マ「ええ、はいはい、分かりました。それでは十五日に。ええ。こちらこそお願いします。」 蒼「ただいま。」 マスターが電話で話をしているところに蒼星石が帰ってくる。 それに気づいたマスターが電話したまま目線だけ向けると首を縦に振って迎えの意思を表す。 マ「いえ、それではよろしくお願いします。はい、失礼します。」 手短に話を終わらせると電話を切る。 マ「おかえりなさい、蒼星石。」 蒼「ただいま帰りました、マスター。」 マ「ところでさ、急な話で悪いんだけど今度の十五日にお出かけしない?」 蒼「えっ、どうしてですか?」 マ「ちょっとしたイベントがある日なんだ。こっちはもうその日は休んじゃうことにはなったんだけど。」 蒼「あの、ごめんなさい。」 マ「あらら、無理?」 蒼「その日は、おじいさん達と七五三に行くことになって。」 マ「先約があるのなら仕方がないね。一日かかりそうなのかな?」 蒼「たぶん、午後過ぎには帰ってこられると・・・。」 マ「こっちはその後でもいいけどね。ただ蒼星石もおじいさん達もゆっくりと出来ないと悪いしなあ。」 蒼「だけどせっかくマスターが時間を作って下さったんだから、すっぽかすのも悪いですし。」 マ「すっぽかすも何もこっちが急に言い出した事だからね。気にしないで。」 蒼「いえ、せめて午後だけでもお付き合いさせて頂きますから。」 マ「そう?それじゃあ午後は楽しみにしてるからね。」 蒼「それじゃあマスター、いってきます。」 マ「はいはい、気を付けていってらっしゃい。」 蒼「あの、なるべく早く帰ってくるようにしますから。」 マ「別に気にしないでゆっくりしてきなよ。こっちも準備しながらのんびりと待ってるから。」 蒼「ごめんなさい、わざわざお休みしてもらったのに。」 マ「それは気にしないでって言ったでしょ。こちらこそ帰ってから疲れてる所を振り回すような事になっちゃってごめんね。」 蒼「それはいいんです。みんなが構ってくれるのはありがたいことですし。」 マ「ありがとう。あっそうだ、これを持っていって。」 そう言うとデジタルカメラを差し出す。 蒼「これは?」 マ「せっかくだから思い出を形に残した方がいいでしょ? おじいさんもカメラを用意しているかもしれないけれど自分も蒼星石の晴れ姿を見せてもらいたいしね。」 蒼「分かりました、お借りして行きますね。」 蒼星石はデジカメを受け取ると出かけて行った。 その姿が消えるのを見届けたマスターが笑顔で口を開く。 マ「・・・さあてと、こちらもその間に準備させて頂きましょうか。」 昼前になって蒼星石が帰って来た。 マ「あ、お帰りなさい。随分と早かったじゃない。どうだった?神社にでも行った?」 蒼「ええ、おじいさんの家の近所の小さな神社にお参りして、そこを一回り。 平日だからか空いていましたよ。だから僕も普通に出歩けました。」 マ「最近はみんな十五日じゃなくて休日に済ませちゃうからねえ。だけどもっとゆっくりしてきても良かったんじゃない?」 蒼「いえ、やはり人目が気になりますし、おじいさんとおばあさんもあまり長居する気は無かったようなので。」 マ「ふうん。それじゃあさ、早速だけど写真見せてよ。」 蒼「え・・・写真、ですか?」 マ「デジカメ使えなかった?」 蒼「えーと、そういう訳ではないんですけど、ちょっと・・・。」 マ「おじいさんとおばあさんとの思い出だから踏み込んで欲しくないとか?あーあ、なんだか寂しいなあ。」 蒼「それも違います。・・・分かりましたよ、はい。」 わざとらしくすねた顔をするマスターに、不承不承といった感じでデジカメを手渡す。 マ「ありがとう。」 デジカメを受け取ると撮影された画像を見る。 マ「・・・ぷっ・・・。」 蒼「マスター、笑いました?」 マ「い、いや、笑ってないよ?・・・・・・くっ。」 蒼「やっぱり笑ってるじゃないですか!」 マ「しょうがないじゃん、なんで羽織なんて着てるのさ。これって・・・男物じゃない。しかも・・・妙に違和感がないし。」 もはや我慢の限界なのか隠そうともせずに笑い転げる。 蒼「だって、だってそれはカズキ君の・・・。」 マ「・・・・・・。」 笑いが絶え、一瞬微妙な空気に変わる。 