OP案 ◆YzRSe62wUQ
これは一つの数奇な物語の始まりよりさらに前のこと、 厳密には物語の一部とは呼べない、プロローグですらない部分の出来事である。
一人の男と一人の女が並んで歩いていた。
かつかつかつ、と足音を床に響かせながら、二人は目的地へと歩みを進める。
二人の間には沈黙が横たわり、その場にはあまり穏やかではない空気が流れていた。
「そう緊張することはないさ、レディ」
その沈黙を振り払ったのは、男のそんな一声。
その声は場違いな程、落ち着いており、聞く者を安心させる不思議な優雅さ含んでいる。
「しかし、トレーズ様、これでは………」
対してレディ、と呼ばれた女のその声は決して穏やかな物ではない。
切迫していて、どこか屈辱を孕んでいる声だった。
男は静かにその声へ言葉を返す。
「何、少しばかり道化を演じるだけだ。
道化を演じ、人々を争わせる。私とて今まで経験がない訳ではないさ」
女はその言葉を聞いて、押し黙る。
その表情は依然として固く、男の言葉に納得している筈がなかった。
「だが、例え道化だとしても……せめてエレガントに演じたいものだ」
Animated character Battle Royale 3rd
Episode000 Die Meistersinger von Nürnberg
僕、
阿良々木暦は高校生だ。
それもかなりレベルの高い、県内有数の進学校へ通っているが、僕個人の成績はあまり振るわない。自信を持てるのは精々数学くらいで、後の教科ではテストの度に赤点との熾烈な戦いを繰り広げている、落ちこぼれと呼ばれるのに相応しい存在だ。
また、僕個人もあまり社交的な性格をしておらず、少し前まで一人として友達が居なかった。
友達を作ると人間強度が下がる、少し前まで僕はそんなことを真面目に思っていたのだ。が、そんな僕にも最近友達ができ、ようやくというべきか受験勉強も始めた。
これは僕にとって相当な変化であり、成長でもあったのだろう。
だが、その成長に至るまでの道筋は決して綺麗なものではなく、血塗られた傷だらけの物語であり、詳しい説明は省くが僕は少し前――春休みに一人の美しい鬼に会い、一度死に、吸血鬼として生き返った。
紆余曲折を経て、今はほとんど人間に戻ることは出来たのだけれど、それでも僕は厳密にいえば人では無くなっている。
ほとんどの力は失ったとはいえ、僕が鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の眷属だったことは確かであり、人よりも少し身体が頑丈で強い回復力を持っているのだ。
だからなのだろう、僕はその場において少し早い段階で目覚めることができた。
その場には複数の人の気配があり、僕は彼らのすぅすぅという静かな寝息を聞いた。
どうやら、僕らはどこか暗い部屋の中に居るようだ。
さて、僕は決して社交的な人間ではない。春休み以来、人と接することも多くなったが、それでも僕は見知らぬ人達と集団でお泊り会を開くような気はなかったし、これからも
ないだろう。
さらに、この状況についての、僕への説明はなく、当然、僕の意思はどこにもなかった。
それは紛れもなく、集団誘拐事件だった。
…………………………………………。
「なんて唐突な………………」
思わず声に出してしまった。
それ程までに、脈絡のない、唐突すぎる展開である。
……僕の知る限り、こんなことへの伏線は特になかった筈なんだけどなぁ。
見落としていたのか。それとも何だろう、人気が出なくなってバトル路線に強引に変更したんだろうか。
打ち切りフラグだ。
「しかも、何だこれ……首輪?」
僕はそう呟きながら、首に嵌っている肌に不審な感触を確認した。
嵌っている場所が場所だけに、細部までは良く分からないが、それは首にぴったりと嵌っていて簡単には外せそうにない。
また、それにアクセサリ的な装飾はなく、無機質で冷たい物だった。
さて、これは一体どうしたものだろう。
僕がこの謎の状況と、謎の首輪に対して思考を巡らせようとした時である。
どこかに仕掛けてあったであろうスピーカーから大音量で音楽が流れ始めた。
「うわ……」
それが余りにも突然だった為、僕は変な声を挙げてしまった。
だが、そんな僕の声などかき消すくらいの大音量で音楽は流れ続ける。
