なくしたもの 探しにゆこう

レレナ・パプリカ・ツォルドルフは、ローマはバチカンに在籍するシスターとして、その魂を供養していた。

といっても、対象は人間ではない。
それは、エリアA―2、研究所裏庭の片隅に、ひっそりと立っていた供養塚だった。
こういう研究所や病院には、実験で殺してしまった動物を供養する為の場所があると聞く。
その小さな石碑も、そういう場所らしかった。

お墓の水汲み場に置いてあった剪定バサミで、玄関前のプランターからチューリップを剪定させていただく。
(あれ、今は春だったっけ? と混乱したけれど、深く考えないことにした)
とっくにみずみずしさを失っている桧葉の葉を捨てて、代りにチューリップをいける。
チューリップが、ふわふわと夜風にゆれた。
レレナの亜麻色の髪も、つられてふわりとなびく。
シスター服の黒いスカートが、軽くひるがえる。
日本人の母譲りの黒い瞳で、夜空に浮かぶ満月を見上げた。

月と花とそよ風。
『殺し合い』が行われているなどと信じられないぐらい、いい夜だった。


『殺し合い』の最中に動物の墓参りなど、我ながら悠長なことをしている。
別にレレナが墓参り好きというわけではなく、考える時間が欲しかったのだろう。
つまり、ちょっとした問題の先送り。

ただ、その墓に目が止まった理由は、それだけではなかったかもしれない。
さびれた石碑と、所内で飼われていた動物たちの供養塔だという簡単な説明書きを見て、
ほんのひと月前に滞在していた『組織』でのことを、思い出さなかったと言えば嘘になる。
そう、あの『檻』の中で飼われていた、ちょっと前まで『人間だった』、吸血鬼のなりそこないの者たち。
レレナにとって世界の見方が少なからず変わったし、そうなると、こんな殺し合いの会場にある、ただ『研究所』とだけ看板に記された建物も、
何らかの苦闘と人に知られない犠牲を孕んだ機関に勘ぐられてしまう。

いや、それも祈りを捧げるなら、関係のないことだ。
人間だろうとそうでなかろうと、天国の中では平等だし、
天国に行けなかったとしても、祈りによって煉獄の人々を救うことはできる。
首からさげていた小さな十字架を、両手のひらで握りこむ。
手を組み合わせ、祈る。

「主よ、われ深きふちより主に叫び奉れり。
主よ、わが声を聞き容れ給え。
願わくは、わが願いの声に御耳を傾け給え。
主よ、もし不義に御目を留め給はば、
主よ、だれかよく立つことを得ん。」

祈ると、心が澄んでいくのを感じる。
ものごころついた時から、レレナの身近にあり、励ましてきた言葉だ。

「主よ、永遠の安息をかれらに与え、
絶えざる光をかれらの上に照らし給え。
すべての信者の創造主、かつあがない主にまします天主
主のしもべらの霊魂に、すべての罪の赦しを与え給え。
願わくは、かれらが絶えず望み奉りし許しをば――」

「君は、天国や神様を信じているのかい?」



そんな風に声をかけられて、レレナはぎくりと振り向いた。
とはいえ、半吸血鬼のレレナは夜目がきく。
その正体もすぐに見極められたので、その動揺は割に軽いものだった。
緑色のセーターを着た青年だった。
特に特徴のない容姿だった。
決して平凡という意味ではない。むしろその単語とかけはなれた印象を放つ。
均整のとれた体つきに、精悍だが柔和な顔つき。
そう、こんな状況だというのに、青年はあまりに穏やかで、気が抜けたように無防備だった。
無防備だが、それが生死について達観した風にも取れるし、逆に余裕を持っているとも取れる。
その『強者特有の無防備』が、月島さんの雰囲気と似ていた。
右手には、一振りの木刀。
青年は、礼儀正しく一礼した。
「失礼……私の名前はシズ。シズだ」



 +  +  +

中庭には、チューリップの他にも色々な花が咲き、暗闇の底で夜風に揺れていた。
「シズさんは、これからどうするおつもりなんですか?」
「そうだね……それを決めかねて、困っているところかな」
「お知り合いは呼ばれていないんですか?」
「一応、一人だけ。つい先日いた国で知り合った、キノさんという人が名簿にいる。
……しかし、あの人は強いから自分のことぐらい自分で決められるだろう。私がどうこうすることじゃない。
私にそんな質問をするということは、レレナさんも知り合いが呼ばれているのかな?」
「はい……四人ほどいらっしゃるんですが、少しばかりこみいった事情がありまして。
……会いたい人と、あまり会いたくない人が」

