ep.00 -続物語- ◆ANI3oprwOY
後日談。
と言うよりは、これからの話。
今日、二人の妹、火憐と月火に叩き起こされ、僕は家を出た。
そして再開した日常に沿って学校を目指す……ではなく、学習塾跡に向かう……でもなく、駅への道を歩いている。
この町の外へ、出る為に。
あの地獄のような体験のあと。
怪我が完全に治るまでは学習塾跡に身を寄せる事になった。後で聞いた話だけど、結果的にに僕は一週間の失踪状態にあったらしい。
ボロ雑巾のような服装になって帰ってきた僕を、今回も家族は何も言わずに迎え入れた。
春休み自分探しの旅の時に比べればまだ短い期間だったし、それ自体は不思議なことじゃなかったけれど。
でも、僕の感覚的には、そんなふうには思えない。
数年くらい、ずっとあの場所に居たような気がした。
長い長い無間地獄から、漸く解放されたような気持ちになった。
もっとも、その解放が、晴れやかな気分になる事とは、限らないけれど。
「――――」
「――――」
近くで話す妹達の声を耳にしながら、僕は目を閉じて眠ったふりをする。
暗い視界で、列車の揺れを感じる。
僕と、僕の家族を乗せた車両が、街を離れていく。
遠い場所へと、連れていく。
別に引っ越す予定とかは、今のところない。
だけどそんな話は家族内で挙がっているらしい。
原因は両親の都合と、そしてもう一つ……。
今日は今後の事を考える機会として設けられた、家族全員の小旅行だ。
こんな時間はいつ以来だろうか。
遠い、行った事の無い土地の、行った事の無い場所へ。
僕の大事な人達と一緒に出かけていく。
大事な人達。
僕に残された人達。
そう、まだ、こんなにも、僕には大事なものが残っていた。
あんなにたくさんのモノが奪われて、取り落として、失って、それでも僕には、残っていた。
『あの場所で、君が見て、聞いたことはすべて真実だ。なんて、今さら僕がいう事じゃあないね』
元の世界に戻った後。
学習塾跡で傷を治しながら身もだえる僕に、
忍野メメはそう言った。
完治は絶望的だった。
傷を受けすぎた僕は、血を流し過ぎた吸血鬼の身体は、まさに満身創痍で、そのままでは間違いなく死んでいただろう。
『だけど君が今から、この帰還した世界で目にするものは、あの場所における結果と食い違うかもしれない』
痛みと絶望で絶叫していた僕には、忍野が何を言っているのかまるで理解できなかった。
『幾重にも重なり合う並行世界からの強制召喚。それは一つの世界観を、全て一つの世界から抽出していたわけではない』
でも、いまなら、まあ、分からないでもない。
『時系列も、設定も、微妙にバラバラだった。それは僕らの間ですら、そうだった』
動けるようになった僕が家へ帰った後。
次の日、学校へ行き、街の様子を見回った時だ。
僕はようやく気付いた。僕の記憶と、僕の認識と、確かにこの街は食い違っている。
例えば、生きている筈のない人が、生きていたりした。
それが誰かを、僕はここでは語らない。
けれど、一方で、記憶の通り、死んでいる人もいた。
いや、死んでいるという表現は適当ではないのだろう。
『歴史の修正。アラヤはなんと言っていたかな。ともあれ、世界そのものが矛盾を消そうとするんだよ。
だから彼ら彼女らは、最初から居ない事になった』
結果として、僕の世界は都合よく組み替えられた。
その更に、結果として、僕の町は『おかしく』なった。
明らかに今までと違う怪奇が、頻繁にみられるようになった。
『なあ、忍野……』
激痛に白む思考の中で、僕は忍野に、一つだけ聞いたのを憶えている。
『お前……は……どっちなんだ……?』
目の前に立つ忍野は、はたしてどちらなのかと。
あの場所で、あの世界で、出会った忍野なのか、あるいは、と。
『ん? さあね、どっちであろうと、僕にはそれを証明する術は無い。そっちで勝手に定義すればいいだろ』
僕のこだわりを忍野は突き放す。
そして彼は言った。
『ところでさ、阿良々木君、このままじゃ死んじゃうと思うんだけど、生きたい?』
僕はそれに何と答えたのか。
『そっか、じゃあ頼むのは僕じゃないよね?
