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聖者の晩餐◆ENH3iGRX0Y


アンバーが向かった先は廃教会だった。
エンブリヲが幼女、男子拉致事件を引き起こした場所だ。

そしてイリヤに最初の引き金を引かせてしまい、そこで黒が約束を交わした場所でもある。
あの場に居合わせた茶髪の青年と青髪の少女は名もろくに知らず、口も聞いたこともなかったが、あの後何が起き放送に名を連ねる事となったのか。
ふと沸いた疑問を黒は振り払った。

「お前に聞きたいことは山ほどある」
「だよね」
「だが」

黒の手が動き、アンバーの首を捕らえるとそのまま壁へと叩きつける。
アンバーは苦しそうに呻き声を上げた。だが黒は構わず手の力を込め、アンバーの首を絞め続ける。

「何やってんだ!?」
「黒さん!」

慌てたエドワードと雪乃が黒を止めようとするが、怒りの込められた黒の眼が二人の足を止めた。

「忘れるな! こいつは……このふざけたゲームの主催者だということを!!」

全参加者のヘイトはほぼ広川とお父様に向かっていた為に薄れがちではあったが、黒の言う通りアンバーも彼らと同じく主催者なのだ。
エドワードもそれを忘れた訳ではないが、首輪解除へのサポートや彼女が居なければ、そもそも参加者が纏まることも出来なかった事を踏まえてしまうと敵意というものはあまりなかった。
勿論、許せないという思いは強く残っているが、黒のように衝動的になるほどではない。

「確かに俺達はアンバーが居なければ、お父様と戦うことも出来なかった。だがな、それで殺し合いに加担したことが消える訳じゃない」
「黒君、少し落ち着いたほうg「お前は黙っていろ!!」

ヒースクリフの制止は更に火に油を注いだと見える。
アンバーの表情が更に苦痛で歪んでいた。

「待て、せめてアンバーの話を聞け。南米の事は誤解だったんだろ? また同じことを繰り返す気か!?」

「……」

外の騒動に気付いたのか、黒のティバックから猫が飛び降りた。
この場で誰よりも付き合いが長く、黒の過去も多少は知っていたことも幸いした。
猫の声を聴き、黒は僅かに冷静さを取り戻しアンバーから手を離した。

「ふー。ネコちゃん、ありがとう」

(あれ?)

明るく振舞うアンバー。
その時のアンバーの表情が少し寂しそうに見えたのは、雪乃の気のせいだったのか。

「……何故、こんなものを開いた」
「世界を救うため」

あまりにも大雑把で壮大すぎる理由は、少し前の黒ならアンバーを勢い余って殺しかねない程ふざけたものにしか聞こえなかった
だが一呼吸置き、猫をもう一度見つめながら黒はアンバーを睨みつける。
話はここからが本番だということは、誰にだって分かることだ。

「お父様はね。参加者を色んな時間から呼びたかったの」

エドワードも心当たりがある。
ジョセフとアヴドゥルの話の食い違いや、狡噛曰くマスタングが手合わせ錬成を覚えており、更にお父様を倒したと証言していた事だ。

「ただ、どうしても時間を超えることが出来ない。色々候補は居たらしいけど」
エンブリヲもその候補だったのかな?」
「まあね」
「何故、参加者落ちしたんだ」
「性格」

これ以上ない的確なアンバーの返答にヒースクリフは納得する。
その後、黒の機嫌を伺った。
茶々を挟まれたことに、苛立っている。
これ以上、怒らせることもない。ヒースクリフはそのまま沈黙した。

「そこで白羽の矢が私に当たった」
「俺が聞きたいのはその先だ」
「……私はお父様の話を聞いて、承諾した。さっきも言ったけど……世界を救うために」

まるで、黒の世界が滅ぶかのような言い方だ。
エドワードは訝しげにアンバーの顔を見る。嘘をついているのかふざけているのか、顔に張り付いた笑顔は本心を全く悟らせていない。
黒が苛立つ気持ちも分かる気がした。

「少し……貴方達には、退屈な話になるけどごめんね」

「気にしなくていいわ」

退屈と言った意味は、これは黒とアンバーの世界による話になるからなのだろう。
確かに今起きている広川の問題について遠回りしている。
だが、それを急かすほど3人は無粋ではない。
黒にとってこれは重要な話であり、知らなければならないことなのだから。

「黒、貴方は2年後の事を知っているよね? 銀がイザナミなってしまったこと……三鷹文章のことも」

「猫(あいつ)から殆ど聞いた」

「これは一端に過ぎない。例えイザナミを貴方が消滅させたとしても何も終わらない」

「世界はどうなる? お前はそれを見た筈だ」

「変わってしまう。何もかも……私をそれを避けたかった。その為には私の世界に居る……まあ神様みたいなものかな。
 だから……ゲートを作り、契約者やドールを産み出した誰かを、倒す必要があった」

「―――だから、フラスコの中の小人を利用しようとした」

沈黙を貫いていたヒースクリフだが、好奇心を抑えきれず口を挟んでしまった。
黒に睨まれるが最早知ったことではない。
ここまでに挙げられたキーワードから、既に彼は真実へと到達したからだ。
そして到達した真実をどうしても答え合わせしたくなってしまった。
まるで、ゲームの謎解きを楽しむように。

「空気読んでくれない?」

「補完して私が説明した方が黒君にも分かりやすい。
 はっきり言おう。まあ、今更言うまでもないがこの殺し合いに彼女が関与したのは紛れもなく黒君、きみの為だ」

「ッ……それは」

黒もアンバーが自分のどんな感情を抱いているかは分かっている。
だからこそ、殺し合いなどを開いたことが到底信じられず怒りを露わにしてしまった。
黒は睨みつけていたヒースクリフから目を逸らす。それがどういう意味合いかは誰にも分からない。

「きみが激情的になっていたのも、それを薄々気づいたからじゃないか。
 ……話を本題に戻すとしようか。
 アンバーの話を纏めるのなら、きみの世界に存在する……まあすると仮定した神、これらが全ての元凶にしてきみの不幸の源とも言える。
 そもそもがきみを殺戮の道へと走らせたのも、契約者という存在が理由……というのは出来過ぎか」

この場合の神とは黒の世界であらゆる事象を引き起こした存在。
神話に綴られた神格とはまた違う。
恐らく、他の世界にそういった神と称するに相応しい存在はあり、お父様はそれらの力を手にしようとしていた。

「つまりだ。黒君、きみの幸せを願うのなら……その神様を潰すのがてっとり早い。
 彼女はフラスコの中の小人の接触を機に、新たなプランを立てたのだろう」

ヒースクリフの言うように元を辿れば黒の不幸は組織、その組織もゲートや契約者が絡み生まれた存在だ。
逆を言えばそれらが全て消えれば―――組織も消え、契約者の争いはなくなり、黒が争いに関わることもない。
組織自体は2年後にも潰れるが、ゲートがあり契約者があり続ける限り新たな組織が生まれ続けるだけだ。

「契約者の戦いは続き、そしてきみの戦いも続く。終止符を打つには元を絶つ以外にない。
 覚えがあるだろう。黒君、きみの戦いは収まるどころか果てがなく続いていた。アンバーがそんなきみを救えるチャンスがあると聞けば無視するはずがない」

「……やめて欲しいな。そうやって、勝手に代弁するの。ちょっと不愉快だよ」

「しかしこれ以外に矛盾なく、分かりやすく説明する方法はない。
 黒君、納得してもらえたかな?」

アンバーはため息を吐きながら呆れていた。

「お父様の計画は全ての世界を結ぶことだ。これはエドワード君が詳しいが、世界を繋げ扉を開きエネルギーを得ようとしていた。
 そのエネルギーとはまさしく、我々やお父様が神と呼ぶ存在だろう。
 アンバー、きみの目的はお父様にきみの世界の神を取り込ませること。そして取り込んだお父様ごと、神を滅ぼし永久に葬り去り……黒君を戦いの中から解放することにあった」

「……俺の為に」

「戦いが激化する契約者達と黒君個人への救済も兼ねた。一石二鳥の作戦、だった。
 訂正があるなら聞くが、どうかなアンバー?」

黒は力なく歩き、そしてアンバーの肩へと手を置いた。
先ほどと打って変わり、とても力のない。弱弱しい手はアンバーの肩を優しくつかんだ。

「……方法は、他に……なかったのか」

「……」

「何人……死んだと思ってる」

「勘違いしているな。アンバーはこれでも最小限に抑えた。
 お父様の目的が達成された場合、この場に呼ばれた72人どころか桁が10以上は飛んで何兆という規模で死傷者が出た。
 いくつもの平行世界を繋ぎ、その世界に住まう者たち全てを自らの糧としようとしたのだから当然だ。アンバーが裏から手を引かなかったらどうなっていたか」