二人は研究所中庭のベンチに座って、自己紹介を兼ねた談話に興じていた。
それはあまりにも無警戒で、初対面とは思えないほどなごやかなもの。
しかし両者とも、互いが『ただ者では無い』という直感を持つ。
シズという男は、特殊な『力』こそ感じられないただの人間だが、纏う空気は『強者』のそれ。
レレナとて、世間知らずな自覚があるとはいえ、何度も修羅場をくぐり抜けた半吸血鬼。
ここが殺し合いの場であり、あっさり人を信用してはいけないと理解しているし、それはシズも同じだと思う。
にも関わらず、二人はすぐにお互いを話相手と認め、一つのベンチに二人で座っている。
何故だか、身の危険は感じなかった。シズの方も、そうなのだろうと思う。
そう、それは強いていうなら『シンパシー』。
無防備さの裏に見え隠れする、やるせなさや空虚さ。
『考える時間が欲しい』という戸惑い。
己がそれに悩まされているからこそ、同じことを感じている相手は分かる。

「俺は、元々死ぬつもりだったんだ」

青年は淡々と、『コンビニに行くつもりだったんだ』とでも言うようにあっさりと言った。

「だけど、ここに呼ばれる直前に訪れた国で、死に場所だと思っていた国で、死に損ねた」

レレナは姿勢正しく座って、シズの話を聞く。

「死に場所がなくなったことには……命を助けてくれた人には、感謝している。
けれど、元々死ぬ予定だったから、これからどうするか困ってしまった。そんな時に呼ばれた」

「だから私は、死ぬつもりはないけれど、何をしたいのかが分からなくて、困っている」



それが、シズの話。
淡々と語られるその話は、あまりに抽象的で、状況がよく分からないもの。
けれど、レレナは『そうだったのか』と納得してしまった。
シズの空虚な瞳が、かつて、レレナに「死なせてくれ」と言って来た吸血鬼と似ていたからかもしれない。
そして、『何をすべきか分からない空虚』が、ここに呼ばれるまでのレレナと似通っていたからかもしれない。

そんなシンパシーにつられるように、レレナもまた、話しだした。

「私は、ここに来る前、大切な人達を亡くしました」

ほんのひと月ほど前のことだ。
ひとつ屋根の下で、笑いあっていた人たちが死んだ。
幽霊の少女がいなくなって、吸血鬼の男が死んだ。
まだ気持ちの整理はついていない。

「あの人たちが死んだ時、私はその人たちと同じ建物にいました。
けどあの人たちは、私を逃がして、私の知らないところで死に場所を決めてしまいました」

彼らは、死に場所を自分で選んだ。
それは自己犠牲からの選択だったし、絶望からの選択だったけれど。
レレナは、そんな彼らを止める言葉を持たなかった。
二人が己の道を決めてしまった時、レレナはその建物の別の場所で、
レレナにとっての戦いに必死だったから。

「あの時、私が何かしてあげられたら、あの人を死なせずに済んだのかもしれません。
逆に、私が何をしたとしても、あの人たちを止められなかったのかもしれません。
今となっては、そのどっちだったのか、分かりません。
でもひとつ確かなのは、私が何もできなかったということです」

つまり、レレナは『取り残された』ということ。

レレナは、結末を自らの手で選べなかった。
あの結末は、亮史から、舞から、起こってしまった全ての因果から、
『日常は永久に帰って来ないけど、お前は生きてくれ』と押し付けられたもの。
望んでいない結果だとしても、それを受け入れるしかなかった。

「その死んだ人たちが、この『実験』の名簿に書かれています。
死んだはずなのに……何かの間違いかもしれません。
私を混乱させる為に、名簿に嘘が書かれているのかもしれません。
私は死んだところをちゃんと見ていないので、実は生きていたのかもしれません。
もしかしたら、白スーツの男の人が言っていたように、本当に死んだ人が生き返っているのかもしれません。
……だとしたら、私にはもう一度チャンスがあることになります。」

だからレレナには、本当は何をしたいか分かっていた。
だから後は、それを決めて、言葉にするだけ。

「だから私は……今度はちゃんと、選びたい。
大事な人達を探して、会って、どうしたらいいのかちゃんと決めたいです」

祈りながら考えて、どう考えてもその答えにたどり着いた。

「そうか……君は、やり直しがきくかもしれないのか」

シズが、少しだけ『熱』のこもった声で呟いた。
その感情の動きは、羨望かもしれないし、肩入れかもしれない。
そして言う。

「でも、もしその人たちが本当に生き返っていたとして、その人たちが戻って来るとは限らないかもしれないよ。
厳しいことを言うようだし、俺はその人たちのことを何も知らないから断定はできないけど……。
例えば、『ゆっくり眠らせて欲しい』とまた死を希望するかもしれない。
逆に、その人たちが生きたいと言い出した時、自分の命かその人達の命かを選ばされるかもしれない。
ここは殺し合いの場なんだからね」

