オープニング――《開会式》  ◆tILxARueaU




 その日、少女は見知らぬ密室で目を覚ました。


 たたみ一畳分ほどの狭い個室。家具やインテリアの類は一切置かれておらず、生活味は皆無。
 少女を囲うのは四方の白い壁。傷や汚れがまったく見当たらない完全無欠な白い壁。
 左の壁には自身の姿を映し出す鏡が、右の壁にはインフルエンザ予防を呼びかけるポスターが。
 正面の壁には暗闇を映し出す小さいモニターが、そして後ろの壁にはノブ式のドアが一枚。


 狭い空間、こじんまりとした世界、隔離環境、押し寄せる不安。
 少女の頭にあるうさぎの耳のように大きなリボンが、ぴょこんと跳ねた。


「……ここ、どこ?」


 少女――その正体は私立龍門渕高校二年、天江衣
 年齢に相応しくない小学生のような容姿を持つ、彼女。
 状況を理解した上での反応はまったく子供らしく、見た目相応。


 怯え、震え、驚き、潤み、安寧を求める仕草。
 そんな天江衣に追い討ちをかけるかのごとく、《はじまり》は始まろうとしていた。


 正面の壁に埋め込まれていたモニターが、パッと明るくなる。
 映し出された映像はどこかの舞台、ニュースなどでよく見る記者会見現場のようだった。


 壇上に、一人の男が立っている。
 黒いサングラスに、剃り残しが若干わかる髭面、中年男性。
 着衣は似合わぬほどの正装。ベージュ色のクラシックスーツだった。



『――…………おはよう、諸君。まずは自己紹介をしておこうか』



 モニターの中の男は、天江衣に語りかけるように壇上でマイクを取る。
 こなれたような、一方で緊張しているようにも窺える、曖昧な立ち姿。
 天江衣の視線は映像の中の男に釘付けになり、そして男は告げた。


『俺の名前は遠藤勇次……そして我々は帝愛グループ……今から諸君らには、殺し合いをしてもらう』



 ◇ ◇ ◇



 壇上に立つ男の名前は、遠藤勇次。
 消費者金融を主体とする日本最大規模のコンツェルン、『帝愛グループ』が傘下である『遠藤金融』の社長にして――ヤクザ。
 今回の《開会式》は、男にとっての晴れ舞台、躍進を遂げるための第一歩とも言える重要な仕事だった。


『殺し合い……と言ってもただ言葉通りにすればいいってわけじゃない。そこにはルールを伴う。
 これはそうだな……《バトルロワイアル》という名のゲーム大会、そういう企画なのだと受け取ってくれ。
 そして、今この映像を見ている諸君らこそが参加者っ……! 現地に立ち、命のやり取りをする張本人たちだ……!』


 それら、遠藤なる人物に関する情報はまったくと言っていいほど持たないが、『帝愛』には深い関わりを持つ男が一人。
 他数十名と同じ待遇、変わらぬ境遇で、あくまでも参加者の側として遠藤の演説を見ていた。


「帝愛だと……!? 馬鹿な……こっちはなにも聞いておらん、なにも聞いておらんぞっ……!」


 憤慨しながら壇上の遠藤を、忌々しくもモニターの外から睨みつける壮年の男――名前は利根川幸雄
 『帝愛グループ』という組織の中でも最高幹部としての地位につく彼は、遠藤という男をまるで知らない。
 このような演説を取り仕切るからにはそれ相応の重役であるだろうに、利根川は遠藤を知らない……知らないのだ。


『……フフ。こんな末端にいた人間の顔、あなたが把握していなくとも無理はない。
 しかしようやく、ようやく俺にも運が巡ってきたってことなんですよ……おっと、今のはただの独り言だ』


 遠藤はモニターの中から、まるで特定の個人に語りかけるように独り言を喋る。
 その対象が他でもない利根川であったなど、このときは混乱ゆえにわかりもしなかった。


「くっ……! いったいなにが起こっているというのだ……!」


 最高幹部である利根川にも詳細を知らされていない、『帝愛』主催の一大イベント。
 遠藤の語る《バトルロワイアル》とはいったい、どのようなものなのだろうか。


 モニター上では、説明の続きが為されようとしていた。



 ◇ ◇ ◇



『さて……では先ほど少し零したルールについて、詳しく説明していくとしようか。
 と言っても、このルールというのがなかなか複雑っ……。俺では上手く説明できるかわからない。
 なので、我々は説明係としてとあるゲストをお呼びした……ここは俺に代わり、彼女に説明してもらうとしよう』


