ハジマリ ◆lmLSfwR9C2
「――――私は魔術師、
荒耶宗蓮。諸君らをここに集めた者だ」
深く、重く声が響き渡る。
それは仏僧のような男だった。
天を衝くような巨大な体躯を包むのは黒いマントじみた長いコート。
その表情は険しく、永遠に解けない命題に挑む賢者のようだ。
永遠に変わることのない苦悶の表情。
それがこの男の変わることのない貌なのだろう。
「君らには最後の一人になるまで、殺し合いをしてもらう」
男、荒耶宗蓮は、深く眉間に刻まれたしわをそのままにつまらなさげにそう呟いた。
「殺し合いは私が用意した会場で行ってもらう。
参加者のやり取りの反則はない。どのような手段を用いてもいい、最後の間で生き残った者が勝者となる。
そして定期的に死者と禁止エリアを伝える放送を行う。
放送の間隔は6時間、死者の発表の他に伝達事項を告げる可能性もあるので各自聞き逃さぬようにすることだ。
武器は各自に支給するので確認を怠らぬように」
途切れることなく淡々と説明を終える荒耶。
その言葉に感情はない。感傷もない。
ただ決まり切った事実を伝える冷淡さだけがあった。
畳みかけるような理解を越えた事態に誰も反応できない。
「説明は以上だ。では、これより会場へと君らを送る」
戸惑う群衆を気にするでもなく、荒耶は何かの合図のように片手を突き出した。
だが、荒耶が力を込め何かをする直前、カツン、と足音が響いた。
「まあ、待ちたまえ荒耶宗蓮。
それではあまりにも不親切というものだろう」
足音はそのまま荒耶の横へと並び、そこで止まる。
暗がりから姿を現せたのは、荒耶と肩を並べるほどの長身の神父だった。
こちらに与える印象も荒耶と同じ黒。
だが、荒耶が見る者に圧迫感を抱かせる底の見えない闇のような黒だとしたならば、
この男は見るものに嫌悪感を抱かせるような、どこまでも濁った泥のような黒だ。
「やあ、大半の者は初めまして。
私は
言峰綺礼という、見ての通りのしがない神父だ」
現れた言峰に荒耶は視線だけを向け、重々しく口を開く。
「最低限の説明はしたこれ以上は不要だ」
「まあそう言うな、いきなり殺しあえといわれて放りだすのも酷というものだろう。
迷い子をそのまま放りだすのも聖職者としては放ってはおけん」
余りにも彼にそぐわない言葉に、荒耶は怪訝そうな顔を返す。
「…………まあいい。好きにするがいい。
殺し合いが完遂されるのならば、私としてはそれでいい」
そう言い捨て、影に溶けるように荒耶は引き、言峰に進行役の席を譲った。
進行役を譲り受けた言峰は参加者たちに向けて薄く笑う。
「さて、突然の事態だ。殺し合いなどと縁遠い生き方をしてきたものも少なくあるまい。
君らの不安も戸惑いも十分に理解しよう。疑問や迷いをもったままでは殺し合いなどままならんだろう。
せめてもの情けだ、疑問があるならばここで晴らしておくといい」
神の使いのごとく寛容な態度で言峰は言う。
とはいえ、余りにも胡散臭いこの言葉に素直に従う者などいない。
誰もが、疑惑と疑心と戸惑いに、言葉と行動を失っていた。
こんな状況で動けるものがいるとするならば、それはよほどの馬鹿か、よほど空気の読めない者か、
「いきなり訳わかンねぇ事ほざきやがって、何なンだテメェ等は?」
何が起きても自分が死ぬなど考えない、よほど自分の力に自信のあるものかのどれかだろう。
血のような赤い瞳、白い蜘蛛のような模様をあしらった黒い服。
目つきの悪い白髪の少年が前に出た。
「この殺し合いの主催者さ。
といっても私はあくまで主賓ではなく、協力者といったところだがね」
「そうかよ。で、その殺し合いってのは何なンだ?
そンな実験をやるなんて話は聞いてねぇぞ」
「事前通知を怠ったのはこちらの落ち度だ。許せ。
だが、残念ながらこちらにも都合があるのでな。君らは選ばれたのだ、始まってしまった以上逃れることはできない。
元いた場所に帰りたくば、参加者を皆殺しにして己が最強を証明してもらうしか選択肢はないのだ」
「はっ。選択肢ならもう一つあるぜ」
嘲笑うかような声。
白髪の少年の者ではない。
現れたのはここにきて白。
オレンジの髪を逆立てた白い軍服を着た男だった。
「ほぅ。何かね、ルキアーノ・ブラッドリー?