慰めにもならないような慰めを掛けられながら、黒はアンバーから手を離した。

「……」

「どっちにしろ。アンバーが関わるかどうかなんて関係ない。
 お父様は……エンブリヲを勧誘してでも、殺し合いを始めたはずだぜ」

エドワードはお父様の神への執念をこの戦いと、国土錬成陣の規模から強く痛感していた。
国を一から立ち上げ、数百年もの長い年月を掛けて計画を練るような奴だ。
アンバーはピースの一つであり、それ以上でもそれ以下でもない。必ず別の代役を見つけてやることは変わらない。

「怖いね……前も言ったけど、ヒースクリフ、貴方にちょっとでも情報渡すとこれだもん」

「しかしアンバー、きみの目論見は破綻してしまった。そう考えていいだろうか?」

「どうしてそう思うわけ?」

「さて、君が前に言ったイザナミは死んだ。正確にはお父様に取り込まれたのだが、そのお父様が滅びた以上イザナミも死んでいなければおかしい」

「イザナミって、あの猫さんが言ってた……」

雪乃は妙に感じた。ヒースクリフが頭の切れる人物であることは知っているが、イザナミの事についてアンバーは殆ど触れていない。
というより雪乃は猫が黒に二年後の未来を話す時と広川の時を除けばこれが初耳で、エドワードも同じだ。

「電子世界を漂いヒステリカを回収する時、生前の私が残していた音声データを拾って聞いていた。
 まあ君達は全くこの単語にピンと来ないと思うがね。……とにかく、彼女は確実に滅びた筈だ」

お父様も自ら取り込んだ以上、何があろうとも脱出などできない術を用いていた。
だが現実に起きている異常事態は別だ。説明が付かない。

「おい、待てよ。黒とアンバーの事情に口を挟む気はなかったが、イザナミってのは広川も口にしてたよな?
 流石に聞き流せないぜ」

二人の関係に関してノータッチを貫くつもりだったが、これはエドワード、ひいては残った生存者達にも関係する事だ。
広川の振るう力の一端に同じ単語が出た以上はエドワードも聞かない訳にはいかない。

「主催者はお父様、そしてヒースクリフ、私、進行役に広川……そしてもう一人、ある意味全ての元凶とも言える黒幕がいた」
「黒幕?」
「そう、イザナミ……彼女がお父様に力を与え、再びこちらの世界へと帰還させた張本人」

お父様が未来に於いて敗北したことは知っていた。
エドワードは当時そこまで考える余裕はなかったが、よくよく考えれば倒したという以上、死んだのか、あるいは何らかの方法で無力化させた父様を復帰させた協力者がいることは至極当然のことだ。

「けど、あいつは広川のペルソナってやつになってたろ」
「正確には広川の仮面等という器を得て、こちらの世界に干渉してきてる」

これまでの話を総合し推測するならば、イザナミはお父様に力を与え殺し合いの開催に協力した。
しかし、裏切ったお父様がイザナミを取り込む。だがイザナミは広川を依代にしてお父様亡き後、再び復活した。

「さて、じゃあヒースクリフ……話を戻そっか」

新たな情報の追加に頭脳を回転させながら、整理するエドワードを横目にアンバーはヒースクリフへ語り掛けた。

「お父様は昔の計画でエネルギーを抑える必要があることが欠点であり、改良点だと考えていたの。
 だから今回はエネルギーからあらゆる意思を分離することにした」

「分離?」

情報の整理を終え、エドワードは眉間に皴を寄せる。
エネルギーとは昔の計画といっていることから魂を指しているのだろう。
お父様たちホムンクルスは、基本的に人間の魂をエネルギーにし活動している。
それを抑えるのだから、肉体との繋がりである精神を立ち切るのだろうか。
しかし魂と肉体の結びつきは強く、バリー・ザ・チョッパーやアルフォンスのように切り離した所で元の肉体に戻ろうとする性質が働いてしまう。

事実、この時系列のエドワードは知らないが国土錬成で魂を抜かれたアメストリスの人々も、早急な対処があったとはいえ全員が再び魂が肉体へと還ってきている。
それだけ魂と肉体は強い繋がりがあり、完全に断ち切る事は難しい。

「肉体と魂が精神で繋がれている。それはエドワード君も知ってるよね?
 お父様は、それをもっと細かく区分して考えることにした。
 注目したのは魂と、その中にある人の意思」

心を読んでいたかのようにアンバーはエドワードに配慮した補完を口にする。

「まさか、魂を更に分解して……肉体に戻ろうとする意思を剥がしたのか?」

合点がいきエドワードは堪らず声を荒げた。
賢者の石となった人間の魂にも自我の摩耗はありこそすれ、確かに意思というものは実在する。
グラトニーの疑似・真理の扉から脱出する際に、彼は確かに石にされた人間の魂の声を聞いた。
もっと言えば、鎧に魂を定着させたアルフォンスという存在が、この理屈を正しいものだと証明している。

またエドワード自身は知らないが、ホーエンハイムも石と対話することが可能だった。

「正解。
 意思があるから肉体へ還ろうとする。だから意思がなければ、文字通りの燃料として何の負担もなく使えることが出来る」

「なんて、こと……考えやがる……」

魂に備わる意思を剥奪し、完全に取り込み自らの燃料とする。
ガソリンと同じだ。意志さえなければ抑え込む必要すらない。
よってお父様の負担は消え、神を抑える労力も更に軽減し、国土錬成のように逆転の錬成陣でカウンターされたとしても意志のない魂が逃げる事はない。

「それを利用し、きみも自分の世界の神を取り込ませた。
 本来魂というモノは物質世界に存在できないのだろう。賢者の石はそれを物質世界へとコーティングしたに過ぎない」

ヒースクリフはかなり興奮気味に自らの仮説を口にする。
魂が物質世界に存在できないというのは、錬金術師の観点から見てもエドワードは納得せざるを得ない。

「人体錬成というものが成功しないのも、恐らくは術者の住む物質世界に魂は存在しないためだ」

エドワードの頭に忌まわしい記憶が蘇るが、ヒースクリフの言葉通り人体錬成は成功しない。

「これも同じことだ。お父様が意思を剥がした魂は、肉体へ還ろうとはしない。
 例え既存の肉体があろうとも、意志という道標を失った魂は精神というたった一つの繋がりであり、肉体への道を理解できない。
 故に解放されても元の肉体へと戻らず、かといって物質世界には存在できず、結果として消滅する」

イザナミという存在がどういったものなのかは分からないが、それが取り込まれた以上はただの燃料でしかない。
お父様が倒れた以上は、消化されなかった燃料として消失するだけだ。

「でも今起きてることは違う。イザナミってのは生きてる。
 そして、アンバーが倒したかった神って奴も……多分」

ヒースクリフがイザナミとアンバーの目論見の破綻を絡ませた利用が明確になっていく。
つまるところ、イザナミの生存は黒の世界の神の完全な開放を意味している。

何故なら、お父様の施した魂と意思の分離が無力化されているからだ。
2つの事柄は連鎖していると言ってもいい。

「問題はここからだ。お父様は念密な計画を立てていた筈、なのに何故イザナミは解放されたのか。
 何のイレギュラーが発生したのか。
 お父様を妨害した何者かがいたのか? だが、主催側でそれを行って利益のある人物は広川しかいない」

「けど、広川は完全な一般人だよ。演説が上手いくらいかな。
 彼一人じゃそんな真似は出来ない。断言してもいい」

「やはり、か……お父様が、これ以上自分の敵になりうる人材を増やすとは思えない。
 実質、主催側で容疑のある人物は消えた。残るは参加者だが……」

ヒースクリフはわざとらしく、エドワード達へと視線を向けた。
当然この中に犯人がいるなど思ってはいない。
ただ、持ち得る技術で可能性があるとするならエドワードだけだ。

「俺も心当たりはない」

そしてそのエドワードの知り合いならば、同じく錬金術師でこのような行動を取るかもしれない人物を知っている可能性がある。
だが当のエドワードの知る限りでも、お父様の目的に真っ先に勘付き妨害を仕掛けられる人物はマスタングとキンブリーぐらいだ。
しかしマスタングはとてもではないが、誤殺などでそんな器用な真似ができるほど余裕はないように思える。
キンブリーに至っては、行動が予測不明なところはあるが、ホムンクルス側にいた男がそんな真似をするだろうか。