君を何とかできるのは、ここじゃ一人だけだ。君はそれを分かっていたから、ここに来たんだろ?』
朽ちた学習机に腰かけた忍野の背後、穴のあいた壁際、膝を抱えて座り込む、金髪の少女。
彼女へと僕は―――
『たす……けて…………忍』
以降、街の怪奇は日に日におかしくなっていく。
人に被害が及ぶことも多々見られるようになった。
それは事件のようであったり、事故のようであったりする。
家族の中で、引っ越しの話が出たのも、無関係ではないだろう。
『最後に、一人の男の話をしよう。彼はとてつもなく自尊心の高い男でね、自分の事を神様だと思っていた。
そして本当に神様になろうとした。神様になって、人間を救おうとした。
邪魔をする馬鹿な人間どもを滅ぼしてね』
忍に血を吸われ、抱きしめられた僕が、彼女の肩越しに聞いた。
『神様は強かった。己こそが神であり、そして人を救う存在なのだと信じていた。
だから、負けるはずが無いと。
己に対する信仰こそが、彼の強さだった。それは無敵の強さだった』
忍野の最後の語りだった。
『でもね、彼が信じていたのはたぶん自分じゃなくて、鏡に映った自分だったらしい。
だから鏡が割られそうになったとき、彼はいとも簡単に無敵の自分を見失って、失敗した』
薄れていく意識の中で、僕は思った
『まるで、普通の人間みたいだな』
強さも、弱さも、何もかも。
自分の目にする誰かの、瞳(かがみ)の中に。
だからそれを壊されることを、どうしても恐れてしまう。
それはなんて、人間らしい感情なのだろう。
目覚めると、忍野メメも、忍野忍も、そこにはいなかった。
壁の孔から差し込む朝日だけが、あの日、倒れた僕を迎えていた。
「って……げ、不味いぞ」
なんて、考え事というか、回想をしながら動いていたからか。
いつの間にか僕は家族とはぐれてしまっていたようだ。
なれない旅行なんかするから、そりゃあトラブルも多発する。
僕らの街からもう随分と離れた、都会の駅。
先程までは乗り換えを待ちつつお土産コーナーを見たりなんかして、はしゃぐ妹達を眺めていた……筈なのだけど。
こっそり黙ってトイレに行って戻って来てみれば、見事に置いて行かれていた。
「ケータイも通じない……か」
目前のコンコースは人でごった返していた。
あたりまえだけど、僕の知る街の風景はそこにない。
僕の知らない街の、知らない人達がたくさんいて、まるで違う世界に来たかのようだった。
なんだか、妙に落ち着かない。
ごく最近まで違う世界に拉致られていただけに、どんな些細な変化にも敏感になってしまうのだろうか。
それを差し引いても心配になる。
妹達は、家族は、僕に残された、数少ない、大切な者、なのだから。
それに、もう間もなく、乗り換えの列車が来るだろうし。
早いところ合流して安心したい。
そう思って、僕が駆け出そうとした、その時だった。
「……………っ!?」
ありえないモノが、僕の視界の隅を流れていった、気がした。
「……」
雑踏の中に、見覚えのある亜麻色の髪を、見たような気がした。
いつか、どこかの世界で、僕の隣を歩んでくれた少女の―――
「……馬鹿か、僕は」
すぐさま、目を凝らすも、亜麻色の髪はもう見えない。
雑踏の中に消えていた。
最初から無かったように、いや、本当に最初から無かったのだろう。
白昼夢。
何を都合の良い幻想を見ているんだろう。
未練、なのだろうか。
女々しいにもほどがある。
『時系列も、設定も、微妙にバラバラだった。それは僕らの間ですら、そうだった』
忍野の言葉を思い出す。
だとすれば、『いま僕のいる世界における彼女』が、何処かに存在するのかもしれない。
なんて、想像したことは、否定できない。それはきっと僕の後悔の確たる証拠であって。
だけど実際に会えることを期待するなんて、おめでたいにも程がある。
自分自身に呆れながら、溜息と共に歩き出す。
もう、少女の姿は何処にも見えない。
幻想は消えてしまった。
その事実にどこか安心して、僕もまた雑踏の中に踏み込んでいった。
「お姉ちゃ~ん」
その、踏み出す足が、止まった。
「お姉ちゃ~ん! 次の電車行っちゃうよ~!」
背後から聞こえた声に、堪らず、僕は振り返る。
「うーん、どこに行っちゃったんだろう……?」
数メートル離れたところに、途方にくれる少女がいた。
亜麻色の髪を頭の後ろで束ね、ポニーテールにした、一人の女の子。
僕は、彼女の名前を知っていた。
「ひら……さ……」
目が合う。
咄嗟に、逸らす。
思い描いていた、幻想が目の前に在った。
確かに、そこに、彼女はいる。
でも、だから、何だっていうんだ。
分かっていた、彼女は僕の知る彼女じゃない。
僕があの場所で出会った彼女とは、別の女の子だ。
僕は彼女の事を知っているけれど、彼女は僕の事を知らないのだ。
何も、何も、彼女はしらない。
だから僕も、気づかなかったふりをして。
「あの、すいません」
「……っ!」
いつの間にか、少女は目の前に居た。
僕の辛気臭い顔を覗き込むようにして、立っていた。
「な、……なん……だ?」
裏返った声で、僕はなんとか言葉にする。
「人を探してるんです……ええっと……」
