an avenging battle

八神美保が死んだ。
世界に裏切られ続けて、運命に翻弄された女がここに、散った。

残された殺し屋が下手人・葵崎蜜柑を討伐すべく動き始めたのは、第一の放送が鳴り響いた直後だ。
すぐに殺しに向かう程、彼は冷静さを欠いているわけではない。
むしろこの部屋を出るまでは相手からの攻撃が来ない――そう考えると、葵崎が攻撃してくることのないこの僅かな時間を活かすことで、奴を殺すチャンスをより確実なものに出来るからだ。
彼はたった数分の時間ながらも自らの見た『事実』を分析し、精一杯の『考察』をした。
当然答えなどそんなにすぐに割り出せるものではなかったが、一つだけ再確認できたことがある。
それは、至極単純――『八神美保の戦法を自分は絶対に使えない』ということだ。

殺し屋稼業を随分長いことやってきていれば、自然と強さが極まっていく。
故に彼は今、加減したとしても片腕を骨折している葵崎より弱くはなれない。
真っ向から激突すれば、八神の二の舞になってしまうのが関の山だ。
要求されるのは策謀。
あの計算高い嘘つきを騙し、真実の一撃を打ち込む。
そこまでで鳴り響いた第一の放送―――これを合図として、休憩時間は終了した。


(どれだけ足音を潜めても奴には無意味。だが奴の嘘はオンオフが可能……)


隠れ潜むことは出来ない。この屋敷の中にいる限り、最悪ほんの僅かな呼吸音で場所を割り出され、油断しているところを叩かれる。
正々堂々というのは慣れない響きだが、とにかく葵崎から逃れることは考えない方がいい。
逃亡行為は反撃の一環として捉え、一切の保身を捨てる。
そうまでしても尚、倒せるか分からない弱者。葵崎蜜柑の存在は、間違いなく最大の難敵だった。


(でも―――オレはアイツを殺す)


コルトガバメントでは、葵崎の柔肌に傷をつけられない。
せめてもう少し可能性の高い武器として装飾剣を持つが、これも果たしてどうなることやら。
裁縫セットの糸を使えば、或いは彼女の身体を輪切りにすることが可能かもしれない。
しかし、生憎柏原はまだそのようなスキルを習得してはいなかった。よって却下だ。

バン!と勢いよく扉を開け放ち、廊下の向こうに全速力で疾駆する。
戦略的逃亡と言えば聞こえはいいが、実際には相手の動きを見るだけの様子見行為だった。
葵崎も気付いたのか、甲高い笑い声がひとつ響き、彼女もまた駆けてくる。
その手のワルサーを一、二度発砲するが―――こんなもので死ぬほど柔に柏原は作られていない。
予備動作を確認していれば、避けることは意外に容易なものだ。
真っ向から激突すれば死ぬ。理解しているからこそ、あえてその愚を犯す。


「くふっ! 何やら作戦でもあるのかな、っと!!」


振り回す装飾剣の刃を軽々と避け、葵崎はまたも発砲しようとする。
しかしその前に、柏原は彼女ではなくワルサーを狙って剣を降り下ろしていた。
壮絶な音がして、僅かな刃こぼれを代償として――葵崎蜜柑の武器を破壊する。

「あっちゃー」

無惨な姿を晒す銃を見てばつが悪そうに言う葵崎。
無茶な破壊による暴発が彼女を襲っていたが、あべこべとなってダメージは生まない。
一見大した意味のない攻撃だ。しかし、アドバンテージを得ることには成功した。
そもそもワルサーを破壊することがそこまで重要なことというわけではない。
確かに避けられるとはいえ銃は強力だ、破壊しておくに越したことはないだろうが、彼の狙いは『自らの武器にもダメージを与えること』である。

鋭い刃の先端が折れたことにより、武器は確かに『弱くなった』。
まだ弱さは足りないだろうが、さっきよりは葵崎に対してマシに立ち回れるだろう。
当然、こんなもので討ち倒せるような生易しい相手でないことは承知の上。
険しい表情を崩さず、無言の柏原を見て、葵崎はからからと笑って言った。