それは是非ともお聞かせ願いたいところだ」
「全員殺すまでもなく、お前ら二人をこの場でぶっ殺しゃそれで終わりだろうが」
そう言ってルキアーノ・ブラッドリーと呼ばれた男は、壇上の二人を完全に舐めきった態度で口の端を釣り上げる。
その言葉に、荒耶は微動だにしない。言峰は僅かに肩をすくめた。
「なるほど。それはなかなかに賢明な判断だ。
さてどうするか、こちらとしてもおめおめと殺されるわけにもいかん。
『人殺しの天才』相手では分が悪いというもの、これは逃げた方が懸命かな、荒耶?」
言峰の問いにも荒耶は眉一つ動かさぬまま無言。
そもそも、言峰の言葉には危機感などまるでない。
「しかたあるまい、対策をとらせてもらうことにしよう」
「あん?」
カチリという音。
どこから取り出したのか、言峰の手中には何かのスイッチが握られていた。
爆発音。
直後、ルキアーノ・ブラッドリーの首が蹴りあげられたサッカーボールのように高く吹きとんだ。
残ったのは噴水のように血を流す首の泣き別れたオブジェだけ。
一瞬遅れ認識が来る。
辺りから劈くような女の悲鳴がいくつか響いた。
「彼の選んだ選択肢の結末は見ての通りだ。
さて、君はどうする
一方通行(アクセラレータ)彼と同じ選択肢を試してみるかね?
私としては素直に従うことをお勧めするが」
「ケっ。ンなちんけな爆弾がオレに通じると本気で思ってンのか?」
周りの動揺を意に介さず、目の前に転がる生首に目もくれず一方通行と言峰は言葉を続ける。
呆れたような冷めた態度で投げかけられたその問いを言峰は、ふむ、と噛みしめ一方通行に問いを返した。
「ならば逆に問うが――――何故君の首にその首輪は付いているのかね?」
「…………あン?」
一方通行は自らの首元を確かめる。
気づけば、彼のみならず、全ての者達の首にその首輪は取り付けられていた。
「君の能力を持ってすればそんなものを取り外すのは容易いはずだ。
だが、その首輪は今も君の首にしっかりと取り付けられている。
それが何を指示しているか、学園都市最高の頭脳を持つ君が解らぬわけもあるまい?」
「―――――――」
言峰の問いに心当たりがあるのか、一方通行は押し黙る。
「さて、この中にも自身の生命力や耐久力に自信をもつものも少なからずいるだろう。
だが、その過信は捨て去った方がいい。この首輪が爆発すれば例外なく死ぬ。これはそういうものなのだ。
信じる信じないも自由だし、試したければ試してもらってもかまわない、己が命を代償に支払う勇気があればの話だが」
誰も動かない。
誰も何も言わない。
なんてわかりやすい。
従わなければ死ぬ。
言峰の言葉通り、後方の迷いは断ち切られた。
「異論はないようだ。互いに面倒がなくて何よりだ。
さて、後ろ道がないと理解してもらえた所で、その他異論、質問があればできる限りこたえるが?」
言峰は言う。
だが、下手に動けば首が吹き飛ぶこの状況で言葉を放つなど、よほどの胆力がなければ不可能だろう。
「では、一つ聞かせてもらおうか言峰綺礼」
そんな状況の中一人の青年が高らかに声をあげた。
「何かね、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「貴様らは我々に殺しあえと言ったな?
つまり、この場にいる貴様ら以外の全員が参加者ということか?」
「ああ、その通りだ」
「ならば、そこにいる奴らも我々と同じ参加者ということだな?」
そう言ってルルーシュは後方を指さす。
そこには3メートルはあろうかという影が二つ。
人あらざる人外の影である。
それを確認した言峰は得心したと僅かに頷く。
「なるほど。言わんとすることは解らないでもない。
つまり個人の戦闘能力に差があり過ぎる、と?」
「その通りだ。出来レースがお望みという訳でもないのだろう?
