開幕――深淵にあるもの  ◆e3C3OJA4Lw



安寧という言葉とは無縁のように思われる黒。
そんな色の中に光が当てられるとしたら、そこには果たして何が映しだされるのだろうか。
そんな素朴な疑問に答えを示すかのように、暗がりにあった壇上に眩しすぎるほどの照明が照らされた。


「これから皆さんに殺し合いをしてもらいます、とミサカは良心に咎められながらも、心を鬼にして皆さんに告げます」


壇上に立ち、光に映し出されたのはのは、御坂美琴のクローンとして作られたシスターズの一人。
彼女は漆黒の中で蠢く無数の人々を眼下に収めながら、淡々とした調子で声を放った。
そして彼女は自分の声が皆に行き渡ったのを確認すると、再びその小さな口を開こうとする。
しかし、彼女が一身に浴びている光の下に、一人の小柄な女性が歩み寄ってきて、その意図は崩されることになった。


「はじめまして。自己紹介をさせてもらおうかしら。私の名前はイリヤスフィール、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
イリヤと呼んでもらってかまわないわ」


イリヤと名乗った少女はスカートの端を軽くつまみ上げ、優美な挨拶をした。
その際に雪のような白銀の髪の毛はふわりと揺れ、見た目の歳からは決して想起できない
かぐわしい乙女の姿を周りに見せ付けた。
その様子にミサカも思わず目を奪われてしまう。


「それで、イリヤ、どういったご用件でしょうか、とミサカはドキドキしながら、初めて会う人の名前を呼び捨てにして訊ねます」

「折角のパーティーに招待してもらったんですもの。それに見合ったお土産を、あなたに渡すことにするわ」

「お土産ですか、とミサカは期待に胸を膨らませながら聞き返します」

「ええ、期待してもらって構わないわ。だって、これはとっておきですもの」
イリヤはそう言うと、口角を僅かに吊り上げ、妖しく微笑んだ。
「やっちゃえ、バーサーカー!」


彼女の言葉を合図に暗闇の中から巨躯の男が疾風の如き速さで駆け出した。
そしてその手に持っていた巌のような斧剣を、何の仮借もなくミサカに叩きつける。
その瞬間、ミサカを構成していた血と肉は文字通りはじけとび、壇上を血で真っ赤に染めた。


「イリヤ! 何をやっているんだ! 殺すことはないだろう!」

「あら、シロウ。あなたもここにいたの?」

「ここにいたの、じゃない! 今、何をしたのか分かっているのか?」


シロウと呼ばれた青年は憤激でもってイリヤを責め立てた。
彼の顔の色や表情を窺えば、彼が先の出来事にどれだけ胸を痛めているか、誰でも分かることだろう。
だけど、イリヤはそれを目の前にしても、少しも心を動かすことはなかった。


「それじゃあ聞くけど、シロウ、あなたはあの女の言うとおり殺し合いをした方が良かったって言うの?」

「違う! そうじゃない! 殺す以外にも彼女を止める手段はあったはずだ!」


イリヤはそれを聞くと、シロウにも分かるように大きく溜息を吐いた。


「シロウはここに連れ去られた時のことを覚えている?」

「い、いや……。だけど、今はそんなことは関係ないだろっ!」

「シロウ、あの女は魔術師の私やサーヴァントであるバーサーカーを本人に気づかれることなく、ここに攫ってきたのよ。
それも無理矢理に。そんな相手に説得とか、まだるっこいやり方が通じるはずもないでしょう」


イリヤは笑みを携え、陽気に、そして優しく説明を加えた。
その声の調子から、自分の言葉に微塵の疑問を抱いていないことが、窺えた。
とはいえ、シロウの中にある信念は、その程度で納得などできるはずもない。
イリヤもそのことを分かっているのか、楽しげにシロウの返す言葉を待っていた。
だけど不思議なことに、イリヤがいつまでも待っても、シロウは声を発さなかったのだ。
ひょっとして今のでシロウは納得したのだろうか、
それとも自分を見下げ果て、わざと無視をしているのだろうか。
イリヤは双蛾をひそめながら、不機嫌そうにシロウを見上げた。
すると、そこには口を開けて、驚愕とも呆然といえるマヌケな表情を浮かべて、
イリヤの後ろを見つめるシロウがいたのだ。