「くふ。声出ないのかな? どれ、お姉さんが治してあげよう」


迂闊だった、と柏原は思う。
ふと気付けば自らの喉に葵崎の指先があてがわれ、謎の感覚が身体を駆け巡る。


「――――――な、に」


声が、出る。
生まれながらのハンディキャップ、人生において常に足を引っ張ってきた欠点が、消えていた。
あんな単純な動作で、柏原修一は普通の人間と変わらない機能を取り戻したのだ。


「プレゼントさ。あたしを殺せたらおめでとう、プレゼントを受け取ったまま生きてくれて構わない。だけどあたしが勝ったら、君の命で返済してもらうよん」
「………チィッ!」


折れた刃を振るうも、弱さを得た引き換えにリーチは短くなった。
刃は葵崎に届かず、空しく空を切る―――それを起点として、柏原は再度の逃走を開始する。
先は真っ暗。
理不尽が人の形を成したような存在に対する対抗策など全く思い付かない、というのが本音だ。
しかし、あれが生物であり、いつかは滅ぶものである事実が、安らぎとなって柏原に希望を与える。


(………声を手に入れたこと。そこだけは感謝する、葵崎蜜柑)


自分の姉の姿をした女を殺した葵崎蜜柑を許す気は毛頭ない。
それでも、長年の枷を取り払ってくれたことにおいてだけは、彼は素直に感謝を捧げた。
だから――もう用はない。
生憎、一度手に入れたものをわざわざ返してやる気はなかった。
暴力で奪い、暴力で従わせ、暴力で終わらせる――装飾剣をわざと壁にぶつけ、強度を下げていく。
一見すると自殺行為でも、これこそが葵崎を相手にする上で最大の暴力を生む手段なのだから。
背後から迫ってきているだろう葵崎に追い付かれないのは、長年積んできた殺しのスキル故だろう。

「うーん、結構逃げるねえ」

間延びした声で楽しそうに葵崎は笑う。
追うことを止め、これからどうやって柏原を攻め落とそうか吟味しているようにも見える。
無論、彼女の持つ力を使えば、屋敷もろとも柏原を破壊することだって不可能ではない。
それをしないあたり、葵崎が如何にこの戦いを楽しんでいるかが伺える。

「いいじゃん――ここまであたしを楽しませた奴は久しぶりだ」

好戦的な、野獣を思わせる微笑みを浮かべて、葵崎はわざとらしく音を立てて逃げる鼠を追う。
逃げる鼠を追い立てる猫のような心境を味わうのもなかなか気分が良くはあるが、そんな一方的なゲームを望んでいるわけがない。
より激しくスリリングなゲームを求めるからこそ、勿体つけた戦い方を好む。
故に全力は出さない。それが葵崎蜜柑のスタンスであり、同時に唯一の付け入る隙でもあった。
バトルロワイアルの状況を真に楽しむからこそ、彼女の行く道には常に敗北が付き纏う。
かつて彼女が一戦を交わしたとある人物は、彼女が本気を出したならどんな外敵であろうと、ものの数秒で塵芥と化すだろう、との見立てをつけている。

しかし彼女は全力を注がない。
ひとえに対等な食うか食われるかのゲームを所望するからこそ、あえてセーブを課して戦う。
柏原修一のスタイルが「迅速に、確実に殺すこと」ならば、彼女のスタイルは「より楽しく、愉快な殺し合うこと」――決定的に在り方そのものが異なっている。

彼女は往く。
柏原の講じてくるだろう策を楽しみにしつつ、如何なる策でも破る自信を胸に懐いて。
一方の柏原は、逃走することを止めていた。
これ以上はどれだけ逃れようと、悪戯に体力を消耗するだけだ。
殺し屋といえど人間の身体である限り体力の限界は確かに存在する、そしてあの化け物と一騎討ちをするために体力を十全な状態に保っておかなければならない。
彼が決闘の終点と定めたのは、食事場と見える大広間。
天井に飾られている、何千万円は下らないだろう巨大な豪華絢爛のシャンデリア。
絨毯も相当なサイズだ、きっと気の遠くなるような高額商品であるのだろう。
ガバメントを懐にしまい、ボロボロの装飾剣を素振りし、威力が皆無であることを確認する。
準備は、ぬかりない。