「……無理だろ。自慢じゃないが、首輪の解析だってまともに進んでなかったんだ。
 そこまで気付けるような立場にいる奴なんて……」

「現実的ではないな。
 最も高い可能性としてはエンブリヲだが……こちらも少し、理屈に合わない」

もしもエンブリヲがこれらの事実に気付き先手を打ったとして、イザナミを開放してしまうことに気付かないという事があり得るか?
答えとしては否と言わざるを得ない。
あるいは気付いてやったとして、どうしてエンブリヲは目の前の参加者の駆除に、あれだけ躍起になったのかの説明もつかない。
更なる脅威のイザナミの打倒に専念するのに、参加者などスルーするのが自然ではないか。
もっと言えば、エンブリヲはヒースクリフに対し、妬みを抱いていた。最も優れた自分を頭脳面で超えるやもしれない男が現れたのだから当然だ。
そんな男がお父様が行った魂の消費方法に気付いた時、優越感を隠し通す演技が出来るか? する必要すらない。

「第三者……外部からの……いや、これもやはり……。
 ……降参しよう。分からない」

あれこれ思い浮かべる限りの事は推察するが、天才と謳われた茅場晶彦の頭脳を以ってしても答えが浮かばない。

「妨害したとかじゃなく……そもそもの前提が違うって言えば、ピンと来ない?」

「前提?」

「お父様が繋いだ世界はいくつ?」

主催者であった茅場晶彦の記憶がヒースクリフの中に蘇っていく。
参加者の合計は72人、正確には70人と2匹。繋がれた世界は15。
これに間違いはないはずだ。

「15の世界だろう?」

「いや違うよ。一つ数え間違ってる」

黒達はここから先の会話の意味を見出せずにいた。
世界の数だとか言われてもあまりピンと来ずない。
彼らは誰一人として、参加者72人の内、どういった人数の組み分けで世界が幾つ存在するのかを知らない。

しかしヒースクリフは違う。
ゲームマスター茅場晶彦として参加者の正確な区切りと、巻き込まれた異世界の数を把握している。

「第1回放送までに死んだ人達を思い出して」

ヒースクリフは抜群の記憶力で序盤の脱落者達を思い起こす。
16人の脱落者がいた。
この頃は、まだ殆どが一般人という範囲を超えない者達ばかりが死んでいる。

となると、怪しいのはそこから犬畜生を差し引き、更に残った異能者のなかでも厳選するならば、蘇芳・パブリチェンコだろうか? 
正確には蘇芳というより、その双子の弟である紫苑・パヴリチェンコが何らかの干渉をしたという可能性だが。
いやしかしそうなると、やはり外部からの干渉になってしまう。これではアンバーのヒントの辻褄が合わない。

「貴方、多分全く見当違いの事考えてるね」

「やれやれ、ここまで頭を使うことで手こずるのは初めてかもしれないな」

どんな情報も上手に料理し真実へと到達したヒースクリフだが、ここにきて翻弄されるとが思いも寄らなかった。
彼は苦笑しながら両手を上げて、完全な負けを認めた。
アンバーは横目で黒を見てから、もう一度視線をヒースクリフへと移す。

「朔月美遊」
「何?」

ヒースクリフに対し、アンバーが挙げたのは聞き覚えのない名前だった。

「この名前、覚えないよね?」

僅かにヒースクリフは逡巡する。
フルネームでは参加者どころか主催者にもこんな名前はないが、下の名前だけならば話は別だ。

「……美遊・エーデルフェルトのことか? そんな名は」
「私も少し前まで知らなかった。……私達はね。参加者の選別で一つだけ、大きなミスを犯してしまったの」

参加者の選別と、それに伴う調査は茅場もお父様も一切の手抜きも許さず、念入りに行われていた。
一つ間違えれば、制限を突破される可能性すらある。

アンバーの対価を消費してまで、その人物の過去、現在、未来までを調べ上げなければならない。
経歴や性格、戦闘力の高さや、異能者であれば異能の源なども全てだ。

例えば殺し合いで呼ばれた人物でいえば、MI6の機密に入るであろうノーベンバー11の本名や彼が如何にしてエージェントとなり、どんな人生を送ってきたのか
何よりその異能、冷気を操りその対価として喫煙していることも、全てを調べ上げ手に取るように把握している。
殺し合いの準備の大半をこの参加者の選別と調査に費やしたと言っても過言ではない程だ。

「朔月美遊はこの娘は私達が連れ去るよりも前から、住んでいた別の世界での名前。
 ここまで言えば分かるよね」

連れ去る前、彼女が殺し合い以前に暮らしていた世界。

しかし、より正確には彼女はその世界の更に平行世界の住人だったのだとしたら?


「彼女の血は私達の知らない16個目の世界へと繋がってしまった。
 15という数はお父様が計算を重ねた上で、もっとも神を取り込むのに効率の良い数字だった……。だが、それが一つ増えてしまえば」

お父様が抑え込まなければならない神の力は一つ過剰に増えてしまう。
更に過剰分を抑える為に、必ずどこかに欠陥してしまう部分が露になる。

「イザナミから意思を分離し、魂を取り込めきれず、挙句の果てに開放してしまったのは、お父様の負担が増えた為か?
 ……だが、そんな初歩的なミスを犯すだろうか、私もお父様も、勿論きみも馬鹿じゃない」

一言でいえば調査不足であり、完全な主催の失態だがヒースクリフは腑に落ちない。
大敗をその身で味わった屈辱をお父様は決して忘れない。
だからこそ、万全に万全を期さなければおかしいのだ。
ヒースクリフもゲームをやり遂げる為に抜かりはなかった。それが捜査不足など納得がいかない。

「私達がその馬鹿だったってことかもしれないし、あの娘を養っていたエーデルフェルトの戸籍や来歴詐称が完璧すぎたのかもしない。
 ……けど、敢えて可能性を上げるなら、あの娘は聖杯で別の世界へとやってきたのかもね。
 その願いがどんなものか、私には想像できないけれど……元の世界との繋がりを絶つことが……知られないことが、その願いを叶えるうえで大切なことで、私達のようなあの娘を探る者に対し聖杯からの妨害があった……」

「きみの時間操作すら欺くか……あるいは……」

完全な憶測ではあるが、聖杯といった巨大な願いのバックアップの元にあの少女はその正体に対しプロテクトが掛かっていた。
それならばお父様や茅場晶彦の見落としも、まだ有り得ない話ではなくなる。
もっともそれが事実だとして、結果は願いを裏切った残酷なものとなったわけだが。

「あの娘を守りたいという意思はあったんだと思うよ。……それも―――」

「……そう考えると、お父様の参加者の全滅を待たない早急な処置も説明が付く。
 神を抑えきれなくなる前に全てを果たしたかったという訳だ」

わざわざお父様が臨時放送を行い、特殊な一時間ルールを追加するなど結果から逆算すれば彼もまた焦りがあった。

「ヒースクリフ(あなた)への説明はもうお終い。
 次は黒、貴方が知りたいことを……貴方に残された因縁を全て話す」

アンバーはヒースクリフから視線を外し、僅かに項垂れていた黒を真っ直ぐ正面から見据えた。

「俺の……因縁……?」

「銀のこと」

ずっと前から、違和感はあった。
遡れば殺し合いに呼ばれる前からだ。

黒は銀と共にハーヴェスト撃破後、日本を転々としながら沖縄にいた。
銀は黒と過ごす内に感情を表に出すようになり、黒もそれに戸惑いながらも逃亡の日々を過ごしていた。

そして殺し合いにより、銀が死んだ。

銀が生きていれば、彼女はより感情を持ち……何れは災厄を齎していたのだろう。それが猫の語った本来の歴史だ。
だがその恐れは消えた。

「あいつは死んだ」

誰よりも求め、遂には手放してしまった存在。
華奢な体から流れる鮮血も、生気を失い土色に変わる白の柔肌も、黒の傍にあった温もりが消え失せる瞬間も。
全てを黒は鮮明に記憶し、覚えている。

「肉体は滅んだ」

だが、アンバーはそれを否とし否定する。

「けれど、災厄は終わらない」

終わった筈の物語は未だ終結などしていないと。

「イザナミは……銀を止めることが出来るのは貴方しかいない」

自らに与えられた舞台はここではない。物語の続きを綴るのだと。

「イザナミは銀が覚醒したものだと言ったな。確かに、広川の操っていたものと名前は一致する」
「元々、2つは別の存在だったし、本当に同名なだけだった」

銀の覚醒した災厄とマヨナカテレビを生み出したイザナミは同じく同名を名乗るだけの存在。
この二者に一切の繋がりなどなく、先ほどまでヒースクリフ達が口にしていたのは後者の方である。
だが今、アンバーは黒に前者の災厄について言葉を発している。

「イザナミ……ややこしいな。黒君達の世界のイザナミと広川のイザナミ……どう区別しようか。
 ……黒君世界のイザナミは銀と呼んでくれ。構わないかな」

ヒースクリフは黒の顔色を伺いながらも、会話に割り込んだ。
やはり、己の知的探求心は止めることが出来ないらしい。

「……良い?」 

「好きにしろ」

銀が覚醒した姿がイザナミだ。
区別するにはこれ以上のネーミングはない。
黒も嫌な記憶を掘り返されるようで不愉快ではあったが、ヒースクリフの言うようにこちらの方が分かりやすい。