 遠藤の言葉に促され、舞台袖から一人少女がとてとてと、ゆったりした歩みで壇上に近寄って来る。
 一見しただけで教会のシスターとわかる、特徴的な格好。外見は酷く幼い、小学生くらいの容姿。
 遠藤はその少女を隣に置き、こう紹介した。


『彼女の名前は「献身的な子羊は強者の知恵を守る(Dedicatus545)」……発音が難しいな。
 それとも「Index-Librorum-Prohibitorum」……いや、今は「自動書記(ヨハネのペン)」と紹介したほうがいいか?』


 なにやら楽しそうな遠藤に、少女は軽く告げた。



インデックス――で、構いません』



 自身が複数持つ肩書きの中で、最も簡潔なその名称を。
 これに一番の驚きを得たのは――彼女の姿をモニター越しに見ていた、この少年。


「……インデックス!? おまえ、そんなところでなにやってるんだよっ!」


 寝癖と見紛うほどのツンツン頭、ラフなワイシャツ姿、滾る若さ――名前は上条当麻
 壇上に立つインデックスなる少女、彼女が昨日まで居候していた家の家主である。


 ……ある一件で記憶を失った彼には、知ることができない。
 今の彼女が、インデックスのもう一つの人格とも言うべき『姿』であることに。
 それが一度、幻想殺しの右手で殺したはずの存在だったということにも、彼は気づけない。


「おまえ、そんな堅苦しい印象のキャラじぇねぇだろ。演技か……? いや、魔術で洗脳でもされてんのか?」


 ならそんな幻想、俺が今すぐにでもぶっ壊して――と、上条当麻は的外れなことを吼える。
 彼の言動など気にもかけず、壇上のインデックスは参加者たちに対しての説明を開始する。


『まず――この催しは《バトルロワイアル》という名称があると認識してください。
 あなた方が呼称する上では、《ゲーム》でも《殺し合い》でも、なんと呼んでいただいても構いません。
 趣旨は先ほど彼が告げた通り、殺し合いです。参加人数は全部で65名。一人になるまで殺し合っていただきます。
 理解していただけましたならば、細かい説明に移りますので、ご覧のモニターの下手にあります引き出しを確認してください』


 見ると、モニターの下側に小さな取っ手があった。
 上条当麻はインデックスの言うとおりにこれを引き、中を確認する。
 リュックサック型の黒い鞄が一つと、A4サイズほどの紙が一枚、それと封筒が収めれていた。


『黒い鞄は《デイパック》、紙は《地図》、封筒の中身は《名簿》になります。
 封筒の中身はまだ開けず、中に名簿が入っているということだけ認識し、後で確認してください。
 名簿にはバトルロワイアルの参加者である65名……から13名を引いた、52名の人名が記されています。
 未掲載の13名につきましては、開始から六時間後に予定している《放送》にて発表させていだきます。
 ご自身の名前が名簿に掲載されていなかったとしても、どうか慌てないようお願いします。


 バトルロワイアルの進行にタイムリミットはありません。生存者が一人になるまで、ゲームは続きます。
 ゲーム中では、途中経過の報告として六時間ごとに会場に放送を流します。担当は私と、こちらの遠藤勇次。
 内容は、その時点での脱落者――死亡者の告知と、《禁止エリア》の発表になります。


 《禁止エリア》について説明します。お手元の《地図》をご確認ください。
 そちらに掲載されている場所が、あなた方がこれから向かう現地、バトルロワイアルの会場です。
 線で複数のエリアに区分けされているのがわかるかと思いますが、放送のたびにそのエリアを三つ、指定していきます。
 指定されたエリアは、多少の時間差を設けた後《禁止エリア》となり、立ち入り禁止区域となります。
 もし万が一、あなた方がその禁止エリアに踏み込んだ場合には…………その《首輪》が、爆発します』


 インデックスがモニター越しにこちらの首を指し――上条当麻はゾッとした。
 ほとんど無意識のままに、左の壁にあった鏡を見やってしまう。
 そこにははっきりと、自分の驚きに塗れた表情が映っていた――いつの間にか首に嵌められていた《首輪》と共に。