シズは、少し言いにくそうだった。
しかし、レレナの甘さを指摘したのでも、敢えて忠告したのでもなく、
ただ聞いてみたいという風だった。

そう、その恐れは、最初からレレナにもあったものだ。

生き返っていたとして、彼らは再びの生を望むだろうか。
月島亮史は望むかもしれない。
『雪村舞』が生き返っているのなら、彼が後を追うように死ぬ理由もないのだから。
しかし、一人しか生き残れないというルールに則る限り、二人以上の生還は不可能なのだ。
いや、それよりも先に、舞が殺されてしまった場合が怖い。
再び舞を失うようなことがあれば、あの人はまた壊れてしまうかもしれない。

また、誰も救われない、苦い結果を迎えるかもしれない。
レレナにできることなど、実は何も無いのかもしれない。

そもそも、幽霊の舞を『生き返らせる』とはどういうことだろう。
肉体を与えられて、生前の姿で復活するということだろうか。
レレナは幽霊になってからの舞しか知らないので、それはそれで想像しにくいのだが……。
人間の姿で生き返っているのだとしたら、なおさら舞の生存率は低くなる。
『実体化しない限りダメージを負わない』という、幽霊の圧倒的なアドバンテージがなくなってしまうのだから。


そう、このチャンスは、決して優しい奇跡ではない。
むしろ、全員が幸せに終われる可能性は、限りなく低いと言っていい。


でも、
それでも、


「私は、十字架が苦手なんです」
唐突な言葉に、シズが小さく首をかしげる。
「いえ、深い意味はなくてですね。先端恐怖症といいますか、十字架の形がダメといいますか
……とにかく、十字架を見るのが怖いんです」
私、半吸血鬼だから十字架が苦手なんです、とは言えない。
「えーと。話がそれましたね。
つまり、私は十字架を見るのも嫌なんですけど、こうして十字架を持ち歩いてます」
シズに向かって、首からさげた十字架を掲げて見せる。
「どうしてだい?」

「それは、私が、神さまとイエスさまを信仰しているからです。
確かに私は、『十字架を見るのも嫌』です。
でも、それと『十字架を大事にしている』ことは、あくまで別なんです」

シズは、「ああ」と納得したような声をあげた。
レレナがつまり何を言いたいか、察したらしい。

「シズさんは、私に『神さまを信じているか』と聞きましたね。
はい、私は、神さまを信じています。
例えば、『もし神さまがいるなら、何でこんな殺し合いをやらされるんだ』って思う人もいるかもしれません。
でも、私の場合、神さまが助けてくれることは、あまり期待してないんです。
今まで、助けて欲しい目にもあったけど、結局助けてもらえませんでしたし。
ただ見守るだけで何もしてくれなくても、私は神さまを愛してるから、信仰を持てるんです」

もしかしたら、名簿に描かれている名前が嘘で、『清隆』に、惑わされているだけかもしれない。
もし本当に生き返っていたとしても、あの人たちは『生き返りたくなかった』と言うかもしれない。
あるいは、レレナを生かそうと再び命を捨ててしまうかもしれない。
結局、レレナはまた傷つくことになるだけかもしれない。

それでも、また『取り残される』よりはマシだった。

「私は、二人のことが大切なんです。
だから、献身に見返りがあるかどうかは、関係ないんです」

二人が『いるかもしれない』ならそれで充分。
いるかもしれないのに何も行動しなかったら、『二人のことが大切』という気持ちが嘘になる。

「嘘かもしれなくても、悲劇に終わったとしても、私は二人を探したい。会いたい。
会って何ができるのかが分からなくても、会いたい。
二人の望みが私にとって辛いことでも、二人が望んでいる事を知りたい。
今度はちゃんと関わって、終わらせたい。
それが私の気持ちです」

そして、シズは納得したように頷いた。

「……そうか。それは素晴らしいことだと思うよ」



一人だけ生き残った青年と、
一人だけ生き残った少女。

過去に大事な存在を喪って、空虚になった少女と、
本当なら未来に大事な存在を手に入れる予定だった、今は空虚な男。

ある意味で対照の位置に立っていた二人は、こうして交わった。


【A-2/研究所中庭/一日目深夜】

【レレナ・パプリカ・ツォルドルフ@吸血鬼のおしごと】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(確認済み)
[思考]基本・月島亮史、雪村舞と再会し、過去に果たせなかった何らかの『決着』をつける
1・シズと行動する? それとも……。
2・大きな研究所だし、とりあえず調べてみようかな……。
3・月島さん、舞を探す。
※参戦時期は、最終巻以降です。

【シズ@キノの旅】
[状態]健康
[装備]洞爺湖@銀魂
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
[思考]基本・死にたいとは思わないが、かといって『殺し合い』をどうこうする意思もない。
1・レレナと行動する? それとも……。
2・レレナに少し羨望
※参戦時期は、1巻『コロシアム』終了直後です。

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最終更新:2011年06月24日 23:40
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