「えーと……織田信長さんが死んじゃったのは………」
少女は、歴史のドリルを前に悪戦苦闘していた。
丁度戦国時代の単元をやっているようで、本能寺の変が起きた年を必死に思い出そうとしているようだ。
この場面だけを切り取って見るとまるで小学生の日常風景のようだが、忘れてはいけない。ここは命懸けの争奪戦であって、そんなほのぼのとした空間ではないと。
彼女の傍らに居る青年、夜桜方程はそれを理解した上で、それでもなおこの授業を行っていた。
彼らは現在、図書館でこの通り勉強をしている。
夜桜にとって他人に物事を教えるということは長年の夢だった筈だが、いい意味で予想を裏切られた。
他人に分かりやすく、自分にとっては当たり前のことを教えるというのは、なかなかどうして難しい。
だからこそやり甲斐を感じる。
自らの目指していたものが無価値ではなかったと再認識出来ただけでも、夜桜方程は満足だった。
そもそもどうしてこんなことになっているのかと言えば、偶然、椋梨水花との会話の中で歴史の話をしてみたら見事に色々と勉強不足だったことに所以する。
科学者志望で、行く行くは教授職を夢見ていた夜桜には願ってもない機会だ。
歴史は本来専門外なのだが、少なくとも基本事項くらいは暗記していた。
「せんせー……うぅ、むずかしいよぉ」
「ったく、本能寺の変のところで難しいところなんて―――おっと、いけない」
教える側が慢心していては生徒の実力が伸びない、と何かの本で読んだことがある。
確かに、高慢ちきな教授からの講義ほど分かりづらいものがあったと、夜桜本人も記憶していた。
成る程、何事も実体験に勝るものはない。
「えーとな、こういうのは年号を語呂合わせで覚えるといいんだよ」
教えていて懐かしい。
理系まっしぐらだった彼もまた、こういった事項をなかなか覚えられずに苦戦した記憶がある。
語呂で覚えなければ、高校受験の歴史でさえ撃沈していたかもしれない。
理解するより先に記憶してしまえばいいのだ。
「ぼくは確か、『十五夜に、起きてしまった本能寺』って覚えてたな」
「うみゅ……やってみる」
勉強はあまり得意でない様子の水花だったが、理解力は当時の夜桜と比べればよっぽど高い。
この調子でいけば、争奪戦中にでも遅れを取り戻すことが出来るかもしれない、そんなことを夜桜方程に思わせるほど、たった一人の生徒の未来は有望だった。
算数や理科はともかく、夜桜が当時最も悩まされた宿敵・国語はどうなのだろうか。
未だに国語は克服できていないから、教えるとなれば暗中模索。
まぁ、そんな壁の存在もまた、楽しかったが。
しかし、甘い話を永遠に許し続けるほどこの争奪戦は甘くない。
渇いた電子音の後に――――第一回目の放送が、始まった。
◆ ◆
「………四人、死んだのか」
当然だ。狐神を殺害したあの化け物のような奴がゴロゴロ居るなら、不謹慎だが四人くらいは当然。
むしろこれだけの時間が経過していて、それでも未だ四人しか死んでいないことが不思議なくらい。
しかしわかってはいても、夜桜の心にはやるせなさが込み上げてくる。
狐神の後を継ぐのにこんなことじゃあいけない――まだ、夜桜方程はそれだけ強くはなれていなかった。たとえ顔も知らない、何の因果関係もない人間だったとしても、誰かが死んだことに無情でいられるほど強くは、なれていない。
「………せんせー」
ぎゅっ、と肩に感じる温もり。
彼女も子供ながらに、惨劇があったことを理解して、その事実に恐怖を覚えたらしい。
小さく震えるその身体が小さすぎて頼りなくて、この少女が死ぬ光景だけは見たくないと思う。
「水花、ここを出るぞ。あんまり長く留まってたら禁止エリアになるからな」
「うん……でも、お勉強、途中だよ?」
「あー、もう! 分かったよ! もし争奪戦から帰ったら、東京都××大学のキャンバス前に来い!
ぼくの生徒第一号のお前には責任持って教えてやる、覚悟しとけよ!!」
「………うみゅ」
そうだ。ぼくらは帰らなきゃいけないんだ。
それがあいつの願いで、ぼくが守らなきゃいけない未来なんだから。
恐怖を振り切って、夜桜方程は椋梨水花の手を引いて図書館の出口に向かう。
これから先何が待っているかを彼らは知らない。
これが最後の安らぎだったことなど、知る由もない。
彼らが過酷を乗り越えて行けるのかは、結局のところ彼ら次第だった。
【C-3/図書館/午前】
【夜桜方程@科学者】
[状態]健康
[装備]猟銃
[道具]基本支給品一式
[思考]
基本:ぼくの道を往く
【椋梨水花@小学生】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品
[思考]
基本:先生についていく。悪いことはしない
最終更新:2012年06月30日 22:07