「イザナミは広川と……そして銀と契約を交わしている」

「契約?」

「お父様に取り込まれた時、二人は巡り合った。
 イザナミは銀に唆され、再び人々の願いを叶えるという目的を思い出してしまった」

「何故、銀はそんな真似をする?」

「貴方を一人にさせたくなかった
 そう願ったから……他の誰でもない。貴方達が互いを手放したくはないと強く想ったから」

心当たりがないわけではない。確かに黒は銀の最期を看取った時、強く願ってしまった。
銀も同じことだろう。死の間際、黒を目の前にして彼女もまた黒と共にいることを望んだはずだ。

「……もしかしたら、死ぬ間際に銀が黒君と会ってしまったが為に、覚醒を促進させたのか?」

ヒースクリフに対し、アンバーは無言で睨み返す。
だが否定をしない以上はそれが核心を突いた、正しい見立てということなのだろう。

災厄はドールという虚無の存在が、一度人の心を取り戻しある男への想いから覚醒した存在だ。
そう、黒があの時銀にさえ会いさえしなければ、イザナミは復活などしなかった。
災厄も目覚める前に葬り去られる筈だったのだ。

しかし、黒は災厄を覚醒させ、災厄は一柱の神格を再び現世へと呼び戻してしまった。

「俺が……銀を求めたから、あいつは……」

虚ろな目に何を写し、何を思うのか。
黒はゆっくりとそして淡々と呟く。そして言葉は最後まで紡がれないまま、口を閉ざした。









私自身、再び現世に干渉することとなるとは思っても、しようとも考えていなかった。
罰なのだと甘んじていた。これが私に相応しい裁きなのだと。

―――助けてくれ

だが。

―――こんなところは嫌だ

―――苦しみなんて味わいたくない。

―――帰りたい

―――助けてくれ

――助けてくれ

―助けて

私が見捨てたもの達の怨嗟の声を押しのけるように、私自身に直に届いてきている。
彼らの望みはただ一つ。死という苦痛、避けられぬ現実からの逃避であった。
誰一人として、望んだ死などなく。やり残したことが、やり直したいことがある。

私には何も出来ない。

彼らの望みはより大きく、より濃く、より近く。

許してくれ。

「許さない」

光が強くなる。こんな場所に刺す光などありはしないのに。
あの女が持っていた……銀の掌にあった光は―――

『願望、か』

ホムンクルス達は見落としていたのだろう。
聖杯はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンとこの殺し合いの末に産み落とされるであろう血塗られた聖杯の二つ
そしてもう一つ、この怨嗟のなかで叫ばれた望みにより、その機能を目覚めさせた天然物の聖杯を。
運が良いのか、悪いのか。魂だけとなったことで失われた願望機の力が再び戻ってしまったのだろう。

『願いを叶えろというのか』

「それが役目だから。この娘も貴女も……」

『ならば、どうする』

私自身、何故こんなことを口走ったのかは分からない。

「向こう側に干渉できる抜け道は用意できる」

あの女にたぶらかされているからか、それとも聖杯が私を後押ししているのか?

『契約……それは何だ?』

恐らく、聖杯と私は同じなのかもしれない。

『結んでもいい』

互いに人の望みを叶えようとする存在であるからこそ―――
だからこそ、共鳴し合ったのだとしたら。
あの女も良く考えたものだ。


『私の目的を果たせるのなら』


これは人の可能性の否定だ。

かつてあの少年が見せた全てに納得し、そして退き人の行く末を見守るつもりだった。
だが、再び人の願いが―――救われたいと願うものがいるのであれば―――私は幾度となく応えよう。

それが私の存在意義だ。








「二人は契約を交わし、一つの存在となった。
 銀でありイザナミでもある。貴方が人間でありながら、契約者の力を振るう事が出来るように」

エンブリヲは黒を契約者と称していたが、それは大きな間違いである。
黒には払うべき対価も交わした契約もない。彼の力の源は自身の中で眠る白によるものだ。
南米のゲート消失に伴い一つになった二人と、皮肉にもイザナミと銀が一つになったことも同じことなのだろう。

「……ごめんなさい。話を遮ってしまうけれど、イザナミの言う願いを叶えるって何なのかしら」

黒に関わる話であることは重々承知してはいたが、イザナミの叶えたい願いについて引っかかっていた。
広川の目的が人口削減、銀が黒の為ならば残る彼女は何なのか。

「貴女はもう気付いてる。一度、イザナミに殺された時に見た光景を思い出して」

殺されたというのは比喩なのか、逡巡した雪乃だが記憶の底から既知感がわきあがる。
そして、まるで無理やり映像を流し込まれたように雪乃が見た光景が浮かんだ。

「……あれは」

「エドワード君も覚えがあるよね? それは二人が望んだ優しい夢の世界。
 イザナミは人の願いを叶えようとしてる」

「あれは幻だ!」

エドワードは拳を強く握り否定する。
夢の世界には体を取り戻した弟と生きている母親の姿があった。
禁忌を犯した事実も母の死も、全てが帳消しになった。都合のいい世界だ。

「凄いね。普通、もう少し躊躇うのに」
「まだやることも残ってんだ。あれがどんなに俺にとって優しい世界でも、そこで油売ってる場合じゃねえ」

あれは本当にエドワードの描く理想の世界だった。だが、夢では意味がない。
自分たちの現実は何一つ変わらない。本当の夢はまだ一つも叶えてもいないのだ。
だからこそ、あんなものは要らない。必要がない。

「……」

反して雪乃は何も言えなかった。
あの夢は非常に心地よかった。少しだけあの御坂美琴の気持ちも分かってしまうほどに―――
もしあの夢が見続けられるのなら、雪乃は少しでも揺らがないだろうか。

「とにかく放っておいたら不味いことになる。広川の人口削減とイザナミの利害が一致するって、明らかに不味いもん。
 多分、このままだと数時間後には黒以外は全員、自分の理想の夢を見ながら死んでるかもね」

実際に一度エドワード達はイザナミに殺害されている。
時間を巻き戻し難を逃れたのは良いが、あんなものを放置すれば残された参加者も全滅しかねない。
本当にタイミングの悪い場面で現れたとエドワードは舌打ちをする。
まだ、エンブリヲや御坂と敵対する前なら共同戦線も張れたかもしれないが、ここまで決裂したとなると再び手を結ぶことなど。

「けど、どうやって止める? 自慢じゃないが、俺は手も足も出なかったぞ」

打倒すべき相手だが、それでも一切の勝ち筋が見えてこない。
先程再び共闘できればと考えてはいたが、また残存参加者が総力戦を挑んでもそれでも勝てるかどうか分からない。
ましてやアンバーとヒースクリフを加えたとしても、5人掛かりでまともに戦えるだろうか。

「イザナミは銀の影響で俺だけは殺せないんだろ」

不安を隠せないエドワードを横目に黒は口を開いた。

「さっき、言っていたな。俺以外が全滅するかもしれないと」

黒の言葉を聞き、エドワードはこれまでの会話を脳内で振り返る。
確かにアンバーは含みを持たせながら、黒以外が全滅してしまうと発言していた。

「銀が俺を求めているのなら、俺だけは殺す事ができない。……そうだろ?」
「あの娘は貴方を取り込もうとしてる。一つになる為に」
「だから、俺を殺せない。逆に言えば、広川も俺に対してだけは全力を出せない」

銀と一つになったイザナミは勿論のこと、その恩恵を受けている広川も黒を殺めることは出来ない。
イザナミ達を目覚めさせてしまったのが黒ならば、また彼女らに対する切り札も黒ということになる。

「迷う必要もない」

話はもう至極単純だ。この場で最もイザナミ打倒に相応しい黒が広川たちの討伐に向かう。
あとは残されたエドワードと雪乃が御坂を止める。

「俺がイザナミと銀を殺す」

決意を固めた黒は強く拳を握り、2者の殺害を宣言した。




「貴方自身はそれでいいの?」



世界を静寂が包み、アンバーの透き通るような声だけが黒の鼓膜を響かせた。
マネキンのように雪乃達の表情は強張り、身動き一つ取らない死体のようだ。

「アンバー」
「私が全ての時間を止めた。今、この場で貴方の声を聞けるのは私だけ。……だから本音を聞かせて」

確かに三人は完全に動きを止めている。今頃は上空のタスクエンブリヲも、何処かにいるでろう御坂、足立、杏子も全員の時が停止しているのだろう。
わざわざ、己の命にも等しい対価を支払ってまで、アンバーは黒の本音を引き出したいと思っている。