だれしもが勝者となりえる、そんな仕掛けがあるのではないか?」
投げかけられたルルーシュの言葉に、言峰は満足げに笑う。
「良い質問だ。集団対集団の戦争ならばともかく個人レベルの殺し合いともなればあまりにも武力に特化したものが有利であるのは事実だ。
知力、あるいは運を武器とするものもいるだろう。そういうもの達への救済処置を求めるのもまた当然と言える。
そこでだ。君らには武力のほかに、己の知力と運を武器としてもらう」
「どういうことだ?」
ルルーシュの問いに言峰は勿体ぶるように言葉を溜めて吐き出した。
「――――賭博(ギャンブル)だよ」
「賭博だと?」
「そう、各参加者に初期資金として一億ずつ支給する。
単価は円でもドルでもなんでもいいのだが、そうだな、ここでは仮にペリカとしておこうか。
その一億ペリカを元金としてギャンブルを行ってもらう」
「その金で我々は何を得られる」
いきなりルルーシュは話の核心を突いた。
隔離された殺し合いの舞台で、金の力などなんの役にも立たない。
その金で得られる何かがなければ金などただの紙切れに過ぎないのだから。
「勝者となった暁には当然そのまま君らの紙幣に換金し持ち帰ってもらっても構わんのだが。
ゲーム中の使用用途としては金額に応じた武器、情報、傷の手当てといった様々なモノを提供するといったところだ」
「ふん。たとえ武器を渡されたところでそう簡単に力や経験の差が埋まるとも思えんな。
その程度では我らが一方的に虐殺される弱者であるという事実は拭えない」
自分ではなく多くの参加者がそう望んでいると言わんばかりの口調で、まだ足りぬと、慎重ながらもルルーシュは強かに言峰の足元を測る。
問いかけられた言峰は僅かに思案し、口を開く。
「ふむ、そうだな。では―――――、一度だけ任意の首輪を爆破する権利を与える、というのはどうかな?」
「―――――ッ」
「これならば如何なる弱者でも、どんな強敵であろうとも何の苦労もなく葬り去ることができる。
当然安くはないがね。金額にして、そうだな、10億、いや15億ペリカは必要といったところだろう」
ルルーシュにとっても予想以上、いや予想外の報酬だった。
確かに首輪の威力が言峰の言葉通りだというのならばどのような敵も倒せる一撃必殺だ。
「……賭博の方法は?」
「会場のいくつかの施設に賭場が用意してある。賭けはそこで行うのが基本だ。
だが、参加者間のやり取りは自由だ。合意のもとであればルールを決めて独自に賭けを行うのもいいだろう」
「賞品の換金どうやって行う?」
「これも賭場と同じく会場の各地に換金所が設定されている。
ただし、場所によっては賞品の内容や扱っているものが違うかもしれん、注意することだ」
ルルーシュの問いはここで途切れた。
それを確認し、言峰は視線をルルーシュから外し、佇む参加者たちへと向けた。
「質問は以上かね。他になければこれで締め切るか?」
そう言って言峰は後方の荒耶へと合図を送る。
「では、これより君らを会場へとお送りする」
そう言って荒耶が腕を突きだすと、参加者の足もとが泥のように沈んだ。
「最後に聞かせろ、貴様の目的はなんだ?」
泥に沈むルルーシュが声を放つ。
それに対し言峰は愉しそうにこう言った。
「そうだな――――強いて言うなら娯楽だよ」
【バトルロワイヤル スタート】
【ルキアーノ・ブラッドリー@コードギアス 反逆のルルーシュR2 死亡】
■
全ての参加者が転送され、その場に残ったのは二人だけだった。
そのうちの一人、荒耶宗蓮が一歩前へと踏み出した。
「では、私も会場へ向かう。後は任せる言峰綺礼」
「ああ任されよう荒耶宗蓮。
私の目的は達せられたも同然だが、君の場合はこれからなのだから、存分に目的を果たすといい」
残される言峰綺礼が愉しげな声で答えた。
「然り。この矛盾した螺旋の果て『』に至るまで、私は決して諦めぬ」
言いながら荒耶は自らの体を地面へと沈めてゆき、その場から消えた。
残された言峰は一人、このゲームの動向を予測し愉しげに心躍らせた。
【主催 荒耶宗蓮@空の境界】
【進行役 言峰綺礼@Fate/stay night】
最終更新:2009年10月23日 22:18