「ちょっと、シロウ、今は私と話しているんでしょう? レディにそんな態度は失礼よ」


それでも態度を改めないシロウに、も~、と声を上げ、イリヤは頬を膨らませる。
しかし、そこまで頑なな態度を維持されると、イリヤも怒りよりも疑問が勝ってしまう。
そしてイリヤはシロウの視線を辿って、後ろを振り返り――目を見開かされた。
何とそこには先程バーサーカーに殺されたはずのミサカが平然とした様子で立っていたのだ。
それもそこにいたミサカは一人ではない。
同じ服装で、同じ髪型で、そして同じ顔をしたミサカが十人ほど壇上に存在していたのだ
――その内の何人かは死んだと思われるミサカの死体を黙々と遺体袋に入れていた。


「い、一体、な、何なのよ……あなたたち?」


余りの異様な光景に最初に見せた優美さなど欠片も残さず、イリヤは狼狽しながら、震える声を発した。
それに対してミサカは僅かな動揺など見せることなく、最初と変わらず無機質な声で告げた。


「ミサカはお姉さまのクローンで、この度のバトルロワイアルの進行役を預かっている者です、と
ミサカはさっきから勝手な振る舞いばかりをしている子どもにイライラしながらも懇切丁寧に説明します」

「な、何よ! 勝手なことをしているのは、そっちでしょ! もう怒ったんだから! バーサーカー!」


ミサカの言い回しに怒ったのか、イリヤはバーサーカーをけしかけようとする。
だけど、突如とバーサーカーの身体から目に見えるほどの形で放電が発し、その巨躯を押し留めた。
見れば、バーサーカーの首輪を中心に電気が迸り、深淵にある会場を、その凄惨な輝きで照らしていた。


「えっ……? バーサーカー? 何をしているの? さっさとあの女たちを殺しなさい!」


イリヤの意志が明確な形となってバーサーカーに届けられるが、状況に変化はない。
依然とバーサーカーは電撃により苦悶の声を上げているばかり。
人間を遥かに超越したサーヴァントたる英霊を、ここまで苦しめるのは正しく常識の埒外のことだ。
イリヤはその疑問を孕んだ瞳でミサカたちをねめつけた。


「皆さんには反乱防止のために首輪がつけられています、とミサカはイリヤが抱いているであろう疑問に素直に答えます」

「首輪ですって?」


イリヤは慌てて、自分の首に手をやる。
その瞬間、生命の脈動を感じさせない冷たさが手に伝わった。
イリヤはシロウをはじめ、周囲の人間に目をやる。
彼女の目に映ったのは、ミサカの言葉を証明する事実ばかり。
なるほど、確かに首輪は会場にいる全員につけられいるし、
それには反乱を防止するための何かの仕掛けが施されているかもしれない。
イリヤは冷静にその事実を認めた。
しかし、それでもバーサーカーの行動が制限されるなど、彼女には信じられなかった。
バーサーカーは英霊であり、その中でも最強の看板を背負ってもおかしくないほどの高位の存在だ。
それを魔力を感じさせない人間が、いとも簡単に御することなど、あってはならない。
イリヤはようやくこの状況が自分の理解を超え、また自分の思い通りにならないことに気がつき、舌鋒を収めることにした。


「それでは説明を続けます」
ミサカはイリヤが大人しくなったのを確認すると、台詞どおりに口を開いていった。
「これから皆さんには最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます。
また皆さんには殺し合いを円滑に進めるためにも、様々な支給品を入れたバッグを差し上げます。
その中には食料、水、お金などといった基本的なものに加えて、こちらで用意させてもらった武器が入れてあります。
そして皆さんが気にしているであろう首輪には、電流を流す以外にも爆発する仕掛けがあります。
首輪が爆発するのには、一定の条件があります。
それは一二時間経っても一人も死者が出なかった場合、
こちらが指定する禁止エリアに侵入した場合、
首輪を無理矢理外そうとしたり、壊そうとしたりする場合
そして、こちらに反抗をした場合の四つです。
またこれはサービスになるのですが、それ以前の段階で警告として、先程皆さんが見たような電流が首輪から流れます。
ですから、皆さんはくれぐれも軽率な真似は控えてください。
最後にこの殺し合いの優勝者への処遇ですが、その方には再びここに戻ってきてもらって、授賞式を執り行わせていただきます。
その際に優勝者にはこのバトルロワイアル優勝の栄誉と、またそれに付随したご褒美を差し上げることになっています。
それは皆さんが日ごろから欲しがっている夢、理想、信念を達成できるもの、
つまり皆さんの願いを叶えるという神秘を体現させたものです、
とミサカは長々としたバトルロワイアル説明を、できるだけ分かりやすく行いました」