「後悔、していない?」
「……」
「黒はサターン・リングを破壊し、契約者と人類の共存を選んだ。でも、その道には困難しかなかった……違う?」

黒がゲートの中でかつてアンバーに聞かされた事だ。
自分の選んだ道には困難しかない。したくない殺人をまた犯さなければならなくなる。
事実、アンバーの言う通り黒はその後も組織の刺客を殺害し続け、挙句の果てに銀まで喪った。
これは本来の未来である二年後でも同じことだ。

「この戦いに勝った所で、貴方はまた戦いに巻き込まれる。ゲートが引き起こす何かは、まだ終わってはいないから。
 組織もいずれ潰れる。イザナミだって消滅する。けれど、世界は貴方を逃がしはない」

現に組織は二年後に潰され、消滅したが新たに組織と呼ばれる存在が生まれている。
ヒースクリフがアンバーの目的を推測した通り、組織、イザナミも全ては後付けであり、あの世界そのものが黒という存在を戦いへ呼び寄せていると言っても過言ではないのかもしれない。
それはアンバーも銀も分かっていた。
故にアンバーは殺し合いに加担し、お父様の打倒と共に黒を戦いの中から解放するために行動した。
恐らく銀もイザナミとなりながらも、黒への愛情だけは忘れずにこれだけの事態を引き起こしている。

「例え誰かの為だとしても……生きることが、幸せとは……限らない」

黒だけではない。
残された参加者にも残酷な現実が待ち受けている。

大なり小なり亡くし続けた者達ばかりだ。

特に雪ノ下雪乃などはその最たる例だろう。
同じ学校の生徒と2日に渡る失踪、そして彼女一人の帰還というのは世間の関心を掻き立てる。
何よりその家柄から、必ず悪目立ちしてしまう。
友人すら失い、世間すら好機の目で見て彼女を傷付けるかもしれない。家族ですら彼女は腫物のように扱われ、安息の場は何処にもない。
仮に生還したところで、果たしてそれが本当に幸せなのかどうか。

聡明な雪乃がそれを分からないはずがない。

だから、彼女はエドワードと違い死に際の夢に対して何も言えなかった。

「……夢でも、幻でも……いいじゃない……!」

生きていても死ぬほどに辛い現実がある。
黒が勝ったとしてもそれが本当に残された参加者にとって望ましいことなのかどうか。

何より、黒自身のとってそれは自分をまた傷付けるだけの行為でしかない。

「もう誰も犠牲にしたくないんだ」

銀も白も本当の星空も、望めば叶うのだろう。
この場には、万能の願望機たる聖杯がある。イザナミという神格を銀が動かす事だってできる。
だが、望みを叶えるには相応の代償を要求されてしまう。
契約者が能力の行使に対価を支払うように、何かが犠牲となってしまう。
御坂美琴が叶えようとし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが叶えようとしたかった事と同じように。

「俺が夢を望めば、あいつらは消えてしまう」

けれども、それは叶えてはいけない願いだ。

「それでも、黒……私は―――」

声を遮るように黒はアンバーを抱き寄せる。

「全て終わったら、二人でパンを焼こう」

緑の長い髪が揺れ、アンバーの腰へ回した黒の右腕を撫でる。
左手でアンバーを肩に触れながら、黒は胸の中で抱かれるアンバーを見下ろした。

「好きなんだろ。焼きたてのパンの匂いが。
 ……ライムのマーマレードを沢山塗って、ホイップクリームをいっぱい乗せて……。俺に話してくれた」

「覚えてて、くれたんだ」

アンバーの心中にどれだけの喜びがあったのか計り知れない。
普段浮かべる天真爛漫な笑顔とは違う、自然に筋肉が弛むような笑みが表情に出ていた。

「……報われないかもしれない。全てを亡くすだけかもしれない。戦いは終わらない。……それでも―――」

アンバーは黒の胸を押し、彼の抱擁から遠ざかる。
顔を俯かせ、沈むような重い声で言葉を紡ぐ。

「?」

そしてアンバーが距離を置いたと同時に雪乃達に動きが戻り、時間の停止が解除された。
いきなり場面が飛んだことに三人は困惑して、黒とアンバーを交互に見渡す。

「おい二人ともなn「黒! 助けてくれ!!」

困惑していたエドワードが口を開いたのと、猫が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
全員が声の方へ振り返ると猫は空中を浮遊していた。
いや翼のないネコに空を舞う機能は存在しない。そこには、必ず人為的な力が及んでいる。
よくよく目を凝らせば、猫を抱きかかえるようにして半透明の人影がそこにはあった。

「銀……いやイザナミか」

その人影の正体について黒はすぐに見当がついた。
丸みのある女性のフォルムと、後ろに束ねた髪型は黒が知る銀そのものだ。
より正確に言うのなら銀が飛ばす観測霊に近い。
契約者でもないエドワード達にも見えているのは制限の為なのか、あるいはそれだけ力を増幅した為なのか。

『あの場所で待ってる。黒』

「何?」

「ちょっ、おい……黒! 何とか―――」

唐突に教会を霧が包み込み、視界を覆う。気が付けば猫の悲痛な叫びを残し二人の姿は消えていた。

「丁度いいタイミング」

アンバーは皮肉を込めながら軽い口調で話す。
その通りに全ての話を終えてから、この襲撃は狙ったような的確さだ。

「……雪乃、エドワード、お前らは先に御坂美琴の方へ行け」

黒は二人の方へ振り返りながら、指示を出す。
殺されることはないだろうが、猫が向こうでどんな目に合うか想像がつかない。
早期に広川達から猫を奪還するのが最善だ。

「黒、アンタは猫を追うのか? だったら三人で行けば」

エドワードは怒鳴るような大声で反論した。
黒を殺せないにしても、殺さないだけに過ぎない。
人柱としての経験から、エドワードは手段さえ択ばなければ幾らでも、残酷な方法で生け捕る方法があることを身に染みて知っている。

「アイツが呼んでいるのは俺だけだ」

「でも、どう考えても罠だろうが!」

この場の誰もが察しが付く。何らかの企みがあることにだ。
可能な限り全員で行動したほうが良い。
これまでの殺し合いから、エドワードも単独行動や集団の分散が如何に危険かをよく理解していた。

「分かったわ。行って、黒さん」

「雪乃?」

しかしそれを同じく承知しながら雪乃は黒を促した。
黒もまた意外だったのか、驚きを隠せない表情を浮かべる。

「戸塚君との約束は十分果たしてくれたわ。というか、正直ちょっと過保護すぎるくらいね。
 もしかしたらロリコンの毛でもあるのかしら、それならすぐにでも矯正することをお勧めするわ。
 世界がとても生き辛くなるから、LGBTも貴方を守ってはくれないでしょうし」

おまけの罵倒も込みで。

「フッ……相変わらず減らず口だけはスラスラと出てくるな」

黒は唇の端を釣り上げて笑った。
悪口の発想力だけなら、黒の出会った中ではピカ一だ。
心の底から言っていることではないとしても、ジョークの域をやや超えている。

「ええ、そうよ。私、口喧嘩だけなら誰にも負けない自信があるの。
 さあ、私にナイトは間に合っているわ。貴方を必要としてる、お姫様が待っているのは向こうでしょう?」

「そうだな。……お前は戦っていける」

黒が最初に雪乃を見た時の印象はひ弱そうな少女で、戸塚との約束の為に気を使わなければならない。
この程度の認識だったが、蓋を開けてみれば出るわ出るわ罵倒の連続で、お父様の戦いではアヌビス神の力を借りながらも前線に立ち続けた。

アンバーと時間の止まった世界で話した時、黒は雪乃が生還後にどのような生活を送ってしまうのか、危惧していた。
しかし今の彼女を見ると如何に愚かで馬鹿馬鹿しい事だったか、笑いたくなるほどに思い知らされた。

「戸塚は……いい友達を持った。口の悪さだけは欠点だが」

雪乃は強い。黒どころか誰の手など借りなくても、一人で歩いて行ける逞しい少女だ。
そんな彼女に対し上から目線の一方的な心配など無用。

「早めに直しておけよ。嫁の貰い手がなくなるぞ」

黒の口調は今までと違い、些か砕けたようなラフな声だった。
偽りの仮面を被り続けた無表情のものではなく、心の底から吐露するような優しい穏やかな顔。

「大丈夫よ。私、可愛くてモテるから」

自らの美しさを誇示するように雪乃は髪を掻き上げて、黒に微笑みかけた。
確かに、その手の性癖の持ち主には溜まらないのかもしれない。黒は御免だったが。

「それとエドも、牛乳は飲めるようになった方が良いな」
「なっ!? うるせえ!」

牛乳が飲めないことは、図星だったようだ。
背伸びしながら、身長を大きく見せようとしている事から大当たりだろう。
唐突に巻き添えを食らったエドワードは怒りながらも、黒に笑いながら言い返す。

