蒼:「♪」 蒼星石が上機嫌でオニギリを握っている。 何を隠そう、これから蒼星石とお弁当を持ってドライブに行くのだ。 蒼:「マスター、今日はどこに連れてってくれるの?」 蒼星石がキッチンから居間にいる俺に訊いてきた。 マ:「秘密。」 俺はわざとそっけない返事をした。 実は俺も内心、蒼星石との久々のドライブで胸がはちきれんばかりにウキウキしていたのだがね。 蒼:「もう! いつも行き先教えてくれないよね。」 マ:「まぁ、行ってみてからのお楽しみだ。」 と俺はなるべく感情を込めずに言った。 そう、楽しみはギリギリまでとっておく方がいいのだ。 あと、過度の期待は持たせてはいけない。膨らみすぎた期待は萎みやすくていけない。 蒼星石はほんの少し不満そうな顔でオニギリを握り続けたが、ふと 蒼:「でも、この前のドライブで観た夜景は・・・ほんと綺麗だったなぁ・・・。」 とウットリした表情で言った。 そう、俺は先々週、あまり遅くない夜に蒼星石をドライブに連れ出し、 誰も知らない俺だけが知っている小高い丘から見える夜景ベストスポットに招いたのだ。 夜の街が作り出す壮大なイルミネーションに、あの時蒼星石は心底感動したようだった。 夜に外出することなんて蒼星石にも滅多にないことだろうし、その興奮も手伝って感動の波も一際だったろう。 蒼:「マスター、そろそろ出発する時間だよ!」 お、いけないいけない。もうそんな時間か。 あの時の蒼星石の喜びようを思い出し、長い時間かなり悦に入っていたようだ。 車が走り始めてから、かれこれもう一時間と半。 郊外からさらに離れ、道路の周りの風景は緑豊かな森が広がっている。 一応道路は舗装されているが、他に走る車や人家はまったく見かけなかった。 蒼:「ずいぶん山奥にきたね、マスター。」 先ほどから俺達以外の人の気配がまったく感じられないからだろうか、蒼星石は心配そうな顔だ。 マ:「ああ。そろそろ着くぞ。」 数分後、目的の場所の近くに着いた俺は道端に車を停め、荷物を担いで車外に降りた。蒼星石も降りてくる。 蒼:「ここ? 森が広がってるだけだけど?」 キョロキョロ辺りを見回す蒼星石。 マ:「ここから歩くんだよ。15分くらい。」 俺は森の奥の方を指差しながら蒼星石に言った。 蒼:「えぇ? この森の中を? 道が無いのに迷ったりしないの?」 マ:「ああ、道ならあるよ。ほれ。」 俺が指差した方角には人ひとりがやっと通れそうな、か細い道があった。 よく見ないと道だということに気付かないだろう。 獣道、獣の往来によって、いつの間にかできた山中の細い道だ。 マ:「うし、行くぞ~。」 蒼:「えええ? ま、待ってよ、マスタ~!」 歩き出して数分後、蒼星石は獣道を歩いたことがないのだろうか。 なぜかやけに歩みが浮き足立っている。 マ:「どした?」 蒼:「うう、なんか薄暗いし、藪から蛇とか虫とか出てきそうで、怖くて歩けないよマスター。」 マ:「う~ん。」 確かに上方に生い茂った無数の木々の葉が、地上まで届くはずの日光の行く手を阻んで薄暗い。 マ:「もう少しで着くんだけどな~。よし、こうしよう。」 俺は蒼星石をヒョイと持ち上げ抱っこしてやるとそのまま歩き出した。 蒼:「ちょ、ちょっとマスター! だっこしたまま歩くなんて恥ずかしいよ!」 マ:「誰も見てないから無問題。」 蒼星石の頬がうっすら紅潮している。照れてるのか? 蒼:「もう、いったいマスターは僕をどこに連れてく気なのさ、そろそろ答えてよ。」 マ:「いいからいいから~、マスターを信じて~~♪」 蒼:「もう!」 ほっぺを軽く膨らませ、蒼星石は俺の胸のなかで俯いてしまった。 マ:「ほうら、やっとこさ着いたぞ~。」 俯いたままだった蒼星石も顔を上げ、辺りを見渡すと、 蒼:「わぁ・・・」 感嘆の声を上げた。 マ:「どうだ、ムーミンあたりでも出てきそうな雰囲気だろ。」 開けた場所に出たのでさっきまでの薄暗いのが嘘のように、太陽の光が降り注いでいた。 ここは知る人ぞ知る、美しい湖と植物を鑑賞できる湖畔なのだ。 それほど広大ではない湖の中央には小島が一つあり、美しい花をつけた木々が生い茂っていた。 小鳥のさえずりもどこからか聴こえる。 蒼星石は俺から降りると湖まで駆け出していった。 蒼:「凄い、絵本の中の風景みたい!」 おうおう、喜んでくれてるようだ。 学生時代、講義をサボっていろんな所を探検してた甲斐があるってもんだ。 マ:「おーい、もう昼だぞ~。湖見つつ、メシにしよう~。」 蒼:「は~い、マスタ~!」 笑顔で駆け寄ってくる蒼星石、その笑顔を見たくて俺は日々生きてるんだな。 終わり