開催宣言 ◆k11/f4Kc0Y
一寸の先すら見えない闇の中、唯一天井から射す光が車椅子に座る少女を照らし出していた。
車椅子は豪華に装飾されており、少女の着るドレスも豪華に仕立て上げられている。
それが当たり前のように似合っており、彼女が上流階級の人間であることを知らせていた。
――ただ一つ、彼女の持つ剣を模した『何か』だけが、異質な雰囲気を発していた。
「……」
少女は瞼を伏せたまま、周囲の闇を見渡した。
闇の中には、複数の人の気配があった。
少しだけ少女は決意を込めるように眉をひそめ――次の瞬間には、人形のように無感情の顔を作り出していた。
「皆様、おはようございます」
少女の言葉を皮切りに、闇の中の気配が騒がしくなる。
まるで、たった今目覚めたかのように。
まるで、なぜ自分がこの場所にいるのか分からないかのように。
まるで、身体がまったく動かないことに戸惑うかのように。
まるで、声を上げようとしても口が開かないかのように。
「私、ナナリー・ヴィ・ブリタニアが命じます」
そんな戸惑いを全て無視し、少女――ナナリーは告げる。
「これから皆様には――全力で殺し合いをしてもらいます」
少女の宣言に、暗闇の中から、怒り、困惑、または呆れといった様々な感情が溢れた。
しかしナナリーはそれらの感情を全て無視し、ただ自分の言葉が浸透するのを待っている。
……やがて、闇のカーテンの中からたった一つ、戸惑いを含んだ声が上がった。
「い……いけないよ、ナナリー」
同時にバッという音が聞こえ、暗闇の中に二つ目の光が射された。
凡庸な顔をした、それでいてどこか気品のある男が照らし出される。
男は唐突にスポットライトを当てられたことに戸惑いながらも、ナナリーに対して柔和な笑みを浮かべた。
「久しぶりだね、ナナリー。 エリア11で死んだと聞いていたけど、君が生きていたなんてとても嬉しいよ」
「ええ、お久しぶりですね。 オデュッセウスお兄様」
「……しかし、再会の趣向としてはこれはいささか冗談が過ぎるんじゃないかい?」
気品のある男――ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウスは、たしなめるようにナナリーに語りかける。
一方のナナリーは相変わらず目を閉じたまま――剣を模した『何か』を、指が白くなるほど握り締めた。
その様子に、オデュッセウスは気がつかない。
「こんな悪趣味な催しは止めて、一緒にお茶にしないかい? 君の土産話をぜひ聞かせてくれ」
「……申し訳ありません、オデュッセウスお兄様。 貴方は、『参加者』ではないのです」
「まだ言うのかい、ナナリー。 いい加減にしないと――」
「貴方は、『見せしめ』です」
剣を模した『何か』――正確にはダモクレスの鍵を模した、首輪を爆破させるスイッチを、ナナリーは押した。
カチッという乾いた音と同時に、オデュッセウスの首元からピッ、ピッ、ピッと電子音が鳴り響く。
その時にやっと、オデュッセウスは自分に覚えのない首輪が嵌められていることに気がついた。
「ナ、ナナリー? だから悪い冗談は止めるんだ!」
「皆様の首には、このように首輪が掛けられています」
「だから、ナナリー! 悪ふざけはいい加減に――」
「そしてその首輪には、引火性の高い爆発物――流体サクラダイトが仕込まれています」
怒りを抑えきれなくなってきたオデュッセウスの顔が、見る見るうちに青く染まっていく。
『見せしめ』という言葉と、首輪からの電子音、そして極めつけには、流体サクラダイト。
人の良さしか取り柄のないと言われた男でも、連想される答えは容易に想像出来てしまった。
「……う、嘘だろうナナリー。腹違いとは言え、君と僕は間違いなく兄妹じゃないかい?」
「首輪は、電子音が鳴ってから一分で爆発します」
「ナナリー!! 頼む、この首輪を止めてくれナナリー!!」
慈悲なき言葉に、オデュッセウスは目を普通ではありえないほど見開き嘆願する。
ナナリーは黙して答えず、役目を果たしたダモクレスの鍵を闇の中に放り投げた。
ダモクレスの鍵が床に跳ねる音と同時に、首輪の電子音がピッチを速める。
業を煮やしたオデュッセウスは首輪に手を掛け、無理にでも引き剥がそうとした。