あまり長い時間を過ごした訳ではないが、軽い悪口や冗談を言い合えるくらいには仲が深まった。ということなのかもしれない。

「……必ず、追って来いよ。タスクの喫茶で祝勝会やろうにもコックが居なきゃ意味がないからな」
「必ず追い付く。地獄門の前で待っていろ」

最早、お互いが死ぬことは想定にはなかった。
絶対に勝つ上での信頼とその後の合流を考えている。

軽く三人は笑い合う。

それから黒はアンバーへと視線を向けた。

「それと、アンバーの事も頼む。
 お前達には殺し合いの主催でしかないが……」

「分かってるよ。必ず生きて罪を償わせる」

元から不殺を掲げるエドワードがアンバーを見殺しにする理由はない。
少しだけ、安心したように黒は息を吐いた。

「アンバー」

「何?」

黒はアンバーの瞳を見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「俺は―――後悔なんてしていない」

黒の死神と呼ばれた男の物とは思えない。それでいて演技など感じさせない、穏やかで優しい声だった。

「……そう」

アンバーは素っ気なく答えた。瞼は重く下がり、細くなった二つの目で黒を眺める。
そして、顔から憑き物が落ちたように笑みが零れた。
どんな意図であったかは、傍から見ていた三人には理解できなかったが。

「銀の場所、分かる?」

「分かるさ。ここはゲートだからな」

そして、アンバーと黒は謎めいた会話を残した。
エドワードが怪訝そうに見つめるが、答えは当然帰っては来ない。

「勝てよ。エド、雪乃」

黒はコートをはためかせながら踵を翻す。

「ああ、アンタもな!」

力強い声で答え、エドワードは強く機械鎧の拳に力を込める。

「黒さんも無事で。……さようなら」

雪乃は小さく、誰にも聞こえない低く小さい声で呟いた。









「俺達も急ごう」

黒が広川やイザナミの問題を解決しても御坂が残されていては意味がない。
全てが解決して、ようやくエドワード達の勝利なのだから。

「御坂の場所を知ってるんだよな?」

エドワードはアンバーへ問いかける。
広川を撃退した際に彼女が彼らを廃教会に誘い込めたのは、御坂の居場所の情報と引き換えにしていたからでもあった。
元主催で、現時点で広川を除けば主催の設備を自由に使える唯一の人間だ。
嘘ではないと思いたい。

「分かるよ。ほらデバイス」

アンバーがエドワードへ投げた端末には会場の地図が乗っていた。そこに黄色く光る点、先ほどの話と合わせればこれが御坂なのだろう。

「どうやって居場所を常に追跡できるんだ?」

この手の現代技術に馴染みのないエドワードはGPSなどの可能性も考慮できず、科学者としての知的欲求に従い疑問を口にした。

「彼女の身体から常に発せられている電磁波を感知してるの」

「そうか……猫の奴も俺達より早く、御坂には気づいてた」

先の黒子と組んだ御坂戦では真っ先に猫が接近したことに勘付いていた。
ネコが感じるほどの電磁波を、恐らくは会場にある機械等で測定し居場所を図っている。

「他にも参加者ごとに、色んな追跡方法があったんだけどね……一つも使わなかったけど」

もっと詳しく聞きたいところだったが、それは後に回すとする。
これだけの未知の技術を前に不謹慎ではあるが、好奇心を擽られてしまうがその場にあったTPOは弁えているつもりだ。

「私はここで別れるとしよう。あくまで傍観者として、この先を見届けさせてもらう」

アンバーとエドワードの会話が終わった直後、ヒースクリフは自らの離脱を声に出す。
この男は決して自らのスタンスを乱さない。
エンブリヲ戦は例外にしても、広川に対し刃を向けたのも、あくまでゲーム進行の障害を排除するためだ。
これ以上の干渉はもう望みたくはないのだろう。

「貴方も懲りないね。そんなにゲームの完遂が大事なんだ」
「きみが黒君を大切に思うようにね」
「そっか」

からかうように笑うアンバーと仏頂面で皮肉を言うヒースクリフ。
何処までがジョークで本気の蔑む合いなのか、エドワードと雪乃の二人には判別がつかない。

「……すまなかった」

ヒースクリフは硬い表情のまま謝罪を述べ、頭をアンバーへと下げた。
アンバーは不意を突かれたように、顔から笑みが消え目を丸くする。

「本来広川というバグは私が排除すべきだったが、黒君に任せてしまった。
 これはゲームマスターとしては恥じるべきだ」
「それ、私じゃなくて黒に言ったら?」
「また、怒るのが目に見えていたんでね。私は彼に随分嫌われているようだし」

何処で謝っているんだと黒の逆鱗に触れるのは明らかだ。
雪乃達どころか、契約者のアンバーですらヒースクリフには少しズレたものを感じている。
人間の黒の感受性を鑑みれば、言わない方が良いと考えたのは間違ってない。

「まっ、首輪交換機使って貴方を誘導したのも私だし、別に謝られる義理もないかな」
「やはり、そうか」
「うん、ちょっと私の足じゃ間に合いそうにないし、あわよくば広川もやっつけてくれればって武器も渡しといたんだけど……。上手く行かないね」
「全く、体よく使われたな」

楽し気にヒースクリフは唇を歪めた。

「ヨシツネ」

エドワードの耳に風を裂く音が木霊する。
身構えた瞬間、ヒースクリフの首が飛んだ。
いや、飛んでいるのはそれだけじゃない。雪乃の首が飛び、エドワード本人の首も飛んでいた。

「呆気ない幕切れだな」

宙を舞う首にまだ少し意識が残っていたのだろう。
最期に見たものはエドワードが氷漬けにして凍結した広川の姿だった。




【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】 死亡
エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】死亡
雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】死亡





「貴方も懲りないね。そんなにゲームの完遂が大事なんだ」
「きみが黒君を大切に思うようにね」
「そっか」

からかうように笑うアンバーと仏頂面で皮肉を言うヒースクリフ。
何処までがジョークで本気の蔑む合いなのか、エドワードと雪乃の二人には判別がつかない。

「……すまなかった」

ヒースクリフは硬い表情のまま謝罪を述べ、頭をアンバーへと下げた。
アンバーは不意を突かれたように、顔から笑みが消え目を丸くする。

「本来広川達は私が排除すべきだったが、黒君に任せてしまった。
 これはゲームマスターとしては恥じるべきだ」
「それ、私じゃなくて黒に言ったら?」
「また、怒るのが目に見えていたんでね。私は彼に随分嫌われているようだし」

何処で謝っているんだと黒の逆鱗に触れるのは明らかだ。
雪乃達どころか、契約者のアンバーですらヒースクリフには少しズレたものを感じている。
人間の黒の感受性を鑑みれば、言わない方が良いと考えたのは間違ってない。

「で、話変わるけど……エドワード君と雪乃ちゃん、少し下がって……そう、ヒースクリフはその位置で盾出して」

「何言って―――」

エドワードの言葉を遮り、眼前の地面を斬撃が抉った。

「くっ……」

ヒースクリフは斬撃を盾で受け止めるが、衝撃を殺しきれずそのまま遥か後方へと吹き飛ばされていく。
生身の人間ではない為、恐らくあれで死ぬことはあり得ない筈だが、エドワードのヒースクリフへの不安は晴れない。

「外したか」

土が舞い上がり、頭から砂や石が降り注ぐ。
雪乃が目に入った砂を反射的に拭うとそこには見知った男が一人いた。
仕立ての良いスーツを纏い、広川剛志その人が姿を現す。
既に凍結は溶かれたのか、僅かに湿ったスーツがそれを物語っている。
しかし、黒が討伐に向かった筈である。まさかニアミスしてしまったのか、既に―――

「どうしてここに居るの?」
「残念だが、イザナミは完全に私から独立したペルソナだ。私という本体に縛られてはいない」
「じゃあ、黒を誘きだしたのはイザナミの独断なんだ」

足立透と違い、広川のペルソナは完全に自立し自らの意思で行動する。
エドワードと雪乃は完全に足立やスタンド使いと同じ、広川とイザナミも本体から離れることが出来ないという制約に縛られたものだとばかり考えていた。
少なくとも黒の敗北が確定したわけではないのは嬉しい誤算だが、肝心の広川がフリーでは御坂どころの話ではない。
雪乃はいっそ新一達が後藤と足立にやったらしいように、御坂と潰し合わせてしまおうかと考えるが、広川はそこまで誘導されるだろうか。

「アヌビス神さん」
『おう、ようやく出番か! 任せとけ!』

雪乃が剣を握り、人格が交代する。
荒っぽい気性を前面に押し出したアヌビス神の人格が雪乃に宿った。

「やるしかねえな」

エドワードは両手を合わせる。機械腕の甲から刃が飛び出し短刀を形成した。
御坂美琴のとんだ前哨戦になってしまったが、こうなった以上は全力でぶつかり排除せざるを得ない。