『左手にあります鏡にてご確認ください。あなた方全員に嵌めたその《首輪》。それには爆弾が埋め込まれています。
 あなた方を縛る枷と考えてください。我々はいついかなるときであっても、その首輪を起爆させることが可能です。
 もっとも、よほどのことがない限りはそのような真似はいたしません。
 禁止エリアに踏み込んだ際に自動起爆するもの――と、基本的にはそういう認識でいてください。


 では続きまして、他の荷物――《デイパック》の中身についても説明しておきましょう。
 その中には、殺し合いに有用な物資が多数収められています。
 腕時計や懐中電灯、現在位置を知るためのデバイス、食料に水、絆創膏やガーゼといった応急処置セットなどです。
 それら、全参加者共通の物資とは別に、各人に一個から三個までの割合で《ランダム支給品》が入っています。
 これは人によって異なり、多く場合は刀剣や銃器などといった人殺しに有益なものが割り当てられています。
 なにが入っているかは、後ほどご確認ください。分配の仕方に作為はありません。
 有益なものが入っているか無益なものが入っているかは、各々の運しだいと言えるでしょう。


 舞台となるのは、あなた方の後方にあります白い扉……そちらを潜った先にある会場です。
 今行っている《開会式》が終了しだい、あなた方にはそのデイパックを持ち扉の外に出てもらいます。


 ……バトルロワイアルのルールについては、これで一通りの説明を終えます。
 では最後に、このバトルロワイアルを勝ち抜いた際の特典について――遠藤勇次のほうから説明させていただきます』


 インデックスは壇上から少しばかり身を引き、代わって遠藤が前に出た。


『ルールについては理解できたか? まあ、いきなりのことで理解が追いつかないのが大半だろうが……安心してくれていい。
 そのデイパックの中には、先ほど彼女が説明した内容と同じことを記した冊子が入れられている。
 旅のしおりみたいなものだと解釈してくれればいい。覚えが悪ければ後でまた確認してくれ。ルールの把握は大事だからな。
 で、だ。バトルロワイアルを勝ち残った最後の一人へ与えられる特権……《優勝賞品》について説明するとしようか。
 初めにも言ったが、これはゲーム大会だ。当然、勝利者にはそれ相応の報酬が支払われる。
 それはいったいなにか……もったいぶっても仕方がない。ずばり言ってしまおう――《賞金》と、《権利》だ』


 遠藤は大仰な素振りでそう唱え、胸元から一枚の紙切れを取り出した。
 紙幣とも見えるそれは、しかしよく目を凝らして見ると、偽札であることがわかる。


『見たことがないものがほとんどだろう。世には出回っていない紙幣だからな、ククッ……まあ当然か……。
 これはだな、一枚で《1億ペリカ》。言われてもピンとこんだろうが……それだけの価値を持っている。
 優勝者には、賞金として《10億ペリカ》。この紙幣が十枚、その場で支払われることになるっ……!
 ……とまあ、こんな世の中では使えない金を渡されたところで、諸君らにとってのメリットにはならんだろう。
 そこで重要なのが、賞金と一緒に与えられる《権利》っ……! これはなにかと言うとだな、《買い物》の権利だ。
 フフフ……そう焦るなよ。声を荒げたい気持ちはわからんでもないが、まずは俺の話を聞いておけ。
 諸君らが今いる部屋の右、そこの壁にポスターが貼ってあるだろう? それ、引っぺがしてみろ』


 上条当麻が右の壁に目をやる。献血のポスターが貼られていた。
 セロハンテープで貼られていたそれを、言われたとおり引っぺがしてみると、


「なっ……!?」


 ポスターの下には、以下のような記述が為された別の紙が貼られていた。




   元の世界への生還――1億ペリカ
   死者の復活―――――4億ペリカ
   現金への換金――――9億ペリカ


   その他の願い―――――要相談
                          』



 蕎麦屋のお品書きような、ふざけた印刷。先ほどから遠藤が語っているペリカなる単語。
 元の世界への生還、死者の復活、現金への換金といった、真の意味での権利。
 買い物という言葉を踏まえて考えてみると――優勝という頂を目指す意味が、いよいよ見えてくる。


『それが優勝した際に支払われる10億ペリカの使い道だ。詳しく説明するから見ながら聞けよ?
 まず自分が優勝した後、元の暮らしに戻るために必要な費用……これが1億ペリカ。
 ただ優勝するだけじゃ家には帰れない……優勝して掴んだ賞金を、ちゃんと使わなきゃいけないのさ。
 まあ、かかる費用はたった1億。賞金総額の一割だ。段取りは踏まなきゃならんが、優勝と生還は同義と思ってくれていい。


 そしてのその下……ここに疑問を思った者も多いかもしれんが、4億ペリカで死人を復活させることができる。
 おっと……嘘をつくな、そんな馬鹿な、と言わんばかりのざわめきだな。無理もない……無理もないがよっ……!
 可能なのさっ……! 我々帝愛グループにとっては、死者の復活なんてお手の物……! これは絶対的な真実……!