そう言って、少女は両手を頭の後ろに回し、髪の毛を降ろそうとした。
「あ……ああ」
僕は、彼女が何を言いたいのか、分かっていた。
だから続きを待つでもなく。
「あっち、だと思う」
先程、雑踏の中に見かけた、とある方角を指さした。
「どうして……分かったんですか?」
「さっき、君にとても似ている人を、あっちで見かけたから」
そういう事にした。嘘はついてない筈だ。
今目の前に居る彼女が幻想でないのなら、先ほど見たものも、きっとそうだろう。
「お姉さん、か……?」
「はい。家族旅行、なんです」
「そっか、奇遇だな。僕も家族旅行でさ……妹達と離れちゃって、いま探してるとこなんだ」
会話、していた。してしまっていた。
もう話すことは無いと、二度と会う事は無いと、思っていた人と。
「そう……なんですか、えと……それなら」
「じゃあ、僕は行くよ」
そのまま喋り続けていたら、馬鹿な事を口走ってしまいそうだったので。
早々に切り上げてしまうとする。
あり得ない奇跡だった、幻想だった。
だからもう、十分なのだ。
今度こそ、余計な未練を感じてしまう前に、少女に背を向けて、歩き出す。
「あの……」
何かまだ、言いたい事でもあるのだろうか。
「あ……」
僕は聞こえないフリをする。
感傷に耐えきれなくなる前に。
聞こえないことにして、歩き続ける。
「あ………………」
そして一気に、駆け出そうと足に力を込めて。
「あ……ら…………」
……気のせいか、何かが、近づいているような。
「あ……ら……ら……ぎ、さん」
………嘘だろう。
流石に、振り返ってしまっていた。
ずるい。それは反則だった。
そんな事されたら、言われたら、僕は振り向くしかないじゃないか。
「なん……で、だよ……」
乾いた笑いすら浮かべながら、僕は、
平沢憂と向き合っていた。
「わたし……あなたの……物語(ユメ)を見ました……」
僕の知らない人だらけの、駅の雑踏の中で。
初めて出会う彼女は、切なく、微笑みながら言った。
「だから、伝えなきゃって、思ったんです。私じゃない、『誰か』の代わりに」
そのとき、たぶん、僕は、彼女の瞳の中に、確かに見た。
あの戦いの中から戻った、僕自身の、今の姿を。
「阿良々木さん、ありがとう」
その、意味を、価値を。
「そう、伝えます。あなたに伝えたかった、『誰か』の代わりに」
やっと、知る事が、出来ていたんだ。
「君の…………」
だから僕は、もう少し、欲張ることにした。
ありえない約束をしたと、それを憶えている。
あの場所に残してきた、たった一つの誓い。
最後の戦いの前、出会った掛け替えのない人達と。
『――――ここにいる全員、生きて、また会おう』
そんな、今はもう、決して叶わない約束すら、いつか果たせるって。
信じられる気が、したから。
「君の夢……聞かせてくれないか……?」
その言葉に、少女は満面の笑みで。
「私は――――」
幸せを抱きしめるように、答えてくれた。
「いつか、私だけのユメを見つけたい。それが、いまの私の夢です」
やがて、違う雑踏に消えていく僕たち。
「また明日」
一瞬の交差の後、異なる道を歩みだす。
背を向け合って、別々の場所へ。
「さて、と……」
少女と別れ、妹達を探す道へと戻りながら。
僕は胸元のペンダントを引っ張り出した。
「僕も、いつか、お前の礼を、しなきゃいけないな」
ペンダントの先に、不満顔でぶら下がっている、僕の命の恩ガメ。
何処かの世界で、誰かが、いつの間にか僕の胸元に潜ませていたもの。
最後の時、僕の心臓を穿つはずだった致命傷をおし留めていた存在。
そして、僕にとっては数少ない、あの世界から持ち帰った、生きた証明だった。
「これからよろしく。とりあえず一緒に、旅行をたのしもうか」
案外、この旅行は、単なる家族旅行では終わらないのかもしれない。
旅行先で起こる一波乱。また違う物語。亀物語。
それが終わったら、また次の物語が待っている。
やがて戻るいつもの街。そこで僕はまた、何かに出会うんだろう。
変わってしまった街と、人と、新たな怪奇。もう一度、向き合ってみようと思う。
逃げずに、もう一度。僕は、次の物語を始め、そして終わらせ続けよう。
それはきっと、言葉遊びの続きでしかないけれど、僕はこの――――
青春を、終わり失くして続けよう。
「また明日」
そんなことに思いを馳せながら、僕は妹達を探しに走る。
焦ることは無い。
何処かで、また彼ら彼女らの物語と、交差することもあるだろう。
たとえ違う世界に別れていたって、僕らは一度出会えた。
だったらまた、その道が重なることも、ある筈だろう。
「また明日、だ」
その明日がいつになるかは分からない。
だけど『明日』は、誰にでもやってくる。
今日を、一つ、一つ、越える限り。
だから僕は、ひとまず今を生きる事にする。
――――そうして、次の物語が始まる。
誰かがそこにいる限り。
始まり、終わり、また始まり、そして続いていく物語。
僕はそれを、いつか誰かに語り継ぐ。
【アニメキャラ・バトルロワイアル3rd / 阿良々木暦 -To the next story!- 】
最終更新:2015年05月11日 22:07