「ほぉ…私にお客様とは随分と珍しいではありませんか。」
精神異常者――――長谷川雫。
何重にも巻かれた手錠と足枷に被せられたヘルメット。
厳重に拘束された囚人服姿の女性は、不気味な姿に似合わず、流暢な敬語を話していた。
異常犯罪者。両性愛者。終末思想家。そして、未成年の男女十二名を強姦し惨殺した犯人。
彼女の表情はヘルメットで隠されていたが、何処からか不気味な笑い声が聞こえたような気がした。
「すごいな、超能力とか使えるんじゃないの?」
「聞いたことの無い声ですね。ご用件は何でございましょうか?」
「ここから出たい?」
◇
◇
『緊急ニュースです。連続暴行殺人の容疑で服役中の長谷川雫受刑者が脱獄しました。
警察の調べによると、何者かにより襲撃され、看守七名が死亡。
市長選挙も近く、テロの可能性も高いと見て警察は警戒を強めています。』
◇
◇
「やれやれ、こりゃあ物騒な世の中になったもんだな。」
伊達坂浩二。階級は巡査長で、見た目はただの中年男。
カップラーメンをすすりながらニュースを見て、やる気があるのか無いのか分からない態度をとっている
横に座るのは、その相棒である私、海棠凪。
しばらくの間、関勝宏に代わって語り手をさせてもらいます。
ってなワケで、お喋りはここまでにしようかな。
「ったく、やる気あるんですか?」
「あったら、さっさと動いてホシをあげているっての。」
はいはい、やる気が無いんですね。
無いなら無いと言ってくださいよ。
そう言えば、長谷川雫といえば。
「そういえば、長谷川って先輩の
「おい!!!海棠。聞き込み続けるぞ!!!」
長谷川雫。女性なのに、連続強姦殺人犯。
って言っても、標的は女性と男性だったのであっているかどうか分からないけど。
これを話したら、伊達坂さんのかみなりがおちるからなぁ~。
それは、伊達坂さんの……とっ、それについては追々、話すことにしよう。
今度、あなた達とお話できればのことですが。
「サボルなら、バレ無いようにしろっての。」
「サボってません!!」
パトカーのドアを開けると、辺りには梅雨時の五月雨が降り注いでいた。
渋々、諦め半分で買ったばかりの少々値のはるコートを濡らしながら走る。
走ってせいで、皮製の靴とスーツやズボンに泥が跳ねて、汚いまだら模様が完成した。
寒気が走り、鳥肌が立ち、あまりいい気分ではなかった。
黒いスーツに出来た、迷彩柄を丁寧にふき取ると、雨宿りするようにコンビニの屋根の下に入る。
「あっ、平沢さん。」
コンビニから出てきたのは、平沢健雄。麻薬組織と親密に結びついているという噂が立っている。
余り勤務態度もいいとはいえない。だが、警視庁のお偉いさんの甥にあたるため特別扱いを受けているらしい。
あくまでも噂。見た目は感じもよさそうで、勤務態度以外は真面目。
「海棠。ちょっと話したいことがあるんだ。来てくれないかな?」
手招きされるように入ったのは、人気のすくない裏路地。
見通しが悪く、地面にはゴミや不法投棄された物で埋め尽くされ悪臭が立ち込めている。
ふき取ったばかりのズボンのすそには気持ちの悪い小麦色の物体がこびれついていた。
いったい、こんなところで話をすることなどあるのか。と疑問に思うほど。
頭によぎったのは、平沢という男が、汚職警官であるということ。
嫌な予感はしていた。
「もしかして見ちゃったとか?」
「何を?」
「おっとぉ、見ちゃったか。出て来い、ゲオルク。」
誰かの名前を叫んだ。叫んだ相手は誰かも知らない。
西洋風の名前であり、なおかつ私の知らない奴の名前だとはすぐに分かった。
何人?と、下らない事を考えることしか私の脳みそじゃ出来ない。
私は、誰かも分からない奴に対して身構えるしか出来なかった。
「閣下。御用は何か?」