 考えてもみろ。我々が諸君らをどのようにしてこの環境に連れてきたのか……最大級の疑問だろう?
 我々にはそれを可能にするだけの力がある。いや、力を得たと言ったほうがこの場合は正しいか?
 とにかく、不可能を可能にすることが、願いを実現させることが……我々帝愛にはできるっ……!』


 遠藤は熱く語る。その鬼気迫る演説に、上条当麻は狂気すら感じた。



『なにせ我々は……《金》で《魔法》を買ったんだからなッ!!』



 マイクが壊れんほどの意気込みで、遠藤は猛々しく叫んだ。


『ククク……そう唖然とするな。俺が狂言を口走っているだけだとも? それはそれで結構っ……!
 だが真実……これは真実なのさ。いいか? 魔術ではない、あくまでも《魔法》だ。
 諸君らのような曲者に殺し合いを強いる《魔法》。死んだ人間を蘇らせる《魔法》。
 我々はそれを金で手に入れた……言わばこれは金の力っ……! 抗えはしないさ……金は絶対だからな。


 この死者の復活というのは当然、優勝者が対象を指定することができる。
 恋人でも子供でも、親でも友人でも、死体があろうとなかろうと関係ない。誰であろうと蘇らせる。
 そう、たとえばバトルロワイアルの中で死んだ、あるいは自分が殺した相手であったとしても……だ。
 まあ、その人物を元の暮らしに戻すためにはまた別途1億必要だが……その点はよく計算しておくことだな。


 では次、三つ目の現金への換金。これについて説明しておくとしようか……』



 ◇ ◇ ◇



「10ペリカはわずか1円。9億ペリカで現金に換金するとなると……9千万か」


 利根川幸雄の部屋。
 帝愛グループ最高幹部に属していた彼は、もちろん遠藤が語るペリカの価値を知っている。
 その金額が、65人の殺し合いの果てに得られる額として相応かどうかは疑問だった。
 しかしここで、遠藤の説明は利根川の知識と食い違う……!


『わかりやすく日本円で説明しようか。1ペリカの価値はここでは10円だ。
 つまり10億ペリカというのは実質100億円っ……! 9億換金したとすると、90億持ち帰れる……!」


 途端、利根川の表情が凍りつく。
 あまりにも膨大……膨大すぎる賞金額だった。


『そこには9億で換金と書かれているが、それはあくまでも、換金できる最大額を示しているにすぎない。
 たとえば4億で死者を一人復活、2億で自分と蘇った死者の生還権を得て、手元に4億残ったとしよう。
 その残り4億ペリカを現金40億円に換金し、元の世界に持ち帰ることはもちろん可能っ……!


 ククク……頭ではもう既に、10億ペリカの使い道を検討しているんじゃないか? 大いに結構っ……!
 また、そこには載っていない別の願いも、金額しだいでは我々が叶えてやることができる。
 たとえば故郷の憎いあいつを殺して欲しいだとか、理想の恋人が欲しいだとか、世界の覇権を手にしたいだとか、
 《人質》を取り戻したいだとか、帝愛グループに入りたいだとか……このへんは優勝した際、話し合おうじゃないか。


 ……ん? ああ、《人質》ね。それはいったい、誰のことを言っているんだろうなぁ?
 ひとつ注意しておくとだな、こちらの彼女……インデックスは我々帝愛グループの人間じゃあない。
 このバトルロワイアルを取り仕切る上で白羽の矢が立った、特別ゲストと言うべきか。
 彼女以外にも、そういった《ゲスト》がいないとは断言できないが……ま、当分は俺と彼女が司会進行を務める』


