さんなどの友人を探す。
0:どうしたらよかったのか、もう訳がわからない。
1:出来るならばみんなのフォローに回りたい。
2:エンヴィーは倒すべき存在。
3:御坂を始めとする仲間との合流。
4:マスタングに対して――
[備考]
※参戦時期は不明。



【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、左肩に穴(止血済み)、両足に銃槍(止血済み)、無力感、けれど覚悟は揺らいでいない
[装備]:魚の燻製@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、即席発火手袋×10
[道具]:ディパック、基本支給品
[思考]
基本:この下らんゲームを破壊し、生還する。
0:――ッ!
1:エンヴィーを殺す。
2:エドワードと佐天の知り合いを探す。
3:ホムンクルスを警戒。
4:ゲームに乗っていない人間を探す。
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後。
※学園都市や超能力についての知識を得ました。
※佐天のいた世界が自分のいた世界と別ではないかと疑っています。
※即席発火手袋は本来のものに比べて材質や作りが劣るため使い捨てとなっています。

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最終更新:2015年08月15日 03:28