「この女、全て見ちゃったらしいから……殺せ。」
◇
海棠凪は死んだ。体中を血を噴出して、失血死したのだろう。
ピーピー叫んでいたが、もう死んでいる。応答は無い。
平沢にとって、殺されざる終えない状況だった。
海棠の携帯電話で、笑いそうな声をこらえながらも、救急車に電話する。
そしてわざとらしく、大声を上げて、海棠を心配したフリをした。
「女にまで殺すとか、こりゃ、好かねー奴だわ。」
「おっと、面倒なことになっちゃった。」
背後から聞こえた声。
平沢の肩に一発の銃弾が掠めると同時に、ポケットから携帯が許されたばかりの拳銃を取り出す。
テンガロンハットを被った青年は、動きが分かっていたかのように銃弾を回避する。
だが、青年の手には銃器は握られておらず、丸腰で笑っている。
銃器を捨てて勝負を諦めた、と平沢は油断した。
「バーカ。油断するんじゃねーよ。」
油断している。そう読まれていた。
人差し指から何かが発射されたところまでしか常人の平沢には分からなかった。
手に持っていたニューナンブM60の中心部分が大きく陥没した。
それはまるで、銃弾を受けたかのように。
「どうやら、お前は精霊のようだ。」
ヨハン・ゲオルク・エルザーは勘付くと同時に、襲撃者である青年、ビリー・ザ・キッドを睨みをつけた。
犯罪者であり英雄である二人。時代を超えた二人はお互いを警戒する。
固有能力。先に手の内見せてしまった、ビリー・ザ・キッドは不利である。
そして、ヨハン・ゲオルク・エルザーもまた不利な状況。
所有者の負傷。幸い軽傷であるが、戦闘に巻き込んで死ぬかもしれない。
両者が警戒して、一歩も動けない沈黙の空間。
ただ、そこには雨がアスファルトに落ちる音しか聞こえない。
「動くな。動いたら撃たせてもらう―――」
ビリー・ザ・キッドの首元に突きつけられた銃口が沈黙の空間を打ち破る。
彼の首元に、銃を突きつけるのは一人の中年刑事。
死体となって転がる海棠巡査の先輩である、伊達坂浩二。
彼の顔は無表情だが、言葉には感情は篭っておらず、冷たく聞こえた。
そして、聞こえたサイレン。すなわち、それを表すものは、警察が来たということだ。
「この場から、さっさと消えろ。そこに隠れているガキもだ。」
「ひいいいいいいすみません。」
「ったく、ビビりすぎなんだっつーの。逃げるぜ。」
闇の中へと消えていく、二人を見ながら、伊達坂刑事は銃口を平沢刑事へと向けた。
引き金には、殺意と力がこもり、今からでも射殺しそうな勢いであった。
平沢はその姿を見ても動じることはない。余裕の笑みを浮かべている。
精霊――――ヨハン・ゲオルク・エルザーも動きを見せていない。
「生憎、俺には高校生の子供がいるんだ。まだ死にたくは無い。」
「そうかい。俺が、浩二さんを殺しちゃうとでも思った?」
その言葉を聞いてもなお、銃口を向けたままであった。
そして、伊達坂はニューナンブM60の引き金に力を入れて、発砲しようとする。
が、その拳銃から銃弾が発射されることは無かった。
「――――――――!?」
悲鳴にもならない声が、一人の中年刑事の口から漏れた。
伊達坂浩二は力なく膝から崩れ落ち、腹部が遅れて破裂する。
辺りのアスファルトには、内臓の液体と胃液、そして腹部の臓物が無残にも飛散した。
ドロリと赤き血の水溜りが、パックリと開いた伊達坂刑事の腹部から作られていく。
死んだ。即死。一目見るだけで、助かる見込みは無いと判断できる状況だった。
平沢刑事はその死体を、後目に落ちているニューナンブM60を拾い上げる。
そして、サイレンの音は徐々に近づいていた。
「ゲオルク、殺しちゃいけないだろうが…。」
「仕方ありません。癖なものなので。」
【2012 6/3 Sunday 】
最終更新:2011年12月16日 19:53