頭に鈍い痛みを感じ、紫原洋介は目を覚ました。
(……ここは?)
周りを見回してみると、そこは五十畳くらいの倉庫のような部屋であった。
部屋の中央には、巨大なモニターが取り付けられていて、周りを取り囲むように設置された照明は、これでもかというぐらいに部屋を照らしていて、それが余計に洋介の頭痛を激しくさせていた。
それだけならまだ普通の場景であるが、洋介の周りと取り囲むように倒れている人々がある種、犯罪的な雰囲気を演出していた。
そこで、洋介は首の辺りに違和感を覚える。首に手を当ててみると、金属製の首輪が巻かれていて、普段は滅多のことでは動じない洋介もこれには、かなりの衝撃を受けた。
(なんだ!? この状況は! 下手なB級映画だって今時こんな展開はありえねえぞ!!)
数分後、彼以外の人間も目を覚ましていた。
突然の状況にパニックを起こす者や、ただ呆然としている者をボンヤリと眺めていると、
「洋介にいちゃん!」
いきなり声を掛けられた。
そちらの方に顔を向けてみると、小動物のような小柄で華奢な女の子が手を振りながら向かってきているところだった。
「洋介にいちゃん!! よかった~。無事だったんだね」
洋介の許へとたどり着くと、彼の手をぎゅっと握りながら、桜ヶ丘ルイは安心した、といった感じで喋り始めた。
「あんなことがあったからね~。心配したんだよぉ~」
(……? あんなこと?)
ルイの突然の発言に首をかしげて、理解不能の意思表示をする洋介。
「え、まさか覚えてないの?」
ルイのやや困惑気味の問い掛けに、こくりと首肯することで洋介は応える。
それにルイは、
「そっか~。じゃあ、しょうがないね」
と寂しそうに笑った。
☆ ☆ ☆
それからの数分間を洋介は、この異様な部屋に至るまでに起きた空白の時間を思い出すために充てていた。
集中するために目を瞑る。
明滅を繰り返す視界。
響き渡る悲鳴。
そして、広がっているのは赤い世界。
脳内のスクリーンで再生されるそれらの映像は、とても不鮮明で所々が欠けていた。
(―――駄目だ。断片的にしか思い出せない……)
さらに集中して意識の奥底へと入り込もうとしたその時だった。
突然、部屋の中央に設置されたモニターが、〈ぶーん〉というブラウン管特有の音を発しながら起動した。
☆ ☆ ☆
部屋中の人間の意識がブラウン管に集中する。洋介とて、その例外ではない。
ブラウン管には、スーツ姿の如何にも『壮年の紳士』といった風貌の男が映し出されていた。
一見は、人畜無害の四文字熟語が似合う気の良さそうな顔つきをしているのだが、何か得体の知れない威圧感が画面の向こうから発せられていて、部屋中の人間の精神力を容赦なく削り取っている。その男の一体どこから、そのようなエネルギーが発せられているのか彼らには全く見当が付かない。それがまた底知れない「不気味さ」を部屋中の人間に感じさせ、それはまた「恐怖」として変換され人々を不安にさせる。
重苦しい空気の中、男は、ゆっくりと第一声を発する。
「さて、突然で申し訳ないが、君たちは『壷毒』というものをご存知かな?」
いきなりの突拍子の無い質問に、その場の全員が黙り込んだ。
男はそれだけ言うと、再び黙り込んでしまった。
それから、どれくらいの時間が経過したのか、彼らには分からない。十秒かもしれないし、十分かもしれないし、十時間かもしれないし、もしくは、十年ほどの時が過ぎ去ってしまったのかもしれない。
唯一つ理解できるのは、その空間では、一切のコスモスが崩壊し、そのかわりにカオスが全てを呑み込んでいた。全ての法則が狂い、その意味を無くしてしまっている。
再度、男は口を開く。
「古来、中国には、蛇、百足、蠍、蝦蟇を一つの釜に纏めて放り込み、殺し合わせることによって生き残った最後の一匹の毒虫から毒を抽出するという独自の精製方があってね。
そいつを矢の先端に塗りつけて、必殺の一撃としていた訳だが……」
男は不適に笑いながら続ける。
「そいつを喰らった兵士の死に様は、あまりに凄惨だったらしくてねぇ。
地獄の業火が生温く感じるほどの苦痛を味わいながら死んで逝く……。
その光景を思い浮かべる度に私はカタルシスを感じるのだよ。
まるで、体中の血液を抜き出して余計な部分だけ取り除き、また身体に戻した時のように、全てが浄化された気分になるのさ」
素晴らしいだろ? と男は彼らに呼びかける。
それに対して、洋介を含めた囚われ人たちは何の反応も示さず、ただ、男の姿が映ったブラウン管に目を釘付けにされている。
既に彼らの自我は崩壊し、物言わぬ人形に成り果てていた。
部屋中の人々の意識がカオスに呑み込まれ、融合し、一つの個としてそこに存在している。
「そういう訳で、君たちにここに集まってもらったのは他でもない。君たちには最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいたいのだよ。なに、ただとは言わない。前金代わりとして、君たちに素晴らしい『能力』を授けようと思うのだが―――」
そう言うと男は懐をゴソゴソと漁り、スイッチのような物を取り出した。
「その過程で生き残る者は、そこにいる人数の十分の一にも満たないだろうな」
そして、男は取り出したスイッチを一遍の躊躇も無く、押した。
☆ ☆ ☆
(痛っっ!!)