『来るぞ!!』

ヨシツネが刀を振るう。
最初に広川と対峙した瞬間に放たれた八連撃であることは明白だ。
エドワードは今ある物質の中で可能な限りの硬質な壁を錬成し、アヌビス神は己の中に蓄積された経験から斬撃をいなそうと飛び上がる。

「はい、ストップ」

その瞬間、場面が飛びエドワードと雪乃はアンバーの背後、広川の遥か先に移動していた。

「まただ……一体どうなって……?」
「ここは私が付き合うから、二人は先に行ってていいよ」
『はあ!? オイオイお嬢ちゃん、馬鹿言うなよ』

アヌビス神が子供扱いしているようにアンバーの背丈は先ほどと比べ、明らかに縮んでいた。
いや幼くなったというべきだろうか。身長に加えて、顔つきが子供のような童顔になっている。

「大丈夫、私なら」
「黒に任せられたんだ。アンタをここで見殺しには出来ない」

エドワードはアンバーの肩を強く掴む。
黒の事もそうだが、何よりここでアンバーを死なせるような真似は彼の信念が許さない。
罪は償わせるが、それは生きていてこそ意味がある。

「私は死なないから、って言っても聞かないよね」

固い信念を感じさせるエドワードにアンバーは困ったような顔を大袈裟に浮かべていた。
そして逡巡の末、エドワードに微笑みかけた。

「……あっそうだ、指出して」
「え?」

アンバーは何かを閃いたのか、声のトーンを上げてから小指を立ててエドワードの前に持っていく。
釣られてエドワードも小指を差し出し、それをアンバーは絡めた。

「はい、指切りげんまん、嘘吐いたら針千本のーます、指切った!」

「お、おい……」

「ちゃんと、これで約束したよね?」

強引に約束を強制され、エドワードはたじろぐ。

「私は死なないし、この後でちゃんと貴方に謝る……。覚えてるよね、私が貴方と共犯者になった時のこと」

―――今はそれだけを信じてほしい。貴方が首輪を外すことに成功すれば黙ってでもお父様と衝突することになると思う。
   その中できっと私は貴方達に会うかもしれない。その時は“頭を下げて謝罪する”

首輪解除の前にアンバーからのコンタクトでエドワードとアンバーは一つの約束を交わしていた。
その後の騒動ですっかり忘れていたが、アンバーはちゃんと記憶していたようだ。

「もう一度だけ、信じて欲しい」

「けど……黒から、俺は……糞ッ!」

既に自分は二回殺されている。薄っすらとだが、記憶の中で自分の死の記憶があった。
一度目は光の濁流に飲み込まれ、二度目は何も出来ないまま首を跳ねられた。
どんな手品なのか分からないが、アンバーの能力で自分たちは生き返った……正確にはやり直している。
つまるとこ、エドワード達がいる限りアンバーの足を引っ張るという事だ。

(俺達がいるから……能力を無駄打ちしてるってことか……?)

契約者には対価があるということをエドワードは一切知らないが、何らかの能力を行使したアンバーが若返る。
いや今の外見年齢では幼児化していってる以上、能力行使の際に年齢が遡ってしまうことは察しが付く。
そしてその上限は確かに存在していて、残りはもう僅かだということもだ。

「絶対にくたばるんじゃねえぞ……。アンタが死んだら、黒だって……」
「うん、良い子だね」

エドワードのおでこを人差し指で突きながら、アンバーは明るい口調で話す。
外形だけなら未成年の女の子に頭部を平気で触られるほど、身長差がないことにコンプレックスを刺激され少し複雑な心境になる。

「ガキ扱いすんなよ……」
「私、こう見えても結構お姉さんだから」

それがからかっているのか、あるいは本当の事なのかはアンバーの実年齢の分からないエドワードには知る由もない。
ただ、少しだけ肩の荷が下りたように体が軽くなった。
多分アンバーは罪悪感を和らげようとしてくれたのかもしれない。

「行くぞ、雪乃、アヌビス神」
『お、おう……でも良いのか?』
「俺達にここで出来る事はない。御坂美琴を止める以外に」

戸惑う様子を見せるアヌビス神だが、二人を交互に見た後に意を決したのかアンバーに背を向ける。
そのままアンバーはエドワードと雪乃が去っていく姿を見送った。

どんどん背中が小さくなっていく。
その後ろ姿を最後まで見ることはなく、アンバーは瞼を伏せた。

「……そっか、ごめんね」

何に対しての謝罪なのか、誰に向けたものなのか。それはもうアンバーにしか分からない。

「さて、と」

アンバーは広川へと向き直る。

「意外かな。黙って行かせてくれるなんて」

「お前を殺せば、時間の巻き戻しはなくなる。誰より優先すべきはお前だ」

イザナミの力を借りたとはいえアンバーが時間を巻き戻す以上、堂々巡りではある。
時間の操作を警戒したからこそ、お父様は生前に制限を掛けたのだが、何らかの方法で緩和したらしい。

「一つ聞いていい? どうやって人間を間引くつもり?」

気に掛かっていたことがあった。
お父様が没し広川も消えた本部でこれまでの記録を確認し、イザナミや広川についてある程度の仮説を立てて黒達に説明したが、まだ分からないことがある。
具体的には広川が望む間引きをどう行うかである。

「銀(さいやく)を使い、全人類の魂を抜き去る」
「…………は?」
「そして、種を存続するに必要な一部の肉体にこちらで用意した魂を入れる事で肉体を保持する。
 こうして多数の人間を間引きながら、生物界のバランスが保たれる」

確かにイザナミには魂を抜き収集する力がある。
二年後の未来では、それで地球のコピーに集めた魂を送り込んだこともあった程だ。
だが、広川の思い描く銀の利用方法は違う。
集めた魂に関して触れてはいないが、魂を抜いたうえで残された肉体だけを人間という動物の存続の為だけに使う。
こうすることで生物学上は人間は滅びない。それどころか、無駄な科学の発展や環境汚染を食い止めることも可能だ。

何せ魂が、意思がないのだから。ゲームの盤上のように広川の思うがまま。

「必要なのは、銀の力を拡大し全世界へと轟かせる発信機……つまり聖杯だよ。
 聖杯で世界にイザナミの霧を広げ、その霧に銀の力を相乗させる」

この世界の聖杯は数多の異世界を繋ぎ、作り上げた一つの異世界同士の起点であり交差点だ。
広川はそこからイザナミの霧を世界へと侵食させ、銀の力で魂を根こそぎ抜き去ることを画策している。

「何考えてるの」

人を殺めることに心を痛めることがないと言えば嘘になるが、アンバーは人の死というものに対して然程動じない。
それが契約者だからこそなのか、その前からの人間性なのかは定かではないが。
だがそんなアンバーですら、広川の話には嫌悪感を抱いていた。

「それって、もう家畜みたいなものだね」

組織に使い勝手の良い駒として扱われてもいたが、これはその比ではない。
純粋な怖気がしてくる。契約者になって長いが、こんな感情に襲われたのは今この時が初めてかもしれない。

「人間どもがやっていることと同じだ。私がそれを行って何が悪い?」

悪びれるどころか罪悪感すらないようだ。
広川の声は力強く芯のこもったものである。皮肉を言ったつもりのアンバーが面を食らうほどに。

「貴方を呼んだこと、今激しく後悔してる」

「私はきみにこれ以上ない感謝をしているがね」

次の瞬間、斬撃が放たれる。
八連撃の剣舞は、アンバーの華奢な体など一瞬にして細切れにし、切り刻まれた赤黒い肉片へと変えていく。

『執行モード、デストロイ・デコンポーザー』

だが広川の目の前で散らばる筈の肉片は欠片一つない。

「――――!!」

代わりに執行を告げる電子音声と裁きの光が広川を包み込んだ。









「まったく、踏んだり蹴ったりだな」

広川の奇襲を避けたはいいが、ヒースクリフは随分と遠くへと吹き飛ばされてしまった。
幸い彼らからはまた距離を置こうかと考えていたところだし、都合は悪くないのだが。
とはいえ、彼らの考えを観戦したいという思いもある。
もし戦場からかけ離れた場所なら運が悪い。

「いや、まだ幸運の女神には見捨てられていないな」

残りの余命が数時間の男とは思えぬ発言だ。
しかし、現在地を確認すればむしろ誰よりも戦場に近い場所ではないか。
何せ先ほど御坂と対話した場所に非常に近い。

「また彼女に会うのも奇妙なものだが……」









意識が戻る。
確か自分は誘拐された。イザナミか銀なのか良く分からないが、黒達の目の前で攫われたのだ。
そして今、その誘拐主の膝の上に拘束されている。
非常にヤバい。契約者として合理的に取るべき行動は……。