蒼「あーもう、どうせ僕はそういった方がお似合いですよ。だから見せたくなかったのに・・・。」 マ「ごめんごめん、それじゃあ気を取り直してお出かけしましょうか。」 蒼「はい、でもどこに行くんですか?全く詳細を聞いていませんが。」 マ「まあまあ、すぐに分かるから。それじゃあお着替えしよっか。」 蒼「え、服を替えるんですか?」 マ「うん、用意はしてあるから。」 マスターが傍らから風呂敷包みを取り出す。 蒼「これは?」 マ「開けてごらん。」 蒼「あ!」 中から現れたのは華やかな模様の晴れ着だった。 蒼「なんでこんなものを?」 マ「自分も七五三に連れて行ってみたいなって思って。」 蒼「でも、僕は自分で着物なんて着られないし。」 マ「着付けなら出来るよ?」 マスターが自分を指差し笑顔を浮かべて答える。 蒼「お昼ごはんの支度をしないといけないので。」 マ「出かけた先で食べる段取りだから大丈夫。」 蒼「えーと、そんな贅沢な服はもったいないし。」 マ「もう借りちゃったんだし関係ないでしょ。むしろ使わずに返す方がもったいないよ。」 蒼「えーと、その・・・。」 マ「さあ、早く着ちゃおうよ。」 蒼「・・・僕には、そういったものはとてもじゃないけど似合わないと思うから。」 なんとなく寂しそうにぽつりと言った。 そんな蒼星石を勇気づけるようにマスターが言葉をかけた。 マ「似合うと思うよ。それにそんなのは着てみないと分からないじゃない。」 蒼「だけど、やっぱり僕には。」 マ「似合わなかったらその時に脱げばいいじゃない。 それに午後はこっちのやる事に付き合ってくれるって言ってくれたよね?」 にこにことした顔のままで確認する。 蒼「あ、はい。分かりました。」 蒼星石も観念して従う事にしたようだ。 マ「さて、じゃあ帯を締めるからね。ちょっと窮屈かもしれないけれど勘弁してね。」 蒼「大丈夫ですよ。でもマスター着付けなんて出来たんですね。」 マ「小さい頃に面白そうだからって遊び半分でやってみてね。 もっともやったのは妹の着付けくらいだから最近あらためて練習もしたんだけどね。」 蒼「そうだったんですか。わざわざすみません。」 マ「別に。もともと興味はあったわけだし、着せたいのはこっちのわがままみたいなものだしね。」 蒼「でもこの衣装も高かったんじゃ?」 マ「それなら大丈夫、スポンサーがいるから。」 蒼「スポンサー?」 マ「そう、今回の着物は用意してもらったものでね、ほとんど出費はしてないよ。」 蒼「え、誰にですか?」 マ「蒼星石もよく知ってると思うよ。それで交換条件でもないだろうけれど着たところを見せて欲しいってさ。」 蒼「そんな裏があったんですね。なんで僕にそういった服を着せて喜ぶのかさっぱり理解できませんよ。」 マ「さ、これで出来上がり。そうだなあ、やっぱり可愛いからじゃない?あんまりやりすぎなのはどうかと思うけど。」 蒼「そんな事ありませんよ。だったら僕なんかよりももっといい相手がいるはずだし。」 マ「ほら鏡を見てよ。とっても可愛いでしょ?」 マスターに促され、蒼星石が鏡の中の自分の姿を照れくさそうに見る。 蒼「やっぱり変ですよ。こういった格好は他の姉妹とかの方が・・・。」 マ「蒼星石が可愛いかどうかに他の姉妹は関係ないでしょ?蒼星石はとっても可愛いと思うんだけどな。」 蒼「あ、う、そんな事ありませんってば!」 マ「仕方ないなあ、じゃあスポンサーさん達にも見てもらって多数決ね。」 蒼「え、それってもしかしてこの服装のまま・・・。」 マ「うん、もちろん。それじゃあ早速だけど行きますか。悪いけど鞄に入ってもらえるかな?」 蒼「どこへ行くんですか?なんならフィールドを通っていけば早いのでは。」 マ「ふふふ、無駄な時間というのも楽しいものだよ。それに行先は着いてのお楽しみだからね。そんなに遠くでもないしさ。」 蒼星石が不安げにしながらも鞄に入る。 着付けが崩れないように注意しながら慎重に移動する。 マ「すいません、着きました。」 「あらいらっしゃい、お待ちしていましたよ。さあ上がって下さいな。」 マ「はい、それじゃあお邪魔しますね。」 小声でそんなやり取りを交わすと家の中へと入る。 マ「さあ着きましたよ。」 