その瞬間、洋介は首許に鋭い――まるで、針に刺されたような――痛みを感じた。
「痛った~!! なに? 首に何か刺さって痛いよぉ~」
ルイも痛そうにしている。
周りの人々を見てみると、洋介やルイと同じように顔を顰めている。
どうやら、彼らも――洋介やルイが体験した――針に刺されたような痛みを感じているようだ。
(なんだ? いったい何をされた……?)
洋介が怪訝そうに首を傾げたその時だった。
「ウ、、う、、いいいい、、、、、、ああ、あ、、あ、あ、、、、、、、あああああ!!!」
いきなり、妙な叫び声を上げる者が現れた。
「あああああ、、う、、腕、お、、、、れのぉぉ! う、、でぇ、、!! がぁ!!!」
声が上がった方向に顔を向けると、そこには、
腕が蒸発していくのを、情けなく涙を流しながら見つめている若い男の姿があった。
腕からは、大量の血飛沫が上がっていて、それが世界を赤く染め上げている。
やがて、その侵食は少しずつ全身に広がり、その男はこの世界から消滅した……。
「い、いやあああああああ!!!!」
「いい、い、、、やああああああああ、、、、、、だあああ!」
「し、、死にたくない!! だ、れ、、かぁ、、、、!! たす、、、けぇてぇ!!」
部屋の彼方此方から阿鼻叫喚の叫び声が上がっていた。
若い男以外にも、彼と同じ症状を発症する人々が現れ始めた。
まさに、その場は、地獄絵図と化している。
「お……お兄ちゃん、怖いよぅ」
ルイが心底怯えた様子で洋介の身体にしがみ付いている。
それに、洋介はあやすように優しくルイの頭を撫でてやった。
(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、!!!!)
その瞬間、洋介にもとうとう「その時」が訪れた。
(体が、、あつ、、、い、)
体勢を保てなくなった洋介は、その場に倒れこんでしまう。
「お兄ちゃん!!」
朦朧とした意識のなかで、ルイの声だけが頭の中にこだまする。
「お兄ちゃん!! 洋介お兄ちゃん!!! しっかりしてぇぇ!!」
最後にルイの泣き顔を目に刻みつけ、洋介の意識は深淵の暗闇へと落ちていった。
☆ ☆ ☆
桜ヶ丘ルイは、親愛なる義兄・紫原洋介を抱きかかえ、ブラウン管に映った男を睨みつける。
「なんでですか!? どうして、あたしたちをこんな酷い目に遭わせるのですか!? どういった権利があってこんな真似が出来るんです!? 一体、あたしたちが何をしたっていうのですか!?」
ルイの怒鳴り声にも、ブラウン管の男は何所吹く風といった様子で気にも留めていない。
男は応えない。
ただ、濁ったガラス玉のような、一切の精気すら宿していない眼で此方を見詰めているだけだ。
男は、ただ独白する。
「君たちには、誠に勝手ながら首輪を付けさせてもらった。それも、ただの首輪じゃあない。注射機能付きの首輪だ。そして、たった今、君たちに投与したのは、『進化促進剤』というものだ。
こいつには、我々も扱いに非常に手を焼いていてね。
うまい具合に体質が合えば、対象を進化させ更なる可能性を生み出すことができるのだが、体質が合わない場合は……」
男はそこで言葉を切り、焦らすように、言う。
「細胞が暴走し、自滅を始め、分子レベルにまで分解される。
つまり、肉体が消滅してしまう訳だ。ところで―――」
いま、何人消えた? と男は心底、愉快そうに呟いた。
「―――――――――――!!」
男の愉悦に浸ったような問い掛けに、男の酷く愉しそうな表情に、男の何よりも残酷に響く哂い声に、ルイは絶句するしかなかった。
(こ、こいつ、人間じゃあない!!)
明らかに壊れている。いや、壊れているという表現は正しくないのかもしれない。どうしようもなく『正常』なのだ。ただ、価値観や倫理観といったものが、一般常識とは大きくかけ離れているだけであって……。
ただ、その事実にルイは戦慄を隠し切れない。
生まれて初めて触れる純粋な邪悪というものに、ルイは押しつぶされそうになっていた。
いままで培ってきた人間としての尊厳を無残に踏み躙られてしまった。
その事実に、怒りを通り越して、吐き気すら覚える。
(―――――――――――――――!!)
それに加えて意識さえ朦朧としてきたルイは、その場に倒れこんでしまった。
「まあ、運が良ければ……、いや、悪ければ、生き残れるだろうな。
生き残ったところで、生き永らえるのは、一人だけだがね」
最後にそう言い残し、ブラウン管から男は消失した。
それと同時に、ルイの意識も混沌に呑み込まれようとしていた。
残った僅かな力を振り絞り、洋介の身体をぎゅっと抱きしめる。
「洋、介、兄ちゃん……」
呟いた途端、巨大な闇にルイの意識は沈んでいった。
TO BE COTINUED