「始めようか、嘘つき。どうせお前には聞こえているんだろう」
「――くふふふ! 当ったりー!!」


声が聞こえてから僅か数秒後、分厚いドアを綺麗なドロップキックで突き破って葵崎は入室する。
もはや交わす言葉などない。
無言で床を蹴りつけ、装飾剣の鈍い煌めきを視野の片隅に捉えながら柏原は突貫する。
対する葵崎は、力加減次第では重機クラスの威力を生み出す魔手を振るうことで応戦。
ぶぅん、と宙を切り裂く小気味いい音が、その威力の程を無言の内に物語っていた。
食らえば即死は免れない。
だがこちらの得物も壊れかけだ――ならば、さしもの奴も無傷ではいられまい――!!


「はぁッ!」
「にゃはっ!」


繰り出される殴打の嵐を華麗に避け、一瞬の隙を狙って柏原は全神経を集中させる。
今この身体は、ただ目の前の強敵を討ち果たすためだけに。
時速二百キロメートルクラスのラッシュを掠り傷程度に留めているのは、ひとえに彼の実力故か。


「にゃはははははははは! やっぱ面白いよねぇ、これだから殺し合いは止められないよねっ!!」
「……無駄口を叩くな、舌を噛んで死ぬぞ。もっとも、万々歳だが、なッ!」
「くっふふふ! そんな終わりじゃ興醒めでしょ?」


お次は平手打ち。
とはいえ嘘によって補強されたそれは、下手な爆弾に匹敵し得る威力へと変貌している。
飛び退くことでそれをかわし、無駄とは分かっているがガバメントの銃弾でその額を撃ち抜こうとする。当然のように弾は弾かれ、逆に葵崎の攻撃チャンスを許してしまう。
―――だが、これでいい。


「……いざ、覚悟」
「ぅあ、しまっ――!?」


ガバメントを避け、今度は大型トラックの衝突にも等しい威力の体当たり。
しかしここまで単調な攻撃ならば、避けた後に生まれる一瞬の隙を狙うことも可能な筈。
まして相手は、八神との一戦で少なからず疲労を抱えているのだ。奴にもまた、限界がある。
その一点を見逃すほど、柏原は甘くない。
装飾剣の必殺の刺突を、葵崎蜜柑の心臓目掛けて放った。


「………なぁんてね」


―――それでも、届かない。
一歩手前で、真上に飛び上がることで刺さる箇所を見事、太股の位置までずらすことに成功した。
それによって弱さの度合いが格段に増し、戦況はいよいよ敗色が濃厚になってくる。

その時、明後日の方向に向かって柏原修一は発砲した。
直後大広間は暗闇に包まれる――元より窓のない部屋だ。
消失したドアの穴から射し込むだけの光では事足りないし、目が慣れるまでにも数分は要する。
柏原は殺し屋の仕事柄暗闇でも十二分に活動できるが、葵崎は自分の両目を「夜型」に調整しなければならないだろう。


その隙があれば、十全だ。


柏原修一は、ひとつ細工を行っていた。
いや、この大広間の無駄に巨大で豪華なシャンデリアが、まさにお誂え向きだった。
ダァン、と一発の銃弾を天井に向け放つ。
鋭い金属音を立てながら電球と電球の合間で跳弾を繰り返し、結果自分たちの真上からはガラスの大雨が降り注ぐことになる。危険な行為だが、ディパックを使えば頭を庇うことは可能だ。
しかし空中から着地したばかりの葵崎にはそれもままなるまい。
嘘の力で無意味なものになる? ―――彼には自信があった。この攻撃で葵崎蜜柑を仕留められる確信があった。

ガラスの雨は確かに凶悪な威力の攻撃だ。
が、全ての破片が全て殺傷能力を秘めているかといえば、これは否である。
空中でガラス同士衝突したり、単に角度等の問題で威力が低いものが存在する。
それらは全て――「弱さが強さになる」彼女にとって、回避不可能の暴力となる!