「えーと、この曲は確か……」
その曲はクラシックだった。
別に僕にクラシック音楽を嗜む趣味はないが、それでも聴いたことはあるくらいメジャーな奴である。
その曲は目覚ましのようなものだっただろう。他の眠っていた人達も起き始めているようだ。
確か前、車のCMで使われていた気がするそれは、かなり派手な曲で、何というか人を叩き起こすのにとても向いている曲だった。
名前は確か……………。
「皆さん、本日は了解なく、このような場にお連れした無礼をお許しください」
僕が、未だに状況に混乱していると一つの声が聞こえて来た。
マイクでも使っているのか、大音量のクラシックをBGMにしながらも、しっかりとその声は響き渡る。
声のした方向を向くと、そこには軍服を着た一組の男女がいた。
その場にのみスポットライトが当たっており、僕はその二人の姿をはっきりと見ることができた。
「貴方達はある一つの戦争に参加して頂くことになったのです」
男は僕達を眺めつつ言葉を続ける。
容姿端麗な男だった。
豪華な装飾の施された軍服、その胸に差した薔薇、落ち着いた物腰、それらがとても似合っていて、何というか、エレガントな男である。
「人は有史以来、他の存在を蹴落とすことでその存在を維持し、繁栄してきました。
そのことを再現して頂きます。
即ち、殺し合い―バトルロワイヤルで」
対して、隣に居る女性は眼鏡を掛けている。
硬そうな軍服を身に纏い、見るからに真面目そうだ。
真面目で眼鏡、というと僕的には羽川翼が思い浮かぶのだけれど、女に羽川のような委員長的なオーラはなく、他人を寄せ付けない、委員長というよりはきつい教師のようなオーラがあった。
彼女は微動だにせず、まるで人形のようだ。
「今から、貴方達をとある場所にお届けします。
その時に、水に食料、地図、名簿、そしてランダムに何かを支給します。
その何かは基本的に武器で、それを使って最後の一人になるまで殺し合って貰います」
そして、ほとんどの者が完全に覚醒した頃になっても音楽は鳴り止んでいなかった。
流石に音量は幾分か下がっているが、それでも流れ続けている。
…………思い出した。
この曲は確か、『ニュルンベルクのマイスタージンガー・第一幕への前奏曲』だっただろうか。
ワーグナーの曲だった気がする、というかワーグナーの曲なんてこれしか知らない。
「ただし、そのランダム支給品の中には所謂、外れというものもあります。
外れを引いてしまった悲運な方は、他人から奪ってしまうことをお勧めしますよ」
さて、一通りその場の描写が終わったことだし、そろそろ先程から男の言っていることに触れてみようと思う。
実を言うとこの時、僕はかなり落ち着いていた。
最初は集団誘拐かと思って焦っていたが、マイスタージンガーが流れ始めた時辺りから冷静になり始め、男が何か言い出した時にはもう平静といってもいいくらいだったのだ。
状況があまりにも非常識過ぎて、一回り回って精神が安定している。
だから、今までに男が言ったことは、ほぼ正確に聞いていた。
「そして、6時間ごとにこのバトルロワイヤル脱落者を放送します。
その時に禁止エリアも発表します。禁止エリアについての詳細は第一回目の放送で説明しましょう」
しかし、バトルロワイヤル、ねぇ……。
マジでバトル路線に変更したのだろうか。
だとしたら、これから全部バトルパートになるのか。
……命が幾つあっても足りないな。
何て暢気に考えられるくらい僕は落ち着いていて、裏を返せば危機感が全くなかったのだ。
後から考えるとこれは余りにも浅はかで、愚かなことだったのだろう。
「これでバトルロワイヤルの説明を終わります。
ただ―――」
急に。
急に男の声のトーンが変わった。
そして、気のせいか辺りの空気も、冷たくなった気がした。
「皆様のほとんどは未だに状況が分かっていないでしょう。
そんな方の為に、一つ実演と行きましょう」
そう言って男はパチン、と指を鳴らした。
そして、マイスタージンガーをBGMにして
ぼん。
隣に居た、女の首が、爆発した。
そして、女の生首が、静かに転がる。
ころころと、ころころと。
「な…………」
僕は、絶句する。
そのスプラッターな光景は作り物めいていて、嘘くさい。
だけど、今までの暢気な気分を吹き飛ばすには十分な出来事だった。
「お分かり頂けましたか?