 インデックスなるシスターの素性など、利根川はもちろん知らない。
 遠藤という男が語る帝愛グループの名前すら、彼にとっては疑わしいほどだった。


『……さて。これで一通りのルールは説明し終えたんだが……ここまででなにか不明な点はあるか?
 質問や意見を募りたいところだが、さすがに65人全員からそれを聞いているだけの暇はない。
 よって、ここは一人……! 先着一名のみ、我々とじかに言葉を交わすチャンスを与えようじゃないか……!』


 遠藤の挑発的な言動に、利根川の表情が険しくなる。


『諸君らの後ろにある、その扉。その扉を一番最初に開いた者のみ、この壇上に上れる……というのはどうだ?』


 こちらを小馬鹿にしているとしか思えない提案。
 利根川は直接物申してやろうと思い立ち、後方のドアに手をかけた。
 ノブを捻り、これを開こうとする――が、開かない。
 鍵でもかけられているのか、そのドアはびくともしなかった。


「おい、話が違うじゃないか――」


 と利根川がまたモニターのほうに振り返ると、壇上には既に、彼よりも早く別の参加者が躍り出ていた。



 ◇ ◇ ◇



「透華!」


 天江衣の部屋で声が上がる。
 壇上に現れたのは、彼女の従姉妹にして親友である――龍門渕透華
 白を基調とした服装に、癖のある金髪、凛としたお嬢様としての佇まいが、モニターの中で映えた。


 知り合いの登場に、天江衣の顔がパァーっと明るくなる。
 透華なら、透華ならきっと、あの髭面になにか言ってくれるに違いない。
 そんな淡い期待を胸に、天江衣は爛々と目を輝かせた。


 モニターの中で、龍門渕透華と遠藤が睨み合う。
 インデックスは無機質な視線で彼女を見つめている。
 一秒、二秒と待っても、誰も声をかけようとはしなかった。
 十秒が過ぎようとしたところで、ようやく、



『ウェルカム!』



 遠藤が透華に向けて、嬉々とした顔でそう言葉を発した。


『ウェルカム……! ようこそ……ようこそ勇者よっ……!』
『な、なんですの? 気味の悪い……気安く触らないでくださいましっ』


 馴れ馴れしい態度で手を引こうとする遠藤を、龍門渕透華はあからさまに毛嫌いした。
 遠藤は龍門渕透華を壇上の一番目立つ位置まで誘導する。


『まあまあそう硬くならずに。まずは自己紹介。名前と所属でも教えてもらおうかな?』
『……龍門渕高校二年、龍門渕透華ですわ。あなた方に一言申し上げたく、ここまで参りました』
『ほう、一言。いったいなにを申し上げてくださるのかな?』
『こんな馬鹿げた茶番劇は、今すぐおやめなさい!』


 臆すことなく、その指先を遠藤に突きつける龍門渕透華。
 厳格な姿勢でもってして、遠藤たちバトルロワイアル主催者たちを律しようとする。


『わたくしだけならまだしも、わたくしの大切な家族まで巻き込もうだなんて……許しがたいことですわ。
 叶うことなら、バトルロワイアルと言わず今すぐこの場であなたに天誅を下してさしあげたいところでしてよ』


 自らの立場がわからない上での蛮勇、などではない。
 彼女は彼女で、自身の首に嵌められている枷の意味を正しく捉えている。
 それを押してでも、大切な家族を危険に巻き込む輩は許せない……と、そんな意思が窺い知れた。


『ククク……勇敢なお嬢さんだ。自分の立場も弁えず、その家族とやらのためにここまでっ……!』
『よほどのことがない限り、でしたわよね? お誘いもそちらから。せっかくの機会、言いたいことを言わせてもらいますわ』
『なるほどなるほど。ま、その程度で気分を害しはしないがね。だが、ルールを破ったというなら話は別だ』


 遠藤は、笑う。
 悪趣味に、下卑た面持ちで、女性に対してこの上ないほどイヤらしく、凶悪に顔面を歪ませる。


『家族まで巻き込もうだなんて……透華さんはさっきそう言ったね。どうして、ここに家族がいるだなんて……?
 もしかして名簿を確認したんじゃないかな……? まだ開けてはならない、そう言ったはずの封筒を開けて……!』


 にやにやと、龍門渕透華の表情が青ざめていくのを楽しむように。
 遠藤はその身を徐々に徐々に、壇上から退けつつ笑う。
 モニターには既に、激昂する龍門渕透華の姿しか映されてはいなかった。