鞄を軽くノックすると中の蒼星石に話しかける。 蒼「・・・もう出ても大丈夫ですか?」 マ「うん、今か今かと待ち構えてるみたいだから早く出て来てあげて。」 そっと鞄を開けて蒼星石がおずおずと出てくる。 蒼「あの、こんにちは。」 俯きながら恥ずかしそうに挨拶する。 「いらっしゃい、首を長くして待っていたわよ。」 「おうおう、似合っとる似合っとる。」 蒼「え、おじいさんとおばあさん?」 意外だったのか蒼星石は目を白黒させている。 「蒼ちゃん可愛らしいわよ。お人形さんみたい。」 蒼「え、それは僕は人形だから・・・でも可愛いだなんて事は・・・。」 「いやいや、やっぱり晴れ着の方が似合ってるよ。」 そんなやり取りをマスターは微笑ましそうに見守っている。 「本当にありがとうございました。今回はいろいろと骨を折っていただいて。」 マ「いえ、こちらこそ着物代を出していただいたり、着付けを教えていただいたりとお世話になりました。」 「さてそれじゃあお昼にするか。特上のお寿司を取ったからみんなでいただこう。」 「こんな風に贅沢するのも久しぶりねえ。」 蒼「あ、ごめんなさい。僕のためにわざわざ。」 マ「違うよ。お二人とも蒼星石のおかげで奮発したいような楽しい気持ちになれたんだよ。 だからそんなの気にしないで喜んでご馳走にならなきゃ。 ・・・なんて、ほとんど無関係なのにご馳走になる分際で言う事じゃあないかな?」 そんな冗談めかした事を言ってくすりと笑う。 「いえいえ、こちらからお電話で相談させて頂いて、こうして時間を割いてもらったんですからこれくらい当然ですよ。 それにこれからもずっと蒼ちゃんの事を可愛がってくれる、大切な人ですからね。」 「さよう、さよう。どうせあの世には金なんぞ持ち込めないんだからな。だったら使うべき時にしっかり使わんと。 さあさあ、二人とも遠慮せずにがっつり食べておくれ。」 マ「そんな縁起でもない。ではお言葉に甘えて頂きますよ。蒼星石、着物にお醤油を垂らさないようにね。」 「あらあら、よだれかけでも用意した方がいいかしら。」 蒼「二人とも、僕は子供じゃないんですから。」 その言葉に笑いが起こる。 食事も済み、再び神社に参拝することになった。 人気のない通りを蒼星石が目立たぬように気をつけつつ四人で歩いて行った。 相変わらず人気のない境内でおじいさんもおばあさんも蒼星石と楽しそうにしている。 千歳飴やお守りを買ったり、みんなでおみくじをひいたりとだいぶ楽しそうだ。 マ「お写真お撮りしますよ。」 今度はおじいさんとおばあさんと蒼星石の三人で一枚の写真に納まる。 「あなたも蒼ちゃんと一緒に撮ったら?」 「そうじゃな、わしが撮ろう。」 マ「そうですか、それじゃあよろしくお願いします。このボタンを押すだけでシャッターが切れますから。」 カメラを渡したマスターが蒼星石の隣にひざまずく。 「ははは、機械の扱いなら任せなさい。よーし、じゃあ撮るぞ。チーズ。」 マ「ありがとうございます。さ、今度はちょっと二人で辺りを回ろうか。」 立ち上がりながら蒼星石を抱き上げる。 「どれ、せっかくだからもう一枚。チーズ。」 蒼「え?」 マ「不意打ちとはびっくりしましたよ。」 「なーに、これが自然体を収めるコツだよ。ははは。」 マ「確かにそうかもしれませんね、あはは。」 帰り道、まだ人通りもなかったのでマスターのたっての希望ということで二人で歩くことにした。 マスターは片手に鞄を提げ、空いた方の手を蒼星石とつないでいる。 しかし蒼星石はなれない着物という事もあってか、ついてくるのが次第にきつそうになってきた。 マ「蒼星石、大変そうだね。ちょっと失礼するね。」 マスターが蒼星石を抱え上げた。 蒼「え、あの、これはちょっと。」 マ「あれ、問題あった?この方が誰か来ても顔が隠れてばれにくいし、いいと思ったんだけどなあ。」 蒼「でも片手で鞄持ちながら抱っこするのは大変なんじゃ?」 マ「うん、まあ何も持っていない時に比べたらね。」 蒼「だったら僕は鞄の中にでも入ります。それかやっぱり自分で歩きます。」 マ「抱っこは嫌だったのかな?」 蒼「嫌ではないですけど、マスターにご迷惑をかける訳には。」 マ「こっちはぜんぜん迷惑には思っていないけどね。 ・・・蒼星石ってさ、時々自分の本心を覆い隠そうとするのか自分の意思を他人の思惑と結びつけて考えちゃってない? それで他人への配慮の方を優先させて自分の行動の理由にしちゃうよね。 もちろんその配慮もけっして嘘ではないんだろうけれど悪い癖だと思うな。 ただ嫌なら嫌と、こうして欲しいならこうして欲しいというのを包み隠さずにはっきり伝えてもらいたいかな。」 蒼「えっ、それは・・・。」 マ「おじいさん、言ってたよ。ひょっとしたら蒼星石が喜んでくれるかもしれないから七五三に連れて行ってあげたい。 だけど晴れ着を用意するって言っても家にあるカズキ君の羽織を着るって言って聞かないって。 自分のせいで蒼星石はまだ自身をカズキ君の代理みたいな存在として引きずってしまっているんじゃないか、って。」 蒼「えっ、そんなつもりじゃあ!」 マ「だよね。多分、遠慮と照れ隠しみたいなものも混じっていますよ、とは言っておいたけれどね。」 蒼「ひょっとしたら今までも、そうやっておじいさんやおばあさんを苦しめていたのかな・・・。」 マスターは足を止めて鞄を一旦地面に下ろすと、デジカメを取り出してやや沈んだ蒼星石の前に示す。 マ「ほら、今日の写真。見てごらんよ。」 デジカメを操作していろいろと画像を切り替える。 マ「この写真さ、午前中のものよりもさっきの方がおじいさんもおばあさんも嬉しそうにしていると思わない?」 蒼「なんとなく、そんな感じがします。」 マ「最初はどうだったかは別にしてもね、今はもうおじいさんもおばあさんも蒼星石の事をカズキ君の代わりとしてじゃなく、 蒼星石本人として大切に思ってくれてるんだよ。だから蒼星石もカズキ君としてじゃなく蒼星石自身として甘えてあげたら?」 蒼「だけど、それじゃあきっといつかまた迷惑をかけてしまうし。」 マ「そんな事を気にする必要はないと思うよ。 人間ある程度年を取ると変に距離を取られて遠慮されるよりも多少は迷惑をかけられた方が嬉しいんだから。 今回だって何かをしてあげたくなっちゃって七五三に行こうって事になったんだと思うよ。 自分だってもうそんな境地に達しちゃってる気がするし、多分それであってるんじゃないかな。」 マスターが微笑みながら蒼星石の頭を撫でた。 蒼「分かりました、これからはなるべくそうします。あと・・・マスターにもそうしてもいいでしょうか?」 マ「やだなあ、今さらそんな事を聞かれるだなんて。蒼星石の事を思う気持ちはあの二人にも負けていないつもりだよ?」 蒼「ありがとうございます。・・・ううん、ありがとうマスター。 あの、その、マスターに抱っこしてもらえると・・・すごく嬉しいんだ。だから、しばらくこのままでお願い。」 マ「そう言ってもらえればこっちとしてもすっごく嬉しいな。ありがとう。」 蒼「えへへ、こうしてるとね、とてもあったかくて気持ちが落ち着くんだ。」 マ「それは良かった。これからも末永く仲良くやっていこうね。」 蒼「うん、そのためにはマスターも健康で長生きしてね。」 マ「そうだね、じゃあ家に帰ったら千歳飴でも分けて貰おうかな。」 蒼「僕はいいよ、マスターに全部あげるから。」 マ「気持ちはありがたいけどね、おじいさんとおばあさんの思いがこもってるからね、蒼星石にも食べてもらわないと。」 蒼「それじゃあさ、二人で分けよう。」 マ「それならいいんじゃないかな。じゃあ分けてもらったお礼にお正月には晴れ着を用意しようかな。」 蒼「僕はもういいよ。やっぱりこういった格好は性に合わないみたい。」 マ「でもさっきの写真を見たら、やっぱり晴れ着の方が蒼星石も楽しそうだったよ? 女の子だもんね。それに今度はちゃんと自分で用意してあげたいしね。」 蒼「そ、それは・・・((マスターがいっしょにいてくれたから・・・))。」 マ「え、なに?言いたい事ははっきりと言ってくれていいんだよ。」 蒼「な、なんでもないよ!」 マ「もう、遠慮なんてする必要ないのに。」 蒼「遠慮なんてしてないってば!」 マ「よく似合って可愛いんだから照れなくてもいいのに。」 蒼「照れてなんかないよ!」 マ「はいはい・・・」 蒼「違うってば・・・」 ・・・ ・・ ・ <<終>>