「首輪に強い衝撃を与えても、首輪は爆発します。 当然、引き剥がそうとしても」
「ヒィッ!」
忠告にオデュッセウスは余裕のない悲鳴を上げ、首輪からわずかに手を離す。
ピピピピピピと、首輪はもう間もなく爆発することを告げていた。
オデュッセウスは膝をつき、青を通り越して白く染まった顔で、縋るようにナナリーを凝視する。
「……ナナリー」
「……さようなら」
「うわあああぁぁぁぁあああぁあぁ!! ナナリィィィイイイィィッ――!!」
バンッと、耳障りな絶叫を無理矢理に中断させるように、首輪は爆発した。
恐怖に歪んだ頭が宙を舞い、床に鈍くバウンドする。
頭を失った身体は、ゆっくりと前のめりに倒れた。
過剰な火力に焼き焦げたのか、不思議と切断面から血が噴き出ることはない。
代わりに、肉と脂が焼ける不快な臭いが辺りに漂う。
最後にもう用は済んだとばかりに、人間だったものを照らしていたスポットライトは消滅した。
「皆様、これでお分かりいただけましたでしょうか?」
実兄が死んでも、ナナリーの表情は微動すらしなかった。
そして一つに戻った光の中で、ナナリーは言外に告げる。
お前たちはどう足掻いても、目の前の非力な少女に逆らうことなど出来ないのだと。
「それでは改めまして、皆様にこの殺し合いのルールを説明します」
それから粛々と、ナナリーは殺し合い――バトルロワイヤルの説明を始めた。
基本的で絶対のルールとして、最後の一人になるまで殺し合いは続けられること。
参加者に共通で与えられる支給品と、ランダムに与えられる支給品があり、その際に元の持ち物は没収されること。
一定時間毎に、侵入したら首輪が爆発する禁止エリアを設定し、それまでの死者名とともにを放送すること。
そして――
「――放送時に死者が一人も読み上げられなかった場合は、参加者全員の首輪を爆破させていただきます」
何度目になるのか、また空気が張り詰める。
つまり最低限一人でも死ななければ、参加者たちは生き残ることが出来ないのだ。
徹底的に殺し合いの舞台が整えられ、逃げ道が防がれていく。
闇の中に、絶望というさらなる闇が広がりつつあった。
「最後に――この殺し合いを生き残り、最後の一人となった者には、何でも望みのモノを与えましょう」
それまで一定のペースで説明を行っていたナナリーは少し間を置き、息を整える。
閉じられた瞳で、闇のカーテンの向こうをゆっくりと見回す。
絶望という闇に、希望の光を射すために。
「――例えば、全ての財宝を、決して壊れない平和を、手にすること約束された天下を」
闇の中の気配が――参加者たちが、絶対に聞き洩らさないように、ナナリーは告げる。
お前たちには絶望だけではなく、希望もあるのだと。
「――衰えぬ若さを、二度目の人生を、愛しき人の復活を、さらなる進化の高みへも、真っ当なる人に戻ることさえ」
叶わぬ願いはないと、そうナナリーは告げていた。
まるで夢幻のような話だが、その夢幻のような状況が現実としてここにある。
「望む全ての願いを叶えることを、私ナナリー・ヴィ・ブリタニアがここに誓いましょう」
そうして、ナナリーは暗闇の中の気配――バトルロワイヤルの参加者たちと契約を交わした。
ルール説明が終わり、舞台は次の段階へと移る。
バトルロワイヤルの、開幕へと。
「それでは、バトルロワイヤルの開催を宣言します」
開催宣言。
それと同時に、バトルロワイヤルの参加者たちの気配は一気に消失した。
【オデュッセウス・ウ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュR2―死亡】
気配が消え、後に残ったのは開催を宣言し、主催者となった少女だけだった。
完全に人が居なくなったことを確認すると、少女は懺悔するようにうつむき震える。
「……な、さい」
栗色の長い髪が、静かに揺れる。
だがいくら泣いても、漂う死臭が彼女に罪を忘れさせない。
「……ごめんなさい、お兄様、スザクさん」
少女の嗚咽は、誰にも聞かれることなく闇に溶けていった。
主催
【ナナリー・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ R2】
最終更新:2009年10月22日 15:26