「が、ああああ―――く、くはははははは!!! あはは、あっははははははは!!!!」


回避しきれなかった無数の刃に全身を撃ち抜かれ、葵崎蜜柑は絨毯の上に倒れ伏す。
広がっていく血だまりの大きさが、如何に最悪の能力者である葵崎といえど、致命傷になったことを示していた。「出血によって弱くなる」ことも確かに可能だろう。
しかし、葵崎はそれを不粋と断じた。
自らの敗北を認め、死を受け入れてこそ戦場の流儀としたのだ。


「く、はっ。おめでと、青年。きみ、の、勝ちだ」
「……そうだな。オレの勝ちだ。そういうことにしておいてくれ」
「早くも、ジョークを身に付けたか。うふ、声をあげたあたしに、感謝するんだね」
「馬鹿言え。お前は八神を殺しただろう」
「くふ……根に、持つんだね」


最期まで不敵に笑いながら、葵崎蜜柑はその生命活動を静かに停止した。
数多の嘘を吐き続け、世界の常識すら狂わせて生きてきた女の最期にしては、随分と呆気ないものだったかもしれない。しかしその死に顔は、満ち足りた笑顔であった。



【葵崎蜜柑@詐欺師 死亡】



「……勝った。勝ったんだな、オレは」


目の前には、つい数秒前まで脅威を振り撒いていた化け物が朽ちている。
肩や首に浅く刺さったガラス片の痛みが、遅れてじんじんと柏原の身体を苛む。
その些細な痛みがやけに痛く、重く感じられて、柏原は思わず大の字に倒れ伏した。
今目を閉じれば永遠に覚めぬ眠りに落ちられそうな、それくらいの虚脱感。


「八神……どうだ。オレは、やってのけたぞ」

姉の形をした、あの女に餞別の言葉をくれてやり。
背中を突き刺すガラス片が皮膚を抉り、致命傷でこそないものの焼けつくような痛みを放っている。
しかし、そんなことはもう気にならなかった。
葵崎蜜柑という、文句なしの『生涯最弱の敵』を倒し、仇討ちを果たした。
殺し屋の領分を超えた、らしくない戦をしてしまったが―――これも、悪くはないだろう。
未だ、あのお嬢様は戦っているのか。
史上最悪と呼ばれた不治の病に自由を喰われながら、死ぬことも出来ずに。


(すまない――――)


心地好くさえ感じる疲労感に身を委ね、柏原修一はそっと目を閉じる。
このまま眠ればもう二度と目を覚ますことはないかもしれない。
が、抗おうという気力は当に尽き果てている。


「これで……オレは……」
「―――生憎だが、それはこちらのお姫様が許さないようだ」


虚空から突然に響く声。
目を開けると、一人の男が柏原のことを黙って見下ろしていた。
男が右手を軽く挙げて、破れたドアの向こうに合図を送ると、とてとてと、そんな擬音が聞こえてきそうな危なっかしさで、小柄な少女が走り寄ってくる。
葵崎の死体に一瞬驚いたようだったが、優先順位を彼女なりに弁えたのか、真っ直ぐに柏原の元へ。

「諦めちゃ、だめですよ」
「――お前は?」
「みーは白宮つぐみ。こちらは蒼神天良さんです―――そして」


そしてその少女は、天使のような笑顔で。


「みーたちが、ハッピーエンドを作ります」


柏原修一の終わった世界に、一抹の希望をもたらすのだった。


【A-3/屋敷/午前】



【柏原修一@執行人】
[状態]健康、疲労(極大)
[装備]コルトガバメント
[道具]支給品一式、装飾剣、裁縫セット
[思考]
基本:時を待ち、プレイヤーを一掃して優勝する?

【白宮つぐみ@死亡者】
[状態]健康
[装備]コンバットナイフ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:ハッピーエンドを目指す


【蒼神天良@大学生】
[状態]疲労(小)
[装備]特注の銃(弾数無限)
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『とある人物』の奪還。白宮つぐみとの契約遵守。

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最終更新:2012年06月30日 22:08
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