「ん?」

覚えのある匂いだった。
それまで抱いていた危機感が全て吹っ飛ぶほどに。

「猫」

服の感触も太腿の柔らかさも、身体を撫でてくれる温もりも、猫が以前に習慣化していたものだ。
蘇芳と出会うよりも前、モモンガ時代ではなく黒猫の体で黒達とチームを組んでいた頃まで遡る。

「銀、なのか……?」

白の銀髪は光に包まれ、白いスーツのような物に身を包んではいるが、それは猫が知る紛れもない銀だった。
変化と言えば、ドールとは思えない感情が顔に出ていることぐらいだ。
猫を優しく、膝の上に寝かせその背を撫でている。そこに悪意はなく、猫に対する親愛の情しか込められてはいない。
だからこそ、猫は困惑した。これが本当に災厄だというのだろうか。
見た目に変化こそあるが、銀がそんなモノを引き起こすとは思えない。

「会えて、良かった」

猫は銀を抱き上げると、腰を上げ立ち上がる。
そして猫を手放した。
ネコの身体能力を駆使し、猫は空中で体制を整え見事に着地する。

銀は猫から離れるように、一歩二歩と後ろに下がる。

「銀? 待て、銀……!」

弾けるように猫が駆けだすと、霧が視界を遮った。
先が何も見えず、銀の姿も見えなくなる。
とにかくがむしゃらに走り、一つの人影を見つけ猫は全力で疾走する。
どうしてこんなに必死で走るのか、当の猫本人にも理解できなかった。
このまま追って、どうなるというのか。追いついて、それからどうすればいいのか。

「ォ…………ま」

「なんだ……」

霧に映し出された人影がより濃さを増し、そのシルエットが明らかになる。

「猫か!?」

だが霧の中から飛び出してきたのは銀ではなく、猫を追ってきた黒だった。
二人とも驚いた形相で見つめ合い、呆然としている。
猫は確かに銀を追っていた筈なのだが、それが黒に変わっていたのだから困惑は必然だ。
また黒も猫は囚われていると考えており、一人で脱走したような今の状況には驚きを隠せない。

「俺は銀を追ってたんだ」
「銀を? さっきまで一緒にいたのか」
「ああ、あいつは俺を逃がして、その後に消えちまった」

事情を聞いた黒は自分が銀の元へ近づいていることを確信した。

「黒、どうやってここまで来た?」
「奴はあの場所で待っていると言っていた。ここがゲートの中なのだとしたら、俺が望めば銀は居て、その場所にそこに辿り着ける筈だ」
「だが、同時に何かを失うんだぞ」

ゲートが何でもありなのは猫の承知の通りだが、その反面何らかの対価を要求される危険地帯でもある。
黒の方法で銀の元へ行くのはリスクが高いと猫は感じた。

「猫、お前はエドワード達と合流しろ。最悪の場合でも、参加者じゃないお前は御坂美琴に殺されることはない」
「それは良いが……黒、お前は……銀をどうする気なんだ」

黒は二年後の未来に於いて、ゲートの中心で恐らく銀を殺害した。
そのまま消息を絶ち、奇妙な事に猫はこの場で過去の黒と再会を果たしている。
だからこそ、既知感がある。この事態はあの時の二の舞ではないかと。
役者は蘇芳、ジュライからエドワード、雪乃、アンバー、ヒースクリフと様変わりしているが主軸は何も変わらない。

「聞け。良いか? 銀を救う手立てがあるかもしれない」

黒にとっては未来の、猫にとっては過去の、あの時のイザナミは殺す以外に止める手立てはなかった。
しかし、今は違う。役者が変わったことで新たな道も照らされてきているのだ。

「エドの錬金術なんだがな。美樹さやかって女の子が魔女っていう化け物になった時、あいつはその娘の魂を錬成して元の人間に戻していた」

魔女化したさやかを止める為にエドワードは錬成し、その巻き添えで猫も良く分からない謎の世界に行った事は強く印象に残っている。
所謂さやかの心理的な世界だったのか、専門的な事は分からないが、エドワードが人外になった人間を元に戻すことが可能だという事だけは理解できた。
今回のケースもこれに当て嵌まるのではないだろうか。
銀は特異な力に目覚め暴走してはいるが、さやかのように魂を錬成することが出来れば、黒が殺める必要はない。

「……もう、遅い。銀には、戻れる肉体がない」
「ッ……」

ただし、美樹さやかはその時点では生存していた。
ちゃんと体の脈を測ったわけではないので断言はできないが、肉体は決して死んでいた訳ではないのだろう。
だが銀は既に死んでいる。仮に魂に手を加えたとして、彼女の体は死を迎えている。

「だったら、エンブリヲとかいうのがいただろ……あいつに頼んで……それで」

契約者とは思えない、非合理的な発言だ。
エンブリヲの力ならば死人を蘇らせることは可能かもしれないが、黒の願いを承諾などしない。
それどころか銀の魂を使って、何か悪企みをしでかすか予想がつかないほどだ。

「お前らしくもない」

あまりに馬鹿げた発言に、黒は苦笑しながら指摘する。

「と、とにかく銀の奴は俺が知ってた昔の銀だった! それに殺すより、合理的で確実性がある方法があるはずだ……だから早まるな!」

「意外と仲間想いなとこもあるんだな」

猫は気恥ずかしさから、黙りこくってしまった。

「安心しろ。俺はただ、失った物を取り戻しに行くだけだ」

穏やかな笑みで黒はそう呟き、仮面を被ると猫に背を向けた。

「黒!?」

霧の中へ歩んでいく黒の背中を猫は追いかける。
ネコの疾走する脚力と、成人男性の普通の徒歩では明らかに前者が優位で容易に追いつける筈だ。
だが、二人の距離は縮まらない。走れば走るだけ黒の背中は小さく、霧に呑まれていくようだった。

「どうなってんだこの霧は……何で追いつけない……?」

ネコの体のせいなのか? それならば、猫はこの時ほど元の肉体を失った事を後悔した日はない。
ゲートの中心へ黒と銀と猫の三人で向かった際、組織に切り捨てられたが為にサーバーから切断された実質死んだ時でさえもこんな感情にはならなかった。

「待てよ……待て、行くな! 黒!!」

霧が晴れ、二つの人影はクリアになった猫の視界に写った。

「―――猫!?」

金髪を後ろに結んだ背の低い少年と、黒い長髪で剣を片手に掴んだ少女。
エドワード・エルリック雪ノ下雪乃の二人だ。

「ハっ……ゲートは何でもありか……」

首を傾げるエドワードを猫は無視しながら呟いた。

「どうも、お前達の舞台に俺は最後まで……居合わせられないみたいだな。あの伊達男じゃないが」

猫が出る舞台はあちら側ではない。
彼が見届けるべき物語はこちら側ということらしい。
銀が猫を逃がしたのも、そういう意味合いだと納得いく。



「全く、いつまでも飽きさせない奴らだったよ。お前らは……」



結局、最後はいつもこうだ。



【F-5/二日目/夕方】

【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[道具]カマクラ@俺ガイル、エカテリーナちゃん@レールガン
[思考]
基本:生還する。
0:エドと共に行動し、御坂美琴に対処する。
1:黒、銀……


エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(極大)、ダメージ(中)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔、強い決意 、首輪解除、腰に深い損傷(痛覚遮断済み)
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0~2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
    エドの作ったパイプ爆弾×4学院で集めた大量のガラクタ@現地調達。
[思考]
基本:生還してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:聖杯を壊し、御坂を倒す。
1:大佐……。
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。


雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(極大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大) 、腹部に切り傷(中、処置済み)、胸に一筋の切り傷・出血(小) 、首輪解除、右手粉砕骨折、顔面強打
[装備]:MPS AA‐12(破損、使用不可)(残弾1/8、予備弾倉 5/5)@寄生獣 セイの格率、アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、ナオミのスーツ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品×2、医療品(包帯、痛み止め)、ランダム品0~1 、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣
    ビタミン剤、毒入りペットボトル(少量)
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:タスクの帰りを待つ。
1:自分の責任として御坂を何とかする。
2:もう、立ち止まらない。




【F-2/二日目/夕方】

【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP20%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:神聖剣十字盾(罅入り)@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:随分と飛ばされてしまった……。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。



【F-5/二日目/夕方】

【広川剛志@寄生獣 セイの格率】
[状態]:???、不死身、制限なし
[装備]:??? 、ペルソナ全書@PERSONA4 the Animation
[道具]:???
[思考]
基本:聖杯を手に入れる。
1:全てを果たし、そして終わらせる。

【アンバー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:???
[装備]:???、ドミネーター@PSYCHO PASS-サイコパス-
[道具]:???
[思考]
基本:黒の為に動く
1:広川と戦う。


【???/二日目/夕方】

【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:全て終わらせる。


【イザナミ@???】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:???



最終更新:2018年03月17日 02:34