『お、お黙りなさい! どんな脅しを受けようと、衣はわたくしが絶対に――』



 ボンッ、という盛大な破裂音。
 モニターが血の赤で染まった。


 龍門渕透華の首から上が、真っ赤に染まっていた。
 龍門渕透華の首から上が、真っ赤になってなくなった……。



 ◇ ◇ ◇



「クククッ……こりゃまた、実際に爆発させてみると……なかなか……すごいな……!」


 壇上、遠藤勇次は首から上が爆散した龍門渕透華の死体を見下ろしながら、ある種の感動を覚えていた。
 先ほどの爆破の瞬間、それは64名の参加者の目にもしかと映ったことだろう。
 脅迫概念を押し付ける方法としては、これ以上のものはない。
 なにより、たまらない。


 この、《見せしめ》という瞬間は――。


「理解いただけたかな? 諸君らの首輪に埋め込まれた爆弾はなかなかの威力だろう。
 首の皮が破れるといったレベルではない……首から上がまるごと木っ端微塵になる。
 死ぬにしてもそんな無残な死に方はしたくないだろう? なら、逆らわないことだ……!」


 カメラに向かって、遠藤は言う。
 小奇麗だったスーツはいつの間にか、赤い水玉模様で彩られていた。
 龍門渕透華の返り血……だった。


「では、これよりバトルロワイアルを開始します。あなた方がいるその部屋がスタート地点です」
「五分以内にそこから退室してくれ。退室しない場合はこちらのほうで強制的に『飛ばす』。なにを、とは言わんが」
「……首ではない、と補足しておきましょう。なんにせよ、五分後には全員が現地に立つことになります」
「荷物を持っていくのを忘れるなよ。それはとても大事なものだからな」
「忘れた場合は荷物も一緒に飛ばしますので、どうかご安心を」
「この映像もそろそろ終了だ。次に俺たちの声を聞けるのは六時間後……しかしそのときの人数ははたして何人か……!」
「最終的に、我々の顔を再見できるのはただ一人となるのでしょうが……みなさん、どうぞ奮戦を」


 インデックスの言葉を最後に、プツン、とモニターの電源が切れた。
 64名の部屋に設置されていたものがすべて、一斉に。


 各々はこの《開会式》の感想を胸に、現地へと赴く。
 誰一人として逆らえず、《主催者》の言葉に唯々諾々と従うがまま。



 アニメキャラ・バトルロワイアル3rd――――――――開戦である。



【龍門渕透華@咲-Saki- 死亡】
【残り64人】



■『主催』
【帝愛グループ@逆境無頼カイジ Ultimate Survivor】



■『司会進行』
【遠藤勇次@逆境無頼カイジ Ultimate Survivor】
【インデックス@とある魔術の禁書目録】



■『バトルロワイアルのルール』


【原則】
 64名の参加者が残り一名になるまで殺し合う。


【スタート時の持ち物】
 各人に支給されたデイパックの中身は以下の通り。
 地図、名簿、食料、水、メモ帳、筆記用具、ルールブック、デバイス、腕時計、懐中電灯、
 応急処置セット(絆創膏、ガーゼ、テープ、ピンセット、包帯、消毒液が詰められた救急箱)、ランダム支給品(各人1~3個)。


【名簿について】
 64名中、52名の参加者の名前が記載されている。
 未掲載の12名については、第一回放送の際に発表。
 龍門渕透華の名前は最初から掲載されていなかった。


【ルールブックについて】
 ルールが書かれた小冊子。開会式中でインデックスが語った内容とほぼ同一。優勝特典についても記されている。


【デバイスについて】
 現在自分がいるエリアがデジタル表記で表示される機械(【A-1】といった具合に)。方位磁石としての機能も兼ね揃えている。


【禁止エリアについて】
 六時間に一回の頻度で行われる放送ごとに、三つずつ増えていく。
 参加者が禁止エリアに踏み込んだ際、首輪が起爆する(爆破までに時間差や警告があるかどうかは不明)。


【優勝者への特権について】
 優勝者には賞金として10億ペリカ、そしてその賞金で買い物をする権利が与えられる。
 ペリカの使い道は以下の通り(これはルールブックにも記載されている)。
 ・元の世界への生還――1億ペリカ
 ・死者の復活―――――4億ペリカ
 ・現金への換金――――9億ペリカ
 ・その他の願い―――――要相談
 ※1ペリカ=10円。10億ペリカ=100億円。

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最終更新:2010年01月19日 21:07