貴方達の首にも彼女と同様のものが仕掛けられています。
こうなりたくないのなら、貴方たちは歯向かわずに殺し合いをして下さい。
それだけが生き残る方法です」
思わず、自分の首に触れてしまう。
首輪は先程と変わらず指先に冷たい感触を与えくる。
これはもうバトルとはいえないな……強いて言うなら、ホラーか。
「ただ、この中には友人関係の者たちも何人かいます。
自らの友人を手にかけることは辛いでしょう。
なので、優勝商品を用意しました」
パチン。
再び男は指を鳴らした。
すると
「っ……!?」
僕は、驚いた。それはもうかなり。
先程、眼鏡の女が死んだ時も驚いたが、それでもどこか映画を見ているような気分だったのだろう。
女が、
首が爆発して死んだ女が、
「この場で死んだ死者の蘇生。
それを約束しましょう」
生きていた。
生きて、男の隣に居た。
ちゃんと首も繋がっている。
先程まで死体が在った筈の場所は綺麗に片付いていて、赤い鮮血はどこにもなかった。
首が爆発したら死ぬ、それは人である以上、当たり前のことだし、一度胴体と頭が離れてしまえば二度と生き返ることはない。
だから、さっき女が死んだことは、ある意味、至極当然なことであり、それ自体はまだ常識の範囲内の出来事だったのだろう。
少なくとも、死んだ人間が平然と生きて立ち上がっているよりは。
「流石に全員とはいきませんが、それでも十人程なら蘇生を約束しましょう。
また、蘇生が別に必要がないという方は、それ相応の『宝』を渡しましょう」
男は今、起こった常識外のことなど気にも留めずに言葉を続ける。
女が自分の隣に居ること、それがさも当たり前のことのように。
「では、これでバトルロワイヤルのルール説明を終わります。
最後まで戦い抜いてください。
人は、戦っている時が最も美しいのですから」
男はそう言って、言葉を締め括った。
そして、次の瞬間、僕の視界が
「なっ…………!?」
まばゆい光に包まれていく。
そこでの展開は、最後
まで唐突で脈絡の
なく、どうし
ようもない
程に現
実だっ
た
。
Animated character Battle Royale 3rd
The Opening Completed.
そうして、バトルロワイヤルは開始された。
理不尽なルールを説明された63人の参加者は既に戦場へ旅立っている。
だが、前奏曲であるマイスタージンガーはまだ演奏を終えてはいなかった。
「全く、まさしく道化だな」
全てが終わった後、トレーズはそう短く呟いた。
その表情は心なしか疲れているようだ。
トレーズはこの場にいるもう一人の者―レディ・アンに声を掛ける。
「レディ、人形との入れ替えはうまくいったかね?」
「はっ、あの暗さも手伝って誰一人として、私の入れ替わりに気付いた者は居なかったでしょう」
「そうか。なら良い。これで渡された役割は完璧にこなした。
奴らも文句はないだろう」
レディ・アンは生き返ったのではなかった。
そもそも死んでいないのだ。
爆破されたのは人を模した人形であり、彼女はタイミングを見計らって、爆破する人形と入れ替わった。
勿論、彼女一人でやったのではなく、彼らの“脚本家”ともいうべく存在の手を借りて。
阿良々木暦はレディ・アンのことをこう思った、まるで人形ようだ、と。
それはまさしく真実であったのだ。
それでも、彼らがやったことは所詮手品であり、平時なら誰もそれで死人が生き返ったなどとは思わないだろう。
だが、それまでに起こった出来事が非常識過ぎた故、ほとんどの者はレディ・アンが生き返ったと思った筈だ。
レディ・アンは死んでいない。
それはつまり彼らの死者蘇生の約束は虚偽であるということだった。
「では、トレーズ様。一旦、部屋に戻って奴らに対する対策を――」
「いや、レディ。私も戦場に向かう」
トレーズはレディ・アンの言葉をそう遮った。
レディは言葉の意味が、分からずトレーズを注視する。
そして、彼がやっていることを見た時、彼女は驚きの余り声を挙げた。
「トレーズ様!一体何を……」
トレーズは、自らに首輪を付けていた。
がちり、そんな金属の軋む音が鳴り響いて、首輪はトレーズの首にしっかりと固定される。
それはトレーズの身分が参加者達と同等の物になったことを意味する。
「人は戦っている時が最も美しい。そうは思わないかね、レディ?」
「え……」
トレーズはレディを見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。
その姿はまさしくエレガントであった。
「道化を演じるにしても美しく戦って、敗者になりたい」
トレーズはだから、と言葉を繋ぎ
「私も道化―ジョーカーとして参加しよう。この、戦争に」
そう言って、トレーズの姿は光に包まれる。
その姿にレディ・アンは何も言うことが出来ず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
光が完全に消えた時、その場にはもう誰も居ない。
こうして最後の参加者が戦場へと旅立った。
マイスタージンガーは演奏を終え、物語の幕が開く。
【主催 ???】
【進行役 レディ・アン@新機動戦記ガンダムW】
※参加者には優勝賞品として【死者の復活】もしくは【宝】を用意すると伝えられています。ただし、真偽は確かではありません。
※
トレーズ・クシュリナーダ@新機動戦記ガンダムWの名前は名簿に記されていません。
最終更新:2009年10月23日 20:43