ミサカの説明が終わると、その場にいる者は全員表情を歪めた。
不安に、恐怖に、困惑に、絶望に、愉悦に……。
皆が皆、思い思いのままに感情を露にする。
そしてその中で取り分けその顔に怒りの色を携えている人間がいた。


「ミサカ妹! 一体どういうつもりだ!?  お前はもうこんなことはしなくていいはずだ! そうだろう!?」


暗闇を突きぬけ、霧散させるような意思を込めた声を発するのは、
ツンツンとした黒い髪を生やす男、上条当麻であった。


「あなたは……、とミサカは戸惑いの声を上げます」

「また誰かに言われて、こんな馬鹿なことをやっているのか?」

「その質問には答えられません、とミサカはマニュアル通りに答えます」

「それじゃあ、自分の意志でやっているのか?」

「それは…………、とミサカは声をくぐもらせます」

「ミサカ妹、お前のやりたいことって、こんなことだったのかよ!? 違うだろう!?
お前はこんなことをすべきじゃない! 俺はお前がネコが好きだってことを知っている!
お前の発する電気によって、ネコたちに嫌われても、お前はネコを可愛がっていた!
お前は優しい人間だ! 決してお前は人を傷つけたり、不幸にしたりする人間じゃない! そうだろう!?
もしお前が誰かの言いなりにならなきゃいけないって思ってんだったら、
もしお前が誰かを傷つけることでしか、自分の存在を確立できないってんだったら、
俺がその幻想をぶち壊す!!」


上条は自分の右手を前に掲げ、力強くその拳を握り締めた。
その姿にミサカたちは全員彼に見入ってしまう。
しかし、そんなミサカの口から漏れたのは、上条当麻が期待したものとは、おおよそかけ離れたものだった。


「残念ですが、それはできません。
そして最後に皆さんがしている首輪の威力をできるだけ印象に残るように爆発させてから、
バトルロワイアルをスタートします、とミサカは酷薄な物言いをします」

「ミサカ妹! やめろ!」


上条はミサカのやろうとしていることに気がついたのか、必死になって彼女を止めようとする。
彼はその右手をミサカに向けて突き出し、自分の力の及ぶ限り、床を強く蹴り上げた。
だけど、それでも彼はミサカを思いとどまらせることはできなかった。


「爆発の対象はバーサーカーを使い、反抗の意を示したイリヤスフィール・フォン・アインツベルンです、とミサカは無情にも告げます」


十人のミサカの目が、一斉にイリヤに降り注ぎ、死刑を宣告する。
その目と言葉に何の虚実がないことも悟ったイリヤは、
目じりに涙を浮かばせ、助けを求めた。


「……え? やだっ……シロウ! バーサーカー!」


その言葉を最後にイリヤの首輪は爆発し、彼女の首を地面に落とした。
彼女は誰にも救われることなく、死んでしまったのである。


「イリヤーーッ!!」


シロウのあらん限りの声を上げられる。彼の悲痛な叫び声は場内全てに響き渡ったことだろう。
だけど、それすらも塗りつぶすかのような雄たけびが場内を支配した。
その男の声は闇を恐怖で震わせ、その場いる全ての人間を竦ませた。
彼はイリヤに仕えていたバーサーカーという大男。
バーサーカーはイリヤが死んだことに気がつくと、身体を纏う強烈な電撃の奔流を振り払い、ミサカの目前へと瞬時に迫った。
彼がこれからすることなど、一つしかない。
そしてバーサーカーは血に塗れた斧剣を、高々と振り上げた。
だけど、それが振り下ろされるよりも先に、ミサカは自分の言葉を言い終えることに成功した。


「それではバトルロワイアルの開始です、とミサカは焦りながらも、噛むことなく、素早く開幕を宣言します」


それと同時にバーサーカーを初めとし、次々と会場にいた人間が消えていった。
人が人を呼ぶ声があちこちに木霊するが、消失は止まらない。
そして皆がいなくなると、最後に壇上を照らしていた照明も消え、そこにはまた深淵に蔓延る黒が塗りつぶされることになった。






【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night 死亡】


【残り六十四人】



主催者
【不明】

進行役
【シスターズ@とある魔術の禁書目録】



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最終更新:2009年10月23日 22:13